エピローグ3【サイドA】
※本日(8月21日)更新二話目です。未読のかたは前話を先にお読みいただけますと幸いです。
ウィティウムの拠点に立ち寄り、これまでの調査報告書を補佐に渡す。普段は先生に渡すけれども、休暇で居なかった。
働き詰めだと睡魔型はそれだけで参ってしまうから仕方がない。恐らく一日中寝ていることでしょう、魔物達と一緒に……自由すぎる上司について想いを馳せていたら、補佐が質問をしてきた。
「今後の計画があれば聞いておきたいのですが、どうですか」
冷静に問いかける彼に私は逡巡する。
呪術書の犯人は邪神教徒である可能性が浮上している。それならば、共犯者に関する供述をこちらでも証拠とすることも出来るかもしれない。
その旨を伝えると、補佐は難しい顔になる。
「彼女の出身国であるムストゥリが応じるかは状況によりますね……あの国にとって協会は商売敵のような存在ですし」
「こちらとの同盟を理由には出来ませんか」
眼帯で片目しか分からない彼は首を振る。
「それこそ難しいでしょう。我々とは停戦しているという認識です。決して味方とは言えません」
各国との複雑な情勢は私にも分かりかねる。担当している彼がそう言うのであれば、きっとその通りと納得するしかない。
しかしながら、彼個人は早急に解決したいはず。態度には全く出さないけれども。
私の考えが透けたのか補佐は苦笑した。
「貴方はその歳でよくやっていると思いますよ」
「苦情が各所で出ています」
「協会や他国からのものであれば、貴方の問題ではなく組織の体制が問題だと個人的には思いますが」
「いえ、その、内部からも……」
微妙に言葉を濁すと合点した補佐はため息をついた。
「ネグリアとマーヤですね。大人げない」
「いえ、私がまともに任務をこなせないことが問題で」
「二人には再三注意しています。協会の性質上、誰が派遣されようとも予想できたことです」
手厳しい意見に視線を落とす。私が仮に彼らと同じ立場ならば冷静にはなれない。むしろ同情する。
補佐だって本当は心配でたまらないはずなのに。
「しかし……」
「メア。あの子は私の反対を押しきって自ら選んだんです。不幸な結果になったとしてもそれは彼女の選択であって、貴方の咎ではありません」
そう言って眼帯に触れる彼の周囲には、言葉と裏腹に苦しそうなキドナ達と愛おしげなレイアが漂っている。
これ程までに愛しているなら、すぐにでも守りたいと思っているはずなのに。補佐は私に告げる。
「もしもの時はベルを切り捨てなさい。私も妻も覚悟はしています」
答えられなかった私は無言で退室した。
今は、胸が痛い。
どうしてもベルから拒否しきれなくてもらった手紙を懐から出して握りしめる。
彼女は、人間だけれどもウィティウムに長期間保護された過去がある。だから、魔族のことも知っているし、序列上位者とも面識がある。本当ならば、一番関わらせてはいけない魔術師。
しかし、出会って数分でウィティウム所属だとバレたのはあまりにも想定外だった。
ベルだと知る前に刺青を見られて、そして親近感を持たれた。
我ながら潜入に向いていないとつくづく思う。
***
数日後、私は再びエスカーチャの聖騎士団長と面会する。
冷静になった代わりに、彼を見ると先日のフィロガの破廉恥な態度を思い出して苛立つ。あんな公衆の面前でやるようなことではない。
「やけに殺気立っているようだが、どうしたのかね?」
「フィロガは最悪」
「……私も別口では耳にしたが。今までの仕返しだろうな」
平静を保っている彼はフィロガを理解している口ぶりだった。私も周囲からそう聞かされた。
しかし、いつまでも根に持っていては良くない。騎士団長に隙を見せるのは悪手。気を取り直して噂程度の話を聞かせる。
リリーが手柄をあげたという話が魔術師から市民にまで不自然なほど広がっている。
そこまでで私は話を切り上げた。
マリヨンの詳細は逆にほぼ出てこない。彼女が強制送還された先で結局は自害したという話が伝わっていないところに作為を感じる。
彼女が邪神教徒かどうかは、はっきりしなかった。しかし、明らかに内部犯が残っている。もはや猶予はない。
私の焦燥感に気が付いたのか、騎士団長は鷹揚に頷く。
「君はそれなりに応えてくれた。今度はこちらが誠意を見せるべきだな」
「貴方に誠意などあるのかと」
「誠意とは形として見せねば意味など無いものさ」
エスカーチャの不利益分の落とし前がようやくついた、という意味でしょう。彼のような厄介な人間は言質を取らねばこちらが利用されるだけ。
言葉少なに出方を伺っていたら書類を出される。
「これは、『災花の星詠み』が綴った預言だ」
渡される書類は詩的な文章とそれの補足らしき資料。紙はやや黄ばんでいる。
「我々は相当に手を焼いてようやく解読したが、君にはさほど難しくはないはずだ」
彼に言われるまでもなく私はすぐ読めた。共通語で書かれてはいたが、言い回しはリスリヴォールの魔導書と同じ。
まさか、『災花の星詠み』はリスリヴォール人だというのだろうか。遠回しに祖国の力を借りてこい、ということ?
