核熱戦士ミサイラー 最後の戦い
東京六本木。
眠らない街、東京の真夜中。
小型ロケットランチャーを装備した集団が次々とコンビニ(ミ○ストップ)に入って行った。狂気と暴力で世界を支配せんとする悪の集団バズーカマンだ。
「このコンビニは我らバズーカマンが占拠した!私の名はバズーカマンの戦闘隊長の一人、カンニン・ブク・ローだ。命が惜しければおとなしく来週発売するジャンプを寄越せ!さもなくば、ここでバズーカをぶっ放す!」
覆面を被った長身の男は自らをカンニン・ブク・ローと名乗った。彼はマントの内側から小型のロケットランチャーを取り出すと店の外に向かって発射したのであった。この躊躇無き破壊活動こそがバズーカマンが悪の組織と呼ばれる所以でもあった。
「ひいっ!」
○ニストップ六本木店(ミニストップが六本木にあるかどうかは行ったことがないからわからない。
でも東京は町の中を一周すれば大抵のコンビニがあったはずなのでこの記述に問題はないはず。
二十年前の知識ではあるが)の店長橋立幸男は人生最大のピンチを迎えることになった。
何とバズーカマンの破壊兵器のせいで、店の外で爆発音がした直後に街の通り一面がオレンジ色に染まってしまったのだ。
幸男は外に置いてあった傘立ての心配をしていた。
この日に限って幸男は自宅のアパートを出る時にいつもの透明のビニール傘ではなく、妻のあや子が使っている花柄の派手な傘を持ってきてしまったのだ。
もしもあの悪趣味な傘が失われるようなことになればあや子は間違いなく幸男に弁償するように言ってくるだろう。
幸男は恐る恐るガラスの外を見た。
そこにはトマトか何かがぶつかったような後がたくさん出来ていた。
(これは夢だ!夢に違いない!)
「おい、店主。ジャンプはどうした?私は早くワ○ピースの続きが見たいのだ」
カンニンが突然、背後に現れた。
そして、幸男の後頭部にロケットランチャーの銃口を押しつけている。
銃口はとても冷たかった。
幸男は自分の将来に絶望し、滝のような涙を流した。
「一秒だけ待ってやる。バックヤードにある来週のジャンプを出せ。拒否った場合には、わかるよな?」
カンニンはロケットランチャーの引き金を引いた。
(このままでは、当る!)
幸男は反射的に後退して直撃を避けようとする。
だが、ロケット弾は幸男ではなくミニストップの出入口を突き抜けて通りを挟んで向かい側にある個人経営の洋服店に当たった。
(ああ、江川洋服店が1周年を迎える前に無くなってしまった。二十代の若造が冗談で始めたような商売だったがこうなってしまっては憐れという他はない。まあ、実家も金持ちみたいだし問題はないだろう)
しかし、幸男の心配とは裏腹に江川洋服店の中にはオーナーの江川ロミオとその愛人のいくつかのハイティーン向けの雑誌で読者モデルとして有名な数珠川マキアが一晩中まぐわった後に裸で眠っていたのだ。
後にこの事実を知った幸男は円形脱毛症に悩まされることになる。
せめて回覧板で危険を知らせておくべきだった、と。
「俺の店が!俺の夢が!畜生ッッ!!!」
ロミオは自分でデザインした服を持って店から脱出しようとしていた。
しかし、店内にある服は炎が燃え移っているので触ることさえ出来なかった。
彼の側で寝ていたマキナは落ちてきた瓦礫の下敷きになって死んでいた。
ロミオには愛するマキナの死を悲しむ暇さえなかったのだ。
ゴオオオオッ!
