2-6
『剣』の取調室で私は署長と顔をつき合わせている。うちの隊の部隊長、つまり隊長のさらに上の魔術師も部屋の中にいる。
「リーメア・スレイについて不審な点を思い出したと、そう聞いたのだが」
目の前の署長は録音式の魔道具を起動する。証拠にするためでしょう。
私は表情がやや固まっている自覚がある。これからでたらめを話さないといけないからよ。義兄からは上の人と話すんだから緊張していてもそこでばれることはないって念押しされた。あいつは嘘つきのプロか何かか。私に求めないでほしい。
「はい。彼女が図書館にいた時に、閉架書庫の周辺を歩いていたのを目撃して……それで、声をかけたことを思い出しました」
まったくそんなの見たことはない。むしろ、メアから声を掛けてきたもの。
署長が「閉架書庫」と呟いてさらに当時の様子を聞き出そうとしてくる。だから、打ち合わせの通りに説明した。
「あの辺りは特別許可がないと入れないようになっていたはずなので、おかしいと思って。それで、声をかけて」
「声をかけて、どうした」
眼力の強い署長の目を見る。絶対に、目を下げないようにだけは、フィロガに言われた。不信感を持たれるからって。
「気づいたら、そのことを忘れていました」
私が詳しく話してもやっぱりすぐにばれる可能性が高いから、そこは分からないで通すべきと。呪術師紛いの呪術を使ってると思われているから、忘却したとか理由をつければそれでいいと言われた。
署長は難しい顔をする。ばれてないか、私の心臓は跳ねそう。
部隊長に私の供述についてどう思うか尋ねているわ。呪術師の影響下にある人間の症状に似ているらしい。
「あるいは催眠などの手管にかかった可能性もありますね。スレイとの接触が多かったのは確認済みですので」
部隊長が付け加える。それなりに私の素行も洗われている。関係者を全員疑ってかかっているんでしょう、署長は。同好会のことも、たぶんそうだと思う。
「そうか……リリー、他にも何か思い出したらその時に声を掛けるように」
「はい、承知しました」
話は一旦終わった。
でも、まだきっと話は続く。部隊長に室外に出るように命じて署長は私を見つめる。
「先ほどの件とは関係ない、が。他にも何か言うべきことを思い出してはいないか?」
黙ったままの私に署長が「リリー」と声を掛ける。机には、署長がいつも身に着けているアミュレット。真っ赤なアミュレットをにらみつける。そのまま数分くらい何も話さないでいたら、署長がため息をついた。
「強情、というべきか。不屈、と賞するべきか。だが、私は話したほうが身のためと思っている。今後起こりうることを考えればな」
アミュレットを回収した署長は何事もなかったかのように「ご苦労。もう、業務に戻りなさい」と私を追い返した。今の私は話す気が無いから、無駄だと思ったんでしょう。
あまり深く考えないようにして、残ってた内勤の業務を終わらせて定時で着替える。あの女との攻防は続いているけど、そう何度も同じ手には乗らないわよ。そもそも、慕ってるはずのエダまで巻き込んでいる自覚がないのが不思議ね、よく分からない。
同好会にも顔を見せたほうがいい、って義兄に言われたからしぶしぶだけど向かう。気まずいのに、って言ったら「貴重な経験できるチャンスだよ」って押し切られた。
詳しくは同好会に来たら教えるって。あいつ意地悪だわ。
でも、確かにちょっとは魔術の研究とか進めたい。
そう思いなおして同好会の部屋まで歩いたら、いつもの扉の前に人影があった。
見かけたことのない女の人。深呼吸をしてしきりに「頑張れ私、負けるな私」と呟いている。明らかに怪しいんだけど、なんだが切羽詰まってる気もするわね。
「あの」
「はい!? どなたですか!」
振り返った女性は綺麗な空色の瞳。
私より少し上に見える。ゆったりとしたロングスカートと詰襟のブラウスという、露出を過度に避けている服装だった。私がここの会員だと教えたらすごい驚いたわ。
「えっ、見かけた事ないんですけど」
「数日前まで仕事で立て込んでいたので。外部の人ですか?」
そうなの。ここの魔術師ではない。そして見た感じ出入りの業者でも協会都市の人っぽくもない。外部の人がこの部屋まで来ることってほぼないから気になった。
女性は慌てたように入構証を取り出して自己紹介をした。
「あの、私、ブルッカ大学のイリアと申します」
「魔術師のリリーです。イリアさんは何故ここに?」
「ええとですね、高名な協会魔術師のかたに、とある魔道具の解析依頼をしていてですね、今日は中間報告を聞きに来たんです」
同好会に依頼。『飾』じゃなくて?
