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3-9

 同好会の部屋で私は飛び出しそうな心臓を抑える為に深呼吸した。

 周りには学生達と二、三人の魔術師。今のところ皆勤の学生の子がキラキラした目を向けてくる。魔術師は『理』の人達。


 ついに発表の番が回ってきてしまった。検査の日から数日間、強引に休みを取らされたお陰かなんとか間に合ったわ。資料の準備だけは、よ。心の準備は全くできていないわ。でも、そんなこと言ってられないから、息が詰まりそう。


「この中で複合魔術について説明できる人はいますか」


 まず周りの理解度を確認することから始める。そうしたらずっと見学会に来ている子が手を上げた。


「複数の属性が使われた魔術を効率よく発動させる方法、って認識してます!」


 そうね。大まかな認識はそれで合ってるわ。他の子が首を傾げたままだから、この子を基準にしちゃ駄目っていう事も分かった。頓挫しそうな気配に心折れそうになりながら、用意したレジュメ通りに説明を続ける。

 複合魔術は「魔術」と言っても、それ単体じゃ現実世界の事象に作用することは無い。体系の異なる魔術を一緒に使う時に繋ぎの役割をする物で、正確には魔術運用法って言ったほうが正しいわ。

 頑張って考えてきた喩えを持ち出して説明をする。


「絵画を例にすると、色を作る時に磨り潰す鉱物を魔力として、キャンバスに描かれた絵が魔術の効果ないし成果物。同好会で扱ってる他の研究は主にキャンバスか、鉱物に焦点を当ててます。一方、私の研究は色を作る段階に焦点を当ててます」


 私が絵を描くからそういう説明になってしまうけど、学生の子達はピンと来てないわね。ちょっと声が震えそうになってるけど、落ち着いて魔術で図解しながら続けた。


「絵の具は、鉱物に何かしらの油を合わせることで初めて絵の具になります。その油を固着材と呼びます。固着材の種類によって、絵の風合いはかなり変わります。粘性樹脂の一種を混ぜると透明感のある水彩画、亜麻仁油を混ぜると、べたっとした油絵を描くことになります。協会魔術は油絵と水彩画の中間みたいな画材。淡くもできるしくっきりと陰影を作ることもできる絵の具と思ってください。その性質上、協会魔術はいろんな画風を表現できる。つまり、他の魔術を再解釈・吸収して自分流に描くことのできる万能絵具です。癖の強すぎる魔術体系は無理だけれども、それでもかなり融通が効きます」


 かなり首を傾けられたわ。これ、もう私なりに噛み砕いて説明してるから挽回ができない……もう諦めてレジュメに視線を落とした。


「その中において、複合魔術は絵を描く段階で絵具を伸ばす為に使われるメディウムにあたります。メディウムの組成を調整する研究、とも言い換えられそうですね」

「……つまり、は……補助魔術的な?」


 もうお手上げ状態よ。誰か助けてほしいわ。そう思っていたら、見かねたヤンが口を出した。


「要は体系外の魔術を協会魔術に合わせるために働くものが複合魔術。彼女の研究は更に魔力の質に焦点を当てている。まぁ、今の属性理論に則ってだと、四大属性と呼ばれる炎・水・地・風に限っての話と思ってもらいたい。それらを効率よく表現する方法を探っているんだ。協会魔術に書き換えるという行為は、その該当魔術を分解し、再解釈する行為。それが可能な魔術は既存のやり方で取り入れられる。だが、できない魔術も当然存在する。同好会では占星魔術がそれにあたる。そういった特殊な魔術を使う時には彼女の研究が役立つだろう」


 ヤンの言葉でさっきから話してる子は理解できたらしい。いつものように空中にメモをしているわ。他の子達は話に付いていくのがやっぱり難しいのかもしれないわね。


「彼女の研究はいわゆる基礎研究に分類されるものだ。難解になるのもいたしかない。大雑把な理解でも問題はない。リリー、続きを頼む」


 そんなこんなで分かるような、分からないようなって空気が漂ったまま見学会は終わった。

 見学者が居なくなって、私は机に突っ伏した。ここ最近で一番緊張した。魔物相手の戦闘なんてこれに比べたら易しい。そして終わった解放感よりも失敗した恥ずかしさの方が勝るわ。だからやりたくなかったのよ。


