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赤い死神の終の棲家  作者: 木の実あかし
第二章

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34/78

2-7

 ようやく外勤復帰で私はだいぶストレスが軽減した、と思ったけれども。


「ああ、天使!」


 その第一声から始まったバーナードは目の前で立膝をついて私を見上げる。そして手を差し伸べて満面の笑顔で言い放った。


「この時をどれほど待ちわびたか! 僕の心は乾いた砂漠でさ迷う旅人のように干からびていたよ!」


 詰所の空気は何も変わらず同僚達は談笑しながら通り過ぎた。何故か私だけが置いてけぼりだった。


「あんた大げさすぎよ」

「そんなことないさ、君との日々は花々咲き乱れる雨季の訪れ。彷徨う旅の果てにようやく恵みの雨。僕はこの時の為に生き永らえていたのだと」


 途中から本格的に言っている意味が分からない口上を無視して先に出発した。

 あまりにもショックだった。どうしよう、しばらく見ない間にバーナードがおかしくなってしまった。見回りの相棒がこれじゃ、仕事にならないじゃない。


 追いかけてきた彼を振り返ると、外面のいい笑顔に戻っていた。あの状態で一般の人達と接したら大問題だったからため息をついてまた歩き出した。


「あんたも苦労したみたいね」

「その心遣いが染み入るよ……ああオアシスに可憐に咲く白百合。僕の癒し」

「それで、ちょっと気になることがあって」

「ああもう何でも聞いてくれよ、僕の可憐な朝露の妖精」


 その口を蜜蠟で塗り固めたほうがいいってレベルな表現だった。

 そしてこんな訳の分からない言葉を吐きながらもこいつは周りから手を振られている。この修飾過多な表現もばっちり周りには聞かれているはずだけど。


 予定が狂ったわ。バーナードから一連の話を聞けないかって思ったのに。

 結局、義兄は私に嘘の情報を吐かせた経緯とか教えてくれない。本当に、必要最低限で、蚊帳の外。訳わからず巻き込まれている身としては、もう少しくらいは情報が欲しいじゃない。


 でも、報告書を書いている間もこんな調子だったから話が進まない。もう諦めて今日は同好会に急ぐ。内勤と比べたらまだこの砂糖吐きのバーナードのほうが楽だって、そう気付いてしまったから忘れるために。


 部屋にたどり着くと、書類を机に広げている義兄と筒の手入れをするディートリヒがいた。

 この二人だけ、か。どこかよそよそしい空気なんだけど、私が来る前に言い争いでもしたのかしら。扉を閉めながら「ヤンとハルは?」って聞いたらフィロガがため息交じりで「二人とも今日は来ないよ」と答える。


「ヤンが急患の魔術師の代わりに駆り出されちゃったんだってさ。今日は深夜までかかるんじゃないかな。ハルは休暇」

「サリアさんもお休みだったの?」

「まあ、そうだね……」


 ただ休んだだけでフィロガがこんな呆れた顔にはならないでしょうから、きっとサリアさんのご機嫌取りとかそういう為よ。刷毛で魔道具を丁寧にブラッシングするディートリヒも遠い目をしている。

 いない奴らの事はどうでもいいのよ。気持ちを切り替えて筒の一本を観察した。


 魔術兵器って結果にはなったけれども、そこから先の解析はあまり芳しくない。

 ルクスの魔術じゃなさそうっていうのは私達の前に調べたお国の人の言葉からも確からしい。でも、その裏付けの調査も完全じゃないわ。


 一番いいのはこの筒を切断して中身を見る事なのだけど、イリアさん的には切断はしてほしくないってこの前言っていたから内側を確認できない。辛うじて地属性の魔術を使用するってくらいしか判明していない。


