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第一回目の見学会がついに始まる。
ベルはどうにか都合をつけて準備まで終わらせていたわ。相変わらず笑顔。でも、先に来て隅っこで仮眠してた。
同好会が負担になっているのが私としては嫌だけど疲れをおくびにも出さないでベルは資料を配った。
『飾』の数人と、『剣』の部隊長の一人と、サリアさん、そして見たことのない子達。ローブが学生仕様ってことは、内定者達かしら。人が多くてこの部屋の中が窮屈に感じる。
「錬成魔術についてのおさらいからしましょう」
少しだけ声の調子を変えたベルが、『ライトライティング』で空中に図や説明文を浮かべる。学生向けの説明ね、これは。そういう細かい所に気付いてくれるからベルは優しい。
錬成魔術は術者の血を媒介にする呪文式の魔術。自分の指定した金属をより集めて成型するから、協会の魔道具を作るにはすごく相性が良い技術なのよ。研究した結果、ベルはこの錬成魔術を協会魔術に書き換えた。これで魔道具の量産がはかどるから評価されて二つ名が付いたの。
ベルが指をさした先には錬成魔術から作った協会魔術の紋様。学生の子の一人が目を輝かせて『ライトライティング』のペンで紋様を描き写している。そうよね、研究の第一人者からのレクチャーってそうそうないものね。そして話は協会魔術への転用における課題になったわ。
「この紋様は全ての金属類には対応できていません。現在、運用できるレベルに達しているのは金銀、そして銅の三種類だけ。それではまだまだ不十分と言えるでしょう。他にどんな金属の素材を魔道具に組み込みたいとみなさんはお考えでしょうか」
ベルの質問に、腕と足を組んだ女性が答える。
真っ赤なルージュが印象的なこの人はヤンの直接の上司にあたる室長よ。ベルとは仲がいいらしくて、時々話に出てくる。とても向上心が強くて刺激になるんですって。
「そうね、鉄は必須。それと、できるならミスリルも組み込みたいわね」
「ええ、そうでしょう。試作した鉄の術式を例に出しましょうか」
ベルがまた別の紋様を出す。
一部がさっきの紋様と重なっているけど、だいぶ違いが目立つわ。
「錬成魔術はどの金属であろうとも同じ方法で扱えるのですが……協会の紋様式に書き換えると、鉄は多くの書き換えが必要となりました。この違いはどこから、むしろなぜ最初の金属は纏められたのか。それを探ることが急務となっています」
ベルが大きめの瓶を二つ取り出す。中身は黒っぽい粉とキラキラした灰色の粉。それぞれ鉄と銀の粉末よ。デモンストレーションだからか、ナイフで指を切って呪文を唱えてる。そんな事しなくてもベルは錬成魔術を使えるんだけど、錬成魔術を直接見たことない人が多いから。
中身の粉が勝手に集まってできたインゴットに学生の子や『飾』の人達は感心している。『剣』の部隊長だけやけに目が鋭いけど、私は見ない振りをした。
そして、粉末の瓶をまた二つ取り出してベルは協会魔術でインゴットを作った。
こっちの方法で作ると少しだけくすんでいるように感じるのよね、私は。この現象にはフィロガも同意してた。一方、それ以外の同好会の連中は見た目の違いなんて全然分からないって言ってた。
それからは話し合いの時間。
見学の人達も違いを感じ取れるかはまちまちだった。突破口が分からない……そう思っていたら、サリアさんが声を上げた。
「せっかくだし、私の魔力に暴露させるという実験はどうかなと」
ベルが答える前にラインハルトが「ここには他の魔道具もあります」とサリアさんの申し出を蹴る。サリアさんの魔力で金属が腐食してしまう可能性があるからよ。
サリアさんは丸縁眼鏡を押し上げて反論する。
「出来上がった物質が果たしてただの銀と鉄であるのかどうか、って考えるのも必要なことです」
「計測結果は同一と出ています」
「それはあくまで物質の解析結果とも聞いてます。魔力の解析は機器ではかなり難しいと月報にも書いてありましたよね」
