検問を突破しろ
恐怖の山道を抜けるまで、僕はドンを枕にしてうたたねしていた。少し臭うのを我慢しさえすれば、フカフカで寝心地がいい。迷惑そうに「ブゥ」とボヤくドンをよそに、再びの夢の世界に落ちようとした。
「なんや、あれ?」
富本さんの声を聞いて頭を上げると、前方の光景に眠気が嘘のように消えた。僕は今、幻覚を見ているのだと信じたかった。
「こんな遅い時間に検問かいな」
自動車数台が停車して数珠つなぎに並び、列の先にはパトカーが赤いサイレンが点滅させ、一代ずつチェックしていた。そばの看板には『検問中』とある。
「こらけっこう時間かかるぞ」
ああ、最悪だ。タイミングがひど過ぎる。三六五日のうちの一日、二十四時間の数時間、僕らが自殺しようとしているその時間帯に限って、アクシデントが立て続けに起こるんだ。
僕は絶対悪くない。葉月ねえちゃんが不運なせいだ。子ブタなんか拾うから。
「どうするの?」
窓をぼんやり眺めたままの従姉に小声でささやいた。
「焦らないで」
「ここは焦るべきでしょ。警察の人に聞かれるよ。君達、今夜遅くに何をしに行くのかって。どうやって乗り切るつもり?」
「自由研究で星を見にって答えたらいいの。正直が無難よ」
「住所と電話番号を聞かれるよ。家に電話されると嘘がバレて、アウトだ」
「私達には黙秘権があるわ」
「黙秘権?」
「口を割りさえしなければいいの。住所と電話番号を言わなければ、家を調べられる心配も連絡される恐れもない」
「ねえ、葉月ねえちゃんって、やっぱりバカだよね?」
「うん、バカかも」
こうなったら、葉月ねえちゃんには黙秘してもらい、僕一人で切り抜けるしかない。 頭の中で台本を練り上げておこう。はい、そうです。僕らは姉弟です。二人で星を見に行こうと思いまして。ええ、もちろん親には許可をもらいました。だから、親に連絡しなくていいですよ。本当に大丈ですから、どうぞ、おかまいなく。よし、完璧だ。
トラックの順番がゆっくりと近づいていく。これはアレだ。面接の順番を待つ受験生の気分に似てる。本番はきっと今と同じに違いない。
とうとう、僕らのトラックが順番に回ってきた。パトカーの真横で止まると、中年の警官が出迎え、鋭い目つきで車内をのぞき込む。別の警官はトラックのナンバーを調べている。
「夜分のお勤め中、迷惑をかけます。実は、この付近でひき逃げ事件がありまして]
「ひき逃げ?」
「ひどい事件です。この近くの道で一人歩きをしていたおばあさんをひいて、この高速へ逃げたようなのです」
目撃者の話だと、被害にあったおばあさんは、現場近くの街で一人暮らしで、よく夜中にコンビニへ買い物に行っていたという。今夜、いつものように買い出しに出かけたところを事件に巻き込まれたのだ。命には別状はないものの、足を骨折してしまったせいで、しばらく外を歩けないらしい。
「そら、ひどい話やな」
「逃げた車は赤のスポーツカー、乗っていたのは若い男が三人です。何かご存知ありませんか?」
「わしらは一本道をずっと走って来たが、そないな車は見てへんな」
「そうですか。どうも、ご協力ありがとうございます」
警察官が無線で何事か話している。安心していた矢先、「おや?」と別の警官が富本さんの隣に座るこちらを見た。
「失礼ですが、この子たちは?」
僕が考えておいた理由を話す前に、富本さんが信じられないことを言った。
「わしの孫達や。そうやな?」
「……うん。僕とお姉ちゃんは親戚のおばさんの家で泊って、おじいちゃんが迎えに来る予定だったんです。だよね、お姉ちゃん?」
咄嗟の嘘に乗ってしまった。これが面接なら臨機応変に答えなくていけない。僕は大丈夫。問題は従姉の相棒だった。
「え、そうだったっけ?」
「そうなんだよ!」
「あれ、おかしいな。私達のおじいちゃんは四国のみかん農園をしてたような……」
「この子は坊やのお姉さんかい?」
「すみません。姉は反抗期なんです。嘘ばかりついて困ってて。ね、おじいちゃん?」
「おお、そうや。ほんまに、この年頃の子どもは何を考えとるか分かりませんわ」
警察官は気難しそうな目で睨んでいたが、やがて顔をほころばせた。
「いや、分かりますよ。うちにも同じぐらいの娘がいて苦労してますからね。そちらはお孫さんと仲がよくていいですなあ。夜道ですので気をつけて下さい」
「パトロール御苦労さんです」と言い残して、トラックはやっと検問を通過した。
最大の難所を乗り切った達成感に、僕は胸をなで下ろしていたが、葉月ねえちゃんがため息を漏らすのを聞き逃さなかった。まるで、バレてほしかったかのように。
国道はトンネルばかりが続く。最寄りのサービスエリアまで十キロを切っている。そこを過ぎれば、目的地のあすなろ海岸は目と鼻の先にある。
「あの、さっきはありがとうございました」
「かまわん。それより、そろそろホンマのこと教えてくれんか」
「何がです?」
「本当は自由研究やないんやろ」




