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2-9

 私は憂鬱になりながらひたすら小分けにゼリーを冷凍する。

 結局、梅干し味にならなかった。フィロガに残りを押し付けようとしたら断固拒否されたわ。審議の末に保存しておくことになったけれども、あの義兄の様子だとプルルゼリー以外は売れ行きが悪そう。


 そして今度は夜中に『剣』署長の命令で緊急招集される羽目になった。眠くてたまらないけれども、これが『剣』の仕事だから仕方ない。着替えて協会都市に急いだ。

 同じようにして演習場に集まった人達を見る限り、居ないのは夜勤の見回りとか門番についている人だけ。


 整列をして『剣』の魔術師達が待っていると演壇に署長が立った。各部隊長が台の左右に並んでいてかなり物々しい。


「諸君。これより戒厳を宣告する。以後、『剣』魔術師は協会都市内において権限が強化される」


 寡黙なイメージが強い『剣』署長だけれども、良く通るいい声をしている。その後の込み入った難しい話はもう聞き流しているのだけど、要は協会都市全域の取り締まり強化ね。

 一旦、話が途切れて各隊ごとに緊急配置の説明を受ける。協会都市にいる他の人達にアミュレットを配る必要もあるからその分担も一緒に通達された。

 どの隊も一通り話を終わらせたら、署長がこちらに注目するようにまた声を掛ける。


「件の諜報員については、対策本部より別途説明する。グレス、任せたぞ」


 件の……これ、つまりメアの事よね。

 かなり眼光が鋭くなっている『剣』署長は真剣。この様子じゃ、導師は署長達に事情を説明してなさそう。

 本当の調査は大丈夫なのかしら。不安になりながら見上げていると、エダの隊長が登った。相変わらずピアスが多いけど、今は全部魔道具になってる。


 エダの隊長は軽く咳ばらいをして「あー、静粛に」と軽い口調のまま続けた。


「まず捕縛メインでお願いします。明らかに共犯者がいるようなんで、捕縛した後の尋問で地獄を見せてやりましょう! 水と風の魔術は解体される可能性があるんで、雷や地属性などで応戦してください。集団戦を想定していない戦闘スタイルという事は、皆さん分かってると思うんで、魔物討伐班での追い込みを推奨します。以上です……最後に。あの女を絶対捕まえるぞ! 野郎共!」


 力の入った表情で拳を突き上げるエダの隊長。主に部下の男性隊員達が騒いでいるわ。そして周りの人達もみんな頷いている。署長はその中の一人。この状況からして、捜査をしている人達の予定通りにいかなかったのねと確信した。


 こうして襲撃者という名のメアへの対応が周知された後、私は一旦帰ることにした。まだ、日も上がっていないし、明日も出勤時間は変わらないのよ。ちゃんと寝ておかないと使い物にならなくなるわ。


 そんな気持ちで薄青白いレンガ道歩いていたら、「僕の可憐な白百合!」と例によっておかしくなったバーナードが近づいてきた。下から照らされて余計に顔色が悪く見える。


「あんたもう帰ったら?」

「ああ、夜に舞う昼の天使、僕のこの胸の内を聞いてくれるかい?」

「すぐ終わるなら」


 そう切り返したら、儚い表情でふっと笑った。


「遺書は『飾』の友人に預けてあるんだ」

「あんた相当追い詰められてるわよ、それ」


 こいつは自分の将来について悲観している。

 メアが尋問されてうっかり名前が出たらおしまいって思っているのかしら。

 どんな風にバーナードが関わっているのかは聞いていないけど、義兄と違って『剣』はそういう囮捜査も職務に入ってたりするから……がっつり導師に指示されていると思っていいわね。


 可哀そうだけど、私も共犯者的な立場だから助けようもない。せいぜい、導師やメアに全部擦り付けるって事くらいしか頭が回らない。


 黙った私にバーナードは笑顔のまま「亡き後も天使には笑ってほしいと願っているよ」とこぼす。

 まだ何もバレていないのに初めから諦めている。気の毒に思いつつもそのまま私は家に戻って寝直した。



 ***



 今日の見回りはそこそこに、市民の登録簿に沿ってアミュレットを渡す。

 私とバーナードは外向けの商業区の人達が担当だから、わりとスムーズに終わった。でも、やっぱりいない人もいるから午後に改めて渡すことにして報告を本部に上げる。


 ちょうど休憩時間になったから、昼食は大衆食堂に向かった。

 食事の時はゆっくりしたいから一人で食べてることがほとんど。意外なことにバーナードはご飯中は放っておいてくれるわ。それなりに気を遣えるんだから、もっと別の人にアタックすればすぐ報われるんじゃないかと思う。


 そんな彼は「さあ休憩に入ろう」と言い切る前に『剣』の女性隊員に引きずられていった。内勤の時に私と隣だった人よ。こっちにはぶっきらぼうなくせに、フィロガが来てた時はカウンターに走っていって愛想よく話してた……例の女子達を連想させる人ね、関わらない方がいいわ。バーナードは顔色が悪いまま「また午後に」と言い残した。


 自分の世界に入ってクリームソースのキノコパスタを黙々と食べていたら、「あれ、リリーさん」と女性の声がした。


 顔を上げるとイリアさんが木製のお盆にステーキを乗せて小首をかしげている。ここは外部の人も普通に使えるから、時間が被ったらしい。


 イリアさんはニコニコした様子で「よかったらご一緒していいですか」と続けた。

 本当は休憩を邪魔されたくはないんだけど、依頼主だし無下にはできないわね。私は頷いて少しだけ皿を自分のところに引き寄せた。

 向かい側に座ったイリアさんは洗練された動作で肉を切り分けて一口。トマトベースのソースらしきものが掛かってる。それなりに形が残った野菜がごろっとしているから、付け合わせかもしれないけれども。


