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【サイドB】2-3

2-5の続きです。

 俺はため息をつきながら協会都市を歩く。リリーのせいで予定外の出費がかさんでもう今月は無駄遣いできない。


 昨夜、俺の珈琲豆で小遣い稼ぎ用のアクセサリーを染めてたんだけど。参考書籍の記述が適当で、まだ使ってない豆を全部使われた。


 俺も先に言っておかなかったから気を取り直して仕入れ先に買いに行くことにしたんだ。他の用事もついでに済ませようと。元から休暇申請してたから不幸中の幸いかな。


 カラン、とドアベルが音を立てる。

 暗めの室内は、カウンターと申し分程度のテーブルが二席置いてあるだけ。外観が蔦で覆われているうえに中身もこれだと、まず入りたがる人はいない。


 そのカウンターに中年の男性がいる。グラスを綺麗に磨きあげてから驚きの表情を作った。


「おや、予定外の運びだね。ユーリッド君」


 協会都市で商売している人達は普通ファミリーネームを呼ばないけど、このマスターは全く気にせずこんな感じだ。他意があるわけじゃない、彼のこだわりで。


 そう、こだわりが非常に強い。一見して穏やかそうな表情とは裏腹に。


「ええ……ちょっと、事故で豆が駄目になりまして」

「そうかい。なら、別日にでも当たってくれると助かるねぇ」


 グラスを置いてモノクルをいじったマスターの口調は、ややそっけなかった。俺が珈琲豆の扱いを間違えたと思って機嫌が悪くなったらしい。


「いえ、その。妹に使われてしまって」

「ほう、ソロリオ嬢が。大人の楽しみを見つけたのかい。月日はまるで過ぎ去る旅人のようだね」


 言い方が独特で語弊が……俺は愛想笑いで席に座る。

 おもむろにマスターは珈琲をミルで挽く。いい香りがしてくるけど、まだ時間はかかる。


 挽き終わると色々な器具を取り出して水を温めだした。俺の淹れ方と大分違うから参考には全然ならないけど、見ているのは楽しい場面だ。

 そしてその間にドライフルーツ入りのパウンドケーキを切りだす。


「おっと、いけない。レーズンは平気かい?」

「ええ、特には問題ありません」

「よかったよかった」


 また自分の世界に没頭するマスターに、間違っても俺から声を掛けてはいけない。一杯目が終わるまでは向こうのペースに合わせないと追い出される。

 ようやく珈琲とパウンドケーキが目の前に差し出された。


「やや酸味が強いガーテ産、色艶も魅力の一品さ。素朴な味わいのパウンドケーキと共に」


 出される組み合わせはおいしい。でも、これ俺持ちなんだよね。もちろん、完食しないと本題に入れない。客を客って扱わない彼の人間性や態度はどうかと思う。それでもここに通ってるけど。

 食べ終えると笑顔のマスターが食器を下げる。


「お代わりはいるかい?」

「そうですね。今度はレムルス産の物をお願いします」


 マスターは「ふーむ」とこめかみに指をあてて珈琲豆を取り出す。どこ産か全く分からないけど、少なくとも俺が頼んだ国の物じゃない。そもそも、レムルスは現存しない国家だ。


 またミルで挽きながらのんびりとマスターが話し出す。


「相変わらず、君はスレイ嬢の事を知りたいのかい?」


 そう、この人はたぶん情報屋。たぶん、というのは俺が協会から出奔している時に会った事があるからで。その時は喫茶店じゃなくて骨董屋だった。あの時も今も月の半分は店を閉めているから、この仕事で生計を立てているわけじゃない。


 最初は警戒した。どこかの国の諜報員じゃないかと思って探ってみたり。でも、このマスターは全然尻尾を出さない。のらりくらりと躱す。相当な狸野郎だと思ってる。


 俺がこんな危険な人と関わっている理由は、俺が変に好かれたから、かな。時々だけど、交換条件で外の話とかしてくれるから。余所だと大金を積んで得られるだろう情報が転がってることもあった。


