【サイドB】2-5
2-8から2-10くらいまでのフィロガ視点です。局所的なお色気表現?に注意です。
『理』の研究室で、俺はリスリヴォールの魔導書を読みながら考えている。
イリアはやっぱり怪しい。
協会都市の一般市民区画にいた点だけじゃない。イリアはヤンの本名を口走ってた。
普段『飾』で仕事をしている時はヤンで通しているはずなのに、だ。つまり、予めイリアが名前を知っていたってわけで。研究者がそんな下調べする必要性はない。
でも、そこから思考が空回りしている。最近の俺は訳の分からなさに苛々が増すばかりで生産的な事を考えられない。態度にまで出るのはやっぱり自分でもどうかと思っている。ディートにも指摘されたけど、直せたら直してるよ。
ため息をついた。諦めてジェイクに頼まれたお使いにいくか。
俺は退勤して協会都市の大通りを歩く。もう夕飯時は過ぎているんだけど魔術師向けの店はまだ営業している。人目がある分、治安がいいし稼ぎたいって商魂たくましい人達ばかり集まっているから。
すぐに店先に出てきた女性は朗らかな笑みを浮かべた。
「おや、今日は兄妹揃ってうちをご贔屓かい」
「リリーも来たんですか」
「そうさね。あの子、また食べ物に凝って創作料理を作ろうとしてたよ」
俺はから笑いしかできなかったよ。リリーの料理の腕前だけはそれなりなんだけどね。食材の組み合わせが独特というか。思わず吐きそうになる料理がごく稀に出てくることがあって。そんな俺に女性は「兄さんなんだから頑張りな」と豪快に笑い飛ばして背中を叩いてくる。
気恥ずかしさに眼鏡をいじると、女性が「ところでさ」と声を潜めた。
「フィロガさん、最近、協会はどうしちまったんだい? 『剣』の魔術師様がピリピリしてるって噂になってるよ」
「すみません。俺は『剣』じゃないから分かりません」
やっぱり協会都市の人達にも剣呑な空気は伝わっているらしい。後ろめたさはあるけど、不用意にスレイや襲撃者の話はできない。かといって楽観的な内容を俺は伝えられない。
申し訳なさを感じつつ品物の一覧を手渡す。内容を確認した女性は「お坊ちゃまの依頼だね」と頷いた。
「ええ、まあ。本人は忙しいらしくて」
「何言ってんだい、お坊ちゃまの事だから逃げてるんだね。あたしゃあの子のおしめも取り替えたことあるんだよ、そんなのお見通しさ」
女性の言葉に俺はただ曖昧な笑みだけ浮かべる。過去の失敗も全部知ってていじってくる親戚みたいな人とかね、俺でもジェイクみたく逃げ出すよ。俺に親戚なんていないけど。
リストを確認した女性は「いつも通りだ」と呟いて朗らかに笑う。
「ラッキーだね、今までよりも早く仕入れられるようになったんだよ」
「そうなんですか。結構、遠いですよね、ポルガエデンとかヴァイヘームとか」
「それがさ……おや、噂をすればなんとやら」
物音がして彼女が業者用の出入り口を振り返る。やせ型の男性が小麦袋を搬入しているところだった。
彼女に「ホラスさん、依頼だよ」と声を掛けられて慌てて走ってきた。彼が例のホラスか。会えるとは思ってなかった。
汗をタオルで拭って一覧を確認していく彼は唸った。
「この商品だと、何回か分けてのお届けになります。プトゥとポソ大根は輸出品じゃないので……ちょっとうちでも時間が」
「気長で大丈夫ですよ。俺達は慣れてますから」
「ありがとうございます!」
残りの小麦袋を置いて出て行った彼の第一印象はいい。仕事に対して真面目という感じだった。マスターの情報が正しいかはこれだけだと分からないな、全然。
搬入を終えて「それじゃ」と出ていく彼を見送ってから話を再開した。
「あの人は初めて見る人ですね」
「ああ、新人でね。最初はヒヤヒヤしたもんだけど、接客に板が付いてきたね」
「元から商人じゃなかったんですか」
年齢的には新人というには老けている。そう思って聞いたら、女性はふと寂しそうな顔つきになる。
「どうもお国で内戦があったらしくてね。ホラスさん、家族を協会に住まわせるために実績を積みたいんだってさ。あたしゃ、危険だって言ってるんだけどねえ」
「まだ内戦が終わってないって事ですか」
「そうなんだってさ。まあ、元から北部の国々は年がら年中戦争だろう? 平和が一番なのにさ」
ため息をついた女性が「暗い話をしちまったね」と首を振った。
