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【サイドB】3-3

※今回ぼかしていますが虐待描写とお色気展開になっています。苦手な方はご注意ください(場面転換後に該当箇所あり)

 俺は今、図書館に来ている。本の寄贈だからすぐ終わったんだけど、ちょっと戻るのに二の足を踏んでいる。

 またハルとサリアが絶交期間に突入した。この時期はもう本当に空気が最悪で……仕事中は二人とも業務連絡だけ、仕事が終わったら終わったで言い争いしかしない。

 注意しようにも『理』での業務には全く支障をきたしてないから、プライベートって言われたらそれまでだ。だから俺が消えたほうが早い。


 でも、それだけじゃない。自分の思う通りにいかない現状に軽い焦燥感があるから、気持ちを切り替えたくて。


 ここ数日間、色々と考えた。

 まず導師にあの魔族の男についてどう説明しようか、とか。外部講師に依頼して訓練を付けてもらうか、とか。

 今のところどっちも宙ぶらりんの状態でいる。

 魔族の話はタイミングがよくない。スレイの調査が片付く前に暴露したら、しっちゃかめっちゃかになりそうな予感がする。

 講師も一筋縄じゃいかなさそうだった。個人訓練を頼んだら戦い方は知ってるはずだからって断られた。むしろ、「あんちゃんは先に休んだほうがいいよ」と心配された。

 最近、家で倒れたけどそれを周囲に言った覚えはないんだよね。俺の実情が漏れてたとしても、外部の人まで届くほどの時間は経ってない。


 本棚の間を縫って地図の区画に向かう。

 俺の目的は星図だ。同好会の資料作りはもう終わってるんだけど、補足で必要になるかもしれない。協会の魔術とは全然違うものだし、技術転用は難しいって結論は出てるから魔術師達は来ないだろう。けど、研究をよく知らない学生達は来るかもしれないし。


 星に関連する書籍もいくつか一緒に持ってカウンターに向かっていたら、真横から人がぶつかってきて一緒に倒れ込んだ。

 甘すぎるほどの薔薇の匂いがした。瞬時に俺は吐き気がして口を押さえる。


「申し訳……あら、『理論の魔術師』さんでしたか」

「ど、どうも。えー、と」

「ああ、今、どきますね」


 相手は女性だった。どもりながら俺はすぐに距離を取った。ふんわりと流した髪とか、体の線が分かりやすい服装とか、俺が遠巻きにするタイプの女性だ。


 俺の挙動不審な態度には特に触れずに彼女は自分の荷物を拾っている。俺の症状は協会内だと大体の人には知れ渡っている。名前もセットで。だから、取り立てて反応が無いんだろう。

 でも、すぐには歩き出さなくてこっちを見てくる。


「初めましてですね。マリヨンです」


 そんな悠長に自己紹介されても名前に興味ないよ。苦手意識が強すぎて顔が引きつっているのが分かる。

 本を拾い集めて早々にその場から立ち去ろうとしたら、マリヨンが「ちょっと待ってくださいません?」と引き留めてきた。


「これも落としましたわよ」

「え、ああはい、ありがとうございます」


 自分でも早口でそう言って、サッと本を受け取る。そしてまとめてカウンターで借りて研究室に戻た。

 時間が立てば戻るかと思ったけど駄目だ。

 香水のあの匂いがいつまでも残っているようで。本当に、駄目だ。


 余計な事を思い出しそうで何も手につかない。


 あからさまに態度が変わったのを察したラインハルト達が心配そうに寄って来た。


「室長、顔色が優れないようですが」

「別に何ともない、よ?」


 強がってみたけど二人に通じるはずもないよね、分かってる。でも、これはあの人にも失礼だからそう言っておくしかない。サリアと顔を見合わせたハルがため息をついた。


「誰と話して出た症状ですか?」

「いや、本当に何ともないって」

「リーメア、ではないですよね。室長は慣れたはずですし」

「別に、何かあった訳じゃ、ないんだって。だから、気にしないでほしいな」


 笑ってみたけど、ますます二人の表情が困ったものに変わる。


「えっと、フィロガ君。本当に顔が真っ青だから『癒』に行くか帰って休んだ方がいいよ」

「そうですよ。それとその女性には近づかない方がいいです」

「いや、本当にたまたまぶつかっただけで」

「苦手意識だけで済まないのなら、ザクセン署長に報告しておいた方が無難ですよ。魔力の暴走が起らないとも限りませんし、それに呪術も関係したら余計に大変なことになりませんか?」


