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ナハトさんは最強執事(仮)  作者: にっけっけ
第一章:執事さんとの出会い
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夜の忠告

8日に降り出した雨は次の日の夕方になっても止まなかった。学校に咲いていた桜はもう半分ほど散り落ちてしまい、屋敷の庭の花も滴に打たれ過ぎて下を向いている。こうも天気が晴れないと気分もなんだか陰ってしまうものだった。


「お嬢様?」


いつの間にか課題に向かう手が止まってしまったらしい。英語の教師として来ているナハトに声をかけられて、思い悩んでいた思考を慌てて止めた。


「あっ、ご、ごめんなさい……」


急いで解きかけていた問題文を読み直す。誕生日が近づくにつれて、集中力が散漫してしまっている気がした。鴎外の言葉が主な原因だが、不思議な夢を見たことも胸に引っかかっていた為だ。


「……いいえ、今日はこのくらいにしておきましょうか。仕上げは明日にしましょう」


ナハトは優しい声音で言って教材を片付け始める。彼の言う通りだ。このまま勉強を続けても集中出来ないだろう。おかげで英語の課題はかなり捗ったが、中断させてしまってなんだか申し訳なくなった。


「何か悩み事でも?」


顔色を伺うように問いかけられて、冬千夏は一瞬固まる。話してしまおうか、けれど相談したところでどうにかなるものでもない。それでも、誰かに聞いてほしいという気持ちは持っていた。


「差し出がましいかもしれませんが、私でよければお聞き致しますよ」


本当に心配そうに聞いてくるものだから、冬千夏は勢いに任せて甘えたくなってしまう。今まで窮屈に生きてきた環境が彼女をそうさせていた。彼なら真面目に聞いてくれるかもしれないと、期待してしまっていたのだ。


「あの……、ナハトさんは、私がどうして叔父と2人で暮らしているのかご存知でしたっけ」


「……ええ。雇用される際、大まかな話は伺っております」


おそらく藤岡から聞いたのだろう。冬千夏の心情を思ってか、ナハトの表情が少し陰った。


「そっか。えっと、その、大したことじゃないし、思い違いかもしれないんですが……」


ぽつりぽつりと冬千夏は悩みを零していく。鴎外と自分の仲のこと、叔父として姪にぶつけてくる思想のこと、最近様子がおかしかったこと、誕生日に行うという特別な祝いのこと……。ゆっくりながらも、一生懸命に自分の不安を打ち明けた。夢のことは自分でもよくわからなかったので伏せておいたが。


ナハトは黙って、真剣な表情で聞いてくれている。彼の真摯な態度のおかげあってかいつもよりとても話しやすく、心につかえていたものが晴れていく感覚がした。


「考えすぎかもしれないけど、ちょっと、怖くて」


話し終えた冬千夏は深く幾度か呼吸をする。こんなに多くのこと話したのは久しぶりで息が上がってしまった。


「なんと……お嬢様はこの屋敷にいらっしゃってから、6年間の歳月をそのようにお悩みになりながら過ごされたのですか」


ナハトの表情は俯いていて読み取れない。わずかに震えている声色から察するに、自分に同情してくれているのかもしれないと思った。優しい人だなと、素直に感じ取る。目の前のナハトは少し顔を上げて考える素振りを見せた後、冬千夏をまっすぐ見据えていった。


「お話はわかりました。明日、旦那様がお嬢様に少しでも何かおかしいことをしようとした場合は無理やりにでも私がお守りいたしましょう」


「で、でも、そんなことしたらナハトさんクビになっちゃう」


ナハトが言っていることは、冬千夏を守るためなら雇い主に逆らうのもやぶさかではないということ。当然だが、そうなった後の処罰は目に見えていた。


「お嬢様が心配なさることでは御座いません。私はあなたの執事、主人のために尽くすことこそ誇りであり誉れで御座います」


「でも……」


自信に満ちた笑みでナハトは言い、冬千夏はその輝きに気圧されそうになる。自分が心を開ける人だと、そう思うと頼りたくなってしまうのだった。


何事も起きなければいいのに――


その後何事もなく平穏に過ごした後、ベッドの中で祈りながら眠りについた。




==============




暗闇の中で目を覚ます。はじめて体感した時と同じ浮遊感、景色。同じ夢を見ているのだとすぐに気がついた。身体をねじって後ろを見ると、また同じ女性が佇んでいるのが見える。


「いらっしゃい」


女性はゆるゆると近づいて、冬千夏が起き上がるのを手伝った。互いに向かい合うかたちになり、冬千夏は彼女の姿をまじまじと見る。


「こんばんは……」


「来るだろうと思っていた、冬千夏。勉強をがんばっていたようだな」


女性は冬千夏の手を取ってにこりと笑う。


「ほ、本当に全部見えてるんですね……」


「ふふ」


そこまで筒抜けなのかと思うと少し恥ずかしい。

手を引っ張られてくるくると踊らされ目が回ったが、女性が楽しそうだったのでされるがままにしていた。


「……あなたのこと、なんてお呼びしたらいいでしょう」


なんとなく気になっていたことを聞いてみると、女性は踊る足を止めて手を組んだ。しばらく考える素振りを見せた後、今思いついたかのように答える。


「イヴェール……どこかの国の言葉で、冬という意味だ。冬千夏とおそろいだな」


「イヴェールさん」


「……少し長いか、イルでいい。……さて」


イルは組んでいた腕を解いて冬千夏に向き直る。怪しさを湛えたその瞳は細まり、目の前の冬千夏の何もかもを見透かしてしまいそうだった。


「明日は、おまえと私の誕生日だな」


「は、はい」


いきなりそう言われたので胸がどきりとした。

イルが口を紡ごうとした途端、冬千夏の身体がガクンと、依然と同じように後ろへ引っ張られる。


「あっま、待って!」


慌ててイルに手を伸ばすが、時は既に遅く届かない。


「気を付けよ」


最後にその言葉だけ頭に響き、気づいた時はすでにベッドの中にいた。

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