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 最近、義兄の様子がおかしい。

 たまの奇行はまぁ、元からだけれど輪をかけておかしくなっている。独り言で「これは、いやそんなのないな、うん」と通り過ぎたり、ぼーっと宙を見つめていたりすることが増えた。昨晩なんかは、自分のカップを見つめて首を傾げていた。


「これって何なのかしら」

「うーん、それは不思議だね」


 バーナードは道を歩きながら頭を悩ませた。考え事をしながらも器用に道端の立て看板や人の流れを避けている。私は考え事をしているとすぐぶつかるのに何でこの男は歩けるのか、釈然としない。


「フィロガさんは人に見えないものが見えるらしいって噂があるから、それかもしれないね」

「そんなヤバい奴扱いされてたの?」

「元々、呪術師から魔術師に転向した人だからね、やっかみ半分で噂されているんじゃないかな」

「呪術師? 聞いたことないんだけど」

「え、フィロガさんの話は有名だよ」


 私は「え?」と発してまじまじとバーナードの顔を見た。彼が立ち止まったから、一緒に止まる。

 奇妙な魔物を見た時の戸惑いが混ざった表情のバーナードは続けた。


「聞いたことないのかい?」

「無いわね」


 即答した私に、困ったように彼は視線をさ迷わせた。

 呪術師は国によっては有害指定されるような存在だ。呪術自体は魔術師でもかけられるし、誤った使い方をしなければ協会では問題にはならないけれど。


「天使は恐ろしいと思うかい?」

「別にあいつがなんだろうと気にしてないのよ、あたしは」

「そうなんだ」


 私は一瞬考えて、首を横に振った。呪術は効果があるかどうかも分からない不確実な物だし、魔術ほどの脅威は感じない。そもそも、かれこれ十年くらいは義兄と生活しているけれども、フィロガについては知らないことの方が多い。


 お互いに干渉しないタイプなのと、家族というより同居している人って感じが強いの。私にとっての兄は別にいるし、複雑。

 魔術師自体がいろんな経歴のある人の集まりだから、下手に踏み込むのをバーナードは躊躇っている。少し考えた彼は、そのまままた歩き出した。


「ところで、あのメアとかいう教官はまだ来るのかい?」

「時々来るわ。なんか、いろんなお裾分けとか持って来るのよね」


 野いちごで作られたジャムも絶品だった。なんだかんだ言いながらも義兄だって食べているし、私たちはメアに胃袋を掴まれつつある。


「正攻法だね。そのままフィロガさん、絆されそうな気がするよ」

「どうかしらね? あいつは結構面の皮厚いから、貰うだけ貰って状態になるかも」


 義兄はヘタレで目立たないけれど、性格は悪い。ただ、メアも突飛な人のようだから、組み合わせとしてはいいかもしれない。あくまで組み合わせとして、だけど。

 

「何処かの可憐な白百合も絆されてくれると僕は嬉しいね」


 バーナードが笑顔で甘いことを言い始めたので、そっぽを向いた。今日は運が悪いわ、観光目的の恋人とか家族連れが見られる。視線を戻して進行方向だけに注意する。


「この組合わせ、どこに抗議したら変えられるかしら」

「つれない。他の人達も、僕と天使の相性がいいからと組ませてくれたのだし」

「それは、あたしと組みたい人が他にいなったからでしょう」


 軽いジャブを避ける。嫌いではないのよ、彼のことは。ただ、そういう対象にならないだけで。

 ちなみに、彼以外がパートナーになると恐がられる。別にそんな過激なことはしていないのだけど。自分の人望の無さを考察しているところで、バーナードが話を続けた。


「何にせよ、あの教官の狙いが不明であることには変わらないね。注意はした方がいいよ」


 バーナードの目が据わる。ここまではっきり言うなんて。いつも表向きは穏やかなのに。メアには相当思うところがあるらしい。


「ところで、天使も夕食を一緒にどうだい?」

「今日はあっさりしたものが食べたいから帰るわ」


 悪いけれど私は貴方に靡くつもりはない。そう、態度にはっきりと出しているのに。どうしてかこの人はめげないわ。

 返事を聞かないで、どんどん歩く。彼がどんな表情をしているかまでは確認しなかった。



 ***



 連日の哨戒が終わって、私は協会の附属図書館で目当ての物を探している。魔道具によって保たれた室温はひんやりとしていた。

 私の手元には使いかけの魔力石がある。今、同好会ではメアの魔力について調べているから、どうしても私のやりたいことは後回しになってしまう。だから一人で来たの。


 でも、私は勉強苦手なのよ。できなくはないけれど、興味ないとやる気が起きない。要は研究に付き物の調査とか、先行研究を探し回るのが面倒なのよ。魔術の実験なら楽しいのに。

 紙と埃が混じった匂いに、ぐったりしながら複合魔術の本を探す。


「複合、複合、あら?」


 指差しで題名を探していたら、見慣れた名前があった。その本を抜き出してパラパラとページをめくる。相変わらず難解な言葉で書いてあって、理解に時間が掛かりそう。義兄らしい。でも、今知りたいことは特になさそうだから、書架に戻そうとした。