ええ、ベルは精密検査用の解析機具と相性が悪い。だから、最初は魔力が影響しているんじゃないか、って当時もみな考えた。でも、代わりに私が錬成魔術を使って計測しても違いはなかったのよ。そして私がやっても錬成魔術と協会魔術じゃくすみ度合いが違う。つまり、使い手は関係ないわ。
サリアさんとラインハルトがにらみ合っていると、ヤンの室長が声を掛けた。
「私達の作業室を提供すれば検査は可能じゃないかしら」
「ソニア室長、宜しいんですか?」
「ええ。代わりに研究がうまくいったら私も開発者の一人に加えてくれれば嬉しいわね」
ヤンの確認に、にっと笑う彼女はちょっと企んでいるような表情。もしかして、魔術師としての実績が欲しいとかそういう事かしら。ある意味、ベルを利用しようとしている気がするのだけど。私が見るとこっちにはウインクをしてきたわ。
「こういうのは持ちつ持たれつ、よ」
「ふふ、そうね。サリアさんもどうですか」
「オッケー! じゃあ決まりですね!」
テンションが上がったサリアさんと朗らかなベル。そして、微妙に顔が強ばっている義兄とラインハルト。そんな構図を可哀そうな目で見るディートリヒは口を出さずに今後の予定を記録に書いた。日程、既に抑えてあるような書き方だったわ。
私はこの流れ、半分予定調和だったんじゃないかって事を思った。
他の見学者達とも互いに錬成魔術について話して意見交換は終わり。学生の子達は途中から着いていくだけで精一杯な雰囲気だったわ。頭がこんがらがってないか少し心配。
最後まで残ってたサリアさんとヤンの室長が帰ったから、反省会になったわ。
「ベル、僕達にも根回しをしてください」
「あら……サリアさんが伝えておくって」
驚いた顔のベルは少しして「ハル、また浮気したのね」と遠い目になった。
要はサリアさんの意地悪だった、らしい。ラインハルトが渋面だけど諦めたようにため息をついた。義兄が知らなそうだったのは、巻き込まれかしら。で、フィロガは議事録の内容を見ながら引きつった笑みを浮かべている。
「この日は俺、出れないからごめんね」
「サリアさんに確認した時は予定はないって聞いたのだけど」
「えー……スレイと打ち合わせが入ってさ、昨日のことだったから言い忘れてたんだ」
はっきりと嘘と分かる内容をベルに吐く義兄を私は白けた目で観察する。
だってそうじゃない。晩御飯の当番からしてこの日は家に帰るだけだった。メアに夕飯を振舞うとかやらないなら、空いているのよ。
ベルは苦笑して「大丈夫よ、二人とも大人なんだから」と意味ありげに零した。
どういう意味か分からないけど、フィロガはとても気まずそう。
「いや、そういう意味じゃ」
「まあ、いいわ。ヤン、備品搬入の申請はお願いするわね」
この微妙な空気の中でインゴットの強度を調べていたヤンは「分かりました」と即答した。
ベルとフィロガがようやく和解をしたからといって、すぐにお互い打ち解けるかといったら、難しい。このぎこちない空気感を私達はどう受け止めたらいいのかってところなのよね。
「ねえ、見学会ってここじゃなきゃ難しい? 人が多すぎると狭くって」
話を変えようと思ってそう切り出すと、ディートリヒが唸った。
「確かに手狭だけどな。錬成魔術以外はそんなに人が来ねーんじゃねーか」
「ディートリヒの時も比較的、人は来そうよね」
「どうだろな。予約制ってわけじゃねーから、読めないんだよな」
彼と話していてふとあの人を思い出した。フィロガのファンの人を。
「『剣』でハルかヤンの時に来るって言ってた人がいたわよ」
「その二択って珍しいね……『理』じゃない人が、っていうのは」
フィロガは一瞬だけヤンを見たけど、ヤンは素知らぬ顔で書類を探している。
一人だけ同好会に出禁を喰らっている魔術師が『理』にいるのよ。その人だったら、きっと二人の研究に興味があるでしょうね。まあ、私はそこに触れないでファンの人について教えた。
「キアラって人よ」
そう聞いた途端、ラインハルトが「用事を思い出したので帰りますね!」と笑顔で出ていった。
