【サイドA】3-2
リリーに声を掛けた私は彼女の頭上でのほほんとしているレイアを見つける。
彼女も彼女でよく精霊が戯れている。本人は全く分からないようだけれど、レイアは髪の毛を引っ張ろうと掴んではすり抜けて残念そう。
フィロガが特別キドナに好かれているだけで、他の協会の人達にもだいぶ精霊は友好的だ。話しかけようとする子もいて、誰も気づかず無視されているのを見ると切ない。
和んだところで自分の置かれている状況を思い出し、改めて胃が痛んだ。
完全に放置しているセレ・ジェの件。彼等はクレセリア水を持ち出しヴァイヘームに潜伏していた。
つまり、サセックだけで収まる問題ではなくなってしまった。そのせいでマテウスは協会への説明どころではなく、先生だけじゃなくてネグリアまで駆り出されていた。
下手をしたら数か国を巻き込んで大戦になりかねない。触りだけイールが導師達に話して理解を得られたからよかったものの、同好会とマテウスの契約内容をどう知らせないように伝えるかは未だに決まっていない。
どうしてこうもトラブル続きなのだろうか。
そして別のトラブルが既にやって来ると私は確信している。
誰か変わってほしい。そう思いながら歩いていると、素のままでキドナとレイアがお互いを労うように触れあっている。これはあれの徴候の時に見られることが多い。
ああ、来たか。
無情な気分になる私は往来だけど剣帯から短剣を引き抜く。
直後に殺気と飛び掛かってくる姿を認める。
同時に煙幕が広がって視界が不鮮明になった。それをすぐ風で巻き上げ、突っ込んできた馬鹿を制圧した。
剣を首筋に当てて視線を合わせる。刺すような殺意は人間というよりは動物とか魔物相手の感覚がする。
「もう解除された」
そう告げたら、相手は「マジかよ」と武器を手放す。あっさりと殺気は消えて残念そうな表情に変わった。
「俺の準備がまた水の泡じゃん」
「いい加減諦めて」
「んだよー、どんな手使ってんの」
身代わりの早さもさることながら、馴れ馴れしい態度。いつも思う。彼の頭の中が意味不明だと。
近づいてきた魔術師に連行され、事情聴取のため尋問室に入れられる。尋問役は部隊長。よほど重大な犯罪でないと部隊長クラスが出ることは無い。本人は不本意な表情でやって来たから、きっと私を敵視している。
「特別区画外での戦闘行為は禁止されている。魔術師達の証言では正当防衛とのことだが、それは事実か?」
「事実。いつも襲われる」
じろりと見られる。
「いつも、とは?」
「メアの指名手配が、出ている時はだいたいそう」
「指名手配をされるほどのことをしている、と」
あまり証言したくない内容だけども、彼はその手を緩めることはない。
リリーとの模擬戦でやらかした時から『剣』は私のことを調べている。過去数ヵ国で賞金首になっている私はまともに考えたらお付き合いしたくない部類のはず。
そしてその指名手配書がいつも後で取り下げられる現象まで知っていたら、普通は強く警戒するだろう。
「――アーリトの富豪殺人、ヘルヴァティアの貴族暗殺、そしてムストゥリ軍部の高官暗殺。軽く調べただけでこれだけの埃が落ちてくるのだが、訂正はあるか?」
それには無言で見つめ返す。
全部オーガ狩りの為の犯行。対象が有名すぎて隠蔽が不可能だったり、多数に目撃されるミスをした事例。部隊長は嫌悪感を丸出しに私を恫喝する。
「今回と関係ないこと、か。目で返事をしても無駄だ。それに、そのうなじの刺青……犯罪組織の者だろう」
『癒』で体を一通り調べられたからそっちも見つかっている、か。どうやらこの人にはウィティウムのあれこれが伝わっていない。そうなると私は黙秘しか方法が無い。
彼は調書を机に置いて苛立ったように息を吐いた。
「だが、署長命令で黙認だ。どんな手を使った」
「メアは何もしていない」
強く睨まれても言えることは無い。
この様子では、ヴァレンティンも部下からの反感を買っている。黙秘を続けたら部隊長は「次はないぞ」と吐き捨てるように告げて席を立つ。
ため息しか出ない私は『剣』の塔から出る。
周りの空気がやはり悪いので早々に立ち去ろうとしたら、「あ、メア遅かったじゃん」と例の下手人が気軽に話しかけてきた。
「……リーザ、せめて確認してから襲ってきて」
