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 トリシャの護衛は、ペアを組むことになった。

 前衛はラインハルトとベル、後衛はフィロガとディートリヒ。そして、私とヤンはトリシャと一緒に中心部だ。戦力差と諸々の事情を考えたらこうなってしまう。人選には不安が残るけれど、上手くやるしかない。


 サセックの森に到着してから、かれこれ日が暮れるまで探索している。けど、なかなかお目当ての薬草が見つからない。

 後ろのディートリヒは渋面のまま、義兄の隣で腐っていた。


「結局、俺はお前の監視役か」

「ごめん。なるべく、魔道具使うから許して」

「間違っても魔術を直接使うんじゃねーぞ。尻拭いはもうたくさんだ」


 ちくちくと言葉で刺されるフィロガは少し可哀想。周囲の草花を観察していたトリシャが、そんな二人のやり取りを聞いて首を傾げている。


「フィロガさんは、魔術使わないんですか?」


 ずっと薬草を探しながら義兄に質問をするトリシャ。そうよね、魔術師なのにって普通は不思議に思うわよね。これには本人が気乗りしない声で答えた。


「攻撃系の魔術じゃなければ問題はないよ、うん。でも……例えば、ファイアーボールを投げるだけで、トルネードフレイムじみた攻撃になったらもうそれオーバーキルだよね」


 ファイアーボールはこぶし大の炎。対して、トルネードフレイムは塔一棟分の高さと幅の火柱。多少、協会の魔術を勉強したトリシャなら、すぐに理解できるでしょう。唖然としている。


「それに、俺の魔術、打ち消すのに治癒魔術込みで発動させないといけないから。凶悪だから使うなって『剣』の署長からお墨付きもらっててね」

「この前の測定の話か。年を食って耄碌したんだろう、前よりひどい」

「今、先輩の悪口言いましたか? ディート」


 「けっ」とそっぽを向いたディートリヒの言葉に、ラインハルトが即座に反応した。いや、あんたは目の前の索敵をしてちょうだい。ベルはちゃんと魔術を使って、警戒しているのに。


「ねえ、ベルは休んだら? 疲れちゃうわよ」

「あら、大丈夫よ。徹夜した時よりは頭ふらつかないもの」

「ちょっと本当に大丈夫なのそれ!?」


 ベルはおっとりしたまま「大丈夫よ」と答えた。他の面子に隠れて分かりにくいけど、ベルはベルで仕事が大好きすぎて、「休めよ!」と時々ディートリヒに切れられている。

 ええ、私も賛成よ、さすがに。寝食は規則正しくとるから、そこまでやるベルの気持ちは分からない。


 そして、トリシャを挟んで向かい側のヤンは例によって、解析をしていた。依頼主の妨害しかしてない。


「ああ、薬草魔術師の知見が増える。素晴らしい」

「みなさん、個性豊かですね」

「トリシャ、歯に衣着せなくていいわよ」


 大抵は私が変って言われるけど、私はみんなが変だと思っているわ。曖昧な笑顔のトリシャから見たら、きっと協会の品位とやらはガタ落ちだ。

 ただ、ネガティブには取られていないわね。


「ああ、メア様がここ最近楽しそうだったの、分かります」

「メアが何か言ってたの?」

「いえ、メア様はあまり自分のお気持ちは話さない方ですから。ただ、何となく私が思っただけですよ」


 メアの話題が出てきて、彼女の様子を思い出す。

 割と表情が変わりやすいような……空気感で察してたかしら、私は。それにしても、今はいないけど、本当に何をしているのかしら。

 そのまま世間話的に会話が流れていく。


「ふーん。いつからメアと友人? 知り合いなの」

「いつ頃でしょうか……十年近く前でしょうか」

「長いわね、そんな前からだったの」

「ふふ、懐かしいです。メア様って、結構教育熱心な方で、色々勉強させられましたっけ」


 メアの知識量は明らかに多い。絶対、普通じゃない。でも、『剣』での騒動を見るに、思い切りがいいというか直情タイプよね、彼女。


「ほほう、メアは何が得意なんだ?」


 ヤンが話に割り込んでくる。そうよね、あんたはそういう人よね。でも、気にはなっていると思う。聞き耳立ててるそこの義兄とか。

 