 ド正論が俺に突き刺さって申し訳なさも追加された。


「ハル、黙れ。ね、フィロガ君、早退しちゃいなよ。この仕事量なら明日やっても巻き返せるんだから。それに普段こやつは手を抜いているし、大丈夫大丈夫」

「抜いていませんよ。貴女と違って」

「黙れって言ってるでしょ、優男」


 そのまま言い争いに発展して別の意味で疲れてきた。

 俺は止めるべきなんじゃないかな。うん、聞きたくない。ひどい単語が稀に出てくるのも含めてお似合いカップルだって思ってる。うん。


「二人とも、今は仕事中」


 気力を絞り出して伝えたところで、「失礼しました」とハルが謝った。


 そして、俺は早退させられて一足先に帰宅している。今日の同好会も欠席だ。久しぶりに精神的に辛くなった……持ち帰った本を眺めて落ち込んでいるところだよ。


 ぱらぱらと流し読みをしていくうちに、一冊だけ星と無関係の本を見つけた。

 題名から星座の話かと思ったんだけど中身が全然違う。ななめ読みしたら恋愛物語っぽい。しかも、老人がご令嬢に片思いとかいう内容だった。間違った場所に置かれていた小説か。早めに返却しておこう、と思ってその本を自室の棚に置いた。



 ***



 気が付いたら、俺はベッドの上で息を殺していた。

 薄暗い部屋を見渡すと傷だらけで塗装が少し剥げた簡素なチェスト。薄いベージュのカーテンも、吊るされた錆びついたカンデラも、今の俺の部屋にはない。

 でも、すごく見覚えのある場所だった。落ち着きなくさ迷わせている視界に自分の手が映る。小さくて発達しきってない状態。ああ、ここは昔の俺の部屋か。


 きっと夢の中だ。でも、いつの間に俺は寝てたんだろう。

 案外、今の俺の意識は冷静だった。これから何が起こるか知ってるから、かな。起きてたらまず吐いてるだろうけど、気分が悪い感じはしない。絵を眺めてるような感覚だ。


 夢の中の俺はとにかく扉が叩かれるのが怖くて薄いブランケットを掴んでるだけ。

 ベッドの下にでも隠れれば良いのに、そんな事を考えもしないでただ震えてる。そのドアノブが回るかどうか、監視しても意味はない。そんなの、俺がコントロールできることじゃないって今は思えるんだけどね。子供だから仕方ない。


 必死に耳を澄ませる。衣擦れの音はしない。足音もしない。吐息もしない。

 音が無いからといって安心なんてできないんだけど。子供の俺はぬか喜びして握った手を開いた。


 今日は来なかった。昨日も来なかった。じゃあ、明日も来ない?


 そうやって少しだけでも期待してさ。期待して馬鹿だったんだ。


『ねえ、坊や』


 囁き声が聞こえた瞬間、身体が固まった。

 そして結局は今の俺もその声に吐き気がする。克服したと思ってた、けど。もう、居ないはずのその人の声に俺は虚しさが一気にぶり返した。


 かちゃり、とドアノブの音がして体の震えが止まらなくなる。すぐにブランケットを被って丸まった。


『どこかしら。ここかしら』


 語り掛けてくる声は酷く優しい。優しかった。ねえ、でも、どうして。

 明かりもつけないで移動する衣擦れの音が、その度に広がる甘い薔薇の香りが、俺の元に少しずつ近づいてきて。相手はわざとやってるんだ。それでも見つからないよう当時の俺は祈った。

