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【サイドB】3-4

 俺はあの女が出ていったところで取り繕うのをやめた。そう何度も泣き顔なんて晒したくない。

 覚悟はしてた。俺が魔族なのかもってことは……でも、スレイの話で気付いてしまったことがある。

 聞かされた内容を反芻しながらソファに寝転がった。


 あの女は吸魔をされた人間が魔族になる可能性があるって、そうこぼした。

 魔族って元からそういう生まれの種族かと思ってたけど、人間から魔族に変化する前提の発言だった。


 つまり、吸魔で魔族が魔族を作り出すことがあるんだろ。

 それなら、魔族と人間が家族なら……人間側はいつか魔族になることだってあるんじゃないのか。


 そう、考えて。

 あの頃の母さんや俺は吸魔でおかしくなったんじゃないかって、気付いてしまった。


 母さんの目は琥珀色だ。でも、夜に見た時に光ってたような気がして……エスカーチャでも金眼の魔物という言葉だけは存在してる。姿形は分からないそいつが悪い子をさらいに来るって言い伝えだけ。


 きっと俺が悪い子どもだったから、母さんは魔物に殺されたんだって。今いるのは別人なんだって。そう自分に言い聞かせてたから、妄想の産物と片付けていた。


 なんで今更思い出したんだ。

 なんでこんな目に俺達が遭わなきゃならなかったんだよ。


 そんな風にずっと心の中で恨み言をはいていた。

 普段は感情的にならないようにしてるだけに、崩れた時の建て直しが下手だ。大人になりきれない、ずっとガキのままで止まってる。


 でも残された時間は有限だ。

 母さんとのことは諦めてやるべきことを考えないといけない。


 冷静になろうとして、まだスレイの目撃証言一つだけだってことを思い出す。

 自分が魔族なのか、確固たる確証は今のところない。あのネズミをいたぶるような目を向けたスレイを本当に信じるのか、俺は。


 ソファから起き上がって涙を拭う。

 このままのペースで話を進められるのは危険だ。嵌められてそれこそ踊らされるだけかもしれない。


 俺には情報が足りないんだ。

 あいつの嘘を見抜く判断材料を用意しとかないと痛い目を見る。持ちかけられた古代魔術だって、説明された効果なのか裏付けもきちんとしないと。


 次の日、俺はこの紋様についてハル達に話を振ってみることにした。

 もちろん、諸々の事情は伏せて古代魔術の痕跡が見られる紋様って体裁だけど。

 サリアが特別業務とかで手一杯らしくて研究室にはいない。


「で、ちょっと確認してほしいんだけど」

「分かりました、拝見しますね」


 査定の手を休めて紙を受け取ったハルはじっと紋様を見つめる。

 協会魔術師になる前から魔術の研究をしてたくらいだから、他の魔術体系に関しては俺よりも詳しい。

 本当になんでこの人を差し置いて俺が室長なのか分からないんだけど、と思いながら返答を待つ。

 視線をさ迷わせるラインハルトは首を捻った。


「……どこかで見たような気もしますね」

「そうなの?」

「たぶん、リスリヴォールの魔導書の類い、だったかと。効果は分からないんですが、似たものが契約魔術の項目に載ってたかもしれません」


 珍しく煮えきらない回答をした彼は、お手上げとばかりに紙を返してくる。


「あの国の魔導書は難解で有名なんです。比喩表現ばかりでリスリヴォールの文化と歴史に精通していなければ読み下せませんよ」

「確かに俺も自分じゃ訳せなかったし、それはよく分かるよ」


 執念で手に入れた辞書を片手にあの魔導書の序章を一文訳してみたら【星が歌い踊る夕暮れに際して】とか訳の分からない言葉になったんだ。それでリスリヴォール人っぽいスレイに頼んでみたら全然違う意訳になって戻ってきたし。