再び怒りが再燃して机に書類を置く。
「私はあくまでウィティウムのメア。何をさせたい」
騎士団長が「最後まで読めばいい」と促す。床から冷気が立ち上がる中、読み進める。
数々の詩が魔導書の形式になっていたけれども最後の部分は違う。もっと分かりやすいものだった。
【──それは災禍。闇が混沌に囚われる時、紫玉は黄金にすり替わる】
【──それは災禍。光が暗く陰る時、異郷の女神は黄泉の使者に成り果てる】
【──そして魔導の都は崩壊へ誘われる。それが宿命の経糸。それが運命の緯糸】
【──されど織り手無き今、緯糸を解く者あり。それは自由を願われた者。それは戦場に現れる者。それは赤き翼を持つ者。願わくば彼の者が降り立つよう。災禍が祝福となるよう】
私は途中からただ読むだけ。体はもう勝手に動いている。
「……貴方は、何を言いたい」
彼を見つめる『赤鴉』は、静かに言った。
「その預言だけは、まだ成就していない。そして、彼女はフィロガを呪った張本人、彼の母親だ」
私の動揺は全て『赤鴉』によって覆い隠された。まるでそれが当たり前と言わんばかりに。
「呪ったならばこの書き方は理解に苦しむ。それに、メアに何故見せる?」
「少なくとも協会とフィロガ、そして君の存在は明示しているようだな」
「そうとも読める」
騎士団長はリリーのこともしっかり書かれているとまでは気付いていない。ジアやお姉様がいなければ分かりようもない話。しかし、彼は無関係ではないと考えているようでもある。
対話を続ける『赤鴉』は全ての書類を戻した。
「我々はな、ルージュレイヴン。協会が魔術師を制御できなければ切り捨てるのもやむ無しと考えている」
「それで。メアとこの国の方針は関連がない」
突き放しているとも取れる言葉に騎士団長が目を細める。
「混乱が生じれば周辺諸国のいくつかは滅びるやもしれん。ウィティウムの序列上位者ならば無関係ではあるまい?」
「だとしたら余計に貴方の口出しは的外れ」
部下の騎士達が『赤鴉』の無礼に色めき立つ。
「人道で動かぬところは冷徹だな。結構、大局で小を切り捨てるもまたそれは正しい……だからこそ相応しい。彼らが仮に魔族になったら、止めてくれ。あれだけの魔力の持ち主達だ、太古の魔物と同列に成り下がる可能性は否定できない。せめて人として終わらせてやってくれ」
「メアの前で魔族を殺せという気か」
「ウィティウムは、その為にもあるだろう?」
私は焦った。『赤鴉』は既に魔族になるフィロガをどうする気なのか。
こちらの心情を考慮しない彼女は即答する。
「魔物となれば、吝かではない」
──それもまた運命。
私の悲鳴は心の中でかき消された。




