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 美少女が帰って、意識を取り戻したフィロガは早々に部屋にこもった。何があったのかは知らないけれど、歯をガタガタさせてる義兄に聞くのは憚られた。それにしても怯えすぎだった。


 私は次の日も仕事があるからそのまま放置した。気にはなるけど切り換えは必要だから。でも、結局は私も不器用なところがある。

 協会都市の見回り中に考え事してたのが良くなかった。相方に呼び止められたら行き止まりの塀が目の前にあった。


「あら、ありがとう」

「こちらがハラハラしたよ、やれやれ」


 バーナードがキザったらしい仕草で天を仰いだ。

 私の所属する『剣』は警邏が業務の一つ。一般の人に対処できない魔術絡みの犯罪とかも管轄。

 私はこの仕事あまり好きではない。外国に長期派遣されることもあるからだ。引きこもり体質の身としては、『飾』に所属して魔道具作成とかしたかった。でも、諦めたの。


「天使の憂い事を払うことができればいいのだけどね」


 こっちの舌が飴玉舐めてるみたいに甘くなった気がする。ちなみに天使とは、私の事らしい。前に聞いてドン引きしたけれど、彼に改める気は無いようだ。歯の浮くような台詞のオンパレードには慣れない。気のいいやつではあるんだけど、大袈裟。


「昨日のことが原因だろう? フィロガさんは今日来ていないと聞いてね」

「相変わらず有名人ね、あいつ」

「いやぁ、君たち兄妹が有名なのさ。だから競争率が激しくて、はは」

「ああ、フィロガに特攻する女性も多いわね」

「やはり天使は純粋だ。僕の獅子の心臓も敵わないなぁ」


 困った顔のバーナードが髪を掻き上げると、すれ違う女子学生の黄色い声がした。彼自身はその一団には目もくれず、私と話を続ける。


「ところで、この後食事でもどうだい?」

「フィロガにご飯作らないとならないから、今度でもいいかしら」

「そうか、そうだね。残念だけれど。やはり、君たちは仲が良いね」

「複雑な気分ね」


 仲は確かに良いかもしれないけれど、それは果たして家族としてなのか。私とあいつの共通点なんて、里親が一緒くらいなものだ。私は未だに遠慮があって、フィロガを「兄」と呼ぶのは抵抗がある。あっちは時々自称してたわね。


「おや? あそこにいるのは『銀飾の魔術師』だね」

「本当だわ! ベル!」


 バーナードがとある露店に目を向けると、見慣れたシルエットの女性がいた。

 彼女は商品のアクセサリーを物色していたけれど、私の声に振り返った。白い長袖のブラウスにロングスカートがふんわりと揺れる。やや険しい目つきが、私達を認識するとふっと和らいだ。


「リリー、それにバーナードさん。見回りお疲れさまです」

「ベル、今日は休日なの?」

「ええ、それで街を散策していたのよ」


 耳に染み入る声は落ち着いていて癒される。私のちょっと低い声とは違って、心地いい声でそれがまたいいの。購入したブローチをカバンにしまう動作とか、おっとりしていて気品が漂っている。さすがだ。


「お二人共、頑張ってね」


 ベルは微笑みながら、帰っていった。

 きっと彼女はどこかのご令嬢だと私は思っている。魔術師は身内話をしない人が多いから、推測でしかないけれど。


「今日も『銀飾の魔術師』はすごいね」

「バーナードは何故ベルのこと名前で呼ばないの?」

「彼女の能力を考えると恐れ多いね」


 少しだけ濁した言い方だけれど、バーナードはベルのこと、あまり好きではない。そもそも、『剣』の連中にとって、ベルは警戒対象と聞いている。理由はあるけれど、それとこれとは違うと私は思う。