まるでネズミみたいに速かった。どうやらあいつはファンの人を認識しているっぽい。そうか、信者もどきとファンなら顔くらい合わせることはあるわよね。
フィロガも名前には聞き覚えがあったのか、「ど、どういう人かな!?」と挙動不審になった。
「あんた会ったことあるでしょ。『剣』でよくあんたを案内してくれてる人よ」
「えっ、あの人が?」
「そうよ。名前知らなかったの?」
曖昧に笑うこいつを見て、やっぱりちょっと屑な部分があると思った。
そんな義兄を置いて私も図書館に行く為にすぐに出た。発表の資料が全然用意できてないのよ。
複合魔術の話って込み入るとどこまでも深みにはまるから、簡単な説明に留めないといけないんだけどなかなか思い浮かばない。書籍を閉じたところで、そろそろ閉館だって司書の人に言われた。
肩を落として本を戻していたら、あの嘘つき女を見かけた。
薄い冊子に何か書き写している。別にいてもおかしくはないけど、勤勉って感じの性格でも無さそうだから目についた。
あっちは気付いていないみたいだから、進路方向を変えて振り返ると、ワンピース姿のメアが真後ろに立っていた。
「あんた、あたしに用があるの?」
背後を取られ続けるのはちょっと嫌な気分になるわ。
メアは「こっちに、ちょっといいか」と聞いてくる。後ろからの視線は無視してメアについていく。図書館から往来を通り抜けて、そして近くの広場の人目につかなそうな場所で止まった。
そして、いきなりメアが土下座をした。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ」
「申し訳ない、リーザがやらかしたと聞いて」
誰よその人。頭の中が混乱して記憶を思い出そうとしたら、メアが頭を地面に付けたまま「メアの後任……あの、外部講師の」と付け足した。
そういえば、あの頭おかしい人の名前がそんなようだった気がする。バーナードは別の、恐らくはファミリーネームで呼んでた気もするわ。
「あの頭おかしい人のこと?」
メアは私の言葉に同意しているのか無言で頷いている。メアの感性はそこまで人間の常識から外れていない。だから、仕事で利用するとかじゃなければ付き合いを避けそうな気がするのよ、自分を殺そうとする相手のことって。
「でも、どうしてメアが謝ってるの? あの人敵なんでしょ」
関係性が読めなくて返事を待っていたら、メアは頭をあげないで「一応、先生なので……メアが」と続けた。そして更に理解できない事を言い出した。
「時期によっては敵対することもある。今は休戦中。その間はメアが先生」
嘘を吐いているようには思えない。でも、何でそうなったのよ。
気にはなるけど、たまたま私達を見た通行人が訝しんでいる気配がする。注目されるのはお互いに嫌よね、たぶん。
「それよりも、立ってちょうだい。そんなことしてたら足痺れるわよ」
「しかし、これが最大の謝罪を表すにはちょうどいいと聞いて」
「それで――」
顔を伏せたままのメアの言葉に自分の返事が途切れる。
そういえば、なんで、土下座がそういう意味だって知っているのかしら。こっちの大陸の人達は別の意味でこのポーズを解釈していたような気がする。そう、確か服従の意味だって……メアが顔を上げる前に「とにかく立って」と声を掛けて助け起こした。
メアの服が砂埃で汚れている。魔術を使って綺麗にすると、「申し訳ない」と無表情ながら困った声で呟いた。そしてメアはその青い瞳を私に合わせる。他にも用事があるのかしら。
「その、それとトリシャがようやく空い」
「そうなのね、じゃあ、前に持ってきた赤いゼリーの作り方、教えてほしい」
我ながら食い気味だった。メアがちょっとだけ身を引いたわ。
「待ち望んでいたと」
「ええ。とっても美味しかったの」
「……そう、か。リリーには、美味しかったと」
メアの好みの味じゃないらしい。人それぞれだからそれは仕方ないけど。
トリシャはいつでも大丈夫らしいから善は急げとばかりに、明日来てもらうことになった。これで少しは気力が回復するわ。今晩はそこそこ眠れそうと思いながら協会を後にした。