 そして隣をふと見ると、青い瞳とかち合う。いきなりすぎて後ずさると、少し首を傾けたメアがいた。


「びっくりさせないでよ」

「声かけた」


 メアはそれだけ言うと、私が戻しかけた本を取り出した。美少女に分厚い本は、深窓のご令嬢を連想させる。今持っているのは専門家の心を荒立てる悪魔の書物だけど。


「フィロガの本、面白い。闇属性が闇じゃないって、新しい」

「そうらしいわよ。フィロガ的には『光』と『音』が対立項なんですってね」


 私が習った頃は『光』と『闇』の属性だった。『闇』の要素はどこに行ったのか。私は悩んだ末考えるのをやめた。それは私だけではないから、フィロガの理論はかなり異質なものだった。


「『闇』は『光』、『音』、『聖』と『邪』が混ざっていると言っていた」


 一方、門外漢のはずのメアはすんなりと理論を読み下したらしい。感覚がどうもつかめないのは、私の頭が固いのかしら。そもそも、なんで『闇』の中に『光』の要素が入っているのか。本人に説明されても疑問しか湧かない。


 メアの頭の良さはフィロガにとっては高得点になる。あいつは語り合える奴が少ないって愚痴ってたから。でも、同類認定であって、男女の仲にカウントするかは不明。


「あんたは、フィロガを探しているの?」


 やることがない時はフィロガの手伝いしているらしい、と風の噂で聞いた。ごり押しがすごい。

 しかし、メアは首を横に振る。


「ううん。探していたのはリリー」


 「私?」と自分を指差した。家には相変わらず来ているし、協会で個人的に声をかけられる用事なんて、覚えが全くないのだけど。


「この辺りの、美味しいお店でお話したい。リリーと、メアと、あともう一人。紹介したい人がいる」


 一瞬何を言われているのか理解できなかった。

 メアはじっと私を見つめる。その瞳はやはり瑠璃の如き美しい色合い。

 「何かを探っている」というバーナードの言葉が脳内によぎった。でも、彼は慎重すぎるからそこまで気にしても仕方ない。

 私も色々と煮詰まっているので頷くと、ホッとしたように軽くメアは息をはいて「よかった」と呟いた。


 何か、緊張することでもあったのかしら。今更だ。昨晩だって、家に突撃して義兄と私にクッキーを渡しに来たのに。


「ところで、誰が来るの?」

「メアの、まあ、友人」


 言葉を濁された私は疑問に思いながらも、良さそうな場所にメアを連れて行った。

 明るいテラスが人気のカフェに入り、注文をして待った。メアは手紙の転送魔道具でその例のもう一人を呼んだ。あれだけで私の給料何ヶ月だったか……自分の顔が引きつっているのが、よく分かる。


「金持ちね、あんた」

「金はあるところにはある。そこから絞り取ればいい」


 メアは変な持論を自信満々で言っている。私は聞き返すのも疲れるので黙った。金銭感覚の溝って埋めるの難しいのよね。

 そして、彼女は懐に手を入れて包み袋を取り出す。


「これ興味あれば」

「え……こ、これ!」


 ポンと机に置かれたのは、私の好きな画家の作品だった。コースターに美麗な世界が描かれている。

 思わず声をあげてしまった。協会都市じゃ手に入らない画家の作品。すぐにその子の国の貴族とかに売られてしまうくらい。


「この子の作品めっちゃ人気なのよ、どうやって手に入れたの」

「歩いてたら声かけられた」


 なんてことかしら。知り合う機会がなかった私はとても羨ましい。

 幻想的な世界観の画家だから、もしかしたらメアをモデルにしたいのかもしれない。口を閉じて話さなければこの画家の描く登場人物にいそうだもの。


「どうぞ。メアはあまり興味ないから」


 そんな画家を無情にも袖にするってなかなかよね。私はおこぼれにあずかりたいから、ありがたく貰う。帰ったらすぐにリビングに飾ろう。

 そこに、誰かの影が差した。


「メア様、お待たせしました」


 そう言ったのは、地味な色のワンピースに身を包んだ女性だった。愛嬌のある顔だちで、家庭的な雰囲気のある人。もう亡くなった里親に少し似ていて、懐かしい気分になる。


「リリー、彼女はトリシャ。薬草魔術の講習受けている」

「初めまして、リリーさん。メア様がお世話になっています」


 トリシャがにっこりと笑った。

 少しお茶目な性格らしい。ウインクを飛ばした彼女を、メアが軽くねめつけた。


「トリシャ生意気」

「メア様は結構適当ですからね、時々ご迷惑をおかけしていませんか」

「聞きなさい」

「メア様は案外子供っぽいところありますから。これ、魔術を込めて作ったポプリです。余りましたので良かったらお近づきの印にどうぞ」


 メアの冷気も気にならないのか、トリシャはそのままメアの隣に座る。そして、流れるように薄紫の袋を渡された。触るとほんのりとラベンダーの香りがする。

 半眼のメアに、トリシャは気にせず食べ物を注文する。


「恩知らず」

「恩知らずじゃありません、その証拠にちゃんと様付けしてるじゃないですか」

「敬ってない」


 メアの空気がまだ冷えているのに、トリシャはのんびりとお茶を飲んでいる。掛け合いを見ていると、友人の少ない私としてはちょっと羨ましく思う。


「メア様ったら、私よりもお姉さんなのに村の子たちのほうが大人ですよ」

「トリシャ少し黙れ」

「痛っ、メア様暴力はダメですよー」


 多分本人たちは意識していないんだろうな、と考えていたら驚きの事実が分かった。メアの年齢が義兄とそう変わらなかった。メアが「覚えていろ」と低く言ってるけど、トリシャは全く堪えてない。


