深淵戦士クラーケン
え? なに、あんた誰?
え? 「ヒーローのクラーケンでしょ」って?
ああ、うん。そうよ、俺が「クラーケン」。水と海を守る深淵の使者。必殺技はイカスミハイドロカッター。
ま、元ヒーロー、だけどね。
なに? サインでも欲しいの? アンタ転売屋? 別にサインくらい書いてあげるけど、大した値打ちにはならんぜ? もう過去の人だし、俺。今さら有名人ぶる気もないし。
え、なに、サインが欲しいんじゃないの?
「この世は殺伐として乱れているから、なんとかして欲しい」だって? アベンジャーズとか、ジャスティスリーグにでも頼めば良いでしょ、そういう案件は。俺は帰ってオナニーして寝るから。
じゃあね。さいなら。
なんだよ、アンタも大概しつこいな。俺にどうしろって?
悪いけど、俺はアンタらがどうなろうが知っちゃこっちゃないよ。もうクタクタに疲れきってしまったんだ。帰ってマスかいてる方がマシだね。でも、それはお互い様だろ?
「アンタ、それでも元ヒーローなのか?」だって? 勝手なことを。アテにすんな。
そう、アンタらはいつだってそうさ。チヤホヤしてるウチは、ガキも大人も変身ベルトのおもちゃを買いあさって、ペニーパーカーだかスパイダーグウェンのフィギュアのティーンエイジボディに、ドピュッとぶちまける。そんな日常が、いつまでも続いていく、自分らは誰かに守ってもらえるって、思い込んで生きている。
大体、俺が何処の誰をぶちのめせば、アンタの気が晴れるっていうんだ?
いや、実際問題そうだろ? アンタは、アンタ自身が抱えている不安や不満の元凶がなんなのかすら、まともに分かっちゃいないんだ。もし、アンタの勤め先がブラック企業で、その社長がシン・ゴジラにトランスフォームしたとして、ソイツを俺がボコったら、アンタはホッとするのか? いや、アンタの不安はそんなんじゃ消えないね。ところでシン・ゴジラ、アレ便所にも流せないクソ映画だったよな。
じゃあ、今度こそさよならだ。
あー、クソが。トイレットペーパー切れてるの忘れてた。買いに戻らないと。
なんだ、アンタまだいたのかよ。辛気臭い顔でコッチ見んな。不幸が移るだろ。
分かった、分かったよ。しょうがないな。アンタのお喋りに付き合ってやる。
じゃあ、俺から質問だ。アンタは月に何回ネットショッピングを利用してる? なに呆れているんだ? 大事な話だ。
ふーん、結構使ってるんだな。まあ、今日びは皆そんなモンか。超便利だよな、ネット通販。自分で店まで行って、店内うろついてブツを探す手間が省ける。しかも大抵安く買えるし、交通費だってかからない。まあ良いことづくめさ。液晶画面に見とれて衝動買いする分にはね。
けど、宅配業やってる人からすればどうだ? いざブツを運んでも留守で再配達は当たり前、時間内指定に合わせて配送してなお、受取人から「遅い」とクレームが来る。歩合だってたかが知れているしさ。従業員は心身ともにクタクタで、そのせいでガン患ったり心不全でポックリ逝ったり、そういう話はいくらでも聞く。
小売にしたって青息吐息さ。まあ大店舗や量販店なんかは同じ穴のムジナ、因果応報かもしれないけどね。自営業や零細はもう死屍累々。買い手はすぐ目の前にいる筈なのに、みんな家に籠もってスマホで商品画像とにらめっこしてる。
アンタはこう思ったんじゃないか? 「仕方のないことじゃないか。配達業がキツいのは当たり前だし、個人業は経営戦略がなってないからだろ」とかさ。
まあ、確かにそれはそうだ。中には自分の分際をはき違えて、自営業興すヤツだっているわな。
それでも、みんな賢い買い物をしているようで、五年先、十年先の自分たちの首を絞めているんじゃないかね?
なんでこんな話をするのかって? たとえ話から始めた方が分かりやすいと思ったからだよ。
アンタ達を苦しめて、アンタたちが求めている敵の正体についてな。
「分かっているなら、さっさとやっつければいい」だって?
ハッ! そりゃあ無理な相談だね。少なくとも俺だけじゃできない。いや、昔のお仲間をいくら呼んだって出来やしないだろうさ。俺はそれに気づいたから、ヒーローであることをやめた。バカなことをしていたと思っているよ。いや、後悔しているのはヒーローを辞めたことじゃない。ヒーローごっこしていたこと自体にだよ。俺はな、アンタらを守るために、恋人とだって別れたんだぜ?
なんでヒーローであったことにウンザリしたか?
