【サイドA】3-5
演習場の外にリーザを連れ出した。締め上げたら疲労困憊で手加減できずにうっかり窒息させかけた。
周囲の人達は私たちを遠巻きにしている。関わりたくないという意思表示。その中に私を止めるべき魔術師まで入っているけど、もはや仕方がない。
「いい加減に、してほしい」
苦しそうなリーザは思うことがあるのか大人しく私にやられっぱなし。無抵抗の人間に暴力を振るうのも考えものなので、彼を降ろした。
「リーザ、何をした」
このままだと口を割らない気がして魔術で周りに聞こえないようにする。
黙って俯いていた彼は、しばらくして顔を上げた。
「……女神様が危ない」
「は?」
「だから、女神様が危ない」
全く理解できない内容を言い出したリーザは、私に迫る勢いで立ち上がった。その目は真剣そのもの。
「あのままじゃ駄目だ、助けないと」
今にも脱走しそうな彼の頭を抑えて現実逃避した。また、人外の面が出てる。
ルクスの時と同じ。あの時も護衛した幼児お二人がやんちゃなことになって散々だった。本当にやんちゃで、私どころか『赤鴉』まで恐怖した。駄目だ、思い出すのを止めよう。
すぐにあの時の記憶を沈めているところで勝手に口が開いた。
「メアが動くべきことで、リーザは邪魔」
「そんな、悠長なこと言ってる場合じゃない」
「焦る気持ちは理解する。それを含めた上で貴方が邪魔。これ以上、被害を出したらただでは済まさない」
自分の意思とは関係なく話す私。『赤鴉』が介入してる。制止が効いたのか彼は走り出すのはやめた。その代わり、沈痛な面持ちで私を見る。
「■■■、俺を殺すの?」
「必要とあらばそうする」
「女神様も?」
「……そもそも、殺せるかどうか、だけれど」
「言っとくけど、現状、■■と■■■以外は絶対無理だぞ」
奇妙な雑音が混じって聞き取れない単語。時折そのような状態になるので慣れた。そのまま首を振ったら用事が済んだとばかりにあちらはさっと消える。
相変わらず自分勝手で腹が立つけど、文句を言ったところで聞く耳なんて持ってない。
その場を取り繕うために、リーザを叱る。彼も普段の彼にまた戻って落ち込んでいる。反省はしている、はず。
ああなった事情を聴き出したら、リリーの気にしている見た目を攻撃材料としたとのこと。『色移り』で見た目を変える理由が、お洒落目的という訳じゃないのは私服や行動を見てれば分かる。
「気にしてなくても失礼」
「分かってる。でも、あんな風に隠してたって意味ないよ。『剣』の奴らだって特定の色の組み合わせは避けてるっぽいって噂してたんだからさ。精神的な弱点が分かりやすいから、ねーちゃんは標的にしやすいぞ。力に振り回されてるなら、なおさらだって」
リーザは本物の戦闘狂で強さに対する嗅覚が鋭い。彼がそう形容するならリリーは協会を陥れる足掛かりにしやすい。その卓越した技術力目当てではなく、単に滅ぼしたいだけならば。自爆させた方が手間もなく証拠に残りにくいから。
本当に手段を選んでられない。
クレセリアの流出も、ポルガエデンのクーデターも、あれらは過程。
そして私が呼ばれたそもそもの理由だって、その一部に過ぎないのでしょう。一刻も早く、どうにか関係者を引きずり出さなければならない。いかんせん、非合法に入手した情報ばかりだから証拠固めに時間が掛かっている。
しかし別件で今日は忙しい。リーザを『剣』に引き渡して同好会へと急ぐ。レジュメを取りに戻ったから少し遅れぎみだ。
見学会の手伝いをラインハルトから、きっとその背後にいるだろうザクセンから頼まれた。断れるわけがない、上層部の中で一番敵に回してはいけない人だ。
そうして慌てて部屋に入ったら、まさかのキアラとサリアを目にした。私は即座に逃げ出したくなるのを堪えて息を吐いた。その取り合わせは本気でやめて欲しい。
学生仕様のローブの子はちらほらいる。しかし、見学に来てる魔術師は二人だけ。どちらも機嫌が悪い。
同好会メンバーも少ない。リリーとベルは分かるけど、フィロガもいなかった。
「時間ぴったりですね、始めます」
「その前に言うことがあるんじゃないんですか?」
目の据わったサリアのストレートなパンチに彼は乾いた笑みでシラを切った。目が淀んでいるディートリヒが「あー、後でお願いします」と頼み込んでいる。そっち方面で天然なヤーニャもさすがに気付いてるか。
関係ない学生達が目を白黒させてるのを見ながら、私の胃は引き攣れている。
サリアは私に仇敵を見るような目を向けている。彼女の脳内で浮気認定を受けたらしい。どこら辺でそう思われたのか、全然分からない。
咳払いをしてラインハルトは強引に始めた。
「えー、音響魔術は協会でもかなり新しい魔術でして……みなさんもご存じでしょう、従来の闇属性と光属性の考えが廃止され、光領域と音領域という捉え方に変わりました」
主に学生達が興味津々といった風に身を乗り出した。
数年前まで協会魔術は『光』『闇』『水』『炎』『風』『地』の六大属性と、属性のない魔術に分けられていた。しかし、『光』と『闇』属性の概念がそれぞれ残りの四大属性を内包する上位の属性になり、『闇』は『音』に変更された。
更にそこに『聖』『邪』『無』の概念まで持ち出されたために混乱する人達が多数。ここ数年でその混乱も徐々に落ち着いてきたらしい。
