3-10
鳥の鳴き声で目が覚める。一晩寝たら頭がスッキリしてすぐに問題があることに気付いたわ。
同好会の発表も終わったから私は本格的に家に籠らないといけないのよ。まだ謹慎は解けてないから。
何故か帰ってこないフィロガを悠長に待つのも違うでしょう。
朱色の布を裁ちながらどうするか頭を悩ませる。精神を落ち着けるために趣味に走ってぬいぐるみ作りをしてるのよ。
翼部分を縫い合わせて綿を詰める。胴体がもこっとしてるから成鳥じゃなくて雛に近いんだけども、まぁ、ぬいぐるみだし、いいわよね。
最後に金色の眼を縫い付けて完成。
文献も何も見てないから想像でしかないけど、私なりに考えた『赤鴉』のぬいぐるみ。いい感じに可愛くできたわ。
描きかけの油絵には布をかぶせたまま。最近、精神状態が荒れてたから、神経を更に尖らせるのは難しいのよ。
視線を戻して最初の考えに戻る。
外部の連絡手段はあるにはある。でも、緊急時以外に使ったら駄目なのよ。例えば不法侵入者を見かけた、とか。そのレベルじゃなければ始末書案件。
机に置いてある本を見て唸った。
これを読んでしまった人達が他にいたらかなりまずい。でも、穢れはもう祓ってしまったから、ただの書物にしか思われない。
はぁ、でも、ありのままを説明なんて出来ないのよね。イラっとして祓ったのは短慮だったわ。絶対に突っ込まれるわよ。
改めて中身を読んでいると、控え目にドアを叩く音がする。
開けたらメアだった。
「どうしたのよ、昼間から」
「その……しばらく見かけなかったから、体調はどうかと思い」
視線を彷徨わせてて私と目が合わない。精霊を見てるだろう時とは動きが違う。何か後ろめたいことでもあるのかしら。
一瞬、ベルが言ってた噂とやらを思い出す。
「ねぇ、あんた、フィロガと付き合ってる?」
「はいっ!?」
「噂になってるらしいわよ」
目を零れんばかりに見開いたメアは「付き合ってない!」と即答した。反応を見る限り、嘘じゃなさそうよね。
「そう。変なこと聞いて悪かったわね」
「いえ……えと、何故そのような噂が」
「詳しくは知らないわよ。ベルから聞いただけだもの」
ベルの名前にメアは明らかにそわそわしだす。
「そ、そうか。本人には聞かれなかったのだけども」
「あんた、ベルとも顔を合わせてるの?」
「た、たまに」
「なら聞きづらかったんでしょ。ベルってメアのことかなり気に入ってるから」
私とヤンに対しては年下だからかお姉さんって立場で振る舞うけど、メア相手には甘えている気もする。協会じゃ同年代や同期って基本ライバルだもの。利害関係のなさそうな友達は貴重なのよ。
『赤鴉』のぬいぐるみを揉んでいたらメアは言いにくそうに話した。
「……もしかして、嫉妬して、る?」
「なにがよ」
「その、怒ってるような、拗ねてるよう、な」
曖昧な表現で自信ないメアをじっと見つめる。私自身はそんなつもりない。でも、自分の気持ちを把握してるとは限らないでしょう。
だから、ため息をついて「自覚はないわよ」とだけ答える。
「あたしはベルのこと大好きだもの。そう思う可能性はあるわね」
「なんだか、ひとごとに聞こえる」
「自分を客観視ってすごく難しいでしょ。協会魔術師は一番そういうの求められるけど、あたしはそっち系の訓練、成績よくないわよ」
魔道具で感情の揺れを測る物があるんだけど、いつもギリギリ及第点って結果になる。
私の魔術は強力だから比例して常に冷静じゃないと危ないのにって、よく隊長に言われるわ……胃痛の原因、大半が私だってことはさすがに分かってるのよ。でも頑張ってもできないことならもう仕方ないじゃない。
まあ、いいわ。ちょうどメアが来たから義兄へのお使いを頼みましょう。
「ねぇ、この本について聞きたいことあるから家に帰ってきてって伝えてくれない? そもそも、同好会の発表資料も取りに来ないと駄目よね。部屋に置きっぱだったわよ」
「そ、そう! メアは持ってくるようにも頼まれてて」
取って付けたようなメアの反応に気分が落ち込んでいく。つまり、あいつは家に帰りたくないって事かしら。
喧嘩をしたとか切っ掛けがあるなら分かる。でも、今回は心当たりが無くて不安になってくる。私が知らない間に気に障ることでもしたの?