 時間が経って青から紫になったハーブティを飲みながら、トリシャにどんな話題を振ればいいか考える。彼女はたぶんやらかす性格だ。気を使わないとうっかり周りが惨劇になるわ。さっきから、寒さに首を傾げている人が見受けられるのよ。


「薬草魔術って事は、ハーフェンの講義受けてるの?」

「ああ! ハーフェン先生ですね、とても分かりやすくて、いい人ですね」


 ハーフェンとは、ディートリヒの便宜上の苗字だ。『癒』は色々と人手が足りないから、教員でなくても講師を兼任する事がある。ディートリヒって、真面目だから色んな奴にいいように使われてて少し不憫。


「薬草魔術ってことは、薬学に元から詳しいの?」

「ええ、簡単な傷薬なら幼い頃から作っていました。今はメア様のお知り合いのかたから学んでいます」


 トリシャはのほほんとしながら答える。

 確かに、メアは医者の手伝いをするって言ってた気がする。そうすると、メアもそっち方面の知識があるんでしょう。

 やっぱり、すごいわね。そう思って軽食のサンドイッチを食べてると、トリシャが思い出したように口走った。


「そういえば、そうでした。メア様、ネグリア様がそろそろ薬切れていないか心配していましたよ」

「薬? 持病でもあるの?」


 私が質問したら、トリシャがしまった、という表情で口を覆った。お茶を飲みながら、心の中で合掌する。穏やかではない笑顔のメアは迫力があった。あまり知られたくなかったと見える。


「発作がある程度。命に別状はない」

「その発作が問だ――」

「磔にされたいか」


 あの、ここの空気だけ極寒の地なんだけど。周りの人たちも腕をさすっているから、私の気のせいじゃない。お茶の味が大分薄くなった気がする。

 メアの脅しと場の空気の寒々しさにようやくトリシャが止まった。あら、心なしか顔が赤い。


「どうしたの?」

「い、いいえ何も、ええ、何もありませんよ!」


 明らかに何かある慌てようだけど、さすがにそこを突くのは可哀想だから話題を変える。それに、周りの人がまた巻き添えになるし。


「で、話ってなに?」


 私が唐突に言葉を発すると、メアは間を置いた。聞きたいけど一人じゃ聞き出すのが憚れる話でも、振ってくる気だと思って。私を調べているって噂があるなら、余計にそうじゃないのかしら。


「リリー、その目、色違う」


 じーっとメアに見られてようやく言わんとしていることに思い至った。何度もうちに来ているなら気づいて当然か。

 無言で魔術に干渉して茶色の瞳を緑に近づけてみせた。全く知らないトリシャは息を飲んでいる。


「『色彩の魔術師』」


 私の異名を口にしたメアは、食い入るように見つめている。この色彩変化だけが由来ではない。だけれども、大抵はこの魔術と結びつけて覚えるから、魔術師でも本当の意味を知っているのはごく一部だ。


 ふと、いたずら心が湧いた私は、レモンシロップをハーブティに入れてかき混ぜた。紫っぽい色が透明感な赤になる。


「お茶の色も変わりましたね! すごい!」

「これはそういうお茶。トリシャ勉強不足」


 トリシャは無邪気に賞賛しているけど、メアは落ち着いてケーキを食べる。水を差されてムッとしている彼女だけれど、むしろ何でも知っているメアの方が常人離れしていると思うの。

 気を取り直して、トリシャがにこにこした顔を私に向ける。


「リリーさんは物の色とかも変えられるんですか?」

「いいえ自分の見た目だけね」

「へえーすごい、元の目の色とかは何色なんですか?」

「それは秘密よ」


 トリシャの質問に、私は笑顔で答えられたかしら。内心、あまり容姿に触れられたくないのよね。


 そのまま、話題が逸れてしばらく話をしていたら日が暮れた。二人と別れて自宅まで戻ると、誰もいない。

 今日は、フィロガは研究室にこもっている。最近、また新しい論文の執筆に忙しいから。こんな時に、いないなんて本当に残念な義兄だ。一人になると気が紛れない。


 白紙のクロッキーブックを開いて木炭を走らせた。記憶にある限りの『彼ら』の姿を無心に描いた。半紙に墨を流した色合いの単を着た女性と、薄青色の狩衣に身を包んだ男性。二人が私の名前を呼んだ声はもう思い出せない。

 私はそのページを破り捨てて無言で燃やした。


※2020.7.17 同好会が研究会表記だったため修正しました。

 2021.8月 改稿しました。

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