「あたしゃやれることをやるだけさ。そうだ、フィロガさん。これなんかどうだい? とれたて新鮮でサラダにしてもよし、付け合わせにしてもよしだよ」
しんみりしていたら野菜を勧められた。こういうところがちゃっかりしているというか、たくましい。とりあえず切らしているはずの根菜だけ選んで帰宅した。
そうしたら、リリーはまんまと引っかかって買ってたよ。しかも、ゼリーと混ぜてサラダを作ろうとしていた。いや、その食べ方は確かにあるんだけども、どんな味かも分からないゼリーだったからすぐ冷凍保存させた。
自室に戻ると本当にどっと疲れが襲ってきた。気晴らしにオルゴールでも鳴らすか。
リリーが買ってきてくれたこのオルゴールの音がとても懐かしくてなんだが落ち着く。もちろん、細かな装飾や魔術機構とかは違う。だけれども、俺が修理したことのある物と同じ曲だ。
時々思う。俺が真っ当な人生を歩んでいたら、きっとあの街で平凡に暮らして店を構えて。退屈かもしれないけれども、それが一番俺にとっては幸せだっただろうって。
「どこで間違えたんだろう」
思ったより自分の声が響いて口を閉じた。
後悔しても時間がただ過ぎるだけだって分かり切っている。迷う暇がもったいない、あったかもしれない生活なんて追いかけてどうする。
オルゴールを止めた。
箱に入れて棚の奥へしまう。今の俺には他にやるべきことがあるはずだ。
気持ちを切り替えたところで窓をふと見る。銀色に輝く丸い月が目に映った。
まずい、今日は満月だったか。我に返って部屋の鍵を掛けようとしたら、運悪く扉が開けられた。
そこには白いバスローブ姿のリリーがいた。
いつもポニーテールにまとめている髪は解かれていて、癖のない長い髪がさらさらと揺れている。シルクの生糸みたいだなと現実逃避していたら、リリーが目を擦りながら「眠い」と呟いた。
俺はそんな妹の姿をなるべく視界に入れないようにしながら「自分の部屋に帰ろうか」と肩を押える。妹は俺を見上げて不満そうに睨んだ。その目の色だとちょっと普段とは迫力が違う。
「一緒に寝る」
「いや、まず、もうリリーは成人してるよね?」
「だから一緒に寝る」
「二人寝転がるには無理あるサイズだから!」
俺が拒否したのが気に障ったのか、リリーは再度「寝るの」と言って俺に抱き着いてきた……ねえ、お願いだから下着は着てくれ。本当に、お願いだから。そう心で念じた。
どうやっても言葉じゃ止められないと判断した俺はリリーを部屋まで引きずっていった。そしてその体を剥がしてすぐ閉じ込めた。「一緒!」と叩くリリーを無視して、引き戸につっかえ棒をして出れないようにする。普段だったらこんなの無意味だけど、今は魔術を使うって考えが抜けているはずだ。
「ヤダ、一緒じゃなきゃヤダぁ」
だんだんリリーの声が震えてくる。この声を聞くのは精神的にきつい。でも、前に開けた時は嘘泣きだった。そしてまた押し問答が始まったんだ、もう騙されない。しばらく心を無にしていたら足音が扉から遠ざかった。ようやく寝たか。つっかえ棒を戻して自室に戻った。
今日一番疲れたのがこれって。就寝の準備をしてさっさとベッドに横になるけど寝付けない。
決まって満月の夜にリリーはあんな風になる。
リビングに俺が居れば普通に話をして終わるけど、居ないとこんな迷惑な状態になる。
本人は全く覚えがない。俺の夢という設定で話を振ってみたら「馬鹿じゃないの」と即答された。蔑んだ目で見られるという最悪なおまけつきだった。そしておそらく他の所ではこうなっていないっぽいのも、みんなの態度で分かる。泊まりに行ってるベルにだって何も言われてないからね。
目を閉じたまま考える。原因はきっといくつもあってそれが複雑に絡んでこうなったんだろう。そしてその中に俺の行動が混ざっている気がしている。ただ、どのくらいの比重か分からないし下手に突いた場合、リリーがひどく傷つくかもしれない。それこそ、トマスさんの元にいた時のリリーに戻ったらどうする。
感情が凍ってるような、そんな目を向けてきたあの頃のリリーに戻ったら。
誰かに助けを求めるべきか、でも、どうやって、と悩んでいたら扉を叩く音がしてドキッとする。
また、起きてきたのか? 二度なんて今までなかった。開けないままじっとしていたらリリーの声がした。