「ここっていろんな国の料理があって食べ飽きないです」

「住んでいる人も結構国がバラバラですから、そうですね」

「それで思い切ってリスリヴォール風にしてみました」


 ここ、リスリヴォールの料理もあったのね……タイムリーで私は遠い目になる。

 イリアさんはそんな事お構いなしにどんどん食べて、そしてどんどん話を進める。


「徹夜で、午前中に寝ようとしたら宿の人にたたき起こされちゃったんですよ。それでこれを付けておけって。これ、なんですか?」


 イリアさんが取り出したのは、石が七つはめ込まれた丸型のペンダント。一つひとつ石の色が違っていて、ちょうど虹の色味みたくなっている。これが今朝から配ってるアミュレットよ。イリアさんに伝えると、感心したようにいろんな角度から観察している。


「へえー、協会のアミュレットってだけですごい高そうですね!」

「材質は安価なものを使ってるはずなのでそんなに値段は高くないですよ」

「え、そうなんですか」


 不思議な顔をするイリアさん的には、今までのお土産品との違いが分からないって感じよね。魔力石を模した着色ガラスだって、ぱっと見じゃ分からないようになってるから。協会のアミュレットは壊れる前提で作るものだから、そもそも売り物じゃない。


「協会から出る時に必ず回収するので、失くさないように気を付けてください」

「そ、そうなんですか。うっかりしそうでちょっと怖いです」


 寝ぼけて宿の人からの説明を聞いていなかったのか、イリアさんは少し引きつった笑顔になった。

 まあでも、徹夜でもイリアさんは見た目しっかりしている。同好会で寝ぼけてたヤンとの違いについて考えていたら、ほぼ食べ終わったイリアさんが「あのー」と困ったように声を掛けてきた。


「そのですね、実は、ちょっと、聞きたいことがありまして」

「聞きたいことですか?」


 言い淀んでいるイリアさんが意を決して口を開いた。


「あの、フィロガさんって、どんな人ですか?」


 今ここでどうしてあいつの名前が出るか私には分からない。ただ、そうね。他の輩とはちょっと事情が違う気がする。これ系統の質問してくるのってもっとギラギラした感じの女子が多いんだけど、イリアさんはむしろ非常に困った表情だった。


「フィロガが迷惑かけてすみません」

「い、いえ、そういう意味で聞いたわけじゃないです、ちょっと、そのー……はぁ」


 心底落ち込んだイリアさんに義兄は何かしたのかしら。この前も、睨まれているって気にしてたわよねイリアさん。

 最後のナスっぽい野菜を食べた後、イリアさんがため息をついた。


「そのー、実は私、フィロガさんが苦手で」

「そうみたいですね」

「本人には違うって言っちゃったんですけど、あれからちょっとぐるぐると考えていて」


 同好会で見た固い笑顔とあの自分を励ますような言動を思い出す。


「その、本当は彼と似た人の事が大っ嫌いなんですけど。でもそれってすごい失礼じゃないですか、フィロガさんに」


 その似てるらしい人に言及した時だけ、すごく冷めた目をしたイリアさん。ただ嫌いじゃなくて、その人に殺意まで抱いてるのもありえそう。


 そんなに気持ちが切り替えられないくらいなら、ほどほどに距離を置いた方が心は穏やかになる。私はそう思うけれども、パスタを食べ終わったところでイリアさんは身を乗り出してきた。


「だから、フィロガさんの良い点とか、そういうところを見ればあの人を思い出さなくて済むかなって」


 良い点、と改めて言われても私はどう答えたらいいのか。迷っていたら、イリアさんは「小さなことでいいんで、お願いします!」と頭を下げてきた。


 すぐ挙げられるところ、というと。

 フィロガって容姿だけならかなり上等よね。姿絵とかそれなりに売れるわ。協会だと何故か義兄に入れ込む女子達が買いそう。そう思えるから私個人の評価ではない。


 でも、そもそもイリアさんはその見た目が受け付けないってタイプだから意味は無い。

 しばらく考えた末に、私はお茶を濁すことにした。


「自分が気にかける人には優しいです」


 人間だったら誰しもそんな傾向はあるはずだけど、ざっくりと言った。そしたら、イリアさんは「そうですね」と何故か同意したわよ。どこに同意できる部分があったのか分からないけど。


「でも、それだけじゃなくて、こう、具体例とか他にありますか?」

「それは……」


 具体例。具体例といっても、何も浮かんでこない。

 違うわね、何も考えたくないから浮かぶはずない。


「すぐには思いつかないです」

「そう、ですか。すみません、無理言っちゃって」


 やっぱり落ち込んだイリアさんは首を振って笑顔になる。


「ありがとうございましたリリーさん! 私、もうちょっと頑張ってみます!」


 そんな感じで颯爽と片付けに行った彼女を複雑な気持ちで見送った。

 似ている別の人、か。私はイリアさんの気持ちに一部分共感できた。できたけど、それをすぐに振り払うように空になった食器を片付けて休憩を終えた。


 ところで、どうしてイリアさんは私にこんな話を聞いたのかしら。それだけは謎ね。

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