私は聞きながら改めて感心している。この学説を唱えたフィロガも、それを良しとした上層部も、あっさりと既成概念を捨て去った他の魔術師達も。他の魔術体系ではこうはならない。何故なら、下手したら提唱者が投獄か処刑の憂き目を見るからだ。
それにしても、ラインハルトの説明が難解で素人には分かりにくい。
ヤーニャやサリアが注釈を入れるのを織り込み済みだったのか、敢えて専門用語を使っているような節すら見受けられる。
取っ付きにくくしてどうするのか、と疑問に思っていたところで話の水を向けられた。
「彼女は魔力を耳で聞くことの出来る魔術師です。試しに、先程例に出した魔術を紋様ではなく音として捉えた場合、どのようなメロディになるのか実演してもらいましょう」
出番が来てしまった。一斉に視線が集まり、居心地が悪い。興味がなさそうにしていたキアラまで注目するから余計に。
実演といっても、要はハミングをするだけ。魔術で音を奏でるには魔力が足りない。人前でやるには気が引けるけど、仕方なしに聞こえた通りに歌う。
歌い終わるとラインハルトが目を輝かせた。
「……素晴らしい。少し待って下さい」
説明を放置していきなりヴァイオリンケースを取ってきて準備を始める。サリアの背後が吹雪いているのも頓着せず、流れるように調律した。
「もう一度、お願いします。今度は僕も演奏しますので」
そう押し切られて渋々また歌い出す。それから何度か別の魔術も歌わされた。どの曲もとても繊細で感情豊かな音色で腕前のすごさは分かるのだけど、話が逸れている気がしている。
ヤーニャほどではなくても、マイペースだ。
見学会は脱線しつつもサリアやディートリヒの軌道修正で何とか終わった。しかし、学生達を帰したサリアが凍土の目でラインハルトを見つめているので全く帰れる気がしない。
「で、ハル。何か言い残すことある?」
「何の話ですか」
詰めよるサリアと逃げるラインハルトの構図、そこにキアラの「私も迷惑です」という言葉。
「この女の手綱くらいは握ってください」
「ちょっと、浮気相手がでしゃばらないで!」
「だから違う! 妄想を押し付けるな!」
「はぁー!? 夜な夜な密会とか言い逃れ出来ないでしょ!」
検閲作業中にもあった言い争いにげんなりする。
サリアによれば、朝帰りの彼が纏ってた香水と同じ匂いがしたという。別の人の可能性もあるのでは、と冷静に突っ込みかけてソニアに止められた。
その件だけならば冤罪の可能性はあるけど、彼らが会っているという話は事実らしい。
なお、精霊達の動きを見ると、サリアだけが突っ走ってるようだった。
渦中の彼はキアラを恋愛的には意識してない。キアラもまた誤解されて迷惑と思っている。しかし、それとは別にラインハルトに対する同情心もあるらしい。単に、彼から愚痴られているだけなのでは。
結局『後は当人同士で』という空気が流れたために私は抜けた。気配を消せるとこういう時に便利。誰も気にしない。私のことも勘違いしているサリアから逃げなければ。
疲労だけが溜まる、もう休もう。とぼとぼと宿に向かってたら顔に何かが張り付いた。
引き剥がそうとして、精霊だと気付きやめる。今は人目があるので、掴めないものを掴んだらおかしい扱いを受ける。
精霊はすぐに私から離れるとその可愛らしい顔でボロボロと涙をこぼしている。誰かの魔力を吸ったわけではない。この精霊自身の気持ちだ。
あまりにも辛そうに見えたので人気のない場所に移動して、語りかける。
「どうしたのですか」
精霊は顔をごしごしと拭くと、キリッとした顔で唐突にパタンと倒れる。これで意味を理解するのは難しい。しかし、必死に考えてその精霊に見覚えがあるのを思い出す。
人型になった彼らの顔は精霊ごとにみな同じ。キドナならばキドナ顔。レイアならばレイア顔ともいうべきか。
でもこのキドナは、キドナ顔からほんの少しだけ離れている。
彼はフィロガのそばにいる子の一人だ。
「またフィロガが倒れたのですか」
頷いてから首を横に振る。
何かが違うらしい。しかし、きっとフィロガ関連だとは思う。
「フィロガに何かが起こったということですか」
激しく同意された。それで精霊が泣くとは何事なのだろう。気に入った相手が死んでも残念がるだけの彼等が、取り乱す程の事とは。とにかく、一度彼の元に行くべきか。
そう思って立ち上がろうとした私はキドナに聞いていた。
「彼が、彼ではなくなりかけている?」
自分でもどういう意味か理解しかねた。つまり『赤鴉』が勝手に問いかけた。
その言葉に、泣き止んだはずのキドナがまたボロボロ泣き出した。
「そうか。メアにはまだ行く気があるから、行く。でも、期待しないで。関わる気はなかった」
冷淡な声が響く。自分でも驚くほど冷淡に。
「いつか滅びを迎えるのは、誰でも同じ。そしてこの世界も例外ではない。私は諦めたのだから、期待しないで」
『赤鴉』は何を諦めたのか。ずっと振り回されてきたけど、ここまではっきりと突き放す理由を私は知らない。精霊達が悲しんでいる理由も、知らない。
でも私はこんなにも辛そうにしている友人を放ってはおけない。だから、協会都市の外へ向かった。
それに……『私』は、フィロガが転落していく様子を見たくてたまらないから。