 釈然としない私の気持ちを汲んでか、バーナードは微笑んだ。


「白百合のように純真だからこそ、天使は彼女を好むんだろうね。実際、彼女の性格のみを考慮すれば僕にとっても、好ましい人物だよ」

「そうでしょ! ベルは優しいのよ!」


 バーナードの同意を得て私は満足だ。こいつはキザだけれど私に嘘はつかないという確信がある。隠し事はすることあるけれど、それは人間だもの。仕方ないことね。

 見回りを終えて、私は『剣』の本拠地に戻った。

 報告書を書いたら今日はお役御免だけど、私はあまり字が得意じゃないからバーナードに任せた。もちろん、内容は一緒に考えたわ。


「天使は可愛いね」

「何いきなり言ってるの?」


 バーナードが取ろうとした手をさり気なく引っ込めた。残ったのは、中途半端に浮いて行き場を失くした彼の手。


「……天使の傷ついた翼を誰か癒してくれることを祈るばかりだ」


 書面に目を落としたバーナードに、私は何も答えなかった。というか、応えられない。


「もしもの時は、君は僕が守るさ」

「……はいはい、その時はよろしく」


 我ながら、残酷だと思う。でも、だったら別の子を見つけてもらうしかない。私にはその気はないのだから。

 弓弦のように張り詰めている空気が重苦しい。

 ふっ、とバーナードが笑った。


「そして、同時に僕も守ってもらえると助かるよ」

「そこは男らしくビシッと決めれば?」

「僕は武人ではないから、約束はできないなぁ」


 おちゃらけた彼は置いて報告書を提出に行った。こういういい奴には幸せになってもらいたいものだ。



 ***



 あまり良く眠れなかったけれど、気合いを入れて訓練場に向かった。その道すがら、『剣』の女性と一緒になる。


「あら、『色彩の魔術師』さん」


 言葉少なに挨拶をすると、私は前を向いて歩いた。くすくすと、笑い声がする。私の隣で、覗き込むように付いてくる。


「『色彩の魔術師』さんは、今日は訓練かしら」

「ええ、そうね」

「そうなの。私達は昨日だったの。残念でしたわ、ご一緒したかったのに」


 一瞬だけ見た顔は、残念そうな声とは裏腹にとても嬉しそうだった。その意味は考えない事にする。女性と別れると、訓練場の入り口に男どもが集まっているのが見えた。

 今日は武闘派の講師の訓練だと聞いたから、戦いに飢えた奴らが興奮していると思った。だけれど、それにしてはちょっと様子がおかしい。

 私の疑問は、すぐに氷解した。


「こんにちは。今日、講師をするメア。よろしく」


 晴天に響いた声を聞いて、私は目を見開いた。遠いけれど、壇上で束ねた髪を靡かせているのはどう見ても小柄な少女だ。


「まず、メアのことは先生と呼ぶこと」


 メアはそう宣言すると、おもむろに歩き出した。ガタイのいい連中と一緒にいるとまるで小人と巨人。共通語は話しにくいのか、やや舌足らずで、幼さが余計に強調される。


「詳しい話は、訓練場に入ってから」


 微妙な空気の中、みな移動する。

 それはそうだ、普段なら護衛の対象になりそうな子から戦い方を教えてもらうなんてあまりない。というか、ほぼない。


「あんなのが俺たちの先生ってか?」

「魔術は使えるんだろうけど、細い腕で俺たちの指南なんてできるのか」


 ぶつくさと文句を言っている連中がいても仕方ない。『剣』の連中は多くが自分の腕に自信があるから。私は別の意味でメアに驚いているけれど。

 先頭を歩くメアは、ピタッと立ち止まった。


「黙れ」


 たった一言。それなのに、体の底からひんやりとした。蛇に睨まれたカエルってきっとこんな気分。それ以降はぼやいていた奴らは口を噤んだ。関係ない奴らも黙り込んだ。

 訓練場に到着すると、メアはおもむろに短剣を取り出した。


「メアが教えるのは、強化術。強化術というのは勉強してる?」

「武器に魔力を注ぐんだろ」


 初めに陰口を言っていた男にメアの視線が突き刺さる。ややバツの悪そうに男が答えると、持っていた短剣を弄びながら彼女は真顔のまま目を細める。それだけで少し威圧感がある。


