6, 面倒な事 Ⅱ
「残念ながら。」
そう、答えてしまった時、零夜が深々とため息をついたのが分かった。
なぜ、ため息をついた。たとえ、この人達がこの学校で権力者であろうと同じことを言った。興味を引かない、普通の人として生活するにはこれで良かったはずだ。
良かった、はずなのに。
視界に入った彼らの表情はきらきらしていた。まるで、新しい玩具を見つけたような、興味津々の顔。逆の表情、もしくは落胆の表情をすると思っていた。
(どうして…?あ、。)
ハッとその事実に気付き、顔を片手で覆った。涙は失念していた。ここが白狼学園だということを、金持ちの集まりだということを。
自らの家の安泰を願うならば、下にいる者ほど上とのパイプを作ろうとするのは当然の行為。上級貴人と知り合うためにこの学校へ入った者もいるはずである。そして、家柄として知名度が低い(まあ、庶民だし)、竜道 涙としては、関心を引かないためにしなければいけなかったのは、"彼らの関心を引く"話をすること、なのだ。
そうだ、これは彼らの名を聞いた時に気付くべきことだった。もしくは、きちんと反応すべきだった。彼らはこの高校の上に立つ者。言い寄ってくる者こそ多かれ、突き放す者など少数だろう。涙はそんな少数として、彼らの前に立ってしまったのだ。
「ねえ、愁くん。コレなら大丈夫じゃない?」
瞳をきらきらさせたまま、隠栄 郁はそう言った。
「うん、僕も賛成だよ。」
城之内 慎羅もその言葉に乗っかった。
(あぁ、また面倒くさそうな…。)
表情がなくなりそうなのを堪えて、話の成り行きを見守る…、はずもなく。
「あのー、用事ないのなら教室戻っても?」
と、聞く。なにも聞かなければ、何も関係ない。というわけで、面倒事が大嫌いな涙はさっさとここから退散することを選択する。しかし、甘いとでも言うように彼らは一刀両断する。
「え?何言ってるの。まだ終わってないよ?」
にこりと笑っているが、目が、帰らせないよ、と言っている。思わず眉根を寄せたようで、それを見た咲宮 結希が苦笑した。
「愁。まず用件を話したらどう?どうするにしても彼の了承を得るべきだわ。」
(まあ、今話を理解してないのは俺だけだしな。)
そうだね、と言った神風 愁のあとに口を開いたのは、城之内 慎羅だった。
「まず、君を呼んだのは、君の素性について聞きたかったからなんだよ。」
素性?どうもなにも普通の庶民ですけど、と思いながら涙はちらっと零夜を見た。零夜はずっと、成り行きを見守るように先ほどから1度も言葉を発していない。
(これは、何も知らない、でいいのか?)
口を開こうとした涙を止めるように再び彼が口を開いた。
「君は、ここに来る前どこにいたんだい?どうして、この学園に?どうやって?…まあ、他にもあるんけど、とりあえずこれね?」
(調べてないのか?いや、違うな…。これは、"調べたが出てこなかった"が正しいのか。)
どうするべきか。まあ、これくらいなら、
「えっと、まず最初の質問ですが、海外にいました。ですから、"国内で俺に関すること"は出てきませんよ。どうして、という質問には、俺の親に勧められたので。あと、どうやって、ですが、普通に転入試験ですよ?」
そう言うと、少し驚いた表情を見せたあと、彼は訝しげに問う。
「転入試験?」
「はい。」
知らないのですかと嫌味でも言おうかと思ったが、余計な事は言うまいとそこで口を閉じた。実はこの転入試験だが、あまり行われることがないらしい。というのも、試験までの前、書類審査らしきものが中々厳しいらしいのだ。まあ、ほんとに転入生など何十年ぶりらしいから知らなくともむりはない。
「愁、どう?」
最終的な判断は会長様らしい。きっと、まだ聞きたいことはあるのだろうが、今のところ彼らのレーダーには引っかからなかったのだろう。
「いいんじゃないかな?他はどうかな、零夜。」
ああ、どうも違和感がある。彼の表情、話し方、仕草。不完全だ。
「なんか、変。」
ぽつり、と言った言葉を彼らは拾ったのだろう。特に会長はくるりと視線を零夜からこちらに移した。
「何が?」
え、笑顔が怖い。まさか、ここまで反応するとは思っていなかった。これ以上面倒事は避けたい。しかし、誤魔化すにしてもいい案が思い浮かばない。どう誤魔化すか。
「え、何がです?」
とぼけよう。うん、それが良さそうだ。しかし、会長は食い下がった。
「さっき、変って言ったよね?何についてかな?」
よく、聞こえたな、おい。どれだけ離れてると思ってるんだ。それにしても、予想以上に食いついてきた。あぁ、面倒だな。仕方ない、犠牲になってもらおう。これ以上の関心はいらない。と、なれば自らの身元の保証。
「ああ、すみません。零夜のことですよ。」
笑みを浮かべ、そう言った。
零夜は恨めしそうにこちらをみた。