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【サイドB】3-2

 自宅で倒れた俺は『癒』で精密検査を受けに来ている。


「さっさとくたばれよ」

「お前がな」


 挨拶代わりの茶々を入れてきたディートリヒに言い返した。検査で使う魔道具を付ける。医学的な身体検査は『癒』に雇われている医者達の仕事だ。『癒』の魔術師はあくまでそっちは補助するだけ。記録している看護師が俺達に呆れているのはもう慣れた。


「で。倒れる心当たりは」

「それが全く分からないんだよね」

「呪術のせいとかじゃねーのか、お前の」

「それこそ、その確認で来ているって忘れた? 鳥頭のディートは」


 ここの人達は内容を外部に漏らさないから安心して罵倒できる。妹に聞かれたら冷たい目で見られそうな言葉でもさ。勿論、本気じゃないよ、半分は冗談だ。半分は。

 魔道具の計測が終わってディートが結果を確認する。


「魔力回路は正常、汚染度も上がってない。呪術の自家中毒ってわけでも無いな」


 眉をしかめながらそう判断する彼の言葉を聞いて、自分の行動を思い出そうとする。スレイが出ていって食器を片付けているところまでは覚えている。でも、次は二階で目を覚ました場面だ。あの女にはもう慣れたから、例の声は聞こえてこない。


「精神的にばてたとかじゃねーのか」

「ばてた、か……」


 まあ、その線が一番あり得そうだ。エディからの無茶ぶりやウィティウム関連のあの騒動はかなり負担だった。

 俺はしがないただの魔術師であって、特殊な訓練を積んだ諜報員とかじゃないんだよ。『剣』の一部みたいな特技は持ってない。イリアを追跡したのだって結果的には見当違いだった訳だし。


「色々あったからよ。普通に休暇を取ったらどうだ、俺の負担を減らす為によ」

「後半が本音だよね、それ」

「代わりがいねーんだよ。だから家から出てくるな。お前のせいでまだ一度も甥に会った事ねーんだぞ」

「だから、帰省すればいいじゃん」

「お前な、他の『癒』の奴らを見てから言えよ」


 ディートがちらりと隣室に続く扉を見る。

 基本的に『癒』の魔術師は当人の意思関係なく同盟国が協会へ送ってくる。いわば強制連行と同じだ。だから、他の部署の魔術師と比べて協会に対する帰属意識もやる気も低い。


 でも、だからって彼が頑張ったらそれこそ仕事を押し付けられて終わるだけ。『癒』にはもう一人室長がいるんだから、交代制にすればいい。いくらやりたくなくても、パミラ部長が命じればやるはずだ。

 そういう根回しをしないから自分が不利になってるんだよ、と他人事として思っている。


 眉間のしわを増やしたディートは腕組みをしながら俺をベッドに追い立てる。


「だから、くたばるか制御できるようになれよ、あんぽんたん」


 それだけ言ってパミラ部長に結果を報告しに出ていった。

 ディートリヒって本当に馬鹿というか。周りに気を遣い過ぎて貧乏くじを引いている。俺なら、たとえ金を積まれても俺のような人間の世話なんかしたくないよ。いちいち人を振り回して迷惑をかけている奴の世話なんか。あいつは馬鹿だ、さっさと俺のことを見捨てればいいのに。


 ドツボにはまりかけた思考を戻して仕事の事を考えていたらパミラ部長がやって来た。

 軽い触診をしてから部長は難しい顔になる。


「やっぱり体は問題無さそう……念のために今日は早めに帰ってね。副業もしばらく禁止、分かった?」


 業務命令だから素直に従うしかない。

 パミラ部長は「それじゃあね」と医者と以前行なわれた魔術師の集団健康検査について議論を始めた。邪魔になるからすぐに部屋から出て今日の予定を整理する。


 幸い、『剣』への提出書類はもう書きあがっている。魔道具の性能テストの件数も減った。ザクセン署長とクラリッサ署長が他の研究室に振り分けてくれているんだよね。俺が『飾』の連中に直談判してもなしのつぶてだったから本当に助かっている。