そんな事を考えたら勝手に言葉が出ていた。
「あたし、あいつにとって迷惑?」
我ながら事情も分からないメア相手に聞いて馬鹿だと思うわ。
そんなの分かりきってるのに。あいつにとって、私は単に代わりなのよ。イザベラを愛せないから無意識に罪悪感から目を逸らしたくて、それで私に構っているだけ。
後悔してしばらく無音のまま俯いてたらいつの間にかメアはキッチンで作業していた。漂ってくる匂いからしてたぶんハーブティーを淹れている。
カップを置く音で顔を上げた。表情の変わらないメアが凪いだ瞳で見つめてくる。こうしてると見透かされている気持ちになるわね。
「少なくとも、フィロガは家族としてリリーを愛してる。それだけは、本当」
「あたしは、ただの代わりなだけよ」
「そうだとしたら、リリーは嫌だから悩んでいる?」
答えられない。考え込んだメアは向かい側に座って一呼吸おくと、淡々と話しはじめた。
「……参考になるか、分からないけれど。メアは、生まれた時に実の祖父から命を狙われた」
血縁者から。そう聞いてあの人の事をまた思い出しかけたけど、メアを見るとそれほど気にすることでもないって思えてくるわ。
きっと、メア自身が過去の出来事として処理しているから。だから変に引っ張られずに済んだ。
「そして他の家族に匿われた。別人として育てられた。しかし、結局バレてしまった……祖父は怒り私を利用しようとしました。私が大切に思っていた人達を貶める為に」
途中からメアの口調は全然変わって、流暢な共通語になっていた。動作とかもそうだけど、わざと拙い言動を取っているように感じる。きっと自分の事を隠す為に。
「それでも、彼らは私を見捨てませんでした。今ここに居られるのは彼等が私を確かに愛してくれていると知っているからです。その中には私の育ての両親もいます。亡くなった娘の代わりに私を育てた彼等でしたが、その愛情に嘘はありませんでした。たとえ、切っ掛けがそうだったとしても、ずっと代わりとして考えている訳ではないと、そう思います」
そう静かに締めくくったメアは席を立って階段を登った。
メアの言葉は私にとって刃だった。
本当は、分かっている。
分かっているから辛いのよ。だって、いずれ失う物ならもういらない、二度と欲しくない。これ以上は耐えられない。
ずっと俯いていたら扉の閉まる音でまた一人になった。机に置いた本も無くなっている。
嫌な気持ちを忘れる為に黙々と新しいぬいぐるみを作ろうと布を探す。次は、またうさぎを作ろうと思う。ちょっと耳先が垂れている子。
完成する頃には夕方になっていた。集中しすぎて昼食を抜いていたけど、あまりお腹は空かない。
でも、さすがに夜まで抜いたら体に悪いわね。
キリがいいし作業を中断しようとしたところでつんざく音が響いた。
これは……緊急呼び出しの魔道具だわ。これが鳴ったら何が何でも『剣』の魔術師はいかないといけない。
一体何があったのよ。憂鬱な気持ちで準備を終えて協会都市の門まで転移した。
到着した瞬間、誰かに腕を掴まれて拘束される。唐突で目を白黒させていたら上から冷たい声が降ってきた。
「色彩さん、ちょっとお話伺いますけど、いいですよね?」
フィロガのファンの人、よね。すぐさまこの人の『スフィアウェポン』で縛られた。
周りを見渡すとメアが青い顔でファンの人に無言の身振り手振り。たぶん、落ち着いてって意味かしら。他の魔術師もこの人に引いているけど、止めはしない。
何も状況が呑み込めないまま守衛室の隣、疑わしい人間を待機させる部屋に連れていかれた。どう考えても私が何かの容疑者として挙がっているわよね。全く覚えが無くて要領を得ないけど。
鍵をかけたファンの人は険しい顔のまま私を椅子に座らせた。相変わらず拘束はそのまま。
「さて。初めにはっきりさせるべきことがありますが。これに見覚えはあります?」
見せられたのは例の茶色革の本。
当たり前のようにそこにあるのはどうしてなのか、ファンの人を困惑気味に見ていたら目を細められた。
「誰からもらったんですか」
「……フィロガの部屋にあったのを見かけて」
「そうですかそうですか。で、何故『死神』に持たせたんです?」
「別に、持たせるつもりはなくて、ただフィロガに帰ってきてと言伝を頼んだだけです」
ちょっとずつ話が捻じれている気がして私は事実を伝えた。
「それで、何故帰ってきてほしいんですか?」
「その本について聞きたいことがあったので」
「聞きたいこととは?」
会話を躊躇したらファンの人は「だんまりですか」と追撃してきた。
