2-10
午後の見回りの時間になってもバーナードが帰ってこない。
隊長に確認したら、例によって胃痛に耐える表情で「まあ、そういうこともあるだろう」と曖昧な表現をされた。
明らかにはぐらかしてる。
そしてバーナードの代わりに同じ班の人が入った。普段から無口な人だから特に話すこともなく淡々と業務をこなして終わり。
報告書の提出も終わったところで休憩に入るその人を呼び止めた。
「ねえ、確か夜勤だったわよね。本当はバーナードにあげようと思ってたんだけど、捕まらないし、あんたにあげるわ」
彼はじっと感情の読めない目でゼリーの袋を見つめる。
そして何を思ったか無言で受け取って、その中の一つを口に入れた。その食べる様子はどんぐりをほおばるリスのよう。次のゼリーに手を伸ばしていたからよかった。手を振りながら背中を向けて離れていく彼を見送って、私もその場を離れた。
さて、あと数時間は勤務だから夕飯の事を考えなくちゃ。
食堂を使うか帰ってから料理を作るか。残っている食材でまたゼリーの試作もしたいから休憩中にお店に寄ることにしたわ。
そして昨日と同じお店に向かったら男の人が出てきた。
ちょっと痩せこけている気がするその人は昨日も見かけた人だった。一見人当たりは良さそうだけど、私はそう思わなかった人。それだけなら、私の感覚の問題で済ませるんだけども……昨日は感じなかった魔道具の気配がする。協会で販売しているものじゃないわね。
協会都市への魔道具の持ち込みは制限はされている。もちろん、色々な理由で魔道具を身に着けている外部の人達だっているから、普段なら私は無視するんだけど。『剣』の取り締まりが強化されたから挙動がおかしい人には声を掛けないといけないわ。
「すみません、暗い顔をしていますけどどうかしましたか?」
私が近くに寄ったら男の人は「はっ」とした顔で笑顔を作った。
「ああ、魔術師様……いえ、ただちょっと、疲れただけというか」
「体調が悪そうなら最寄りの診療所を教えますよ」
「お気遣いいただいてありがとうございます。それには及びませんよ、魔術師様」
腰が低くてぺこぺこお辞儀をする男の人。タイミングを見て本題を切り出すことにした。
「あの、ところで協会以外の魔道具をお持ちですよね」
「ええ、はい。形見のようなものですので」
質問したら、一瞬だけ目を細めてすぐに元に戻った男の人。やっぱり、何かありそうね。
「ごめんなさい、一応確認が必要なので許可証を見せてもらってもいいですか」
すんなりと提示をしてくれたからよくよく確認する。渦が三つ繋がって三角形を作っているような印は確かに魔術師協会の標章。
「何か、間違いでもありましたか?」
「いえ、ありがとうございます、もう大丈夫です」
不安そうな男の人にすぐ許可証を返した。
ちょっと穿ち過ぎたかしら。でも、違和感はどうしても消えないからそれとなくアミュレットも確認してから解放した。
そして詰所に戻って書類棚の傍にいた『剣』の魔術師に声を掛ける。
「ねえ、この人の事調べたいんだけど」
店の奥さんに書いてもらった名前を見せると、その人はこわばった表情を戻した。
「ホラスってよくいる名前だけど、他に特徴は?」
「たぶん商人で、商業区の野菜売り場に出入りしているわ」
「ああ、あそこは輸入業もしているから、行商人の申請から探したほうが早いか」
彼は協会都市の出入履歴をさかのぼった。
だいたい、一ケ月半前ほどから協会に出入りしているらしい。ちょっとだけ首をかしげている彼に「この人、他国の魔道具を持ってたのよ」と事情を説明すると手が止まる。
「許可証は確認したか?」
「ええ。本物っぽかったけれども、やっぱりなんだか気になって」
成り行きを見守っていた他の『剣』の連中も私の言葉に名前を探すけど、許可証を発行した形跡は無かった。限りなく本物に近い偽造って事ね、つまりは。どこがどう違ったのかまでは私には分からないから説明はできなかったけれども。
今日の責任者になっている人に連絡したら、私の隊で捜索するようにってお達しが来たわ。あの男の人と対になるアミュレットを用意して出発した。また今度は普段とは別の人とバディを組んだ。