 研究室に戻るとラインハルトとサリアが顔を突き合わせながら議論をしていたのか、机の上が書籍だらけだった。俺に気付いたハルが紙を渡してくる。


「この魔術のパスを一度解体してみましたけど、どうですか」

「ああ……うーん、こういう風にもならない?」


 同じ魔術の紋様だけど、サリアとハルがそれぞれ別々に解釈したらしい。どっちも俺と解釈が違うけど、感性の違いであるだけで優劣はない。


「なかなか、室長のようにはいかないですね」

「いや、別に俺の分け方が正しいという訳じゃ」

「いえいえ、きっとどこか理論を理解しかねている部分があるんですよ! それを潰したくてサリアと話していたんですが」


 笑顔で俺を持ち上げてくるラインハルトに複雑な気持ちになる。

 最初はとても怖い先輩だったんだ。この研究室に配属されたその日に「何かしでかしたら協会から追い出しますよ」って発言を喰らって、俺はどう接したらいいのかかなり悩んだ。

 上層部から俺の出張とかあれこれの事情を聞かされていたんだろうけど、表立ってそう発言したのはラインハルト一人だけ。今思い返してもあの日々は心折れそうだった。


 更に余計な事を考えていたら、ハルが心配そうに「どうかしましたか?」と聞いてくる。それには苦笑いをしながら用紙を返した。


「いや、ちょっと思い出してさ。魔術師になったばかりの頃のこと」


 ハルは数度瞬くと思い至ったのか渋い顔になる。基本的に察しがいい人だから、これで通じてしまう。


「もう掘り起こさないでくださいって。反省しているんですよ」

「別に責めてないよ」

「伝聞や噂で踊らされたなんて、僕も耄碌したと思ったんです」


 ハルは俺がどこかの諜報員なんじゃないかとか、そういう方向で疑ってたんだってさ。協会を出し抜いて何かするんじゃないかって。それこそ俺には無理なんだけど。


 紙で少し顔を隠しながら困った声を出すハルは、今度はサリアからいじられている。力関係としてはサリアが確実に上だ。いじる口実を与えてしまった俺は彼に同情して話題を変えた。


「コンペの方はどうしようか。何かうちの研究室から出す?」

「僕としては室長が調べている古代魔術と現代魔術のトピックが目を引くかと」

「ちょっと待ってよ、ハル、それじゃあ室長と被っちゃうじゃん。旧闇属性の総括がいい!」


 一ケ月後に行われるコンペティションについて聞いたらあっさりとそっちに話が流れた。

 魔術の研究成果を発表する場として本来は始まったんだけど、それに便乗して各部署や個人が宣伝を兼ねて色々と催し物をするようになって。現在じゃ魔術師協会が開くお祭りと周辺諸国には認識されている。

 俺個人は元から研究発表をするつもりだったけど、せっかくならこの研究室の宣伝もしたい。学園生達との交流とかもこの時期は出来るから、あわよくば見込みのある学生を引き入れるとか。


 そんな風に出し物について三人で議論していたところで扉を叩く音がした。


「はーい、ちょっと待ってください」


 サリアが席を立って扉を開けたらリリーだった。

 ハーフパンツと飾り気のないシャツ。防護服代わりのローブを身に着けていないのは非番の日だからだ……そろそろお洒落に気を遣うよう言ったほうがいいのかな。

 俺が用意しておいた書類をサリアがすぐに渡した。


「ありがとうございます」


 リリーはサリアだけに会釈して踵を返した。俺とラインハルトの事は無視しっぱなしだよ。にこやかに見送ったサリアと対照的にラインハルトはちょっと落ち込んでいる。


「僕はいつになったら打ち解けることができるんでしょうか」

「それは……分からない、かな」


 リリーはどうもハルが苦手みたいで、せっかくハルが歩み寄ろうとしてもすっと心の距離を取る。初対面の時なんか、彼を見た瞬間に逃げ出した。でも、嫌っていたらもっと態度に出るはずなんだけど、特にそんな感じはないし。


「年頃の女の子に振り回されてるねえ、二人とも」


 何故かしたり顔のサリアは楽しそうな声だった。言っている内容が意味不明だし、ハルの苦悩を喜んでいやしないか。こういうところがあるからハルも爆発するんじゃないかなって。


「あ、そういえばお二人さん。同好会の見学って私も行っていいの?」


 リリーが来たから思い出したのか、何事もなかったかのようにサリアは別の話題を振ってくる。げんなりしたハルがお茶を煽った。


「貴方は入会する気は無いでしょう」

「まあね、教員の仕事で忙しいから無理なんだけど。ほら、刺激になるかなって思って」


 冷やかし目的を隠さないサリアに俺達は目で相談する。

 正直、どのくらい人数が集まるかは分からないからサクラが居たほうがみんなやりやすいんじゃないか。特に、俺とリリーとラインハルトの回ってたぶん不評だ。取っ付きにくさとか癖の強さとかあるから。

