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よるのとり横丁騒動

 

 電車がどこかの駅に着いた。うたた寝していた僕は目を開ける。車内の電光掲示板を確認すると、午前零時半を過ぎていた。日付が月曜日になっていた。いつもならとっくに夢の中にいる。

「今はどこの駅?」

 隣でウォークマンを聴いている葉月ねえちゃんに聞いた。ヘッドホンで耳を塞いでいるのに、彼女は「五番目のみちなかば駅」と答えた。

「じゃあ、次の次の駅で乗り換えか。乗り過ごししないようにね」

「私は大丈夫だけど。ところで、この電車おかしくない?」

「何がだよ?」

「タイくんが寝てる時から止まってるのに、さっきから全然動かないの」

 確かに、電車が出発する様子はない。人身事故でも起きたのかと思った矢先、気だるい声のアナウンスが流れた。

『この電車はこれより車庫に入ります。まだ車内に残っておられるお客様は、気をつけてお帰り下さい。繰り返します――』

「何でだよ、バカ野郎!」

「怒っちゃダメだよ、タイくん。この電車で終電だったのよ」

「そんなの聞いてない。反則だ。全然フェアじゃないよ」

「とにかく降りましょう」

 葉月ねえちゃんがそそくさと下車した。僕もあきらめて、プラットホームに降り立ち、ほとんど人の姿のない改札口を通り過ぎて駅前に出た。目の前に交差点があり、その向こうにきらびやかな光りが見える。繁華街があるみたいだ。

 葉月ねえちゃんは早歩きで繁華街に向かっていく。先頭に歩ける主導権を取られているのはシャクだけど、この時ばかりは僕は二の足を踏んで、彼女の後ろを歩くしかなかった。

 時間は零時をとっくに過ぎているのに、開いている店の方が多い。どの店の看板もネオンの光りが昼間の日光ように目に突き刺さってくる。

 歩いている人もちらほらいる。ガラの悪そうなおじさんが肩をいからせて歩き、酔っ払いの会社員が千鳥足で歩いている。女性も派手な服を着ている人が目立つ。怪しい雰囲気のある店の先では、ウサギの着ぐるみがプラカードを持って、何やら客引きをしている。

 プラカードには『いいナオン揃ってます♡』だって。

 僕らの迷い込んだ繁華街は、まさに大人の世界である。子供が寝ている間に大人が通っている、大人のための憩いの場。子供は立ち入り禁止っていう雰囲気がそこかしこにあった。

 僕はせめて、葉月ねえちゃんとはぐれないように気をつけた。

「タクシーでも拾って行く?」

「お金が足りないわ。それに、こんな時間ではタクシーはないと思う」

「それもそうだよね……」

「タイくんは怖いの?」

「こんなところに来たの初めてだから」

「夜の町を歩くのが怖いから、死ぬのはもっと怖いと思うけど」

「うるさいな。黙って歩けよ」

 僕らのいる繁華街は『よるのとり横丁』という名らしい。出口の看板をぶら下げたアーチが見えてきた。向こうに道路か他の駅があるかもしれない。

「僕らが死んだら、ここが二人の姿が目撃されたところですって、テレビのニュースで報道されるのかな」

「珍しくない事件だから、三面記事で終わるかも」

 そっけない答えに、僕は口を閉じた。それはさすがにゴメンだ。

 あと少し……看板の真下まで来た時だった。

「ちょっと、そこの君達!」

 正面の角から現れた二人組の大人に声をかけられ、僕の全身が凍りついた。テレビのニュースなどで目にする、警察官だった。

「君達は未成年だろ? こんな時間にこんな場所で夜遊びをしているな」

 まずい、これはすこぶるまずい。このままでは間違いなく補導されてしまう。それはすなわち、計画は失敗を意味する。

 足が固まって動かないでいると、葉月ねえちゃんが僕の手をつかんだ。

「走るよ」

 そうささやいた途端、合図もなしにUターンして駆け出した。

「あ、コラッ! 待ちなさい!」

 警察官らが怒鳴りながら追いかけてくる。

 いつもボンヤリしていそうな葉月ねえちゃんでさえ、僕よりも早く走った。とうか、陸上選手みたいにはるか前を駆けていく。一方、僕は何度も足がもつれてこけそうになりながらも必死に足を動かした。だけど、普段の学業のたまものか、すぐに息が切れ始めた。

「ぼく……もう、だめ。つかまっちゃう……」

 通り過ぎたばかりの繁華街を突っ切り、客引きをするうさぎの着ぐるみを突き飛ばした。後から追いかける警官二人が、倒れるうさぎに足を引っ掛けて、そろって派手に転んだ。わずかな隙に息を整えると、僕は再び走った。

 先頭を突っ走る葉月ねえちゃんは、とあるゲームセンターの中に入っていく。僕も後ろから続く。深夜なのに、若い大人のグループでごった返していた。騒音と奇声をかき鳴らしており、耳がおかしくなりそうなほどうるさい。

 僕らは店の奥を進んだ。

「ここに隠れるの」

 葉月ねえちゃんと僕はプリクラの中に隠れた。そこは二人入るのがやっとな狭い部屋で、目の前の画面から、かわいいキャラクターが能天気な声で操作方法を説明している。もちろん、悠長に写真を取っている暇なんてあるわけない。