 メアに慣れた頃からフィロガは気取られない程度に彼女を観察している。どういう意図かは分かりかねていたけど、隊長の言葉で理解した。

『死神』、か。義兄に誰かがその話、吹き込んだ? あり得る。十分にあり得るわね。フィロガって『剣』に伝手があるようだから。


 いろんな人の思惑なんて全く分からないトリシャはぽんぽんと楽しそうにメアの話を続ける。


「メア様ですか? そうですね……料理とか、掃除とか。後は、歌とかでしょうか」


 案外普通だった。料理はよく分かる。もらったお菓子は大体おいしかった。それに、朝食のジャムを早くもらいたい。この前の果物がゴロっとしてたやつは、本当に絶品で。

 掃除は、フィロガと私の喧嘩で家がぐちゃぐちゃになった時に実感した。何故かメアの采配で私達は片づけをしたんだけど……終わった後、生活がかなり快適になっていた。なんでかしら。

 歌は初耳だけど、見た目も綺麗だし声もいいから、オペラの曲も似合いそうね。


「逆に、乗馬は駄目です。馬が怖がって乗せてくれません。それに小動物は逃げます」

「あんた、今言ったこと、メアにばれても大丈夫?」

「はっ。忘れてください!」


 慌てだしたトリシャを見て、他のメンバーは察した。駄目な部分があったらしい。本気でメアが怒りそうでひやひやする。でも、冷気に当てられてもそんなに堪えてなかったわね、この子。だから余計にやばい事をぽろりと言いそう。


「メアが、猫のアクセサリーを物言いたげに見ていたわね。そういうことだったのかしら」


 ベルが索敵したまま話に乗ってくる。

 メアとどんな親交を深めているのか、忙しくて同好会の出席率低いから聞けてなかったわ。


「ベルさんは、メア様とよくお話されるんですか?」

「ええ、協会の魔術に関して興味が出たと言っていたのよ。だから、少しだけ協力しているの」


 魔術師協会にメアを引き込みたいベルは、便宜を図っているらしい。図書館で見かけたのはそういうことか。

 そうしたら、ラインハルトがベルを見る。


「ベル、部外者に協会の技術を教えるのは良くありませんよ」

「あら、協会の理念は魔道具と魔術の普及でしょう? だったら何もおかしいことはないわ。教えている内容もちゃんと外部に発表したものに限っているから、大丈夫よ」


 ベルがうふふと笑う。私としては、一線は越えなかったみたいなので安心した。

 でも、ラインハルトの追及が始まりかけてげんなりするわ。後ろの二人組は止めようか迷っているし。ヤンはベルを立てるから、何も言わないで解析機をいじっている。


「ベルは時々、すれすれのことをするわね」

「決められたルールの中でどう上手く立ち回るかを考えるのは好きなの」

「ほどほどにしろよ」


 ディートリヒの言葉には「ええ」と肯定している。こういうベルのお茶目な所が『剣』では危険視されている。ただ、ベルはおっとりでも考えはしっかりしているから大丈夫よ、きっと。

 で、何故かフィロガが気まずそうにしているわ。


 歩いてたら休憩地点になりそうな場所が見つかった。ここで野営ね。

 男性陣が拠点の設置で、ベルは煮炊きの準備。残りの私達は薪になりそうな木の枝と薬草が見つからないか探した。

 いい感じの枝を拾って胸元に積む。いいわね、結構集まってる。こっちは好調なんだけど、トリシャが足元を観察してはしょんぼりする。


「無いですねえ、残念です」

「この時期じゃないと生えないものなの?」

「ええ、いつもより時期が遅いので、奥に生えているのかもしれません。普段ならメア様と摘みに来るんですが、メア様の仕事が都合付かなくて」

「メアはそんなに忙しいの?」

「おそらく、トラブルに巻き込まれたんでしょう。大体、いつもそんな感じですよ」


 ため息を吐くトリシャはそれでもいくつか草も摘んでいる。探している薬草とは特徴が違う気がする。


「それは?」

「ハーフェン先生からの課題です。私は他の受講者と違って、薬草を生育できる時間が無いから調合に切り替えてもらいました」


 基礎は授業でやるけど、課題とかは教員次第。働きながら協会に通う学生っていう人もいるから特別措置はよくある。協会魔術師にならない人はそうね。


「ヤン、そっちはなんかありそう?」


 一緒に行動しているヤンは、私の掛けた声には反応しない。さっきから会話に入らずきょろきょろと辺りをいじっては土をまた知らない解析機にかけている。


「土壌はイエローか……」

「何、どうしたのよ」

 