「あー、慣れだ、慣れ。初めてなら仕方ねーよ」

「黙ってちょうだい」


 慰めてくれるディートリヒには悪いけれど、私はいま心の余裕が無いのよ。そっとしておいてほしい。

 困ったように頭を掻いたディートリヒは空気を読んで別の話題を残りのメンツに振った。


「ところでよ、フィロガどうしたんだよ。てっきり来るもんだと思ってたんだが」

「僕も詳しくは分かりません。ただ、最近、少し疲れたとは言ってましたよ」


 ラインハルトの言葉に私はまた憂鬱な気分になる。

 義兄は家にも帰って来てないのよ。きっと事務所で寝泊まりしているんでしょうけど、なんで急にそうなったか分からない。全然顔を合わせてないし。

 部屋の点検を終えたヤンが「今日は終わりだ」と催促してくる。ここでうじうじしてても仕方ないわ。


 帰り支度を済ませて一人で本部から出ると、ベルが入り口の辺りで待ってたわ。ベルもやっぱり忙しくて同好会に参加できないのよね。

 ワンピースにカーディガンを羽織った姿は綺麗。ただ表情こそ穏やかだけど気落ちしているのが分かるわ。


「ベル、どうしたの?」

「少し時間がずれたけれども。一緒にご飯食べようかと思って。いいかしら」

「ごめんなさい、まだ謹慎が解けてないから、難しいのよ」

「そう、なのね……その事も聞きたかったのだけど」

「他にも何かあったの?」


 言い淀んでいるベルは、拳を少し握ってる。ここじゃ言いたくないらしい。少し考えた私はちょっとだけ寄り道をすることにした。協会都市には見晴らしのいい高台がある。この時間だとまばらに人がいるかもしれないけれども、少し立ち話をするくらいは問題ないでしょう。

 それよりも、先にベルの怪我を指摘しないと駄目ね。ハンカチを取り出してベルに握らせた。


「手のひら、爪が食い込んでるわよ」

「ありがとう。ごめんなさい、いつも」

「体質なら仕方ないわよ」


 苦笑するベルは手持ちのバッグから包帯を取りだして慣れた手つきで巻いた。

 その様子を見ながら私は複雑な気分になる。ベルって、痛みに異常に鈍感なのよ。この前のサセックでの怪我、実は捻挫じゃなくて骨折してたのに気にせず歩いていたって。足が動くか動かないで怪我の程度を判断するのはやめてほしいわ。


 雑談をしながら目的地にたどり着いた。改めてベルに要件を聞いたら軽く息をついたわ。


「本当かは、分からないのだけど。フィロガとメアが付き合ってるという噂があって」

「は? 何よそれ」

「その、何度も彼の事務所を出入りするメアを見かけた人は本当にいるの」

「あたしにも、事実なんて分からないわよ……ここ数日は帰ってきてないし」


 憂い顔のベルにそれ以上声をかけられない。

 ベルはそんな私に優しく笑おうとして少し失敗してる。だって、私のこと良く見てるもの、私の気持ちだってすぐに知られてしまうわ。私がフィロガを諦めてほしいって思ってることくらい。ベルが幸せになるには、あいつじゃ駄目なのよ。他の人の方がいい。


 だから、フィロガを捕まえたら聞き出す、って言葉で逃げた。ベルがそれでこの場を引くのも分かってて。心臓に針を刺される痛みってこんな感じなのかしら。ベルには誤魔化したくないのに、そう思うのに。