「そろそろお手上げって感じね、経緯を見ていると」

「まあ、ね。依然としてどこの魔術体系かも分からないから」


 義兄は本のページをめくる。今読んでいるのは題名からしてルクスの文化史。ルクスの人がどう使っていたのかでも探ろうとしているって感じ。


「それにしても、ルクスの魔術って変わってる。イリアは光属性だけって言ってたけど、光を発するもの全部一緒くたにしてるよ、これ。まるで昔の闇属性みたく雑な分類」

「あんたが言うならそうなんでしょうね」

「協会の属性で言ったら光と炎と雷だよ、何これって感じな解釈」

「おめーの説明も訳わかんねーよ、あの理論」


 それには同意するけど、きっと周りからしたら私もディートリヒも遅れている扱いよ。

 考察の閃きって私はあまり出てこないんだけど、それでも何もしないよりはましだから一冊だけ手に取って読んでみる。

 軽く序章だけ目を通したら共通語で書かれているから読めなくはない。でも、専門用語が多めの本だから知らない単語がたくさんある。読むのにすごく時間が掛かりそう。

 それでも頑張ってななめ読みを試みていたらフィロガが声を上げた。


「そういえば、魔力回路の流れはちょっと不思議だったかも」

「あ? 認識妨害の魔術が掛かってたんだろ」

「見ようと思えば、見える気がするからなんか違う気がしてて」

「そりゃ不思議だな。魔術体系の違いじゃねーのか、協会の解析除けとはそりゃ違うだろ」

「いや、魔力回路と術式が乖離してる気が……待てよ」


 なんだか釈然としていない義兄は考え込んだ。

 協会魔術は魔力の通り道が魔力回路、術式は魔術の効果を決める物って定義している。全部合わせて魔術機構だから普段はそっちで説明するわね、外部向けには。


 手元の本を読まないと、と視線を戻したらフィロガは「まさか」と低い声で呟いた。

 そのままいったん退室した義兄を見送って私はディートリヒと顔を見合わせた。何があったのか分からないけどあいつが怒りだしたわよ。去り際の目が据わってたから。


「あのガキみたいな性格どうにかならねーか、本当」

「きっと、メア関連で思い出したんじゃないの」


 最近の義兄を見ているとそんな感じだったから答えたら、ディートリヒまで考え込んだわ。


「なあ、あいつだいぶ落ち着いたな」

「さすがに持続しなかったんじゃないの」

「んー……そうか? もっと、こう、なんつーか、殺意に溢れていた気が」


 私は本を読んでいるふりをしながらディートリヒの言葉に冷静になろうとした。

 いつもフィロガの面倒を見させられているから、違和感には一番気付きやすいのよ。さっきのもなんだか怒っている風だったけど、まだ、魔力の制御をするまでの状態じゃない。だからディートリヒには怪しく映る。

 全然読めていないけどページをめくる。


「ええ、そうね。いつの間にか機嫌が直ってたわ」


 私は言葉少なにディートリヒに答えた。喉がカラカラになってきたから本を脇によけてお湯を飲んでおく。私達の偽装工作に気付かれたらいよいよ終わりよ、この人ってそういうところきっちりしているから。