「したんだけど数日前に取り下げられたとかさー、そこまで急なのほんと何なんだよ」
リーザというこの男性は南大陸の傭兵組合からやって来ている。便宜上、北大陸の組合員である私はオーガ狩り優先であまり仕事はしていないけれども、数度戦争に駆り出されたことがあり。その中の一回で知り合った傭兵だった。
自分の宿に歩きだすと、リーザもまた会話をしながら追いかけてくる。できるなら、この人と関わりたくない。関わりたくないけど。私は早急に彼から逃げたいのだけど。
「偶然っつーか、こっちに講師の依頼が来たと思ったらメアが居たんだもん。すげーよな」
「リーザ以外は忙しかったのか」
「北大陸の組合員は仕事受けたくないってみんな言ってたらしいぞ」
「……南大陸の他の組合員は」
「ほら、魔術師協会だから不評でさ。南大陸って魔術師嫌ってるじゃん?」
そうだった。リーザが何もしがらみなく話しかけてくるから錯覚するけど、南大陸は総じて魔術に偏見が強かった。彼自身はそういう視点で人を見ないから気にしていないだけ。
「はー、仕事前から仕事降ろされそうになったけど、どうにかなってよかった」
「自業自得」
「んなこというなって。にしても、すげーよな、強そうなやつたくさんいるな!」
「次、襲い掛かったら強制送還」
「メアより強そうなやつもちょくちょく見かけるしさ」
「だから、リーザ。みんなが戦い好きな訳じゃない」
「分かってるよ、なんでそんな念押しするんだ?」
駄目だ、話が通じているようで通じていない気配がする。
世間的には私が戦闘狂と言われているけれど、本物を知っている私は冗談ではないと叫びたい。リーザは強敵と戦えたら死んでも本望と素面で言える狂人だ。私もその強敵とやらに入れられてしまっている。まともに取り合うと疲れるから、指名手配されている期間だけ相手をすると言ったらこんな風に襲撃を仕掛けてくるようになった。
自分の誤った対応に憂鬱になっているとリーザはきょろきょろ辺りを見回す。
「それよりもさ。あの薬師のねーちゃんはどこかにいるの?」
「トリシャは勉強中」
「勿体ないよなー、鍛えればいい線行くのに」
「リーザ、一般人を引きずり込む気か」
「え? あのねーちゃん一般人じゃないだろ」
のほほんとしてるトリシャまで巻き込もうとするこの輩に苛々する。
そんな私の気持ちを全く分からないリーザは、なんの衒いもない笑顔で「じゃあな。メシ食べてくるわ」とどこぞへ走っていった。
精霊達は私を労わるように肩を叩いてくる。
どうしてあんな人外一歩手前を相手にしなけれないけないのか。仕方ないのか、『赤鴉』。そう思うも相変わらず私の問いには答えない。勝手に思考に割り入ってくるくせに。
宿に戻るとトリシャが伸びをしながらこっちを見た。
「メア様、どうしたんですか。まずそうな物でも食べたんですか?」
「食べてない。メアを何だと思っている」
トリシャは答えず笑顔で誤魔化して「夕ご飯の準備しますね!」と机の上を片付けに入った。薬草図鑑と羊皮紙を眺めながらリーザの言葉を反芻する。
実のところ、彼の見立てはそこまで間違ってはいない。トリシャの得手不得手を考えれば、私よりもよほど暗殺に向いている。でも、そんな道を歩ませる気はない。絶対に幸せに生きられなくなる。
「講義はどう。支障は出ているか」
「お友達から色々と迫られましたけど、協会のお偉いさんの作戦だったって言ったら納得してもらえました!」
トリシャにはあまり事情を話していないから、本当にそれくらいしか言えない。だから、嘘だと思われることは無いだろう。
スープの準備をするトリシャが小さく声を上げた。
「そういえば、マーヤ様が薬師の仕事を斡旋し――」
「それは保留!」
即答した私に目をぱちくりさせながら「ああ、そうですよね」と閃く。
「サセックの人達とお話しないと駄目ですよね、すみません」
私が言う前に勝手に解釈をしてくれたのでそのまま「そうそう」と乗っかる。
マーヤはやはり私を許してはいなかったのか……自分の大切な人が危険にさらされたから、お返しとばかりにトリシャを取り込もうとしている。いや、しかし。私は半分無実なのに。その言い分を認める気が彼女には無さそうだから諦めて自衛するしかない。
話しながら料理をしていたせいか、出来上がったトリシャのスープはやや塩味が強かった。