「説明してもらわないと困ります。黙秘権は魔術師である以上ありません、最悪、署長に掛け合って制約魔術を発動させてもらいますよ。嫌ならちゃんと証言してください」
最終通告に目を伏せる。どうしたらいいか、考える。
この人はきっと私自身の事も根堀り葉掘り追及してくる。でも、私は話したくないのよ。下手に話をしようものならきっとここから追い出されるから。
あと二、三年だけ待っていてほしい。それならいくらでも話すのに。
解決策がないまま冷たい視線にさらされていると、メアがおずおずとファンの人に語り掛ける。
「あ、あの、キアラ」
「今は黙って下さい」
「そ、そのー、リリーは、本当に事情が分かってなさそう、というか」
「だから黙れっていってるでしょうが!」
ファンの人は聞く耳なんて持ってないわよ。困った顔になったメアは実力行使をしてこの人の口を塞いだ。藻掻いているファンの人は抜け出せないままよ。
「その、それはおそらく呪術書で。何故持っていたか経緯を知りたい」
「経緯なんて、さっきのが事実よ」
「中身は、読んだ?」
言っていいか迷う。でも、メアは私を信じる目をしている。この人なら、悪いようにはしないんじゃないかって思えたから少しだけ話した。
「軽くよ。老人が女の子に横恋慕してるって話だったけど」
「変な気分になったり、変なものが見えたりは」
「何も無かったわ」
嘘をついて胸が苦しくなるけど、顔には出さないようにした。メアはそれ以上追求せずに「良かった」とだけ溢した。
メアの気が緩んだからか、ファンの人が般若の顔で怒り出した。
「っいい加減にしろ!」
「リリーは白より、だとメアは思う」
「私の邪魔をするな! それにどこに証拠があると!?」
すったもんだの末、私の拘束は解かれてメアが義兄を呼びに行くって話になったわ。ファンの人も私が逃げる気が無いって事は分かってたみたいね。それなら早めにこの鞭を外してほしかったけれども、文句を言える空気じゃない。
数日ぶりに会ったフィロガは私を一瞥して気まずそうに目を逸らす。やっぱり、私が何かしたように思う。不安なまま事の成り行きを見守る。
さっきと打って変わってファンの人はしおらしい態度で義兄を見上げる。
「実は、こちらの本の入手経路が知りたいのですが」
声も全然違っていて、私は変わり身の早さに引いた。薄々感じてはいたけど、フィロガの前じゃ性格違いすぎるのよ。猫を何匹も被っているわ。
諸々の事情が分からないらしい義兄はすんなりと答えた。
「これは同好会の資料として図書館で借りました。でも、間違って借りたのですぐ返すつもりでしたよ。中身が恋愛小説だったので」
ひやりとした。フィロガ、これ読んだの?
私だけじゃない。ファンの人もメアも顔が強ばってるわよ。
「何か問題があったんですか?」
「読んでから体調面で変わったことは」
ファンの人の言葉を訝しむフィロガにメアが言いにくそうな顔で答えた。
「それは……その本は、呪術書の可能性があって、だから影響を受けてるかも、しれない」
「は?」
「だから、最近のあれこれは、呪術の可能性も、あると」
最近のあれこれって何よ。
ファンの人も私も知らないことよね。何か兆候があったのかしら。空気が一気に悪くなった義兄がメアに目を向ける。
「つまり俺に呪術をかけようとしてる奴がいるってこと?」
「その、不特定多数に向けてかもしれない。何人か、その本を読んでいて記憶障害になっている」
考え込む義兄は険悪な空気のまま本を奪って読み始めた。
慌てたファンの人が止めようとしたけどフィロガは首を振った。
「既にかかったかもしれない俺は逆に問題ないです。物に込められた呪術は最初に暴露した時しか意味がないんで」
冷え冷えとした笑顔でそう告げた瞬間、ピシッと椅子から亀裂音が鳴る。本気で怒っているわ。ここは家じゃないから備品を壊してほしくないんだけど。
そして義兄のページをめくる手が止まる。
「ここに、不自然な古代語が入ってますね。書き起こすんで待ってください」
『ライトライティング』で空中に書かれたのはあの時見た文章。
表情が強ばってたファンの人は「ルーナ・アルゲン」と呟いて目が据わった。
「『死神』、早急に導師へ連絡してこの本を浄化してもらってください」
「……了解した。キアラは、これが誰の仕業か調べてほしい」
緊迫した空気のメアが伝えると、ファンの人は挑発的な笑みに変わった。
「この本を直接読めれば分かりますよ、協会魔術師の仕業なら筆跡鑑定も容易いです」
自信に満ち溢れた声ね。確かにこの人の元に色々な申請書とか届くから慣れてはいるでしょうけど。また長い夜が始まりそうで私はひそかにため息を吐いた。