 気持ちが暗くなってうつむいていたら、「それより」とベルが話を切り替えた。


「髪止め、砕けたんでしょう。代わりのを作ったから持って来たの。ちゃんと申請しておいたから、着けても問題ないわ」


 蔦模様と小花のシンプルな銀細工で、かわいい。お礼を言って私は家に帰った。


 閑散としたリビングが寂しい。

 この音の無さが嫌になって、二階のフィロガの自室を開けてみた。カーテンを閉め切って暗い部屋。机に書類が出しっぱなしになっている。星図の写しや走り書きね。『理』の研究内容をこっちに持ち込むことはほとんど無いし、星に関連するならきっと同好会の資料。

 散らかってるけど片付けするのは私もそこまで得意ではないから、人のこと言えない。


 そう思って本棚に目を向けたら、一冊だけ異様な本があった。装丁は全然おかしくない。茶色の革張りのあきりたりな物。でも、明らかに空気が悪いのよ。

 本当は入る気まではなかったんだけど、どうしても引っ掛かってその本だけ抜き出してリビングに降りた。そして本を広げたら読みやすく綺麗な手書きの字で物語が綴られていた。


【ヘンリアの訪れを待つ私の手はどうして彼女を抱けようか。この骨張った皮。嗄れた声。生まれくる時を違えた。ああこれが残酷な運命でなく何という。私に出来るのはただその裾に口付けるだけ。主君に捧げた剣。あの時は嘘では無かったというに。その剣を厭う己に気付いてしまった。時が、身分が、それさえ無ければ――】


 そう始まった文章。明らかにフィロガの趣味じゃなさそうなんだけど、こういう物語って。前にソファで読んでた小説は英雄譚っぽい何かだった。

 表紙に戻って題名を確認したら『ヘンリアの夕暮れ』って名前。ヘンリア? 聞いたこと無い言葉ね。


 私はパラパラと真ん中あたりまでめくる。

 内容は特に見てない。所々知らない単語が書かれているから細かくは読めない。でもそこが問題じゃないのよ。だんだん耳鳴りがしてきたから、ただの本じゃないわ。


『お前は望まれてなかった』


 声が聞こえて顔を上げたけど誰もいない。

 うんざりしながら私は息を吐いて『色移り』を解いた。それで改めてページを捲ったら、また聞こえてくる。


『お前は化け物。生まれるはずのない物』

『お前は化け物。孤独に死するべき物』

『化け物。恐ろしい化け物』


 文字をたどるごとに言葉がたくさん聞こえてくる。さざ波のように揺り返して、それでいてひどく重い粘液のような声。すぐ傍で囁いているような感じよ。


『化け物は生きてはいけない』

『そうだ、生きてはいけない』

『あるべき場所に帰れ』

『そうだ、帰れ。地に還れ。帰れ。還れ』


 しつこいからいらっとするけど、声を無視する。この手の物は反応すると邪魔してくるから放置した。そして、ざらざらの紙に指を滑らせていると、目的の文章を見つけた。


偉大なる母(マグナマーテル)よ。我ら迷える者に導きを。その幾千の手による救済を。銀輝の月神(ルーナアルゲン)よ。簒奪者に裁きを。その刃による粛清を】


 この文章だけすぐ読めた。共通語と同じ文字で私は知らないはずなんだけど、()()()は分かるらしい。だから読めるわ。

 これが原因ね。理解した私はそろそろ苛々が止まらないから声の主に語り掛けた。


「いい加減にしないと切れるわよ」

『カエレカエレカエレカエレ』

「忠告はしたから」


 儀式をするのが面倒だからただ「滅びなさい」とだけ言っておいた。ひしゃげた音がして声は止んだ。この本に付いてた程度の穢れは私には影響しない。言霊で吹き飛ばして終わり。まあでも力技だから協会魔術と一緒には使えない。


 清浄な空気に戻ったのを確認して本を閉じた。

 それにしても、なんで義兄がこんなもの持ってるのかしら。読んだ人によっては頭がおかしくなるわ。見つけてしまった以上は放置はできない。あれはフィロガの呪術じゃないでしょうけど、『剣』の魔術師としては尋問するべき案件なのよね。

 悩んだ末、明日私はあいつに問い詰めることにした。

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