 大きめに聞くと、ようやくヤンがこちらを見る。


「ここは魔力の濃度が少し強い。あまり長居をしない方がいいかもしれないな」

「いやだわ、早めに引き上げましょう」


 大気の魔力が濃いと、魔術を使いにくくなる。それに、大量に体に入ったら、中毒症状まで起こすことがある。

 トリシャも薬草を摘み終わったので、足早に戻る。個人的には、女性で一人残っているベルが心配だ。なるべくフィロガの近くにいたくないだろうし。

 そう思って休憩場所に到着したら、義兄の姿がない。


「ああ、リリー。先輩なら、水汲みにいったよ」


 骨組みに布を被せながら、ラインハルトが答える。ベルの姿も見えない。


「あー、ベルも一緒だぞ」


 ディートリヒが向かい側で布を下ろす。何、呑気にしているのこいつら。


「なんで一緒にしたのよ、あんたらのどっちかが行けばいいじゃない!」


 あの二人の取り合わせは止めてほしかった。私の目がつり上がっているのを見たラインハルトが「しかしですね」と、居心地が悪そうに首を振る。ディートリヒはもう一つのテントの骨組みを取り出し始める。


「お前の気持ちは分からんでもない。が、いい加減あいつらは大人だ」

「こればかりは当人同士でしか解決しないよ、リリー」


 こいつら使えないわね。本気で私はイラッとした。


「リリー、お前も少しは大人になれ」

「うるさいわねバカ!」


 依頼人のトリシャがいる前でちょっと、とは頭の片隅で思ったけど。この件は、私、あまり冷静になれない。


「……ねぇ、二人はどっち行ったの?」

「ば、お前行くの止めとけって」

「どっちよ」


 ディートリヒに迫ると、一瞬だけ目がとある方向に向かった。そっちね。


「トリシャ、悪いんだけどヤンの側から離れないでね。ヤン、あんたは結界張っといて」

「リリー、君……分かった」

「おい、お前は止めろよ」


 ディートリヒがヤンに文句を言ってる隙に走った。

 数分進むと川の音がする。近いところにあったのね。スピードを落として二人を探すと、鍋に水を汲んでいる最中だった。


「あら、どうしたのリリー」


 ベルが気づいて私に声をかける。


「薪、集めるの終わったし手伝おうかと思ったの」

「そうだったの。でも大丈夫よ。こちらも、そろそろ終わるところだから」


 少しだけ目が赤いベルはそう微笑んだ。フィロガが傷つく事を言ったに違いない。

 側にいた奴を睨み付けると、目を逸らして無言のまま。


「ねぇ、ベル。あたし、魚食べたい。少しだけ待っててくれる?」

「あら、お肉の用意はあったはずだけど」

「どうしても食べたいのよ。自分で獲るから、お願い!」


 ベルに頼み込むと、一瞬だけフィロガを見て、彼女は「仕方ないわね」と、許してくれる。


「どのくらいの大きさがいいかしら。みんな食べる?」

「ディートは魚好きだから、食べるんじゃないか」


 気まずいままのフィロガも結局乗った。困った時のディートリヒ。もう少し義兄は彼に感謝すべきよ。あまり言葉にしてないから伝わってないでしょう。


「ヤンは、サーモン以外は魚じゃないとか世迷い言いってたわね」

「ヤンらしい。あの子は好き嫌いはっきりしている」


 ふふ、とベルが控えめに笑う。


「もう、ヤンは依頼のことすっ飛んでないかしら。トリシャに纏まりついて」

「……私から言っておくわ。ごめんなさいね、ちょっと前方に気を配りすぎてて」


 同好会だとリーダーはヤンだけど、『飾』内ではベルが上。室長になっているものね、すごい出世スピードだ……よくよく考えたら、フィロガとディートリヒもそうなんだけど。まあ、二人は人数不足で役職が回ってきた感あるし。


「仕事中は自制しているのだけど……その分、羽目を外しすぎてるのかもしれないわ」

「そうなの? あいつ、いつでもあんな感じじゃない」

「リリーがいると楽しいのよ、学生に戻った気分で」

「なによそれ」

「ヤンも、仕事の時は大変なの、それだけよ」


 ベルは人を気遣える素敵な人だと思う。そんな恋人を振ってこの馬鹿な義兄はどうかしてるのよ。後悔すればいいのよ、フィロガなんて。

 もやもやしたまま川を見ていたら、明らかに流れに逆らっている影が。

 細い針をイメージした風で、魚の神経に突き刺す。川面に浮かんだ魚は、かなり大きい。


「うそ、サーモンじゃないこれ!」


 ついてるわね、今日の私。もしかして大漁になるかもしれない。そう思って、他にも魚がいないか探す。見た限り、小魚があと数匹はいるわ。ああでも、サーモンって大きいから食べきれるのか……余ったら、干物にしてもいいかもしれない。


