7, 面倒な事、面白そうな事
零夜からの恨めしそうな視線をスルーして、笑みを浮かべた。
「零夜?もう、そんなに仲良くなったの?」
副会長にゆるりとそう問われ、涙は横に首を振る。
「いえ、俺達、小さい頃よく遊んでたんですよ。だから、幼い頃の零夜と今の彼が微妙に結びつかなくて…。」
苦笑いでそう答えれば、彼女は目をキラリとさせた。
「まあ!2人は幼馴染なのね!零夜、どうして言ってくれなかったの!」
「別に、大した理由じゃ…。…本当にこいつかどうか確信がなかっただけで。」
フイ、と視線を逸らし零夜はそう言う。
(嘘つけ、さっきと言ってること違うじゃないか。)
心の中でにやりと笑う。先ほどの意趣返しができて楽しいのだ。それにしても、彼女の食いつきが思った以上にあった。幼馴染が珍しいのだろうか…と思っていればその答えは本人の口から容易く出てきた。
「これで、零夜の幼い頃の話が聞けるわね!」
楽しそうな彼女とは反対に零夜はムスッとした表情だ。そして、彼女は首を傾げている涙を見てこう言った。
「ああ、ごめんなさいね。零夜の幼い頃を知ってる人ってあまりいないの。私たち、学年も違うでしょう?わざわざ後輩に聞きに行くっていうのもちょっと抵抗があるし…。それに、ねぇ?」
最後、煮え切らない言い方をし眉尻を困ったように下げた彼女。その表情をみて、1つの答えが涙には出てきた。
「ああ!そもそもがいないですもんね、零夜には。友達、少なそうでしたし。」
ぽん、と手のひらを叩き、そう言う。その言葉に役員達は吹き出し、零夜はさらに涙を睨みつけてきた。その視線を涼しい顔で受け流し、涙は副会長に続けて聞いた。
「でも、どうしてそこまで知りたいんです?」
すると、彼女は苦笑いを浮かべる。
「大したことじゃないのよ?みんな、一度、私の両親と会ったんだけどその時に2人が幼い頃の話をしだしてね。皆だけってずるいじゃない?だから皆の話も聞こうと思って。」
「で、結希ちゃん、あの手この手を使って調べたんだよねー。」
お菓子を食べながら隠栄 郁がそう言うと、副会長は頬を膨らませた。
「だって、皆教えてくれなかったじゃない。」
「なるほど、それで、あとは零夜だけだったと…。」
ふむ、と言った後、すぐさま涙は満面の笑みを浮かべた。
「了解しました、副会長。零夜の話ぐらい、いくらでもしましょう!」
「ほんと!ありがとう!」
(あんまり、関わりたくはなかったけど。まあ、面白そうだし。)
面倒か面白いか。涙の行動基準は基本がそれだ。にんまりと笑っていれば、腹黒な補佐様が口を挟んだ。
「さて、話がズレたけど、元に戻すよ?」
(あぁ、忘れてた。とりあえず、これで零夜によって身元の保証はされた。)
次の言葉を少しだけ気構えて待っていれば、彼の口から出たのは思いがけないものだった。
「実はね、竜道君。今回、君を呼んだ1番の理由は君に頼みたいことがあったからんだ。」
構えていた分、拍子抜けして目を瞬き首を傾げた。
「頼みたいこと、ですか?」
彼はゆったりと微笑み頷いた。
「君に、生徒会の補佐、と言えばいいかな、をやってもらいたい。」
(補佐?"生徒会"の補佐って言ったね、この人。)
まあ、とりあえず…と涙は質問を投げかける。
「えーと、まず、なぜ俺なんですか?もう少し適任がいるのではないでしょうか。」
暗に、こんな転校生にそんな話持ってくるなと伝えれば、彼らは苦笑する。
「それが残念なことにいないんだよね、全く!」
そんなはずはない。彼らの周りにはきっとたくさんの人が集まる。家柄も能力も飛び抜けた人たちが。そんな人を選べばいいのに、と思っていれば、彼はこう言った。
「もちろん、今までにいろんな人に声を掛けたよ?役員が決まってから、補佐をしてみないかって。皆、始めは喜んでやってくれるんだけどねぇ。」
ハァ、とため息をついて口を止める。ちらりと視線をやり、そっと続きを促せば、
「こんなに大変だとは思わなかった、って辞めて行くんだよ。役員って時間とられるからね、まあ、有り体に言っちゃえば"補佐"なんて雑用係のようなものだから。それに今年の役員はメンバーが割と皆有名だから、お近づきになろう、とかいう輩もいたし、そんな期待してなかったんだけどね。それに、女の子とかは愁目当ての子とかもいて大変でねー。」
その様子を思い出したのか、皆が皆、息を吐いた。
まあ、こいつら全員顔良いからな。そういうのもいるだろうなぁ、なんて思っていれば、再び彼は話し出した。
「それに、僕らの知り合いで頼める人達は他の委員会になってるしで最初から大変だったよ。」
なるほど、ほかの委員会か。とどのつまり、皆が嫌で嫌で残った残り物が順当に回りにまわって転校してきた涙にきただけだと。引き受けても問題はないが、これで頷くわけにはいかない。
「では、俺がその仕事を引き受けるメリットはなんですか?」
スッと目を細めて彼らに問う。すると、補佐様はこれを聞いてなぜかにっこり笑った。涙はぞわっと悪寒が走った。なんだろ、この、相手の手のひらの上にいるような感覚。涙は彼の表情を見て、質問を間違えたかと思った。彼はそんな涙に気付かず、口を開く。
「そうだね、本来なら、僕らと繋がりが持てるのだけでも結構メリットになるとは思うけど、君はそういうのは興味ないみたいだしね。まあ、それでも、僕らとパイプが出来たことによって、君の学校生活は少しはマシだと思うよ?だって、ただでさえ転校生で珍しいのに、その上"A組"だからね、やっかみはあるだろうね?」
言葉にはしていないが、家柄が問題だと言っているのだろう。しかし、この言い方は…。
「…まるで、生徒会が俺を守る、という風な言い方ですね。」
少しの嫌味を込めて言えば、彼は笑ったまま口を開く。
「そのつもりだよ。というか、君がこれを引き受けたことによってそれが成り立つとも言えるね。まあ、こちらからの頼み事だ。そんなこと大したことじゃないよ。」
少し、回りくどい言い方をされたな。まあ、いいかな。どうせ、時間は空いている。有意義に使おう。それに、こちらのほうが動きやすいかもしれない…。
「分かりました。その話、受けましょう。」
真っ直ぐに視線を上げ、役員達に言葉を放つ。
迎えるその目にはいろいろな感情、思惑がのっている。誰が何を思い、考え、どんな行動に移すか。
転校初日、涙にとっては想定外の役割を得て、終えたのだった。