「あの女の事はいいです」

「おや。心境の変化かい?」

「いえ、こちらの事情なので」


 モノクルの奥で目を輝かせて、ダークチョコレートをカウンターに置いた。激しく嫌な予感がする。俺は一旦見なかったことにして聞きたいことを尋ねた。


「協会で、最近怪しい事をしている人はいませんか」

「ふむ。その言葉は君自身に戻ってくるものだろう、ユーリッド君。森の遠足で隠し事かい?」


 彼は表情を変えずに俺を指さす。カマを掛けられているな。さすがにサセック関連の話を知られているわけでもないはずだ。余計な内情は話すべきじゃない。周知の事実と思われる内容だけで乗り切らないと。


「遭難事故の噂が出回っているんですか」

「ふふ、同好会は注目の的でね。面白おかしい珍事が見ごたえ満載」


 俺達は観察対象らしい。上層部や周りの魔術師からも興味を持たれているから今更だけどさ。マスターが淹れなおした珈琲を目の前に置いた。湯気からいい香りがする。それに反して俺の精神はこれからきっと削られる。


「君の言わんとすることについて、だと……そうだね、例えば大輪の黒薔薇に対する君の心境の変化について教えてくれれば、僕としても協力はやぶさかではない」


 俺は咄嗟に制御用のピアスに触れた。なんでよりによってスレイの話をしなきゃいけないんだよ。


 マスターが対価として求めてくるのはこういう個人的な話。この前はリリーの未発表の絵を知りたがってた。方向性が読めないから対処しづらい。


 あの女のことを改めて考えようとすると、魔力の制御が甘くなりそうだった。でも、言わないと何もしゃべらないだろうから間を置いた。


「最悪すぎてどこから手を付けたらいいんですかね」

「おやおや、ついに彼女の洗礼を受けてしまったのか。お悔やみ申し上げるよ。ダンスパートナーはいつも振り回されてねぇ、手を離された相手がどこまで飛んでいくかも見物なんだ」


 指を回して楽しそうに「こう、くるくるとね」と伝えてくるマスターのせいで珈琲がまずく感じるな。悪趣味な彼になるべく心を揺らさないように冷静を保とうとした。


「スレイは……考えなしの阿保なのかと」

「ふむ。以前はどうだったんだい?」

「考えなしのお人好しかと思いましたけど」

「なるほどなるほど。好意が裏返っているね」


 カップに罅を入れてしまった。

 待ってくれ、何、好意とか。


 マスターが大げさに頭を庇って「おおう、勘弁してもらえないかい?」と余計に煽ってくる。


「一切の余地もなく誤解なんですが」

「おやまあ。てっきり恥ずかしがり屋のスレイ嬢に遠慮してたのだとばかり」

「誤解です」


 念押ししてもマスターは首を傾げたままだ。本当に、誤解されたら迷惑だ。


「ふーむ。家に招き入れた時点で相当だと思うのだけどねえ」

「あれは! いえ、何でも無いです」


 声を荒げた事に気付いて息を吐いた。

 マスターがどこまで知ってるか知らないけど、こんな事態になる前にあの女には魔導書の翻訳を頼んだ。どうしても読みたいのに言語の壁が厚くて……前からリスリヴォールの関係者かなって思ってたし、もういっそのこと利用しようと思ったんだ。


 それまではほとんどリリーに対応させて門前払いだったんだけど、一回入れたら調子づいてちょくちょく家に上がり込んでくるようになるし。この騒動で紅茶がやけに減ってたからスレイは懲りずにうちに来てたと分かっている。