「それは五十点。分かりそうな人は……そこの人、答えて」

「魔力を魔術に変換せずに武器にまとわりつかせる方法ですね。後は、補助として魔力石を使うこともあります」


 次に指されたのはバーナードだった。緊張を顔に滲ませているから、やっぱり彼もメアが怖いのだと思う。


「ほぼ正解」

「ですが、我々は全員その術を習得しています」


『剣』に配属されるなら最低ライン、強化術はできないとならない。それを伝えたバーナードはメアの不況を買うんじゃないかしらと、私はヒヤヒヤしている。

 でも、そこは大丈夫だったらしい。短剣を鞘にしまった。


「では、身体の強化は?」

「それは一握りの魔術師にしかできない芸当でしょう」

「違う。やり方を間違えてるだけ。今からそれを教える」


 メアはそう言って、案山子に斬りかかった。気持ちの良いくらいにスパン、とカカシの首が取れる。

 短剣をまた引き抜いたはずだけど、見えなかった。


「これは強化で切れ味を変えている」

「え、ええそうですね」


 唐突な行動に、バーナードも面食らったらしい。魔力の残滓が短剣にまとわりついている。なんとも無個性な色の魔力。


「ではこれは?」


 メアの小さな体に魔力が満ちる。次の瞬間、二個目の案山子が不意にバラバラになった。

 短剣には魔力の痕跡は特に見られない。


「これは、刃物の鋭さじゃなくて、身体を強化した。それから……そこの人。剣持って」


 指名された別の男が長剣を構えた。

 そこに、メアが斬りかかる。キィン、と耳障りな音が響いて、訓練用の剣が折れた。持っていた男はもちろん、みんな、呆然としている。


「メアのは、スピードとパワーどっちも底上げしている。基本的には使い分けした方が効率て――」

「うおぉおおお!」


 多分説明の途中だったのに、血の気の多い野郎達は盛り上がった。

 その男達はメアの続きの説明を聞いて練習しだした。バーナードを初めとして引き気味でいる奴らも議論を交わしながら練習を始める。

 でも、私は完全に取り残された。後衛型の受講者が一人も見当たらないのはどうしてかしら。


 周囲をキョロキョロしていると、メアが近づいて来た。表情が読めないけれど、浮いている私が気になっているようで。

 氷の視線に晒されたらまずい。今はとりあえず訓練に集中しよう。

 まずは、型からおさらい。えー、確かこんな感じに構えて振り回すのだったかしら。

 その後は、関節に魔力を集中させるように頑張るけれど、魔力の移動が難しい。短剣から自分に移動させる辺りで急に抵抗が強くなる。

 その様子をメアにじっと見られて余計に気が散った。


「あの、他の受講者を見なくていいの?」

「あの程度なら、他の人たちは見習いで今日中にはできるようになる。でも、貴女は多分無理」


 たまりかねて口に出すとメアは首を振る。

 そして、私の手を引いて訓練場の隅へ歩き出した。まさか追い出されるのか。なんて厳しいの。

 そう思ったら、ボロボロの案山子の前に立たされた。


「ここで水の攻撃魔術、使ってみせて」

「水は攻撃に向かないわよ」

「いいから」


 私は戸惑いながらも仕方なくイメージをした。水の刃を思い浮かべて、案山子を滅多斬りにする感じ。できるだけ速いほうが威力も強そう。


「『ウォーターカッター』」


 詠唱はすっ飛ばして鍵呪文だけ唱えた。

 ふわっと現れた水の塊が分裂した。そのまま、案山子に向かって疾走する。ぶつかる直前に、三日月型になって案山子に襲い掛かった。藁の小さい塊数個に分割される。

 我ながら威力に満足していると、メアが案山子の破片を拾う。


「やはり。貴女に強化の魔術の才はない」

「どうしてよ?」


 メアはじっと私の目を見る。面白そう、という感情が隠れているような気がした。


「個人の才能は、綱引きでできている。強化の術に秀でる人間は、純粋な攻撃魔術が下手。貴女は真逆だから。身体強化は、強化術の更に先のもの。何かに優れるという事は何かで劣っているということ。長所と短所は同じもの」