理由は二つある。
まず、一つ目はだな。さっき俺が言った通りだよ。大衆なんてモンは、所詮気まぐれなアホの大群だったからさ。一番うんざりさせられたのは「ヒーロー」だからって理由で、余所の国の戦争に駆り出しやがった時さ。マスコミに煽られて、どいつもこいつもイケイケドンドン。物資を運送するための出兵だから、戦闘行為じゃないって? とんでもない。俺達が運んだ食糧で兵隊どもは体力つけて、俺達が運んだ弾薬が、敵兵だろうが民間人だろうが一切構わず殺しまくったんだ。シラを切ったとしても、鉛玉をお見舞いされた側が、そんなこと許すワケがないだろ? あの時一緒に出兵した、月光ライダーっていたのを覚えているか? アイツが帰国したと同時にヒーローを引退したよな。本当はアイツ、ゲリラ兵のロケット砲が直撃して戦死してたんだよ。文字通り木端微塵。唯一残ったのは、髪の毛付きの頭皮だけだった。帰国してきた時現れた月光ライダーな、アイツは偽物がスーツを被っていたってオチなワケだ。政府はこのことを隠すために、墓にすら納められないまま、アイツは過去の人になっちまった。
みんな、ガワのスーツだけ見て、あることないことをキーキー喚いている。そして白々しく「ヒーローのみんな、勇気と感動をありがとう」とか言い出すのさ。鳥肌が立ったよ。気持ち悪くて。
二つ目の理由だ。まあ、どうせ言ったって信じやしないだろう。もうアンタだって、俺の話を聞いて散々ゲッソリしているみたいだし。どうだ、もうサヨナラするか? 別に俺にはどうでも良いけれど。聞くだけ聞くって? もの好きなんだな。
じゃあ、改めて、二つ目の理由を話すとしようか。今まで俺達が、そしてアンタらが『悪党』だと思いこんでいる連中は、本当の悪党じゃなかった。
なんて例えればいい? ……そうだな、俺達は延々とプロレスしてたのさ。お互いのセクトだとか、イズムとか、そんなもんを賭けて戦っていたようなもんだ。命をベットにしてな。
けど、人種だの、右翼だの左翼だの、資本主義だの共産主義だの、お国の誇りだの、そんなもんを弁証法的にやりあったからどうだってんだ?
本当の悪党ってのは、絶対に表に出ないし、まして顔だって見せない。影からこっそり、俺達をAチーム、Bチームに区分け、ボヤを仕込んで、そうやって喧嘩させるのさ。
それが、俺達ヒーローと、悪党ってワケだ。
どうしてそんなことをするのかって? そりゃあ、人間は競争も、誰かを憎むことも、何かを袋叩きするのも好きな生き物だからだよ。そんなワケないだろって? じゃあスポーツはどうだ? 格闘技は? ゲームは? ネットで延々と続くカスみたいな討論ごっこは? みんな商売につながる。
戦争ならなおさらさ。戦争を題材にしたゲームなら、そこら辺に転がっている大砲拾ってぶっ放すよな? あの撃ちっぱなしの携帯ロケット砲だって、現実なら一発一〇〇〇万だ。そんなのが何発も何発も飛び交う。武器屋は、AチームとBチーム両方に武器を売る。するとどうだ? どっちが勝とうが負けようが大儲けだ。戦争を推した政治家と投資家はいくらでも株を買うし、銀行だっていくらでも融資する。アイツら、本当に資金繰りに困っている所にはビタ一文貸さないクセしてな。
誰が悪党だと思う? Aチーム? Bチーム? 武器メーカーで働く従業員? 武器の開発者? 武器屋の株を買うやつ? 金融グループ? 法的には、感情的には、誰だって善人だし、誰だって悪人だ。
最初の話に戻ろう。
だから俺は、ヒーローなんて誰かにとって都合の良い存在にはなれないし、だからアンタの憂鬱の種はなくならない。大体、みんな死ぬまで不安抱える羽目になるんだ。不平等が過ぎるこの世で、数少ないフェアな要素さ。
「じゃあどうすればいい?」なんてツラすんのも大概にしろよ。こんなクソみたいな世の中で、自分は何をすべきかなんて、幼児向けのアニメとか特撮で散々、異口同音に言っていたろ? 映画や本、漫画にしたって、大事なことは何度も何度も語られてきたことじゃないかよ。ところがぎっちょん、アンタらはそういう言葉を何度見聞きしても、一週間もしないうちにすっかり忘れてしまうんだ! ペロッと付箋を剥がすみたいにな!
俺の口からは、そういう『大事なセリフ』は言うつもりはないね。気色悪くて、鳥肌が立ってくる。
だから、憎まれ口を叩いてやるよ。
アンタらを乱す真の敵は、アンタら自身にあるってことだ。自分さえ良ければ、他のヤツらはどうでもいいなんて毎日を繰り返しているから、結局お互いに居づらくなってくるんじゃないのか? 本当にちょっとした、相手だとか物事に対する心構えを変えることが重要なんじゃないの? 神も仏も、自分の腹ん中にいるんだよ。ちょうどガンダムとかザクのパイロットみたいにな。
まあ、俺はこの世界がどうなろうが知ったこっちゃないよ。言うべきことは言ったし。アンタも「現実は辛く厳しいから」って言い訳して、どうせ何もしない可能性の方が高いだろうさ。エロオタクどもが、エロ漫画だのエロアニメだのが規制されるたびに「創作物は人に影響を与えない」って喚き散らすけれど、ありゃあ概ね事実だよ。俺達のヒストリー程度じゃ、悪党もヒーローも生まない。本当に生まれてきたら、たぶんソイツは勘違いしたコスプレ馬鹿だ。
けどな、誰かを慮り、何が自分たちの人生をしみったれたものにしているかを調べて考えて、突き止めることは、そう難しいことじゃないだろ?
少なくとも、命がけで「悪い奴ら」と戦うよりは、はるかに簡単だ。
それじゃあな。
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何せコンパクト過ぎる内容なので、削るよりも字数を埋める方が大変でした。
拙作のモチーフになったのは、ポルノグラフティの楽曲「ラストオブヒーロー」です。
この曲を知ったのは、去る911から半年ほど経って出たアルバム「雲をも掴む民」を聞いた時でした。当時は開戦に対するギラついた空気――いっそ、バブル崩壊後の閉塞感をかき消すかのような昂揚感が演出されている中、冷や水をぶっかけるような厭世的、急所めがけた歌詞が衝撃的でした。