 疑惑の存在しかあの魔導書を解読できないってやっぱり問題しかない。

 唸っている俺の側で、ラインハルトは何かを思い出したように顔色を明るくした。


「ザクセン署長でしたら、リスリヴォール語も多少話せるそうなので、そちらの人脈から話を聞いたほうがいいかと」


 ああ……いや、それは勘弁したい。

 確かに裏取りという点ではいいんだけど、ザクセン署長の外部の知り合いってほとんど貴族なんだ。

 俺はああいう人達相手だと緊張して話にならない。


「俺の研究にそこまで巻き込むのはちょっと。後でけっこうな見返りも必要になりそうだから」


 そう断ると彼は軽くため息をついた。


「君はもう少し人の使い方を覚えるべきだと思います」

「え、いや、それは」

「知人を増やすだけでも選択肢は広がるものですし、目先の見返りばかり迫ってくる輩とそうでない者を選別するのも練習ですよ」


 ハルが先輩として接してくる。

 なんで俺にそんな経験させたがるのか不明だ。この前の祝賀会だって彼の知り合いに面通しさせられ続けたし。俺はただの平民なんだから、そこまでしなくても問題ないよ。


 半分説教みたいにまた勧められたけど、のらりくらりと躱して話を終わらせた。


 午後の休暇申請を出して目的地に向かいながら思い返す。

 二人っきりになると小言が多くなるハルは、まぁ、悪い人ではないんだけど。他の連中にはそこまでうるさくないんだよね……期待の裏返しなのかなって受け取ってる。


 行き先はいつもの蔦がはびこる建物だ。

 魔族関連はマスターを頼る以外の方法が思い付かなかった。

 詳しそうなザクセン署長に探りなんて入れたら事情を洗いざらい話さないとならないし。

 口頭試問の滅多刺しは心が折れるくらい容赦ない。誤魔化そうなんて無理なんだよ。それこそスレイとの会話も全部吐くことになる。


 気が重くなるけど切り替えて扉を開ける。

 今日も客がいない室内でマスターはコップを磨き上げていた。俺に気付いて胡散臭い笑みを向けてくる。


「おや、またどうしたんだい?」

「野暮用で」

「ふむ。今日は機嫌がいいから出血大サービスといこうか」


 いつものように珈琲を淹れた彼は鼻歌まじりだった。言葉通り機嫌がいい。


「何かいいことがあったんですか」

「ああ、極上のマッサージ師が来てくれてね」


 マッサージ、か。この人の言葉を額面通りに受け取っていいのか分からない。

 一杯目の珈琲を飲みきってから俺は彼に聞いた。


「魔族のことを調べているんですが」

「おやおや。急にどうしたんだい?」


 マスターは情報屋でもあるからたぶんそれなりに魔族を知ってると思う。周りから疑惑を持たれてなかったイリアを警戒したのはそういうことじゃないかなって。


 彼はモノクルをかけ直して笑顔のまま「それで?」と先を促した。やっぱり、ある程度は知ってるような素振りだった。


「いまいち実態というか、生態というか、詳しいことは聞かされてこなかったので」

「ふーむ。僕としてもなかなか判断が難しい話なのだけどねぇ……何を知りたいのか、何故知りたいのか聞かせてもらえるかい?」


 この言い方は対価として求めてるわけじゃなくて、差し障りがあるからこちらの知識量を測ってるっぽいな。

 ザクセン署長と違ってこの人は何かあったとしても闇に葬るタイプの人だろう。でも、俺の話を飯の種にする可能性もある。


 あまり駆け引きをしてもかわされるだけだし、直球で懸念事項を伝えた。


「俺が知ってること、話したら誰かに告げ口でもしますか?」

「ふーむ。君の話に関しては情報料を高めにしているんだ。それに、どこかの『死神』は失礼をしてきたんでね、しばらく出禁にしたよ」


 マスターはにこやかに言い切った。

 やっぱりというか、俺のことをスレイは元から彼相手に探ってたみたいだ。

 それにしても、以前よりあいつへの風当たりが強くなっているんだけど。馬鹿な奴だな……この人を怒らせたら絶対根に持つって分かるだろうに。

 言葉を少し濁しながら彼の質問に答えた。


「魔族の吸魔って厄介なものなのかな、と。だから、詳しいことを知って対策を立てられたらと思いまして。人間には良くないらしいぐらいしか聞かされてないので」


 マスターは二杯目を用意して無言でフルーツタルトをカウンターに置いた。


「プルルは好きかな?」

「え? まあまあ、好きですね……ちょっと甘いとは思いますけど」