「どうせ起きてるんでしょ、『剣』の魔術師に緊急招集が掛かったから行ってくるわ」
普段通りに雑な扱いをしてくる呆れた声のリリー。よかった、ちゃんと起きている時の妹だ。
扉を開けて「行ってらっしゃい」と声を掛けた。晴れやかな気分が前面に出てて気に食わなかったのか、「あんたどうしたの」と機嫌悪そうに妹は出勤した。
***
今朝方、出勤したら緊急事態の特別体制が敷かれたと『剣』から通達された。
場合によっては協会魔術師達も尋問の対象になりえる状態。こうされると、それとなくみんな『剣』から監視されるし、いよいよ内密に動くのは難しくなる。これはきっとスレイの協力者をあぶりだすための作戦だと察して俺は沈黙した。
そして午後も最悪だった。
スレイの捜査協力を取り付けたらしいエスカーチャの要人が個人的な話をしたいって、導師を通して言ってきた。俺は数回だけその人と話したことがあるけど、踏んだり蹴ったりだった。お陰で魔力制御がまたうまくいかなくなった。昔はもっとうまく切り替えられてた気がするんだけどやっぱり最近は感情的になりすぎている。
定時になったらハル達に追い出された。それくらい、駄目駄目だって事で。もう、これは気分転換がてら魔道具でも触ってようと開き直った。
そのまま事務所まで歩いていたらわき道に入る女性を見つけた。後ろ姿だけだったけど、服装とか髪型は見覚えがある。イリアだ。
また居住区の中に入っているのか。誰からか許可を貰っているのか、それとも、無断で忍び込んでいるのか。今の段階だと全然分からない。けど、やっぱり怪しい行動をしているのには変わりがないんだよね。グレスに相談しようか迷ったけど時間が経ったら何も分からないだろうな。
この前の事があるから、物陰で距離を取りながら集音の魔術を使う。相手が魔術師でない限りはばれないはずだ。周囲は空き家で音ならすぐに拾うことができる。すると、複数の話し声が聞こえるようになった。誰かと一緒にいるらしい。つまり、人目を避けて密会。これはますます怪しい。
ただ、魔力の制御がやっぱりうまくいっていないから雑音混じりでよく聞き取れない。仕方なしに俺はちょっとの間だけ魔術に意識を傾ける。
「あとは、いつ動くかというところね」
恐らくイリアの声が明瞭に聞こえた。でも、話し方がいつもの彼女とは違う。聞き取りやすい声ではあるけれど、落ち着いていて、ベルを連想させるような静かな口調だ。
「史料は引き上げてちょうだい。持って帰れそうにないから」
「ですが、このまま黙って見ているなんて」
別の女性が食い気味に反論した。相手の女性は俺も知らない。それを受けたイリアのため息混じりの言葉が聞こえる。
「……貴女が出る幕はないわ」
「でも、何故です」
「駄目よ。この任務はあくまで私に割り振られた物よ」
相手の女性をイリアは諭しているな。そしてどう考えても、研究者同士の会話じゃない。やっぱり諜報員か何かだったのか。会話からしてイリアのほうが立場が上か。二人の会話は続いている。
「ですが、元はこちらに来るのは私の方だったで」
「貴女まで失う訳にはいかないの」
そう言い切るイリアの声は、少しだけ震えている気がした。相手の勢いも落ちて、「申し訳ありません」と控え目になった。
「分かってちょうだい……貴女は花を手向けなさい、私は」
そこで言葉を区切ったイリアは少しの沈黙の後、声音を変えた。
「誰かいるでしょう、そこに」
声を掛けられた瞬間空気が一変した。
目の前に猛獣が現れた時のような緊張で体がこわばる。はっきり言おう、これは堅気の出せる殺気じゃない。ずっと物陰に隠れたままだから俺の姿までは見られていない。けれども、思い返したら魔術に集中しすぎて自分の気配まで消すのを忘れるなんて初歩的なミスをしてる。
カツン、と固い靴音が響く。どうする。俺は瞬間的に考えた。
イリアがただの研究者という線はほぼ消えた。そして、このまま見つかったら命の保証は無い。こんなところで俺は死ぬかもしれないのか。そんなこと到底、受け入れられない。そんなことになる位なら。
――そんなことになる位なら、この場で彼女を始末するべきか。
我ながら物騒な考えにびっくりしたところで靴音が止んだ。あと数歩で見つかるという地点だった。場違いな「にゃあ」という鳴き声が響く。え、猫?