 無駄なのに。それなのに、ただひたすら祈るだけで……僕の頭に、ほっそりとした手が置かれて。


『ふふ、見つけた』


 ブランケット越しに抱きしめられて、僕は何も言えずに震えて泣くだけ。

 ねえ、どうして。どうして、名前を呼んでくれなくなったの。どうして、そんな怖い目で見つめてくるの。どうして、痛いことをするの。


 ねえ、どうして、母さん。元に戻ってよ。



 ***



 目を開けたら夜だった。どのくらい時間が経ったかも分からない。

 夢の中の、いや、昔の出来事の生々しい感覚が残ってる。忘れたくてたまらない、記憶が。あの時の気持ちが混ざってて自分でも何を考えているかよく分からない。

 逃げたかった。でも、離れられなかった。元に戻ってほしかった、たった一人の家族だったから。


 そして壊れていった。俺も、母さんも。


 扉の開く音がした。視界の端に満月が見えた。ああ、そうか。リリーが来るくらいには夜だったのか。


 近づいてきた妹は少し虚ろな表情で「悲しいの?」首を傾げた。

 リリーと会話を放棄した俺は座って彼女を見上げているだけ。

『色移り』の解けてるリリーは、顔立ちが変わった訳じゃないのに、どこか普段と違う感じがする。その白亜の髪も、ルビー色の瞳も、ぞっとするほど美しい。

 こうして静かにしていると、スレイと雰囲気が少し似てるかもしれない。黙ってれば、あいつも現実離れした美貌の持ち主だから。


「私は悲しいの。忘れていくのが悲しい」


 リリーはそう呟いて俺にしなだれかかる。

 何が忘れたくない、だ。八つ当たり気味に妹を睨む。

 バスローブからこぼれる素足が、囁くような吐息の音が、全部が全部、もう子供じゃないって主張してくる。こんな事をしておきながら毎月自分の所業を忘れてる頭のめでたい妹に、だんだん本気で腹が立ってきた。


 ――いっそのこと、理解させてしまえばいいんじゃないか。家族の絆なんて、簡単に壊れてしまうものだと。所詮は見せかけでしかないんだと。


 ああ、それならもう俺が煩わされないで済むかもしれない。母さんが母さんじゃなくなったように、関係性が壊れてしまえばいいんだ。だって、そもそも元は他人だったんだし。


 目を閉じているリリーの顔に自分の顔を近づけて……そして、ガラスの割れる音がして我に返った。


「何をしている!?」


 聞き覚えのある声。いつの間にかスレイが侵入していた。警戒心を露わに武器まで手に持ってる。

 俺は頭が正常に働きだしたような気がした。そして、さっきまでの自分の行動に愕然とした。

 何を考えてたんだ、俺は。

 致命的な間違いをやらかそうとしてた。あの人と同じように……よりによって、過去の事で心に傷を負ってるだろうリリー相手に。


 スレイは微妙に目が据わってる。本気度合いとしては高めだ。殺意を向けられてる、といっていいレベル。誤解でも何でもなく、本気で俺の頭がおかしかったから、弁明する気は起きない。むしろ、止められて安心さえしてる。


 そんな緊迫した空気の中でリリーが目を開けた。

 俺は反射的に手を放した。そして、リリーはスレイを見た瞬間、とても楽しそうな笑顔に変わった。


「可愛い」


 その言葉と同時に、スレイに覆い被さりにいって頭を撫で回した。


「え、は、どう」

「可愛い、猫も鴉も可愛い」


 ぎこちないスレイにかまわずそのまま抱き締めた。あまりにも加減を知らないような力の籠め方にスレイが「痛い!」と悲鳴を上げてる。


「本当に痛い止めて!」

「可愛い、可愛い」

「リリー、止め」


 数分くらい、俺は現状の理解に時間がかかった。こんなにもはしゃぐリリーを見たことがないのもある。いや、そもそもスレイは抜け出せるんじゃないのか、とも思って。でも、スレイが助けを求める目を向けてきた。自力ではどうにもならないらしい。


 それからは、二人で妹をひたすら剥がす作業をした。結局、リリーが満足して唐突に眠るまで手を外せなかったんだけど。

 何も知らずにすやすやと寝てるリリーを見て、俺達は、疲れた目をお互いに合わせた。

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