「リリーよろしくー」
軽口を言いながらひらひらと手を振るこの人はサセックでバーナードと一緒に来た同僚。
装備を整えて早歩きをしている間、同僚はアミュレットに組み込まれた追跡の魔術を発動させながら「バーナードどうしたんだろうね」と不思議がっている。
「普段だったら一番に乗り出すのに。そもそも、見回り一緒じゃなかったの?」
「午後は別任務だったらしくて他の人に連れていかれたわよ。死にそうな顔をしてたけど」
「あ、もしかしてそれってマリーさん?」
「違うわよ、別の人よ」
「じゃあ、キアラさんかなー、バーナードって二人が苦手でさー、この前の見回りの時なんか」
ぺらぺら話す同僚の言葉を半分くらい無視してあの男の人の影を探す。大通りには居そうもにもないわ。だとしたら、商業区を外れた場所を探したほうがいいのかもしれない。同僚もすぐに「うーん、奥の方にいるかなー」とアミュレットをチラ見している。
近場の小道に入って区画を移動した。見慣れたレンガから舗装途中の足場の悪い道が目立つようになる。協会都市も格差みたいなものはあって、一般市民の生活区域はやや整備が後回しにされがちなのよ。良くも悪くも、魔術師協会を中心に回っているから外部に見える場所だけはしっかりしているけれども。
「ここら辺は街頭も無いよねー、インフラ整備遅れ気味。ヤーニャに言っておいてよ」
「自分で言ったら」
すぐにそう返したら同僚は不服そうに「だってタイミング合わないし―」とまた無駄口を叩いている。
アミュレットの反応はこの先の高台にある。一般開放されている場所ではないし、人もあまり寄り付かない場所のはず。
「あ、待って。アミュレットが」
同僚が声を出して立ち止まった瞬間だった。すさまじい強風が吹いてきたわ。
受け身を取って結界魔術を張る。後ろで複数の悲鳴が聞こえた。怪我人も出ているかもしれない。上を見ると劣化していた屋根の一部が剥がれている。
ただの強風じゃない。魔力が薄っすらと見えるから、明らかに誰かが放った物。
周囲に結界魔術を広げて被害を抑える。同僚が被害状況を確認しに走った。いつまでも守りに入っているわけにもいかないわ、元から絶たないと止まらないでしょう。
私は自分の魔道具の一つを壊した。これは魔力の制御用だから緊急時には邪魔なのよ。隊長から小言を貰うかもしれないけどもう仕方ない。強風を防ぐには相手の魔力切れを狙うか、同じように強風で打ち消すか。状況が読めないから後者を選んで魔術を放った。
風向と強さを調整して風を抑えると数秒後に相手の魔術が止まった。
そのまま屋根まで一気に浮かび上がって魔術の残滓を確認する。やっぱり高台のあたりから発動させた魔術だった。でも、術者の魔力は全く追えない。魔道具で引き起こしたものでしょう。
これがメアの工作の可能性もある。ただ、そうだとしてもここまで被害を出すのは導師達が許さないでしょうから、違うと思うわ。
「リリー、こっちは大丈夫だから任せた!」
同僚の声がする。屋根の下は局所的だけれどしっちゃかめっちゃかになっていた。取り逃がしたらまた同じ被害が起こるかもしれない。見上げてくる同僚に頷いて私は屋根伝いに走る。また魔術の気配がしたから立ち止まって風を打ち消した。
高台から少し下の方が発生源になっている。移動しているって事は逃げる気ね。もどかしいわ。私には協会内での転移許可が降りていないから、取り逃がしかねない。
そんな気持ちで現場に駆け付けようとすると、隣を何かが通り過ぎた。
猛スピードですぐに見えなくなったけれども、一瞬だけ白い布みたいなのがひらひらしていた気がする。あの人影の魔力には覚えがある。ついに、メアがやってきたのね。私はそう確信した。
***
魔術の気配を頼りにたどり着いたのは西門の側の広場だった。数人くらいしかいない。剣戟の音が聞こえるから、屋根から様子を窺っているとちらほら知っている人がいるわ。