燃える。燃える。
ロミオの夢が炎の中に消えて行く。
ロミオは声を枯らすほど泣き叫んだ。
「一体、俺が何をしたというんだああああああああああッッ!!!」
一方その頃、ミニストップ六本木店では九死に一生を得た橋立幸男が尻もちをついた後に失禁していた。 少し前に彼の頬のすぐ近くをロケット弾がかすって行ったのである。
誰も彼を責められまい。
恐怖と絶望に支配された幸男の顔を見ながらカンニン・ブク・ローは哄笑する。
カンニンは根っからのサディストだったのだ。
「この雑魚が!さっさとジャンプを持って来い!さもないと次はテレビ朝日を破壊するぞ!ドラえもんが見られなくなってもいいのか!?ああッ!!!???」
(それは非情に困る。あのロボットが登場するアニメが見られなくなってしまったら息子の巳之吉と会話が出来なくなってしまう)
幸男とあや子の間に生まれた可愛い一人息子、橋立巳之吉はアニメが大好きだった。
連日のコンビニ業務で会話が続かない二人だったが、金曜の夜七時からやっているアニメだけは一緒に見ることが出来た。
巳之吉は青いロボットが大好きで生まれ変わったらあの青いロボットになりたいと言っていた。
そんな時に妻のあや子はいい子にしていたらきっとなれるわよ的なことを言っていたが果たしてそれが本当に正しいことなのかは幸男にはわからない。
もしかすると四歳の巳之吉は心に深い闇を抱えていて、現状に不満を抱いているから「生まれ変わり」などというネガティヴなことを考えているからかもしれないのだ。
さらにあや子は巳之吉と幸男から解放されたいからあんな事を言い出したのだろうか。
幸男は自分の家族を幸福にしようとする努力がその実は無意味な行動では無かったのか、と考え込んでしまう。
はらり、はらり。
気がつくと幸男は大粒の涙を流していたのはカンニンが幸男に向けているバズーカ砲だけが原因ではなかった。
「巳之吉、あや子、ごめんよ。こんな情けないお父さんを許してくれ。権力に屈し、暴力に屈し、今まさに命さえ失ってしまう危機に晒されているのに私は何も出来ない。ああ、何という情けない人間なんだ」
ブチッ!その時、カンニンの堪忍袋の緒が切れた。
カンニンは砲口を直接、幸男の頭蓋に当てる。実際バズーカ砲というか小型のロケットランチャーを使ってこんなことが出来るかどうかはわからないが今のカンニンはジャンプを読みたい一心で冷静さを失っていたということだ。
「お前にもう用は無い。ジャンプは次のコンビニで探す。死ね」
感情の無い声で死刑宣告をする。
カンニンはバズーカ砲の引き金を引いた。
ドガーン!
よくよく考えると砲身が詰まって自爆するような気がするが、多分バズーカ砲だから大丈夫だろう。
とにかくカンニンは幸男の頭に直接、バズーカ砲を打ち込んだのだ。
幸男はこの時、死を覚悟した。
だが、幸男は死ななかった。なぜならば通りすがりの正義のヒーローが現れたからだ。
「とうりゃっ!ミサイラーパンチ!」
バズーカを打つ直前にカンニンは突如として現れた謎の人物にいきなり殴られた。
殴られた衝撃でゴロゴロとコピー機にぶつかるカンニン。その時、不孝が重なってカンニンは倒れた状態でバズーカ砲を発射してしまう。
危ない!バズーカ砲が暴発する!
チュドドーーーン!!
偶然の突発的な事故により、爆発の巻き添えを食ったバズーカマンの戦闘員たちは全滅してしまった。
悪は滅びる運命にあるのだ!!
唖然とした表情で事の成り行きを見守る幸男。これは本当に助かったのかどうかはよくわからない。
「私の名前は平和を踏みにじる悪の手先を絶対に許さない正義の使者、核熱戦士ミサイラーだ。よろしく」
ミサイラーは自前の消火器でコピー機の周辺を鎮火していた。
近くでうつ伏せになっているカンニンにも白い消火剤がバッチリかかっている。
幸男は軽いめまいを覚える。
もしもカンニンが目を覚まして消火剤まみれになっていることに気がついたら絶対に怒るに違いないと考えたからだ。
「おのれ。よくも我が友カンニン・ブク・ローを。ミサイラーとやら貴様だけは絶対に許さぬ」
全身に手榴弾っぽいアクセサリーを装着した巨漢が現れた。
ミサイラーは消火器を持ったまま大男の方を振り返ったので、男の股間は真っ白になってしまった。
「あ、ごめん」
ミサイラーは頭を下げて謝った。
幸男はまたも軽いめまいを覚える。
ミサイラーは頭のてっぺんに巡航ミサイルのミニチュアがついたバイクのヘルメットのようなものを装着しているのだ。
(ヘルメットごしに「ごめんなさい」は礼を欠く行為だろう。これだから最近の若い者は礼儀というものを知らない。よし、ここは一つ私が礼儀というものを見せてやろうじゃないか)