 ハルは頭痛を抑えるような動作で言った。


「変な事をしでかさないならいいです」

「しないってば」


 軽い口調のサリアにハルが肩を落とした。俺も、ああ、ちょっと無理かもしれないと思った。



 ***



 二日後、魔道具の修理を休むよう言われてちょっと暇だったから『剣』の演習場に向かう。

『剣』以外の魔術師は大体二人一組で模擬戦。ペア探しの為に申請したらランダムで相手が決まる仕組みだ。でも、俺の場合はいつも相手が同じになってしまう。

 理由は簡単だ。『魔王』とかいう呼称が独り歩きしていて、俺の事をよく知らない魔術師達が年配の魔術師に泣きつくんだよ。敵前逃亡は駄目だと思うんだけど、だいたいそのせいでカオリャン隊長との訓練になる。

 いや、別にカオリャン隊長に不満は無いよ。この人は強いしアドバイスも的確だから。たださ、なんで俺だけそんな扱いなのかっていう面では物申したいよね。

 カオリャン隊長は仁王立ちで胃痛を抑えながら言った。


「いつも言っているだろ、お前は『剣』の奴らと一緒の演習しろって」

「俺は『理』の魔術師であって、あっちに混ざるのは違うと思うんですけど」

「いやいや、大丈夫だ、お前の友人も来てるんだから」


 そう嗾ける隊長に俺は首を振る。

 遠くの方でグレスと数人がゴーレム相手にチームプレイをしている。魔物狩りの練習だから広範囲の魔術だって使う本格的な戦闘だよ。俺が間違って攻撃魔術を使ったら目も当てられない事態になる。

 分かっているだろうに、隊長はいつもそう勧めてくる。


「ちなみにさっきの魔術師は」

「急用が入って帰ったぞ」


 見え透いた嘘を平然と言ってのける隊長は、「仕方ないがやるか」と刃を潰したロングソードを持った。


 そして始まった訓練、というかほぼ実戦。地属性が得意な隊長は魔術で追い込んでくる。やっぱり『最終兵器おやじ』ってあだ名は伊達じゃない。地面を隆起させて地形を変えてしまうから、剣を当てる事さえ難しい。

 何とか踏み込んで切っ先が掠りそうなところで、ソードブレイカーで刀身が折られた。また当たらなかったか。俺が攻撃魔術さえ使いこなせていれば手を凍り付かせるか雷撃できたんだけど……今それをやったら凍死か感電死させるよ。


 走り回って息が上がる俺と対照的に、地面を魔術で均す隊長は涼しい顔だ。魔術でストレスを発散させているのかもしれない。この人は大人しくないってジェイクが愚痴ってたし。


「さすが『最終兵器』シリーズですよね」

「『魔物誘導器』も健在だよな」

「そんなこと無いです。そもそも、学生の頃の話でしょう」

「いや、最近もあっただろ」


 サセックの話を持ち出されたけど、マッドベアはスレイとウィティウムの魔族が飼ってたから違う。でも、そんなこと言えないから否定だけしておいた。

 カオリャン隊長は折れた剣先を拾って難しい顔をしている。


「なあ、フィロガ。そこまで対人戦にこだわるんなら、いっそのこと外部講師にでも頼んだらどうだ?」


 じっとこっちを見る隊長は、探るような目つきになっている。別に探られて痛い腹は今のところないけど、油断も隙も無いよね、本当に。さすがヴァレンティン署長と部隊長の座を押し付け合っただけはある。


「依頼料は高いですよね」

「今、『剣』で呼んでる講師はお前や俺らとはタイプが全然違うから参考にはなるだろう。あー、ただ、先に言っておく。リーメアよりヤバイ」


 隊長がスレイより格上って言っているのはちょっとびっくりした。あいつも大概だよ。素人だと動きが全然追えないくらい速いのに、それよりも強いって事か。


「そんな人材が居たんですね、世界は広いな」

「お前の考えとは違うからな。確かに強いが、生き残るためなら何でもするってタイプの強さ。騎士道精神とは真逆だからある意味参考になるかと」


 すぐに訂正されて俺の感心が宙に浮いてしまった。


「俺の手に負えますか、それ」

「あー、どうだろうな。演習中なのにあいつに切れた奴と一騎打ちなんて事態にはなってたが」

「……そこまで魔術師を怒らせるような演習だったんですか?」

「詳細は言えんが俺はありだと思った」


 少し、スレイと似た空気を感じるのは気のせいかな。

 まあ、カオリャン隊長が評価をしているって事は、あいつよりは戦闘面では技術があるのかもしれない。その講師がどんな人物かを先に調べてから師事するかは考えよう。

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