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バーナードと見回りに出て都市の状態を確認する。
この前のメア襲撃事件でまた抉れた道路を『飾』の人達が補修している。顔に隈がある人が数人。年末の祝賀会も終わったのに気が休まって無さそうで少し不憫よ。
「全体的に疲弊している気がするわ」
「何とは言わないけれど、そうかもしれないね」
笑顔だけどこいつも声に張りが無い。
いつもの修飾過多な表現が控えめな時は疲れが溜まっている証拠なのよ。この前は奔走してて半分混乱してたっぽいから、その疲れが一気に来たのかもしれない。
でも、限界って感じでもないから深くは突っ込まないで別の話を振る。
「ところで、メアの襲撃はどうなったの?」
「ああ、喧嘩友達のような関係性、らしいよ、スレイ教官とは」
立ち止まった私に「いやぁ、分からない世界もあるものだね」とから笑いをするバーナード。
喧嘩友達……メアを本気で殺すつもりだったわよ、あの人。
「危険人物じゃないの、あの人」
「一応、外部講師で素性も分かってるから保留だって」
「そういうタイプが講師に来ること、多いのかしら」
はっきり言ったら話が蒸し返されそうだから濁して伝えたら、バーナードが圧を感じる笑顔になった。
「部隊長が締め上げてくれたから大丈夫さ、きっと」
そう言い捨てるバーナードは珍しく感情的になっている。でも、すぐに女の子の声に手を振り返した。相方が仕事に意識を戻したから私も同じようにその話を頭から流した。
そして退勤後は図書館で資料を漁る。いくつか文献を借りたらもうご飯時。
困ったわ、ああ、本当にどうやって発表すればいいの。そもそも人に教えるの、そんなに得意じゃない。
ヤンに頼った方がいいかもしれない。でも、ヤンも自分の研究資料を作ってる途中だろうし……ベルは論外よ、仕事多すぎるもの。
そんな風に悩んでいたら人にぶつかってしまった。普段からいろんな人に注意されてたことを思い出す。本当に駄目ね。
「すみません、ちゃんと見てなくて」
そう相手に声をかけて見上げたら、どこかで会った顔。思い出そうとしたらすぐに出てきた。
メアを襲った例の傭兵の人。ありきたりな薄茶の髪と目。彫りの浅い顔立ちの中、瞳が大きい釣り目なのが印象的。でも、見ていると狼っぽいイメージが湧くわ。
そして、その人は固まっていて反応がない。
「どうしましたか」
声を掛けても一切動かないんだけど、この人。魔術でも喰らったのかって思うほど。
帰りの魔術師達や道行く人の目が集まってくる。
気を悪くしたのかと思ってもう一声かけようとしたら、突然、話し出した。
「なんで女神様が地上に来てるの?」
本の入った袋を私は落とした。
傭兵の人は大声でそう言い放ったのよ。ちらほら立ち止まる周りの人を認識していないのか、「え、なんで?」とまた続けて言っている。
「なんの話よ」
「だって、え? あれ、俺、何を思って?」
自分で言っておきながら、自分で首を捻ってるわ、この人。頭がおかしいなんてレベルじゃない。
強ばった顔になっている自覚がある私はとっさに逃げようとしたけど、腕を掴まれた。私が「離して」って言って身を引くと傭兵の人は引き留めにかかった。魔術でも放たないと抜けられそうにない。
どうしたらいいの。
軽いパニックになっているところで、低い声が傭兵の人の後ろから聞こえた。
「手、離してもらえますか、ラティック教官。痛がっていますよ」
「え、あ……こ、これは違うから! びっくりしてつい!」
声からしてバーナードって事は分かる。
ようやく手を離されて私は少しほっとした。そこまで痛いわけではなかったけれど、知らない人にいきなり触られたショックはあったわ。
傭兵の人は「ちょ、違うから!」と叫びながらバーナードに向き合った。
こっちから見える彼の表情はにこやかなんだけど、笑顔で怒りを覆い隠しているから雰囲気は怖い。腕をさすりながら二人の話を聞いている私は途方に暮れた。
バーナードはこの人がよっぽど気に食わないみたいで、魔力の制御が緩くなっている。私や義兄みたいに物に干渉するだけの力は無くても、魔術師にとっていいことじゃないのよ。