 明らかににやにやしだしたマスターの顔を見ないで珈琲を飲んでいると、話が進んだ。


「怪しい人物、というのは主観でしかないからねえ。僕の主観で良ければ」


 カウンターの下から書類を取り出す。

 パラパラと楽しそうにめくるマスターが、「『剣』の記録ほど細かくはないのだけどねぇ」と呟きながら書類を渡してきた。


「ここ一か月の出入記録だよ、協会都市のね。僕も日々面白そうな者をチェックしているんだ」

「……さっき、『剣』の記録がどうのこうのとか言いませんでしたか?」

「おや、気のせいでは。あくまで個人用のメモさ」


 そんなものを持っている時点で怪しい。やっぱり諜報員かな、この人。飄々としたマスターはどこ吹く風のまま余計な情報も教えてくれる。


「昨日はヒーストン女史とイオネスク君がついに復縁してね。大盤振る舞いさ」


 部下達の恋愛事情はどうでもいいよ。俺は嫌な気分になりながら諸々の代金を置いて珈琲豆の袋を持って出た。



 ***



 物は事務所において、その重たい足どりのまま『剣』の塔に入る。

 受付対応をしてくれた女性魔術師は満面の笑顔で道案内を申し出てきた。『飾』だとまずこんな対応されないんだけど、引きながら俺は断った。ちらっとリリーが見えた気がしたけど、業務中は俺のことを無視するから何も言わないでそのまま友人の元へ行く。


 今は執務室で一連の捜査状況を確認しているはずだ。ノックをして顔を出すと、相手が手を挙げた。


「よ、フィロガ。休暇まで返上って超張り切ってるな」

「通常業務に切り替わっているから、業務中までこっちに来れないからね」

「あー、マジで俺からも謝っとくわ。ごめんな、巻き込んで」


 友人のグレスは書類を机の縁まで追いやって椅子を取り出してくる。他の隊員は出払っているらしい。『剣』の執務室は基本的に防音対策と風の魔術対策がされている。だから、よほどの大声じゃない限りは話は漏れない。


「それで、捜査状況は今どうなっているの?」

「ああ、どっちの?」

「俺が関わっていいのは表のほうだけだよ」


 グレスが「勿体ないなー」とペンを回す。


「絶対、捜査とか向いているのに……『剣』に転属しないの?」

「しないよ。俺は戦闘したいわけじゃないから」

「でも、生き生きしてるんだけどなー」


 そう見えるのはグレスくらいな気がするけど。魔力の制御をできないで迷惑をかけている存在だから、今の俺は。攻撃魔術も使えないし。

 軽く肩をすくめてグレスが本題に入る。


「リスリヴォールへ警告したんだけど、今度はエスカーチャがしゃしゃり出てきたんだよねー、マジ困ってる」

「あの国が? どうして」

「ほら、あそこの騎士団が呪術がらみの事件って聞いちゃったらしくて。分かるじゃん、力の入れようとか」


 ああ、スレイの阿保が。余計な設定をあいつが自分で付けたせいで対呪術師組織まで出動しそうだよ。エスカーチャは呪術師をかたっぱしから収容しようとするからその一部が暴走を始めた。


「……もう切ったほうがいいんじゃないかな。スレイを」

「はは、俺もそう思ってるけど。導師がね、収束させてほしいって懇願してきたよ。バックの輩が相当やばいやつなんだろ。各団体に圧力かけられるなんて、並の権力者じゃないって」