俺は余計に訳が分からなくなる。こんなところに猫が都合よくいるなんてありえないよ。当のイリアも困惑した様子で呟く声が聞こえた。濃密な殺気が薄れた。
「確かに人の気配だと思ったのだけど」
また鳴き声と小さな足音が俺にも聞こえる。本当に、猫がいるらしい。
小さな足音が遠ざかっていく。それを追うようにイリアの靴音も俺のいる場所から離れていった。相手の女性の「良かった」という心底ほっとした声が聞こえた。
二人の注意がいきなり出てきた猫に向いているうちに、俺はそっと音をたてないように逃げた。追いかけてくる気配はない。気を張ったまま移動して、急いで事務所に入った。
ようやく安全圏まで逃げられて詰めていた息を吐きだした。マスターの直観は正しかった。それだけじゃなくて、自分自身の気持ちの変化についていけない。謎の猫が居なかったら……扉にもたれ掛かって座り込んだ。最近の俺はどうしたんだ。いくらやばそうな人だとしても、殺すなんて、なんでそんな事。
きっと精神的な負荷が強すぎて極端に思考が偏っているんだ。そう結論付けて深呼吸を繰り返した。手の震えが止まったあたりで少し冷静になれた。
イリアは魔道具の調査依頼じゃなく別の目的があって協会に来ている。一刻も早くグレスに伝えたほうがいい。外部の人間には主に監視用としてアミュレットを配っているはずだ、イリアも当然持っているだろう。大通りに出れば見回りをしている『剣』の魔術師達がいる。そこからきっとグレスに連絡できるな。
そう思って協会までの道のりを走っていたら、唐突な強風が吹いた。
あまりにも強くて転んだところで警告音が鳴り響く。どうしてアミュレットが壊れたんだと、思った瞬間に察した。魔術の痕跡がはっきりと見える。ただの自然現象じゃなくて魔術による攻撃だ。
そして、俺は確かに聞いた。
「あの方向か」
忘れもしない憎たらしくて美しい声。
スレイが一瞬だけ後ろ姿を見せて何か呟いたら消えた。魔術だろう事は理解した。明らかに俺の知らない、協会の物ではない魔術。口をはさむ暇もなく姿が見えなくなってまた頭が混乱している。
落ち着くために飛んでいた眼鏡を探していると、人が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
ショートカットでインテリ系に近いその魔術師は、時々見かける『剣』の受付にいる女性だ。その後から走ってくるのは、リリーと同じ隊のバーナード、だったっけ。女性が腕を取ろうとするのをやんわり断って立ち上がる。彼女は俺に怪我が無いか目視して壊れたアミュレットを確認する。
「風系統の魔術ですか。バーナード、グレス隊長に連絡してください」
簡単な音のやり取りをする魔道具を取り出してバーナードは本部に合図を送った。
一方の女性は鋭い目つきをすぐに和らげて俺に向き合った。
「フィロガさん、ご無事でなりよりです。何があったか、教えていただけますか」
心配そうな様子の女性に俺は距離を取りながらどう伝えようか考える。
スレイが出てきた時点で、ろくでもない事になりそうで困る。そしてこの女性は果たして導師の指示を受けているのかどうかが分からないから、曖昧に話した。
「グレス隊長に急ぎで伝えたいことがあって走ってたら強風が吹いてきました」
「急ぎで、ですか。不審な者を見かけたんですか?」
「その、とある女性の会話を聞いてしまって」
「とある女性……もしや、あの傭兵の?」
目をすがめる女性を見て確信した。完全にこの人は知らない側の人だ。そしてその後ろで目を閉じているバーナードは知っている側、かな。これは、どういう状況なのか。俺には全く読めないからイリアの事だけ密告することにした。
「いえ、違います。その、同好会に依頼をしているイリアという女性の事で」