往来の人達は私達を避けている。魔術師が絡んだ喧嘩もどきなんて関わりたくないわよね。私だってここから逃げたい。
そんな状態でとにかく何か言おうと思ったら、「おーい、若者達」と軽い声が聞こえた。この声はエダの隊長だ。相変わらず軽い様子でニコニコしながらやって来たわ。後ろの方に夜勤の魔術師が居るから、きっと呼ばれてきたんでしょう。
「よっ、因縁の対決かな、お二人さん。で、どうしたのよ、バーニーもリーザも」
朗らかに二人に声を掛けるエダの隊長。バーナードは呼び方が気に入らなくて顔をしかめているけど、傭兵の人はパッと笑顔になった。
「それがさ、グレスのあんちゃん。俺、このねーちゃんが女神様だって思ってさ。なんでここにいるんだろうって」
「何を言っているんだい、彼女は天使じゃないか」
「いや、女神様だって」
何故か傭兵の人が親しげね。そして訳の分からない主張をしてるわ、二人とも。頭の中がどっかおかしいわよ。
そんな言葉をエダの隊長は冷静に聞いて頷いた。今まで軽薄な人だと思っていたけど、もしかしたら頼りになるまともな人かもしれないって私は思い直した。
「つまり、リリーちゃんを取り合ってるって事かな?」
ああ、私が一瞬でもこの人を見直したのがバカだった。話をそっちにつなげて、何を考えているの。
エダの隊長はにやついた顔になる。
「分かるよー、青春だね。でもリリーちゃんはどっちかというと小悪魔でしょ」
「違うってあんちゃん、女神様だって」
「お言葉ですが、彼女は天使です」
思わず「帰っていいですか」とぶっきらぼうに言い放ってたわ。
第三者が入ったことでバーナードの魔力も落ち着いたからもういいでしょう。
返事を聞く前におバカ達を放置して歩き出す。声が聞こえる気がしたけどもう帰ろう。あまりにも注目が集まってたから、途中で『色移り』の色を変えて走り去った。
次の日、ほとんど眠れなくてそのまま朝を迎えた私にフィロガが驚く。
「どうしたの、酷い顔しているけど」
どんな顔で出歩けばいいのか分からなくて。あのひと悶着を知っている人がどれだけいるかって、そう思ったらすごい憂鬱になったのよ。
ジュレサラダを食べてた義兄は途中で手を止めて魔力の測定器を渡してくる。ヤンの解析器とは違って協会基準の魔道具だから、静かな音。結果を見たフィロガは顔を曇らせた。
「魔力の制御が難しそうだね。カオリャン隊長に俺から言っておこうか?」
紫紺色の目が心配そうにこっちを見ている。
人の心配をしている余裕なんて本当は無いくせに。あまり考えたくない事が頭に浮かんですぐに視線を逸らした。
「午後から行くって、そう言っておいて」
「一日休まなくても平気?」
「ええ。たぶん」
小さく頷いて自分の部屋に戻った。
窓に飾ってあるうさぎのぬいぐるみを抱きしめて横になる。真っ白で、目が赤いうさぎ。こびりついて拭えない久しぶりの気持ちに唇を噛んでやり過ごす。
そしてうさぎに震えながらキスをして撫で続ける。
私は大丈夫、大丈夫なはず。そうよね、ヒルマ。
答えが返ってこないのを分かっていても、そう縋りたくなった。
***
少しだけ仮眠を取って出勤した。今日は同好会の見学会の初日でもあるから、様子見だけでもしたかったのよ。そうしたら、バーナードと一緒に他の隊の人に呼び出された。
鋭い目をそのまま吊り上げて凄味を利かせたのは、この前メアを捕縛した時に一緒にいたあの女性。ボブカットの髪を揺らして不機嫌そうに女性は鼻を鳴らす。
「色彩さん。仕事舐めてるんですか?」
本人曰く、体調管理ができてないという点を指導している、らしいわよ。どんな風の吹きまわしか分からないけれど。
「いついかなる時に不測の事態に陥るか分からないんですから、警邏で穴を開けられると困るんですよ。『剣』の魔術師ならそれくらいの配慮と責任感を持ってください」
「すみません」
「はぁ。遊びじゃないんですから、きちんとしてください」
眼を吊り上げたまま女性は私の隣にいるバーナードにも目を向ける。
「それとバーナード。あのラティックの相手をしないでください。時間の浪費です」
手で書類をバシバシと叩いて呆れた声を出した女性。