 カーテンの隙間から覗いてみると、警察官が一人ずつ顔を確認したり、身分証の提示を求めたりしているのが見えた。ここにいても見つかるのは時間の問題だった。

「このままじゃ、見つかっちゃうよ。どうすんのさ?」

「タイくん」

「何?」

「こっち向いて」

 画面を向いた瞬間、(撮っりまーす!)とキャラクターの陽気な声に合わせてシャッターが切られた。

「バカ! こんな時に写真なんか撮ってる場合かよ!」

「記念に撮っとこうかなって思って」

「葉月ねえちゃんってアホだね?」

「そうかも。ところで、タイくんは男の子だよね?」

「当たり前だろ。ホントにバカだな」

「うん、馬鹿かも。でも、いい作戦を思いついたの」

「マジで?」

 葉月ねえちゃんは耳打ちして説明した。あまりの馬鹿馬鹿しさに途中で聞くのを止めた。上手くいくはずがないと思っただけじゃない。

「僕にそんなことをしろっていうの?」

「私を信じて」

 いつもになく目は真剣を向けてくる。僕は少し悩んだ末、従姉の指示に従う決心をした。ここで捕まることを思えば、背に腹は代えられない。

 しばらくして、部屋の外からノックしてきた。開けると、さっきの警官達だった。

「なんか用ですか?」

 変装した葉月ねえちゃんは、別人のような面倒くさそうな声で答えた。女優を目指すべきだと思うぐらい、すごくうまい演技だ。

「君達は未成年かね?」

「あたしら、これでも大学生で、今年に成人式を終えたばかりなんですけど」

「それは失礼しました。ところで、高校生ぐらいの女の子と小学生の少年を見ませんでした?」

「見てないけど」

「そっちの人は?」

 葉月姉ちゃんの後ろに固まっている僕を、警官がライトで照らす。まだバレていないようだ。

「僕、じゃなかった、ワタシも知らない」

「……失礼ですが、氏名と住所を教えていただけますか?」

 万事休す。絶対に聞かれてはいけないことを聞かれた。

「あたし、クローディアでーす。この子はジェイミー。二人共、この辺に住んでます」

「それは本名かい? 日本人だよね、君達」

「知らないんですか、おじさん? 今は、子供に横文字の名前を付けるのが当たり前なんですよ」

「そうなのか?」と、同僚に聞く年配の警官。同僚も首をかしげる。

「まったく、最近の親ときたら……では、身分を証明できるものをありますか?」

「トイレに財布を忘れてきたから取ってきまーす」

「わ、ワタシもー」

 警官から逃げるようにして、僕達は急いでトイレのある店の奥へ向かった。

「急いでくださいよ。まったく、最近の若いヤツのことはサッパリ分からん」

 警官の愚痴を無視して女子トイレに入った。両側に個室。男子便所みたいに小便器はない。初めて女子便所に脚を踏み入れた僕は、顔から火が出そうだった。

「向かって左の、手前から三番目」

 葉月ねえちゃんの示した個室を開けると、そこの壁には小さな窓があった。

「ここから出るの」

 隙間は一人ずつならなんとか抜けらそうだった。小柄な僕が先に窓から身を乗り出した。外は裏路地になっており、ゴミ箱の上に乗る猫が驚いて逃げていく。僕より大きい葉月ねえちゃんはさすがにつっかえたが、無理やり外へ引っ張るのを手伝った。

 裏路地から表に出て、繁華街の出口へ向かった。それからは五分以上は走り続けたかもしれない。誰もいない公園まで来ると、そこで足を止めた。

 もうこれ以上は走れない。僕はベンチにどっと腰を下ろした。

「タイくん、パンツ丸見えだよ。女の子はね、はしたない格好で座ったらダメなの」

「僕は男だ! だから、こんな格好なんかヤダったんだ!」

 今の僕は葉月ねえちゃんの替えの服を着て、顔には化粧までさせられている。

 彼女の作戦に乗ったせいで、フリフリのワンピースを着る羽目になった。女装した上に、女子トイレまで入ったなんて、他の人には絶対に話せない。親が見たら絶対に泣く。「念のために、これもは履いとく?」と下着まで渡してきた時には、従姉の正気を疑った。

 もちろん、断った。

「でも、タイくんはその格好の方がかわいいよ。化粧のノリもいいみたいだし」

「人の気も知らないで!」

 僕は化粧の顔を洗い、赤い長髪のカツラを脱ぐと、自分の服に着替えた。葉月ねえちゃんも作り物の眼鏡をゴミ箱に捨てる。プリクラの中にあった撮影用の衣装を拝借してきたものだ。

「それより、葉月ねえちゃんもよくやるよな。その髪」

 警官がやって来るまでの間、葉月ねえちゃんは自分の長い髪をバッサリと切ったのだ。その上でメガネをかけて、派手な化粧をして、まったくの別人に変身してみせた。

「髪なんて、どうせすぐに伸びるもの」

「でも、ショートカットもけっこういいんじゃないの」

「そうかな?」

「ウザったい感じがしないから」

「このままにしとく」

「勝手にしろよ」

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