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竜の卵

竜の卵

作者: 塩辛

私たちの住む世界とは別の次元にある宇宙。ここでも太陽系が形成され地球が産まれようとしていました。


これは、その世界を創った一匹の竜の物語。

宇宙に太陽系が生まれたばかりの頃、地球の原形となる石の塊にいつも通り小さな隕石が降ってきた。


それは、竜の卵。


卵は燃える地球の中心へと深く刺さり、地球の核の中で卵は孵化した。頑丈な殻が割れた瞬間に溶けた鉱物が押し寄せ、竜の(ひな)は死んでしまう。卵の殻だけはどこかへ流され溶けていく。

 死んでしばらくすると竜の魂は転生して卵に戻った。地核の中心で卵に戻り、その都度熱い地核のなかで卵が割れては死んでいった。

 百万回、百億回、百兆回、死と転生を繰り返すたび、地球には竜の卵が染み込み、卵の殻の力によって地球はぐんぐん成長していった。そしてその都度、竜は強靭になっていった。地核の中心で数秒耐えていたのが数分になり、数時間になり、数日となっていた。そうなるまで永い永い(とき)が流れていった。


あるときついに竜は地核に適応し、鉱石の溶岩を食べて生活し、地核の中で成長し、とうとう自分を包んでいた地球という殻を破って出てきた。


真の孵化だった。


その勢いが強すぎて竜の片翼は根元からもげ、竜は宇宙空間へ放り出されてしまう。地球もまた大きく割れたあと元に戻ろうとしていった。


竜が彗星となって宇宙をさ迷い地球に戻ってくるまでの長い間に、もげた片翼は冷たい宇宙空間で何度も死と転生を繰り返した。卵に戻り、産まれては氷漬けになり、陽を浴びて粉々にされ、また卵に戻る。時には大量の隕石に潰されることもあった。

いつしか意思が宿り、姿は翼には近いが手足が生えた別の生物となっていった。狼か虎のような見た目だった。その生物の意思が触手のように伸びて、地球の元だった岩などを宇宙空間で引っ張り地球に近い場所に巣を作った。


それが、月だ。


竜の卵の殻によって強い生命力をもった月には空気と水と生命が宿っていった。同じように地球も落ち着いてそのようになっていた。


このあと便宜的に竜はドラゴン、もういっぽうの生物はアルテミスと表記する。


二匹が出会ったのは、地球と月の海の底から小さなあわぶくが出始めた頃である。

ドラゴンはアルテミスが自身によく似ていると思った。出会った頃から親しく接し、アルテミスもまたそんなドラゴンを受け入れて、以降お互いが側を離れることはなかった。

アルテミスはドラゴンと比べると弱く不完全だ。しかし、そんな部分も含めてアルテミスのことをドラゴンは気に入った。何より、アルテミスは美しい。ドラゴンはアルテミスを慈しんだ。

ドラゴンは信じられないほど力強かった。しかし、絶対にアルテミスに危害は加えなかった。アルテミスがドラゴンにどんなことをしても怒らなかった。アルテミスはドラゴンのことを愛おしく思った。


あるとき、アルテミスがドラゴンのもげた翼の部分に掴まると一匹の竜のようになった。体の芯から力が溢れ出し、地上も海底も地殻も宇宙も、どこへでも飛んでいけるようになった。

二匹はとくに地球と月とをいったりきたりしながら、海の中に入って中をかき混ぜ、大地を駆けて嵐を吹かせ、火を噴いて大地を溶かし、地中に隠れて揺れ動かしたりした。


2匹の激しい愛によって、地球も月も豊かになっていった。


地球が生まれてから数十億年の(とき)が流れたころ、大きな大きな隕石が地球へ向かってきた。二匹はその石ころを宇宙空間で受け止め、つついたり飛ばしたりして遊んだ。アルテミスがもつ重力の力を与えたところ、反重力を伴って地球から40~70キロほど離れた場所に浮かぶようになった。気まぐれにぷかぷかと流れ、たまに地上近くまで降りることもあった。


そこは、二匹の巣となった。


ここはのちに「竜の巣」「(てん)の島」「()き島」「神々の宮殿」「王が最も憎んだ地」「王の焦がれ」「浮遊する地上」「真の天空の城」などと呼ばれる。これは時代や伝承により様々な呼び名がいくつもあって定まっていない。

二匹は遠くを見渡せてほどよく涼しいその場所を気に入った。しばしば光のカーテンが見える地で、アルテミスはその力によって巨大な円錐状の溶けてもなくならない氷柱(つらら)を建て、ドラゴンはその力によって氷柱の頂点に消えない火の球を乗せた。氷柱からは延々と水が伝わり流れ、彼らの巣もまた生命で溢れていった。


その地に住む者から父母(ふぼ)蝋燭(ろうそく)と呼ばれた。


あるときドラゴンは地上にいた生物を見つけ、それを咥えて巣へ運ぼうとした。捕まってしまった生物は運ばれる途中で稲妻を受けて死に、ドラゴンの口の中で転生した。彼は生まれた頃から、強力な稲妻を操る雷神となった。

二匹は彼をこよなく愛し、飛んで逃げる自分たちに稲妻をぶつけさせて遊んだりした。しかし彼は二匹に比べると小さく非力であり、一人ぼっちだった。彼を哀れんだ二匹は、彼にも自分たちのような愛する相手が必要だと思った。

そうしてドラゴンとアルテミスは次々に地上から生物を運んでくる。海の水をたっぷり浴びて海神が生まれ、嵐の中から風神が生まれ、炎の中で灰になったものに涙を流せば燃える鳥が生まれた。他にもいくつも生命を増やしていった。二匹は彼らをこよなく愛した。


巣の上が手狭に感じたのと、息子たちが望んだので、いくつかの神を連れて月へいき、そこで新たな生命を生み出していった。彼らが乾かないように、巣と同じく氷柱と火球をつけてやった。とても大きな父母の蝋燭だ。その水を飲んだ生命はみな強く賢く美しくなっていき、月はさらに豊かになった。


彼らは、月の民。


ときにドラゴンとアルテミスに仕え、神々の使者となり、恋仲となり、月だけでなく竜の巣にも地球上にも住処を移していった。地球では地域によって独自の進化を遂げたが、月に住んでいたときのように美しく聡明にはなれなかった。

地上にはさらにいくつもの生命が生まれ、彼らの喧騒に淡を切らした神々が稀に激しく怒っていたが、それも次第に静まっていった。


そうなるよりもう少し前のこと、神々の気付かぬ間にドラゴンとアルテミスは巣の中で永遠とも言える眠りについてしまう。


彼らの巣にある氷柱の中に穴を開けて二匹は寄り添っていた。二匹は炎の神でも溶かせないほどの硬く冷たい氷で覆われている。顔だけはわずかに覗かせていたので、時折り目を開けて何かを見つめていた。たまたま近くにいた月の民の一人が見つめられ、それだけで神へと進化することもあった。


さらに、稀にドラゴンの目から黄金の涙が零れ落ちるごとに地球のどこかで奇跡が起こった。


神話の時代が終わりを告げ、地球が生まれて44億年ほど経った頃、黄金の輝きを放つ竜の涙が零れ落ちて始まる物語が地上の民に語られていくようになっていった。

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