「おい、ミサイラー君。助けてくれたのはとても嬉しいがヘルメットをかぶったままで人に頭を下げても誠意は伝わらないんじゃないか?ここは一つ、人生の先輩として君に謝罪の手本を見せてやろうじゃないか」
「悪の手先に下げる頭など無い。悪の手先に頭を下げるくらいなら、私は体内の自爆装置を作動させて自ら命を絶つ!それが私のミサイル道だ!」
このままではミサイラーが間違った大人になってしまう。
無軌道で粗暴なミサイラーの態度に幸男は憤りを覚えた。
(はあ。これだから今の若い子は権利ばかり主張して社会の一員としての義務を果たそうとしない。巳之吉もこんな大人もどきになってしまうのだろうか。もしそうだったら辛いな)
「貴様、ミサイラーに親友を殺された吾輩を差し置いてミサイラーに説教とは何事だ。最近の中年は順番も守れないのか。恥を知るがいい!そして、このバズーカマン四天王の一人であるパイナップルボーイを怒らせたバツとして吾輩の愛情がたっぷり入ったピン抜き手榴弾を食べてもらおうか!」
パイナップルボーイは身体についている手榴弾をホルダーから一つ外して、幸男につきつけた。
ピンはまだ外れていない。
「うるさい!そんなファミレスにも入れないような派手な格好をしているくせに君は一体何様のつもりなんだ!そんな玩具で大人がビックリすると思ったら大間違いだぞ!」
幸男は間近まで接近していたパイナップルボーイを押し返した。
その時、うかつにもパイナップルボーイは手榴弾を落としてしまった。
だが、ピンは外れていないので大丈夫だった。(←前フリ)
「貴様、よくも吾輩に暴力をふるったな!いいだろう!ここが暴力店長が経営する危険コンビニだ、と吾輩のSNSで拡散しえくれるわ!おい、誰か吾輩のバックから携帯電話を持ってこい!」
パイナップルボーイが叫ぶと、スマートフォンを持ったバズーカマンの戦闘員が現れた。
パイナップルボーイが乗っていた三輪自転車からわざわざ持って来てくれたのだ。
「どうぞ。閣下」
パイナップルボーイが野球のキャッチャーのようなコスチュームの為か、彼の配下は顔はあいかわらずの戦闘員用の覆面だったが野球のユニフォームのような服を着ていた。
パイナップルボーイはそいつから緑色のスマートフォンを受け取ると早速、幸男とミサイラーのバッシング情報を拡散しようとする。
案外、パイナップルボーイは情報戦を得意としているのかもしれない。
「よし、ちょっと待ってろよ。今から吾輩が読んだ者の心を震わせる名文句で貴様のコンビニを侮辱してやるわ!えーと、とりあえず題名は「都内に急造!危険コンビニにご注意を!」ッッ!!!」
「そんなことをさせてたまるか!俺の正義のミサイルを食らわせてやる!ミサイラーパンチ!」
そして、運命のその時が訪れた。
怒りのままにダッシュしたミサイラーはパイナップルボーイの手榴弾を踏んずけて転倒してしまったのだ。
大丈夫。ピンはまだ抜けていない。
特別な手榴弾なので頑丈に作られているのかもしれない。
しかし、この時のミサイラーは焦燥と憤怒の感情に支配されていたことは言うまでもない。
普段の冷静さを失っていたミサイラーは自分が転倒する原因を作った手榴弾を取り上げた。
大丈夫。まだピンは無事だ。
「こんなものがあるから!いつまでたっても世界は平和にならないんだ!」
ミサイラーは手榴弾を地面に叩きつける。
ピンは、
何とか外れていない。
だが、幸男はミサイラーのわがままな振る舞いを許さなかった。
地面に落ちた手榴弾を拾い上げ、幸男は無表情のままミサイラーの前に歩いて行った。
「馬鹿野郎ッ!お前に正義のヒーローを名乗る資格はねえッ!この手榴弾は、これはなあ!パイナップルボーイさんが夜なべして作った大切な手榴弾なんだよ!それをお前は投げて捨てたんだ!そんな思いやりのないやつが正義のヒーローとか、ふざけるんじゃない!」
幸男はこれ見よがしとばかりに手榴弾をつきつけた。
「俺が間違っていたよ」
ミサイラーは手榴弾のピンを引っこ抜いた。
幸男は「ようやくわかったか」と言わんばかりにニッコリと笑った。
「みんな、ありがとう。これからはいつも一緒だ」
まず最初に手榴弾が爆発した。
そして次に手榴弾の熱気を伴った爆風を浴びてパイナップルボーイが持ってきた他の手榴弾が次々と誘爆していった。
幸男は目の前がチカチカするほどの炎と光があふれ出す幻想的な光景にため息を漏らす。実に他愛無い人生だったが最後の最後で大逆転だったのかもしれない。
幸男はポケットの中に忍ばせていたシガレットケースから煙草を取り出して、火を点ける。
「こんなことなら禁煙なんてするべきじゃなかったな」
最後にミサイラーの心臓近くに埋め込まれた核爆弾が爆発した。
全てが灰燼と化すその中で、ミサイラーとパイナップルボーイは新しい時代の脈動を感じていた。