 でも、彼は別の理由だと思ったらしくて話が変わった。


「あー、あれか? ベルと話でもしたからか?」


 全くそんなこと聞いていなかったから驚いたわ。だって、同好会もほぼ出られないくらい忙しいって聞いていたんだもの。


「ベルは忙しくてこっちに来れなかったんじゃないの」

「いや、真夜中に二人っきりで待ち合わせをしてたところを目撃されてるぞ」


 二人きりで夜の街。寝る人は寝ている時間。

 のんびりしているディートリヒを見ながら頭では別の事を考えた。まさか、あいつベルに何かしたんじゃないでしょうね。

 胸がざわついた私にディートリヒが「お、おい」と慌てだす。


「あくまで待ち合わせな、待ち合わせ。いかがわしい場所とかに行ったって話は聞いてねーから」

「いかがわしい場所って」

「いや、それはー、なんだ、ほらよ。二人の事だし、きっと飯食ったぐらいだろ」


 目を逸らして微妙にずれた返答を吐くディートリヒに私は余計にイラっとする。


「いかがわしいってつまり」

「おっと! そのな、リリー、きっと誤解だ」


 押し問答をしていたら帰ってきたフィロガが首を傾げながら「何しているの、二人で」と聞いてくる。

 さっきとあまり変わりない状態の義兄だけど関係ないわ。疑惑の元凶に直接聞いたほうが早い。矛先を変えて私はフィロガに迫った。


「あんたベルといかがわしい場所に行ったの?」

「は?」


 ディートリヒの悲鳴じみた「直球過ぎるだろ!」って叫びと義兄の冷たい声が被った。


「ディート、ちょっと説明してくれる?」

「は、いや俺別に何も」

「表出ろよ、ディートリヒ」


 そして何故かディートリヒに対してかなり高圧的に接し始めた。さっきとまた方向性が違う怒り方だった……どうしよう。どう考えても私の言葉がきっかけなのに、ディートリヒが冷たい目で見られている。


 そんな混沌としている場に「あのー」という声が響く。


「ルクスの資料をという事だったので持ってきたんですけど、どうかしましたか」


 いつからかイリアさんがいた。状況的に、この内輪揉めは聞かれている。もういよいよ赤っ恥じゃない。余計にまごつく私をよそにイリアさんは気まずそうな顔になる。


「お取込み中でしたらまた明日」

「大丈夫だイリア! どんな物を持ってきてくれたんだ」


 さっと義兄の横を通り過ぎてディートリヒが対応を始めた。フィロガは振り向きもしないわ。


「ええ、魔術関連はそう多くはないんですけど、細かな装飾の変遷とか当時の航路とか色々と……あの、本当にお取込み中じゃありませんでしたか」

「いいや世間話をしてただけだ」


 部屋に入る時に戸惑っているイリアさんと、相変わらず目が据わったままのフィロガ。

 機嫌が悪いまま「ちょっと外の空気吸ってくるね」と言い残してまた出て行った義兄を見送る。気まずいわ、とっても。


 イリアさんもいぶかし気な表情で空いているスペースに本やら書類やらを置いた。


「先ほど廊下で会ったので一緒に来たんですが……あのー、私、なにか悪いことしましたか? 睨まれたんですけど、フィロガさんに」

「すまない。俺から謝っとくな。イリアに対してじゃねーよ、さっきからあんな感じで」


 外部の人相手に弁明をするディートリヒが可哀想になってくる。依頼者を不審がらせて義兄はいったい何を考えているのよ。

 イリアさんは大人だから「そうですか」とすぐに笑顔になって持ってきた本を説明してくれる。しばらく帰ってこないだろう義兄をみんないったん忘れることにした。


「こちらがルクスの史料の一覧です。で、こっちが交易路の地図と北大陸見聞録になります」

「ほー、すげえな。これ、持ち出してよかったのか?」

「お見せするだけなら大丈夫だと学長には許可をもらいました! お渡しはできないんですけどね、大学の蔵書なので」


 イリアさんは薄い紙を上に重ねて木炭で軽く地図を写し取る。


「報告書にあった水晶熔は北大陸の北東部でかつて産出された鉱物なんですけど、一時期は大陸全土で使われていたと分かりました! それならば、やはりこの大陸からルクスに渡ってきたという推測ができそうです」