 食べれる分だけ取りおわって、私は二人の元に戻った。

 ベルの表情が明るい。私が釣りしている合間に話でもしたのかしら。


「そんな取ってどうするんだよ」


 フィロガはあきれ顔だけど知らない。こっちも気まずさは消えている。ディートリヒには、ああ言っちゃったけど。私も本当は仲直りをしてほしかったから嬉しい。


「サーモンは余ったら鮭とばにするのよ」

「シャケトヴァ?」

「ああ美味しそう! あら汁もいいかも!」


 不思議な顔をしているフィロガを無視した。あら汁はヤンには好評だったけど、他のみんなにはどうかしら。


「時々、リリーは不思議な料理作るね」

「美味しいは正義よ」


 うきうき気分でテントまで歩いた。

 こっちはこっちで作業が終わってのんびりしてたみたい。私の捕まえたサーモンに、ヤンは非常に喜んだ。さっきの暴言はディートリヒに謝った。あっちはあっちでそんな気にしてないようだけど、私の態度が悪いし。


 小魚とサーモンのカマを入れて煮込んだ。サーモンの切り身を少し投入して、残りは鮭とばもどきとして乾燥させた。塩気が足りなくて鮭とばの味が薄いわ。失敗してがっかりした。

 でも、あら汁の方は美味しくできたから、いいわ。

 ヤンは喜んで食べている。ベルも上品に食べてた。味は合っていたみたいで何よりだ。

 ラインハルトは首をかしげている。魚をつついて、どうしたのよ。


「これは、ブイヤベースかな」

「いいえ、あら汁よ」

「あまり魚料理には詳しくないんだけど、そういうのがあるんだね」

「名前なんて何でもいいんだよ。にしても、サーモンだけじゃなくてニシンもあるんだな、うめえ」


 ディートリヒはどんどん食べている。フィロガは……あんまり進んでないわね。


「美味しくないの?」


 フィロガにはよく料理に注文を付けられる。というか、料理を教えてくれたのは義兄だ。不安になって聞いてみると、フィロガは「いや、美味しいよ」と答えた。


「これにトマトとオリーブオイル入れたいなって」

「ああ、確かに。トマスさん、すごく好きそうよね」


 味付けが足りないって意味ではない。私も少しだけ、食べたことのある味に近いとは思っていたから。

 懐かしがってたから食べるのがゆっくりだったらしい。フィロガは、昔の自分のことはあまり話さなんだけど、時々ポロっとこぼすから。


「トマスさん、というのは?」


 トリシャは魚だけ避けてスープを飲んでいる。


「あたしたちの里親みたいなものよ。フィロガは養子縁組してないから里親っていうのは微妙だけど」

「そうなんですか、家庭の味ということですね」

「トリシャは魚、食べないの?」

「ええと、これは食べれます。うちでは、豚か鳥しか出なかったので、そっちは良く食べてたんですけど……魚って、日持ちしませんから食べ慣れないんです」

「へー、そうなの」

「森の奥地にある村だったので、川魚は釣れたんですけどねぇ、それよりも魔物の方が多かったので。川は魔境だと教え込まれました」


 ぶるっと少し震えるトリシャは川の恐怖を思い出しているのかもしれない。


「あー、食った食った」


 ディートリヒの食べっぷりは私としても嬉しい。残りは夜食で、余ったら処分。今日だけの味。

 就寝の準備も大体終えてから、最後に明日の打ち合わせになった。


「もう少し奥まで行きますね、ここら辺には生えてなくて……すみません」

「我々のことは気にしなくていい。護衛任務だ」


 散々はしゃいでいたヤンがキリッとした表情でいるのは解せない。ベルの顔色を見て仕事モードになったのか、どうなのか。

 依頼日程の予定よりも、一日か二日、長引きそう。まあ、それくらいは見積もってみんな申請出してたから大丈夫。遅くなりそうなら、一度連絡すればいいのだし。

 そうしてその日は終わった。


※2021.9月 一部描写を削除しました(前話に統合しています)また、全体的に改稿しました。

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