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看護師ミツルの事件簿  作者: 瀬夏ジュン
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第5話 肝胆膵センター

「ガンに侵された患者さんたちにとって、あのお医者さまは救世主だと思うか?」


 あえて誰も口にしない問いを、横芝先生が発した。

 ぼくは当然のように返す。


「旭先生、スゴい業績なんでしょう? 手術件数も5年生存率も、日本有数とか」


「なんも、わかっちゃいねえな」


 とたんに先生は反応した。迫ってきた暑苦しい顔は、信頼できる医者特有のオーラを発散させている。あんまり身体を寄せるので、彼の下半身はおろそかだ。


「先生、的から外れちゃいますよ」


「おっと、いけね」


 両手をモゾモゾさせて、彼は放水する先を正した。

 そのあと話す内容は、うすうすぼくも察していたことだった。


「あのひとは患者を選別してる。難しそうだったり、ちょっとでもダメそうなガンはオペしねえ。60才以上は無条件で相手にしねえ。患者のことなんて、ちっとも考えちゃいねえ」


 顔だけこっちへ向けて、先生はいい放った。


「肝胆膵手術の名手だなんて、ウソっぱちだ」





 一般の人々にとっては、旭先生は名医だ。

 だが、本当の事情を知る関係者は少なくない。

 そう。

 すばらしい業績というものは、額面通りに受け取ってはならないのだ。


「あたしも聞いたことある。大学病院で手術を待たされたあげく、手遅れになった患者さまがいるって。けっこう前の話らしいけど」


 喫煙室で、リエが煙を吹く。


「ごく初期の膵頭部ガンが見つかった人がいてさ。まだ小さいし、転移もない。これは不幸中の幸いだ、手術で治る。ってことで、内科も検査部も大喜びで旭先生に紹介したんだって」


 膵臓ガンは、こんなふうに初期で発見されることは珍しい。症状に乏しいから、ガンだと分かった時点でかなり進行している。まわりの組織まで広がっていたり、遠いところに転位していたり。

 ということは、初期の膵臓ガンは、手術がうまくいくという点でレアで喜ばしい症例のはずだ。


「そしたら患者さん、また別なとこに検査入院を1ヶ月させられたあげく、戻ってきたら、予定が込んでて半年も待たされたらしいのよ。もう内科と検査部、泣いて怒ったってさ」


「おかしいね、いくらなんでも半年待たされるというのは」


「でしょう? 大学の検査部にいる元カレがいってた。患者さまが65才だったから、手術したくなかったんだろうって。高齢な患者は術後リスクがあるからって」


「それは80才くらいの話だよね、手術の負担で逆に寿命が縮まっちゃうのは」


「旭先生は60才以上はオペしないってさ。若くて元気な人だけ診るんだって」


「それなら、どこか他の病院に紹介すればいいと思うけど」


「そんなことしたら、広まっちゃうから。意気地なしって、バレちゃうから」


 名医の正体は、こんなものなのだった。

 でも患者さんは自分の命がかかっている。まだまだ生きたいのに年齢制限をくらうなんて、たまったもんじゃない。


「待たされたその患者さん、かわいそうにね。なんで他に行かなかったのかなあ」


「旭先生の信奉者だったみたい。待ってる間に進行しちゃって、そこでやっと転院して抗がん剤と放射線始めたって。じつは進行ガンだったんですって旭先生からいわれても、それを信じたんだって。罪を着せられた内科と検査部は、もう訴える寸前だったらしいわよ」


 その怒りは、至極もっともだ。

 いち早く見つかった、性根の悪いガン。幸運にもほぼ確実に治る。

 なのにそんな結果に。

 とても悲しい症例。


 これが、いまスエヒロ病院を騒がしている事件に関係あるだろうか?

 身内の誰かの恨みだろうか?

 

 それは、サユリさんとどうつながるのだろうか?


「モツ鍋、食べたいね、リエ」


 唐突にいう、ぼく。


「うんうん! とびきりウマい店で!」


 食欲満点の笑顔。


「じゃあ、ちょっと頼まれてくれる? 大学行って、亡くなった膵臓ガンの患者さんのこと、調べてくれるかな。近い人のこととか」


「あら。あんた、ムシが目覚めた?」


 彼女はニヤリと口角を上げた。食べ物ではない何かを期待している。

 ヘビースモーカーのこのナースは、へっぽこ探偵の助手としても優秀だ。


「いいわよ。あたしも思った。分娩室には肝臓。耳鼻科外来には胆嚢。ときて、次は膵臓だなって」


「久我山サユリさんの家は、飲食店をたくさん経営してる。臓物を使う料理店があることは分かってる。あとはアリバイを調べなきゃ」

 

 さあ、一体どうなるか。

 サユリさんとは、どんなデートになるかなあ。

 モツ鍋、美味しいといいな。

 あ、その時はリエもいっしょだ。

 うーん。

 まあ、いっか。


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