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椎名麻優の過去と今《現在》  作者: 朝風由紀菜
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狂った家。繰り返される悲劇

19××年6月30日。

都内某所の個人病院。深夜3時過ぎた時。

曇天の空からは大粒の涙が零れ落ちてきた。まるで、今から生れ落ちる生命の未来を哀れむかのように。

分娩室には、妊婦一人と産婆が一人。妊婦は、陣痛の痛みに苦しそうにすることもなかった。

ただ、宿った生命が今にも生まれそうなことに深く絶望していた。

大嫌いなあの人の子を宿して、生んでしまう。

ああ、嫌だ。嫌だ嫌だ……!

虚ろな眼差しは、天井を眺めながら妊婦は泣いて昔を思い出していた。

あの腐った家で、繰り返される性的虐待。守ってくれたのは、それに参加しなくて自分を庇う長男だった。

性的虐待と言っても、最後までされることはなかった。

でも、でも。あの日から優しかった長男は、態度を変えた。

私が初潮を迎えた16歳の日。ある日、えらく機嫌のいい兄は言った。

「生理、来たのか?」

その言葉に、兄に言うのは恥ずかしかったが頷いた。頷いてしまった。

祝ってくれると思っていた。その時の、私はあの兄が内に秘めた激しくも吐き気のする情欲に気付かなかった。

……今、思い返せば兄はたまに私に欲情の眼差しを向けていたことがある。

それは、一時的なものだと思っていた。

だって、私の家は昔から近親相姦を繰り返していた家系だった。表沙汰にならないよう外から妻を娶ったりしたが、それだけ。

妻と言ってもただそこにいる置物。子作りは、家族の女の役割だった。

けど、近親相姦にいいことはない。子供が障害を持っていたり短命だったり、死産したり。

そのため、最近では置物の妻との間に一応子供を作ったりする。

その方が、我が家の未来は安定するからだ。

だから、兄が私に欲情するのも。その血が流れているためであると思っていた。

初潮が来て。兄は喜んだ。祝ってくれた。でも、その祝いの言葉は私にとっては最悪なものだった。

「結菜が、生理来ないのはあのくず達のせいだと思っていた。けど、けど! ようやく、来たんだな。ああ、ようやく。私の子供を孕めるんだな」

兄は……何を言っているんだろうか。孕む? 誰の?

「結菜。これから、私は君の旦那だ。だから、兄様じゃなくて、麻希様と言いなさい。いいな?」

有無を言わさない兄。そして、私を舐めるように見る視線。

全てが気持ち悪かった。逃げようと後ずさった。

「何故、逃げるんだ。結菜」

「いや……っ!」

伸びてきた手が、私の腕を掴む。その腕を振り払おうとすれば、力強く頬を殴られた。

痛みと、恐怖で涙が浮かんでは零れ落ちた。

怯え、震えてはその場に立ち尽くす私を兄は部屋の中に連れ込んだ。

――この日を最後に。私は外に出ることはなかった。

ようやく、外に出れたのは今日だった。つまり、逃げ出すのは今日しかない。

誰かの泣き声が聞こえて、結菜は意識を現実に戻した。出産は酷く痛く辛いと思っていた。

でも、現実逃避のおかげなのか。全く痛みは感じなかった。

元気に泣いている赤ん坊。この場所に、産婆はいない。チャンス、だと思い結菜は、重たい身体を叱咤して分娩台から降りた。

逃げよう。逃げなきゃ。

出口に向かおうとした時、赤ん坊を見て暫し考える。

この子が、女の子だったらあの家の子作り人形にされてしまう。男の子だったら……。容姿が整っていた場合、絶対あの家の慰み者になる。

死ぬまで、性処理をされる。普通の幸せも、知らないまま死ぬのか。

……。ダメ。それは。私の様な思い、させては。大っ嫌いな男の子供だろうが、この子は私が生んだ大事な我が子だ。

子を見捨てる親がどこにいる? 守らなきゃ。

赤ん坊が泣き疲れて眠るのを待ち、その時が来たとき。結菜は生まれたばかりの赤ん坊を毛布に丁重に包み分娩室を出た。

周りを警戒しながら、病院の外に向かう。嬉しいことに、見張りはいなかった。恐る恐る後ろを見るも、誰も追ってきてない。

よかった。ああ、よかった……!

結菜は自由になった喜びに何年かぶりに笑みを浮かべた。

腕の中の我が子を見る。

「ふふ、よく眠ってる」

徐々に愛おしさが溢れてくるのを感じていた。そして、母子は誰にも気付かれないまま夜の闇に消えていったのだった。

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