 唐突な質問に目を白黒させたら、彼は珈琲に何かの果汁を足してる。こういうのは初めてなんだけど。


「今回はフードから。珈琲はクロテッドクリームと一緒に」


 不可解な言動はさておいて素直に食べた。あの女が持ってくるプルルジャムより舌に甘さが残る。でも、食べられない程じゃない。

 むしろ、珈琲が外れだった。苦味と酸味は分かるけど、泥水のような味が混ざってる。クロテッドクリームで強引に舌を誤魔化した。


「……ずいぶん、変わった味の珈琲ですね。あの果物は一体なんですか」

「ん? どうかしたかい?」


 確実に果汁が原因じゃないかと思うんだけど、露骨にとぼけられた。機嫌を損ねる訳にもいかなくて愛想笑いで流すしかない。


「さて、答える前に。君の後ろの壁にある絵、その感想を聞かせてもらいたい」


 また訳の分からない話か。

 前回まで何も掛かってなかったから入った時に注視してしまった。だから、振り返らなくてもどんな絵かはなんとなく覚えてる。


 夜の暗い森の中心で、うずくまった人物が叫んでいる絵だ。色調も重苦しくて一見すると絶望とかがテーマなのかなって考えてしまう。

 でも、リリーの猟奇的な絵みたく捻った見方で鑑賞しないと解釈できなさそうな絵だとも思った。


 夜明け前にも見えるから、実際は絶望から抜け出そうとする心象風景って感じ。誰のことを指してるかはさすがに分からない。

 そう伝えたら彼は頷いた。


「ふむ。理屈付けて答えるねぇ」

「お気に召しませんでしたか」

「いいや、十分な答えさ」


 俺からしたらやっぱり理解しがたいけど、マスターは満足したらしい。

 食器を片付ける音が小気味よく響いた。


「吸魔は確かに人間には悪影響をもたらすよ。吸魔された側を依存させる傾向があって、それが元でトラブルになりやすいのさ」

「酒や麻薬みたいですね」

「それらよりも強い依存性がある上に、被害者は無自覚なのさ。手遅れになると帰らぬ人になることもある、そういう類いのものだよ」


 おおむね、スレイの言葉に近い。でも、魔族になるとは言わないのは……やっぱりあの女の嘘だったのか?


「他になにか害とかありますか?」

「あるかないかで言えば、ある。しかし、その情報は追加報酬が必要だね」


 マスターは俺に目を合わせた。

 どうもその表情は拒否に思えるんだ。言葉としては問題なさそうに振る舞っていても、これ以上深入りはしないよう牽制されてるというか。


 もしかしたら魔族絡みの機密情報まで暴露したんじゃないか、スレイは。そんな印象に変わる。いや、まだ決めるには早い。でたらめを吹かれた可能性は残ってる。

 判断を保留にして俺はもう一つ確認したい話を振る。


「吸魔ってみんな同じ方法で魔力を吸う訳じゃないらしい、とは聞いたんですが。実際はどうなんですか?」


 質問でマスターは血から魔力を摂取する吸血型と、肌を重ねて魔力を奪う淫魔型について説明してきた。

 やっぱり俺の知ってる話ばかりか……飲食代を出そうとしたら、マスターは止めた。


「普段なら、このくらいで終わりにするんだけどねぇ、今日はサービスさ。魔術師ならば僕よりも詳しいだろうけど、人間は感情的になると微量ながら魔力を放出するだろう? 実はそれを糧とする魔族もいるよ。睡魔型と悪魔型。そう呼ばれている」

「睡魔、と、悪魔、ですか?」


 全然知らない話になって、俺は思わず食いついた。あまりこういう態度をマスターの前でやるとろくなことにならないのに。

 案の定、表情が俺を観察して楽しんでる風になってる。やらかしたな。


「どうやら君はこの二つは知らなかったようだ。なるほどなるほど……吸魔という点ではかなりユニークで、さっきの二つに比べたら人間にはさほど危害を加えないのさ。可哀想なことに魔族本人が苦労するだろうけどね」


 笑顔のマスターに苦笑して帰る。

 俺がかまととぶってることは見通されてた。


 それにしても、一日かけただけじゃ、まだ十分とはいえない。

 俺はもう少し裏取りをするためにあの女の提案を引き伸ばすことにした。俺が魔族だったら、リリーが危ないからしばらくは家にも帰らないつもりでいる。


 ……本当は一人にしたくない。

 一人だと余計なことを考えるのはきっと妹も同じだ。俺は一度あの子の気持ちを裏切ってるから余計に不安がると思う。

 でもこの件に巻き込みたくないから、罪悪感には蓋をした。

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