***
翌日は朝からウィティウムの拠点に転移した。
また今回は違う場所か。拠点の選定は幹部が決めているから、詳しい立地は分かっていない。
音を立てずに歩いていると序列が下の人達とすれ違う。道を開けて頭を下げる彼等をちらりと見て内心でため息をつく。逆の立場ならなじみ深いのに、これは全く慣れなくて止めてほしい。
いつも文句を言ってくる序列十一位の人みたいな対応がいい。そう思いつつ医務室に向かう。
普段だったらネグリアが居る。しかし、そんな暇は今の彼にはない。一応そういう時は誰か他の構成員にいてもらうはずだ。
あの奴隷の子がいない事だけを願って顔を出すと代わりにやる気が無さそうなヴィッセがいた。ラフな私服、そして本を読むためか眼鏡を掛けている。他には居なそう。ほっとして私を見もしない彼に声を掛けた。
「総帥はいらっしゃいますか」
そう聞くと短く「いない」と返ってくる。
彼と個人的な話をしたことがない私は気まずい。会議以外ではこれがほぼ初めて。だから「そうですか」と踵を返して退室しようした。しかし、何故か「メア、一ついいか」と声を掛けてきたヴィッセ。
全く理由に見当もつかないまま振り返ると、何故か呆れた表情でこちらを見ている。
「何でしょうか」
「お前、イザクトレイの者だろう」
私の事情がどんどん拡散されていくのはマーヤのせいか。いや、しかし、核心まで迫っているなら別の方向で彼女は攻めてくるはず。そうでないなら、途中で情報が止まっていると思っていい。
無言でいると、ヴィッセは表情は変えずに言い放った。
「吸魔が出そうなほど突かれたくないのか」
「……事情がありますので」
思ったことを思った通りに言う人というイメージはやはりあっているらしい。今にも飛び掛かってその首を切り裂きたくなる。
意識を必死に保とうとする私を見たヴィッセは本を閉じて眼鏡を外した。ため息混じりだった。
「それなら『海の瞳』はせめて隠せ」
「『海の瞳』?」
低い声で聞き返すと、ヴィッセは呆れというより可哀想な存在を見る目に変わる。こんな目を人に向けるのを見たことは無い。怪訝になる私に再度彼はため息をついた。
「リスリヴォール人で『海の加護』を持つ人間は片手で足りる。知っていれば容易に推測できるぞ」
彼が自身の髪に触れる。言動は男性のそれだけど、見た目は中性的で黒に近い紺色の長髪はまるで違和感がない。
それが、一気に真っ青な色に変わる。吸魔が引っ込み固まる私を青が複雑に混ざり合う色合いの目で射抜く。よく鏡で見る目の色に指をさしてしまった。
「お、同じ」
「付け入る隙を与えたいなら別だが、それが嫌なら隠せ。見ていて俺まで恥ずかしくなる」
すぐに色が戻ったヴィッセは「『青薔薇』は何を考えているんだ」と小さく吐き捨てる。ああ、推測がほぼほぼ真実を突いている。恐ろしい。
「ど、どうや、って」
「魔力回路の制御が甘い。ドクターバレクにでも師事しろ」
彼はもう終わったとばかりにまた本を読みだした。
と、とりあえず、出よう。そうしよう。余計な自爆を防ぐためにも早急にその場から去った。
衝撃が抜けきらず歩き回っていたら他の構成員から遠巻きに観察されていた。これ以上愉快な状態を見せるわけにもいかない。空いている一室に避難した。
深呼吸をすると少し落ち着いてきた。
そう、事実は事実だ。私とヴィッセがどこかしらで血が繋がっているのはあれで分かった。しかし、彼はリスリヴォール人ではないはず。そう、だからきっと限りなく遠く薄い。そうであってほしい。半分願望だけど。
気を持ち直した私は誰も居ない事を確認して白紙の手紙を取り出す。
私への監視が厳しくなってしまった協会で綴ったら何かの拍子に見られる可能性がある。ウィティウムでもあの生きていない人に監視される恐れはあるけれども、総帥が不在ならば護衛でついて行っているはず。隠れられてしまったら精霊の動きでは彼を追えないからそれだけが懸念事項だった。
組織と本来は関係のない事だけど、無関係でもないからと自分を誤魔化しつつ手紙を書き進める。
しかし、と私は思う。依頼人は最終的にどんな結論を出すのか。場合によってはウィティウムや協会が大変なことになりそうだけども、依頼を続けると決めたのは私だ。
見届けるまでが私のせめてもの責任と考えて、書き終えた手紙の封を閉じた。