 スレイは身に余る特権でも持ってるのか。迂闊な人間にそんなの与えるなって。


 グレスの態度は軽いままだけど、目だけ笑ってない。ストレスが溜まっているんだろう。嫌いな相手を擁護するって相当負担だよね。


 でも、あっさりと切り替えたグレスの話はすぐに今後の方針に移った。


「俺達のプランとしては、スレイ教官が何のために協会で暴れたかって点をね、いい感じに証拠出して署長達を納得させたいところ」

「証拠、か。目撃証言の偽装しかできないよ」

「だよねー、あー、どうしよっかなぁ。うーん、スレイ教官が能動的に魔術師に関わりすぎてて、ちょっと別方向にヴァレンティン署長が疑いだしてるしさ」


 グレスが肩をすくめて「俺の首飛ぶかな」と冗談を言った。

 それはないと俺は思う。グレスはあくまで、命令に従ってるだけだから。あり得るのは導師の罷免だ。


 俺も俺で、導師がどうしてあのスレイの犯罪行為を隠蔽しているか分からないままだ。導師が深入りしないほうがいいって釘を差してきたけど、何に加担しているのかって思う。


 二人で話し合った結果、リリーにそろそろ関わってもらおうかということになった。もちろん、必要最低限だ。妹はこういう謀略には向かない。こっちである程度筋道を作ってから乗せる形になるな。


 打ち合わせが終わってそろそろ席を立とうとしたら、グレスに「……あのさ、フィロガ」と呼び止められる。


「どうしたんだよ、改まって」

「いや。俺が言うのもなんだけど、リリーちゃんも大丈夫?」


 グレスからしても、リリーは無理をしているように感じるらしい。本人は気を逸らそうとしているけど、後ろめたいって空気が時々漂っている。

 それを隠すためにカオリャン隊長に無理言ってやりたくなさそうな内勤とかも混ぜてもらった。


 もちろん、表向きは「独り立ちのためにいろいろ経験させる」ってシスコンもいいところな主張で通るはずもなかったんだけどね。こっち側のジェイクが間に入って調整してくれた。


「大丈夫かどうかといわれるとね。嘘が嫌いだからよくはないんじゃないかな」

「やっぱりそうだよな……学園の訓練でやらかしたってきいて『あちゃー』って思ったわけよ」

「え、なにそれ」


 初耳なんだけど。グレスは気まずそうに言葉を選んだ。


「いやさ、武術科目の初級授業で鳥をその場で捌いてたって。受講生の目の前でさ。参ってる学生が出てるからしばらく来るなってお達しが。泣かれたよ、カオリャンさんに」


 リリー……お兄ちゃん、ここまでとは思ってなかったよ。


 初級クラスの学生は『癒』で解剖に慣れてからやるのに。学園側の言い分だと、未経験者ばかりだってことだよね。心構えもなくいきなり見せられたらそりゃ悪夢になるよ。

 どう説教するかを考えているところで、グレスが慰めてくる。


「結果として呪術のせいなのかって証拠が出来上がったって思えばさ。ほら、呪術で攻撃性上がるって聞くから。いや、俺はあれがリリーちゃんの素だって分かってるけどさ」


 納得はいかないけど、グレスは「これでふるいにかけられるんじゃ、協会魔術師には向いてない」とまで付け加えた。俺と彼の差はこういうところだ。『剣』には、やっぱり戦闘経験のある人が行くイメージが強い。グレスも例に漏れない。


「でも、理解できない相手に見せちゃうとね。つま弾きにされるから心配」


 グレスの懸念は俺も思っている。むしろ、俺以上に他のことも見えているのかもしれない。空気が重くなったのを感じたのか、「それで思ったんだけどさ」と彼は笑顔に戻る。


「もっと平和的にこう、家庭的な面を前面に出すとかどうよ? ほらー、料理とか、手仕事とか。リリーちゃん得意なんだし、めっちゃ可愛いからそれだけでモテモテだって。でも全然、なびいてくれないんだよねー」

「前にも言ったけど、グレスには一切興味ないよ」

「うわ、唐突に刺さないでお兄さん」


 胸を押さえるグレスはたいして残念がっていない。リリーのことは対象外だから、彼は。


「ああ、最後なんだけど。あっちのほうは動きがあってさ。近日中にスレイ教官がまた来るかもしれない」


 目が据わる自覚をしつつ、事態が動き出したことにようやくほっとした。


 そして、やらかしたリリーの後始末のためにカオリャン隊長にお詫びに行ったら「もういい、フィロガ、もういいから」と胃痛を耐えるような表情で断られた……俺まで胃痛の原因か。後でジェイクに改めて謝ってもらうしかないと諦めた。

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