「ほうほう、そうなんだな」

「それで! 見聞録をひっくり返していたら気になる記述がありましてですね!」


 イリアさんは冊子を見開く。癖がひどくて私には全く読めない文字だったけど、その節を指さした。


「水晶熔を使った道具の記述がここにありました!」


 キラキラとした目で興奮気味なイリアさんが別の紙に内容を清書してくれたわ。私が読めないのに気付いたらしい。

 その本によると、水晶熔は熱や衝撃に強くて耐久性が高いって褒められている。

 そして、特殊な液体に溶かして塗布する方法が流行りだした。透明でキラキラして高級感があるからって理由で。


 この筒は全部金色で光をよく反射する。古びてはいるけど剥げてしまった箇所はそんなに多くない。

 その手法で作られたって可能性は確かにあるわね。


 顔を輝かせたイリアさんが「で、ですね!」とワクワクした表情で続ける。


「この記述はルクス成立以前の物で、しかもオムリット入植の直前っぽいんです! つまりオムリットがウィンデラ諸島にやってきた時に持ち込んだという仮説が」

「ま、待て待て、オムリットってなんだよ」

「あ、すみません。説明省いてしまって。ルクスを建国した民族です。当時の土着民を征服して成り立ったんですけど、元は北大陸の民族だったんじゃないかという話があってですね。彼らは魔術らしきものを使っていたといわれています」


 全然分からない歴史の話に発展したわ。

 ディートリヒが説明を聞きながら議事録にまとめている。


「つまり、その、オムリットの魔術体系はもう失われてるんだな」

「ええ。かつては使っていたはずの魔術を切り捨てて、土着民の光術を使うようになったらしいです」

「その根拠になる記述ってあるのか?」


 イリアさんが難しい顔をして「それがですね」と、切り出す。


「この話自体はルクスでは有名なんです。でも、文献には残ってなくて。理由は神が記すなと仰ったからと」

「あー、神がいるんだな、ルクスには」

「はい、光術も神が決めた神聖な術だといわれていて」


 ディートリヒがちょっとやりづらそうにしている。私も一気に宗教色が強くなって返答に困った。

 協会では宗教関連の話に制限が掛かる。いろんな宗教、宗派の人がいるから教義がどうのこうのって喧嘩になったら亀裂しか生まない。それに、邪神教みたく危ない教義を布教されたら困るからってそういう決まりになっている。


 外部の人ならまだマナー程度の話なんだけど。

 私達は発言どころか書くのも制約魔術で禁止されている。手が止まっているディートリヒはうんうんと頷きながらその話が流れるのを待っているわ。


 その辺りで気持ちを落ち着けたフィロガが戻ってきた。表情も元に戻っている。

 ディートリヒの書きだした話を読んで、まだ説明しているイリアさんを見ては何か考えている。その目つきは探るような感じで、メアの時を思い出すんだけどどうしたのかしら。


「イリア、そのオムリットはどの民族に近いとかは分かっているんですか」


 声を掛けられたイリアさんが一瞬だけ詰まった。やっぱりフィロガの事がすごく苦手よね、イリアさん。さっきも怖がらせてるから余計に。

 イリアさんは視線を義兄から逸らしている。


「それは、何ともなんです」

「せめて言語的なことは分かりませんか」

「それはー、言語学者の間でも論争があるみたいで」

「共通語圏……ではないんですね」

「そこはあまり詳しくなくて。後でブルッカから書籍を取り寄せますね」


 そそくさとイリアさんは引きあげた。

 中々に気まずいわ。フィロガの本をめくる音だけがする。明らかに話を振られるのも嫌がってる空気が漂っている。

 盛大なため息をついたディートリヒはそんな義兄を無視してこっちに目を向けた。


「なあ、リリー。さっきの話、どう思うんだ」

「歴史の講義みたいで半分は忘れかけているわ」

「あー……そうか」


 微妙な顔をしながら総括を書き込んでいくディートリヒにも、気まずい。

 だってどうしても苦手で。図で書いてくれれば分かるんだけども、一連の流れを口頭で説明されても言葉になじみが無さすぎてそれぞれの名前を覚えられない。


 しばらく沈黙が続く。

 やっぱりフィロガは何かに怒っている。でも、全然理由が分からない。


 このままの状態で家には帰りたくない。

 耐えられなくなって同好会の途中だけど、私は荷物を持って「今日は泊まっていくわ」と義兄に告げる。

 ちょっと頭が痛そうにしたけど、無言で頷くフィロガを見て出ていった。

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