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ナハトさんは最強執事(仮)  作者: にっけっけ
第一章:執事さんとの出会い
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額縁の外

朝食を食べて玄関ホールへ向かうと、執事とメイド合わせて10名ほどが既に待ち構えていた。使用人の団体とは外れて、玄関扉の前で藤岡とナハトが立っているのを見て冬千夏は安堵する。彼女はこの屋敷に前々から仕えている使用人たちも苦手だった。どこか皆笑顔を浮かべていても機械のように冷たく、感情というものがあまり感じられない。その中でも唯一人間らしかった新塚は、先日辞めてしまったのが残念だった。


「本日の運転は私が承ります。至らぬところが御座いましたら、すぐにおっしゃってくださいませ」


ナハトの声にうなずく。新人の彼の笑顔や声は馴染みやすく、冬千夏の不安を少しずつ取り除いていってくれていた。


「私は助手席に座ります。執事長として、彼の務めを見ておかなければならないので」


藤岡がいてくれたならナハトに対しても2人きりより多少話しやすい。親しい者以外との雑談が得意ではない彼女にとって、藤岡は心の支えになっていた。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


使用人たちが一斉に礼をしたのを見て、冬千夏は小さな声で答えた。


「……行ってきます」


屋敷の門へと繋がる庭を抜けて、3人は車へ乗りこむ。ナハトは全員がシートベルトを締めたのを確認してから発車した。走行は危なげなく、ブレーキも揺れず別段不安に思うことは無い。同車した人間が安心して身をまかせられる運転だった。


広い敷地内を過ぎた後は住宅街を通り抜け、街の中を行く。霜鈴木家の屋敷は街の中心部からは外れたところにあり徒歩では1時間ほど、車では30分ほどかかる。街はオフィスビルが中心だが、娯楽施設や大手ショッピングモールもあり若者たちの人気スポットになっていた。冬千夏と同じ女学院に通う先輩たちも親の目を盗んで遊んでいるのだという。冬千夏は、一度も行ったことのない場所だった。


「お嬢様、本日の授業内容はご確認済みですか?」


藤岡がルームミラー越しに問いかける。窓の景色を眺めていた冬千夏は助手席側へと視線を移した。


「はい。……でも今日は数学と英語があるので、少し心配です」


「ほほほ。他の教科と比べると、あまりお得意ではないようですからなあ」


和やかな笑みにつられて、冬千夏もえへへと笑う。


「ナハトさん、は、海外から日本へ来られたのですか?」


少し緊張した面持ちで聞く。ナハトはルームミラーに映る冬千夏をちらりと見て、また前方に視線を戻した。藤岡は2人の様子を見て少しだけ目を見開く。


「ええ、産まれはドイツです」


「まあ、遠路はるばる……。あの、よければ英語の授業でわからないことがあったら、質問しに行ってもいいですか?お仕事の邪魔にならないように、するので」


「ええ、もちろん! いつでも何なりとご質問ください」


ミラー越しにナハトがにっこりと笑ったのを見て、冬千夏はほっと胸をなでおろす。

そんな相談をしているうちに学校の正門に到着していた。藤岡が後部座席に回って扉を開け、冬千夏は学校へ出かけていく。他の生徒たちに混じる背中を見届けると、2人は車を発車させて速やかに校門から去っていった。


「やあ、珍しいこともあるものですなあ」


屋敷までの帰路を走行していると、助手席の藤岡が感慨深げに呟く。ナハトは視線こそ前方から離さなかったが、不思議そうな顔をした。


「どうかされましたか?」


「いやね、実はお嬢様はけっこう人見知りが激しいお方でして。会ったばかりの方に自らお話を持ちかけるタイプではないんですよ。私以外の使用人にはめったに話しかけませんし」


まるで孫のことでも話しているかのように、藤岡の声音は柔らかだ。


「ましてお勉強まで頼まれるとは、と、少しびっくりしましてね。お嬢様がナハトくんを気に入ったようで、安心しました」


「それはなによりです。お嬢様をずっと見ていらっしゃった藤岡さんから言われると、自信が持てます」


至って真面目に答える様子に藤岡はウンウンと頷く。


自分は執事としてはもはや老いぼれ。いつか自分の一番の主人――冬千夏を置いて逝ってしまうことを危惧していた。もちろんまだまだ引退する予定はないが、もしもの時のために自分の代わりとなる人間を求めていたのだ。あの屋敷の執事は仕事こそ真面目なものの、主人に対しいささか機械的すぎる。ナハトが肩身の狭い冬千夏と少しでも近しい関係になってくれたらと……だから今回彼女から歩み寄ってくれたことは嬉しい誤算だった。


新塚くんのように、何も起きなければいいのだが……。


冬千夏と藤岡が屋敷にやってきて1年くらい経った頃、新塚は藤岡のサポート役として鴎外から雇われた執事だった。始めの数年こそ特に気にすることもなかったのだが、ここ1年間で目に見えて新塚はやつれていった。ただ単に疲れているのだろうと、はじめはあまり気にしなかったのだが。


ある日、藤岡は彼の不調の原因と言える場面に直面する。新塚は、鴎外の前で怯えるような態度を取るようになっていったのだ。まさか厳しい折檻でも受けたのか、何があったかこっそりと新塚に聞いてみても答えてはくれない。そして今年の3月、急に屋敷から姿を消した。


鴎外に詳しく伺ってみるも「あいつは辞めた」と言うばかり。その一件については、結局何があったかわからずじまいに終わる。無理にでも彼を問いただして助けてやるんだったと、藤岡は後悔の念に苛まれることがあるのだ。


「……帰ったら、夕食の仕込みをしましょうかねえ」


漠然とした不安を悟られぬよう藤岡は話題を切り替える。そんな彼の心を写すかのように、空には暗雲が迫り始めていた。

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