エピローグ
「トキおばちゃん、いったい、なにやってるの」
というぼくの声に、総副婦長はきびしい顔をした。
「仕事場で『おばちゃん』はないでしょう。鴨川ミツルくん」
「は、はい、すみません。って、なんなんですか、このモツは」
うしろに渋谷先生がいるのに気づいたトキおばちゃんは、ニヤリとすると、ぼくを手招きした。
車イスに座った彼女に、ぼくは顔を近づける。
彼女は、いう。
「あなたのかわいいガールフレンドに、スーパーで『モツのコテツお兄ちゃん』を買ってきてもらって、量を水増ししたの。でも、メガネを外した渋谷先生のほうは、美人タイプねえ」
「はあ?」
ぼくが返せた言葉は、それだけだった。
「センターの話は、よーく考え直すように、あたしがカズちゃんにいっておく」
カズちゃんとは、末広すえひろカズマサ先生。スエヒロ病院グループの総院長。
おばちゃんは背筋を伸ばした。
「まあ、センターはナシだとしても、いろんなところに内臓が出没したくらい、どうってことないわよね。だって、もともと病院というものは、身体の部品ぜんぶを扱う場所なんだから」
ぼくのうしろに聞こえるように、さらに声を張る。
「反省したら、もう忘れてください。がんばって仕事をしましょう。患者さまのために」
ぼくは渋谷先生をふり返った。
彼女は今までに見たことのない表情をしていた。
けっして姿を露わにしなかった秘密の数々が、美しく黒い湖からあふれてこぼれていた。
その時だった。ぼくの頭に生暖かいものが降り注いだのは。
「ごめんごめーん! あたしもこぼしちゃったー!」
走ってきて急に止まったその看護師は、リエだった。
頭上高く掲げた両手には、病院食の食器を逆さまに持っている。
そこから料理がムダに注がれたのだ。
リエは意地悪そうに口角を上げると、ぼくにだけ聞こえるように、いった。
「わるいけど、これも『コテツお兄ちゃん』で増量してる」
はいはい。
ぼくだけ汚れて、ジエンドですか。一件落着ですか。
「最高においしいモツ鍋、ずっと待ってるんだから。忘れないで」
ピンクのナース服に身を包んだ天使が、小悪魔のような笑顔でウインクした。
記念病院の内臓 終