普通は『飾』でそういう依頼を受けるものだけど。
「同好会は、魔道具の造詣が必ずしも深いわけではないです。それなら、『飾』に依頼をした方が良いと思います」
「え!? でも、同好会を紹介されましたよ!?」
素っ頓狂な声を上げるイリアさんは、疑問符しか浮かべていない。立ち話をしていても寒いだろうから部屋にイリアさんを入れた。
中には、いつものようにベル以外が揃っていた。
みんなして机の上にある金色の長い筒を見てる。魔力石がはめ込まれているから魔道具かしら。協会の魔道具じゃないわね。何本もあるけど、年代物みたいに古びている。
「イリア……リリーも! もう問題ないのか?」
「ええ、たぶん。この位なら大丈夫よ」
駆け寄ってきたヤンにはそう答えた。そしてディートリヒ達も嬉しそうに声を掛けてきた。そして義兄がイリアさんに顔を向け……すごく、やりづらそうな顔ね。
「イリア、サンプルのために、一本だけ表面を採取しても?」
フィロガはどうしたのかしら。イリアさんみたいな女性だったら大丈夫なはずなのに緊張している。声を掛けられたイリアさんも、一瞬だけ体が固まってすぐに笑顔を作った。どうやらお互いに苦手な人みたい。
「構いませんよ! タグが付いてるものが……あれ、タグどこ? あったは、ず……」
筒を一本一本確認しているけど、どれか分からなくなったらしい。
大きめの傷がついている筒が正解だったらしくて、そのまま野郎達で削り出しと解析作業に入った。けたたましい音は相変わらずね。解析機、どうしたら音を抑えられるのか。
イリアさんはすぐにその場から離れて私に声を掛けてくる。
「リリーさんはこの魔道具、初めて見ますか?」
「ええ、そうですね。形状が珍しいと思います」
「ですよね! 実はこれ、古代の魔道具と思しき遺産なんですよ! ロマンに溢れていますよね!」
キラキラした目で力説するイリアさんは、なかなか可愛い。人を惹きつける魅力がある。
ヤンが改めて私向けにしてくれた説明によると、この道具はルクスから出土したものらしい。でも、ルクスの物じゃなくて年代不詳の謎の物体だと。
まず、ルクスって国がどこだったかを思い出そうとしたけど、島国だってくらいの知識しかなかったわ。どこにあるかはそこまで重要じゃない気もするから続きを聞く。
「魔力測定の結果では、北大陸産の物質が含まれている。『理』の専門家によれば、おそらくは北部に位置する火山から採掘される鉱物では、とのことだ」
今はその裏付けのためにどんな物質でできているかを確認する段階。
本当は、こういう時にベルがいると錬成魔術で一発なんだけど。ベルは全然同好会に来れる状態じゃないとヤンが言ってたわ。『飾』で忙しいから仕方ないけど、残念。
中間報告書、と題された書類をヤンがイリアさんに渡した。ニコニコしながら文章を流し読みしたイリアさんはメモ帳と筆記用具を取り出して気になった点を書き出している。すごい早くて文字が一部読めない。
「それにしても、すごい興味を惹かれますね、この水晶熔って。書いてある内容を読むと、水晶に似ているのに違うんですよね」
不思議な物質まで検出されたらしい。水晶熔がなんだかは全く分からないけど、未知の物体って感じがして面白いわ。サンプルとかあったら見てみたい。
ちょうど作業が終わったから魔道具を観察する。
使われている魔力石は赤い石。帯びている魔力的には、ルビーかサファイアっぽいけれども……私が買ってくるのに毛が生えた程度の物。内包物が入っていて少しくすんでいるから装飾品として使われるような品質ではない。
取り外せるから手に取ってみる。こういう石は業務用とかそっち向けね。私だったら、砕いて絵具にする。そんな事を考えていると、引きつった表情のフィロガが見えた。
「リリー……戻しなさい」
「あんたね、いくらあたしでも、依頼品を画材にはしないわよ」
「いや、一連の悪影響とかあり得るじゃん」
フィロガだけじゃなくて、ディートリヒとラインハルトもちょっと心配そうな目で私を見ている。私が呪術に影響されて言動がおかしいかもしれないと隊長に疑われたから、二人も疑ってるのかもしれない。フィロガの注意は、自重しろって意味だから違うんだけど。
今のところはこの魔道具はどうやら魔術兵器じゃないかって仮説だった。ただ、ルクスの魔術とは全然体系が違うらしくて、具体的な使用方法まではまだ考察もできていない。
「イリア、だいたいいつ頃の産物かは、分かりませんか?」