「同好会……イリア……イリア・ランチェッタですか?」
すぐに誰かを把握した女性は円盤型の魔道具を取り出して発動させる。それって『剣』の部隊長に使用許可が降りる魔道具のはずだけど、彼女の徽章をみるに、リリーと同じくただの一般隊員だ。嫌な予感がする。
「彼女のアミュレットには魔術施行の痕跡がないので魔術的な攻撃をした訳ではないようですが、その女性が怪しいことをしていた、と?」
「はい。人目を避けて誰かと密会をしていて。市民区画に、出入りしていたので」
「なるほど。確かにそれは怪しいですね。バーナード、その女性に任意同行を――」
そう話が纏まりかけたところで、女性が魔道具を見て話を止めた。
「――トラヴィスから本部へ連絡が来ました。西門の区画で大規模な被害が発生、追跡によると下手人はどうやら逃亡を図っている模様、と。バーナード、西門広場に急行しましょう」
そして女性は転移の魔術でその場から消えた。
まだ残っていたバーナードは彼女がいなくなったらこの世の終わりのような表情に変わる。
「すみません、本当にすみません。教官、いましたよね?」
「そう、だね……さっきの女性は一体」
「署長からの命で一時的に個人行動を許されているんです。その、グレス隊長とは別系統で」
彼の言葉で察した。ヴァレンティン署長がグレスを通さないで動いてたってことは共犯者に上がってしまっているって事か。そして彼女と一緒に行動しているバーナードは同じく目を付けられているか、もしくは戦力扱いされているかのどちらか。どっちにしても全く嬉しくない状況。
「僕も行かないと怪しまれるので、失礼しますね」
辛うじてそれだけ告げると、バーナードも転移した。
俺は連絡を受けて到着した他の『剣』の魔術師に協会へと連れていかれた。
そして襲撃対策本部と銘打たれた会議室で指揮をしているグレスが出迎えてくれた。
「本当に災難続きだったなー、フィロガ」
周りにも隊員がいるから余計な口出しはできない。
俺は少しだけ明るくなった協会都市を眺める。街頭やレンガの光を強くして逃げ場を失くそうとしているんだろう。『飾』の連中もたたき起こされたらしい。
「今、追っているのは……あー、ちょっと待って、署長から連絡が」
グレスの魔道具が反応して作戦会議は中断した。そして、声が響いた。
「スレイと署長が交戦中だと連絡が入った!」
騒然とする中、グレスが指示をして応援に隊員を向かわせる。
残ったのは巻き毛の女性魔術師一人だった。前にリリー宛の手紙を渡されたことがある。名前までは知らないけど、リリーと揉めてたっぽい人だった気がする。
「エダちゃん、ちょっと悪いんだけど、外の警護よろしく」
「かしこまりました、グレス隊長」
彼女が辞儀をして部屋から出る。それなりの広さの会議室で、俺達二人だけ。
そしてグレスはキリっとさせた顔を一気に崩した。
「グレス……状況は、どうなってるの?」
「ああ、もう最悪なんだよ!」
頭をかきむしる彼は『剣』の隊長じゃなくて俺の友人としての立場で話しているかな。机を叩いて罅を入れたグレスも相当来ている。外に聞こえるんじゃ、と思っていたら友人は手を振って「問題ないよ」と告げた。
「エダちゃんはこっち側」
「それは、彼女も気の毒だね」
「大馬鹿! あの女馬鹿過ぎじゃねーの!? なんでよりによって署長とやりあってんだよ! あーもう、本当にやってられない、あの馬鹿しばく、絶対しばく!」
他の協力者も大半がそう思っているんじゃないかな。俺に依頼を押し付けた導師も途方に暮れていた気がする。気持ちを発散したことで少し落ち着いたグレスは、「ふう、あとで八つ当たりしてやろ」と不穏な言葉で締めくくって表情を切り替えた。