広場の隅っこにバーナードと彼を連れて行った女性魔術師の姿。そして、中央の噴水付近でメアと何故か署長が打ち合っていた。広場に通じる道は有刺鉄線で封鎖されていて、外側で他の『剣』の魔術師数人が一般人を避難させている様子が見える。
バーナードは誰かを縛り上げている。服装からして追っていたはずの男の人だった。やっぱり、あの人の魔道具が元凶か。女性は私の視線に気付いてハンドサインを送ってくる。あれは『待機のち対象を攻撃』かしら。
この場合、きっとメアに対して、よね。
このままメアを捕まえたらどうなるのかしら。私は戸惑ってバーナードを確認するけれども、彼は一切こっちを見ない。広場の光がとても明るいから青白そうな顔がはっきり分かる。追加で女性が『負傷の有無は問わない』と指示をまた送ってくる。
私が負傷目的で魔術を打ったら相手は死にかねないわよ。この人、分かっているはずなのにそう言ってくるって事は、メアに個人的な恨みでもあるのかしら……女性の見えないところでバーナードが首を横に振ってる。どう考えても、二人とも足並みが揃ってない。
メア達の攻防はその間も続いている。
ロングソードを躱したり弾いたりして距離を取ろうとするメアと、すぐに距離を詰める署長の一騎打ち。メアには署長を殺す気が無い。だって、一度もメアは首を狙っていないから。署長もそれを見抜いて畳みかけている。
だから勝機は十分にある。でも、署長の攻撃だけだと膠着状態。お互いに殺すわけにはいかないからこそ、決め手に欠ける。
指示をしてくる女性が苛立ったような表情で睨んでくる。私の行動が遅いと思っているんでしょう。このまま観察だけしてたら後で報告されるかしら。仕方なしに身を伏せてクロスボウを取り出す。
こうなったら『剣』の魔術師としてちゃんと職務を全うするしかないわ。
戦闘に意識を切り替えて状況を整理する。メアと一回だけ戦った時は、素早いし魔力にも敏感だった。導師の部屋でもかなりのスピードで動いて『飾』署長の攻撃を避けていた。だから、ただ矢を射るつもりだと私でも当たらない可能性がある。
あくまで捕縛目的だから、女性の意向は置いといて雷属性だけで矢を作る。こうすれば、強さによって痺れさせる程度で済む。広場はかなり明るくなっていて光っている矢が見えにくくなるから、ちょうどいいわ。
方針を立てた私は有刺鉄線と広場中央の距離を目測して矢を放った。
普通の矢と鉄線だったらどっちかが壊れる。でも、どっちも魔術で作った物だからそうならないのよ。女性も私の狙いに気付いてくれたみたいね。当たる瞬間にお互いの力を反発させて雷の矢が跳ね返った。
そしてその向かう先はメアよ。
すぐ逃げようとしたみたいだけれど、署長が地属性の魔術で逃げ道を塞いだ。だめ押しにバーナードが風の魔術でメアの動きを阻害した。こわばった表情のメアの脇腹に矢が当たる。
崩れ落ちるメアが短剣を手放した。そしてその首元に署長がロングソードを突きつける。
「観念しろ、『死神』」
署長の通りのいい声が広場に良く響いた。
完全に動きを封じられたメアは、しっかりと私の魔術が効いたらしくて目だけで署長を見上げる。その様子はバーナードにも引けを取らないほど青白い。捕まる気ではなかったって事かしら。
すぐさま女性はメアの身柄を確保した。
あの男の人のように縛り上げられたメアが悲壮感を漂わせながら近づく私に「お久しぶり」と場違いな挨拶をしてきた。私の位置だけならとっくに把握していただろうと思う。私の登場に驚いてはいなかった。
挨拶には無言で頷いておいた。だってそれ以外にできる事ないんだもの。
それからはてんやわんやだったわ。
応援に駆け付けた他の『剣』の連中にメアと例の男の人を引き渡して、現場検証と尋問の為に更に人員を分けることになった。署長からはねぎらいを込めて軽く肩を叩かれて、女性からは「ちょっとはやるんですね」と感心された。ちなみにバーナードは全てを受け止めるような笑顔で頷いている。つまり、もうあきらめの境地よ。
それを見て思ったわ。やっぱり色々と台無しになったんじゃないかって。無事に終わってほしいのだけれども無理かもしれないと、私は心の準備だけした。