「この意匠が同定できないので何ともなんですよね。発見された場所はルクス成立初期の遺跡群なんですけれども、当時のルクスの兵器はこのような形じゃないんです。それに、魔術兵器だとおそらく遠距離攻撃ってことですよね。ルクスの兵士はそもそもそのような戦い方を好まないので……特に、その時代の人達は卑怯って考え方をしていたようですよ、文献を読んでると」
私と限りなく相性が悪そうな民族に思うわ、ルクスの人達って。
ヤンがイリアさんの言葉に「魔術師に攻撃され放題じゃないのか」って呟いたらイリアさんはむしろもっと首を傾けている。
「魔術ってそんなに使い勝手いいんですか? 確かに、魔道具はすごい便利ですけど、魔術は発動するまで時間がかかるから気合と根性で相手を制圧すればいいとか知り合いが言ってましたけど」
ああ、ちょっとまずいわね。
イリアさんは門外漢だから分かってないけど、魔術師協会の魔術体系は発動までのスピードが全然他の魔術体系と違う。そして一見すると、協会魔術は発動方法が個人でばらばら。だから他の魔術体系を収めた人達には意味が分からないって言われたりもする。
そこまで隠している内容でもないし、使えるまで理解できるようになるには付属学園にでも通わないとまず無理なんだけど。メアの件もあるからみんなピリピリしている。部外者に情報を与えるってことも。
ヤンはすぐに会話の方向転換を図ったわ。
「ところでイリア、貸し出した魔道具の使い心地はどうですか」
「ああ! すごいですねこれ!」
あっさりと流されてイリアさんが黒い小型の箱みたいな魔道具を取り出した。よかったわ、すぐに誤魔化せて。
「声のやり取りができるなんてなんて革新的なんだろうって感動しました! あ、でも音が不鮮明なので聞き間違えは頻発しそうですよね」
イリアさんは魔道具を褒めつつ欠点を指摘してくる。ヤンは「申し訳ない」とか何とか言ってるけど、その魔道具って試作品ね、きっと。解析妨害の処理はしていても、ところどころ紋様に粗が目立つ。ちゃっかり『飾』の性能テストに使われているわ、イリアさん。
それだけじゃない。イリアさんは協会の魔道具の話になったら上目遣いでヤンに笑顔を向ける。
「それと、そのー、お値段の件でご相談が……」
「申し訳ない、協会の価格設定は妥当なので値引きは難しいんです。大量購入ということであれば、その分は考慮するんですが」
「うーん、うーん、でもピアスが滅茶苦茶高いのはどうしてですか」
「貴石の魔力石は扱いが特に難しく、装飾品は一部の卓越した魔術師のみが作成しているんです。ですから、その技術料が上乗せされていて」
イリアさん、目をウルウルさせてもヤンは値引きに応じないわよ。素直に定価で買うか、お得意様になってから改めて交渉。そうじゃなきゃ折れない。
野郎どもは微妙な空気になっている。このやり取り、もしかして私が見ていないところでもあったのかもしれない。
なかなか引き下がらないイリアさんにヤンが眉を下げながら応戦する。
「あるいは……そうですね、魔力石の持ち込みでオーダーメイドという手法も、あるにはあるんですが。そちらは、紹介状を持ってきてもらうことになっていて」
「紹介状。持ち込み」
目に見えてがっくりしているイリアさん。伝手はないんでしょう。諦めてイリアさんが「もう大丈夫です」と魔道具をヤンに戻した。
「世知辛いですね、世の中って」
「ご期待に沿えなくて申し訳ない」
「いえ、いいんです。お仕事ですから、いいんです。商人のお友達も厳しいので慣れてます」
気を取り直したイリアさんは「じゃ、また来ます!」と笑顔になって帰っていった。あの人、完全に鴨がネギを背負っている状態よね。懲りずに魔道具を買いに来そうな気配がするわ。
「なあ、大丈夫なのか、イリア。セミオーダーまで手を出してるんだろ」
ディートリヒがひきつっているってことは、買いすぎている可能性があるわ。この人は割と相手の財布事情を心配するから。
「まあ、心配にはなるが……一般的な貴族の買い物に比べたらまだまだだ」
「いや、イリアが貴族とは限らねーだろ」
「身分は確かに分からないが、世間話や身なりからして相当な資産家だろう。それに、見栄を張って最高ランクにしなければピアスも買えるようだったが」
訂正するわ。鴨とネギどころか土鍋とおつゆもセットになってる。火を掛ければそのまま出来上がりだった。
あとは、これまでの活動報告を確認して私は一足先に家へ帰った。