「それはそれとして。現状を教えとくな。あー、先に俺が謝る、ごめん、フィロガ」
頭を下げられた俺は首を傾けた。
なんで俺は謝罪をされているんだろうか。バーナードもしきりに謝っていたのを思い出す。
その理由はとんでもなかった。
「スレイ教官はお前を警護してたんだ、陰ながら」
「は?」
「あー、つまり、だなー、『剣』に魔術師の殺害予告が入ってたんだよ」
「よこ、く」
その時点で俺は分かった。スレイが護衛に入った、という事はつまりその対象は俺か。
あまりにショックでしばらく放心していた。任務とはいえ、友人からはめられた。もしかしたら、リリーにもはめられたのかもしれない。
座りの悪そうなグレスは「本当にごめんな」と心から謝っている。
「リリーは……知ってて?」
「いや、知らせてない。リリーちゃん、お前を気にして絶対おかしな行動取りそうだもん」
こういう場面では嘘をつかないだろうグレスはそう断言した。
「お前に伝えなかったのは、あれだよ、導師の指示で。俺は『さすがにまずいっす』って進言したんだけど、導師は責任は自分が持つから、って」
「分かった、グレス。エディを殴ってくる」
「導師もフィロガもただじゃ済まないだろそれ!」
「いいよ、もうあのクソ狸は引退していいよ」
俺は半ば本気で殴りに行こうかと考えたけど、ここは友人の懇願に免じて殴り込みはやめた。
代わりに固定給割り増しを求めよう。こういう部分がイマイチ尊敬できない部分だよ、エディ。きちんと説明してくれれば俺だってそれなりに取り繕うのに、後手に回ってるから。
疲れた様子のグレスをしり目にまたすぐに話を戻した。
「それで、ヴァレンティン署長が出たのは」
「俺の捜査がやっぱり偽装なんじゃって思われてるっぽいよ。キアラがそう進言しちゃったらしくて、さ」
そこまで『剣』の人間関係を把握してはいないけれども、その名前だけなら知ってるな。確か、対人戦に長けていてどこかの軍人だったんじゃないかって噂の人だったような。そんな人まで騙すのは中々に厳しい。
「ああもう、本当にあの人有能すぎて困る」
「その人は引き込めなかったのか」
グレスはため息をついて「ごめん、これ以上は機密だったわ」と口を閉ざした。
俺はそれ以上聞くのを止めた。別の捜査で何かしらかかわりがあるんだろう。グレスが再度謝って俺は「もう大丈夫だよ」と彼に言った。
それよりも、グレスの元に来た本題を忘れるところだった。
「グレス、実はこの魔術の騒ぎになる前に不穏な会話を耳にしたんだけど」
「不穏? スレイや襲撃者とは別口って事か」
「関連が無いかは分からない。ジェイクが不審者として挙げていた女性がいただろ。その人が誰かと密会していたんだ。駆け付けた魔術師は彼女が魔術を使ったわけじゃないって言ってたけど……隠れて様子を窺ってた俺にすさまじい殺気を向けてきてさ」
じっと聞いているグレスはひび割れた机を軽く叩きながら考え事をしている。
「その女性って、ブルッカ大学の考古学者の事だよな。同好会に解析依頼をしたっていう」
「そうだよ。でも、到底ただの学者とは思えない様子だった」
難しい顔をする友人は「うーん」と一人で呟いている。
「ランチェッタ教授って実際に論文書いているし、大学の講義だってしているしで、ほぼ間違いなく身元は確かだって報告なんだけどな」
友人の会話を聞きながら俺は違和感に引っかかった。
どこに……? 思い返したところで、グレスの魔道具が反応して話が止まる。短いやり取りをした後、友人は神妙な顔になった。
「教官とその共犯者を取り押さえたって……トドメはリリーちゃんが刺したらしいよ」
一体、一体何をしたんだリリーは。
俺はもう全てを諦めてスレイに丸投げにすることに決めた。