 綱引きと聞いても、あまりピンとこない。そう私に言い含めるメアは人に物を教え慣れているようで。もしかしたら、見た目通りの年齢じゃないかもしれない、とふと思った。


「さっきの魔術、ただの水の魔術じゃない。あれは水と風の複合魔術。貴女の強みは、複合魔術による広範囲攻撃、合ってる?」

「……ええ、そうね」


 あれを一回見て分析したメアは、多分魔術師とも戦い慣れている。複雑な気分で私は続きを促した。


「自分の属性を極限まで高めること、それが強化の極意。でも、貴女は全ての属性を満遍なく使えるからこのやり方は貴女の個性を殺す。身体の強化じゃなくて、魔術の強化をお勧めする」


 メアは無表情で魔術の強化と言ったけれど、どうすればいいのか分からない。戸惑っていると、雰囲気が変わった。


「たぶん、実践をした方が貴女は覚えそう。試しに、メアと勝負して。そっちは殺す気で構わない」

「いきなり戦闘狂みたいなこと言わないでよ」

「さあ、始める」


 可愛らしい声で過激なことを言い放ったメアは、足のホルターから短剣を引き出す。そして、私の反論の声は遮られた。走り出したメアが凶器を振りかざしてくる。

 紙一重で避けると、髪が一房ほつれた。


「やめなさいったら!」

「やめない」


 白銀の刃が眼前に迫る。殺られる、そう思った瞬間、咄嗟に鍵呪文を唱えていた。


「っ『レッドスプラッシュ』!」


 勢いあまって、高位魔術を使ってしまう。

 メアの四肢が強引な力で引きちぎられるイメージが頭をかすめた。これは人に向けるべきじゃない魔術だ。

 自分の判断ミスに血の気が引いたけど、メアは無傷で立っている。どうやって防いだのか、その考察をする隙はなかった。


「ほら、死ぬよ」


 だって、また凶器が迫っているからだ。


「『ウォーターカッター』!」


 さっきのように、水の塊が宙に浮く。メアの中身が飛び出て血が噴き出す想像をしながら放った。


 透明な水がメアに襲いかかる。

 メアはじっとその凶器と化した水の刃を見つめた。次の瞬間、刃の一つが形を失って地面に落ちた。私の集中力が切れて、連鎖反応で他の刃もただの水に戻る。

 呆然としていると、うなじのあたりにひんやりとした感触があった。背中に冷たいものが走る。


「……さっきの水の攻撃、とても良かった。その感覚を自在に再現できるようになれば大丈夫」


 未だに刃を当てられている身としては緊張感が拭えず、声が出ない。


「先生はとても恐ろしいですね。生徒を殺すおつもりで?」


 バーナードの声がした。凶器を外されて、振り返るとメアに槍の穂先を向ける彼の姿があった。自前の武器をわざわざ取り出すってことは、割と本気で怒っている気がする。


「まさか。彼女はこれくらいで死なない」

「不慮の事故という物はつきものですよ、先生」

「そう。それより、貴方、もうさっきの強化できるようになったんだ。偉い」

「ははは、土壇場になるとなんでもできるものですね」


 何故かしら、まだ日が照っているのに霜が降りている気がする。さっきまでウンウン唸っていた他の奴らもこっちを見ていた。それはもう、私に穴が空くくらい。その中の一人と目があった。どうやら他の奴らも私と同じ感想のようだ。

 メアは殺意の込められた目を軽く流して、声を張り上げた。


「彼を手本にしてみるといい。魔力の移動の仕方とか、魔力の濃度とか、彼は完璧」


 この状況から講義を再開するなんて、なかなかの強者だ。メアという人物は、見た目に似合わず図太いという事だけは分かった。

 残りの時間は無言で訓練を終えたけれど、バーナードがすごい目でメアを睨んでいるのが印象的だった。


※2021.8月改稿しました。

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