書式からして始末書よね。バーナードは鉛を飲み込んだような顔から無理やり笑顔に変えて女性に言った。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「なら煩わせないでください」
直接聞いてはいないけれども、バーナードが珍しくやらかしたっぽいわ。それも、あの傭兵の人絡みで。昨日の時点で関係性が最悪だったから、演習で何かあったのかしら。
女性はそこには触れないで、「ところで」と声を変えた。
その目は、ぎらついた肉食獣に見える。虎に獲物として睨まれた感じがする。
「本日から同好会の見学会が始まるそうですね? 定員はどのくらいですか、場所は、そして何をするんですか」
いきなり始まった尋問じみた質問に一歩引いた。嫌な感じの汗が流れてくる。どうしたのよ、この人は。
とにかくヤンの言っていた内容を必死に思い出す。知り合いに聞かれたら答えておいてってお願いされてたんだけど。どうしてか、ためらった。
私の様子が気に食わなかったみたいで女性が不機嫌になる。
「色彩さん、私は貴方が嫌いですし、貴方も私を苦手なのはよく、分かってますよ、ええ。ですが、それくらいは答えてくれますよね?」
「定員は、設けてません。いつもの場所で、おのおの研究内容についての講義を一回ずつ」
「そうですか。で、フィロガの回はいつですか?」
これは、つまりそういうこと、かしら。
バーナードは曖昧な表情で頷いている。どういう意味よ、全然分からないわよ。
仕方なく答えると女性は目に見えて落胆した。どうやら、日にちが合わないらしい。少しだけ生きた心地が蘇るわ。
「じゃあラインハルトかヤンの回はいつですか」
「月報に順番を乗せてたはずなので、そっちを確認したほうが確実です」
「あいにくと研究には興味ないんですよ」
即答された私は、どうしたらいいのよ。確実に別の目的で見学会に来ようとしているわよ、この人。でもどうしようもないし、二人の日にちも伝えたら女性はさっきよりも機嫌が直った。つまり、どっちかの回には来るって事よね。
「世間話はこれくらいにして。では」
奥に引っ込んだ女性を見送って、バーナードと目を見合わせた。
「あれ、何が正解だったのかしら」
「リリー。キアラさんには触れない方がいいよ」
歯切れが悪いバーナードがそそくさと歩き出したから私もつられて歩く。
ちなみにさっきまでのやり取り、普通に周りの魔術師達に聞こえてたわよ。誰も突っ込まないし助けも来なかったけど。
巡回に戻ってしばらく経ったところでバーナードが話し出す。
「キアラさんはいわゆるフィロガさんの追っかけなんだ」
ああ、ときどき湧いてくる謎の人達。
たまにいるのよ。フィロガの事を根掘り葉掘り聞こうとしてくる人達が。美形で遠くで見る分には目の保養になるのが原因だと思う。本人が女性を苦手にしているのも理解してて、一緒に暮らしている私に声を掛けてくるのよ。
いつも本人に聞いてって、躱しているけど。でも、その人達とさっきの人は全然違う。よく分からないけど本気度合いが違うわ。
「他の人達よりもだいぶ、やばい空気だったわ」
「フィロガさんに近づく連中はみんな敵らしいよ」
「だからあたしは嫌われているのね」
真っ向から嫌いと言われてもすんなり納得できるくらいには、あの人から嫌味を言われてたのよね。
主に仕事を舐めるなって内容ばかりで。筋は通っていたから、言われたままの意味で取っていたんだけど。でも、要は嫉妬混じりだったってこと?
私が釈然としない気持ちになったところで、バーナードが慌てて首を振る。
「いや、そこまで天使を嫌ってないさ、キアラさんは」
「でも嫌いって言ってたじゃない」
「本当に嫌いな相手だったら、もっと陰湿になるよ」
あの人に逆らえないって感じではいたけど、バーナード自身は嫌がってはいないわ。厳しいだけで悪い人ではないんでしょう、恐らく。
でもやけに理解があるのは不思議よね。そう思っていたら、ぽつりとバーナードが言った。
「はは……同郷のよしみでさ」
ああ、なるほど。同じ国出身なら気心は知れるわよね。
でも、それ以上口にしない彼に、私の知らないところでひどく苦労しているのね、って労いたくなった。




