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 パタパタと足音が響くのに構わず、私は急いだ。磨き上げられた床は滑りそうだけれど、そこは踏ん張った。ちょっとキキキ、と音がしたり、すれ違いざまに声を掛けられたりしたけれど無視する。

 手元の包みには、魔力石がぎっしりと詰まっている。今日の演習で使ったものだ。丁度、研究していた魔術にうってつけの術式が組み込まれている。


 これならみんな納得するはず。はやる気持ちを抑えて、突き当たりを右に曲がる。奥にある、こぢんまりとした古ぼけた赤茶色の扉。その取っ手を掴んで勢いよく開けると、先客が数人いた。いつものように円卓を囲んで議論している。机の上は本とか羊皮紙とかが散らばっていた。


「誰だ! 会議中だぞ!」


 険のある顔で睨みつけてきたのは、ディートリヒ。元々の強面が刻まれた眉間のシワのせいで、犯罪者並みに迫力がある。噂に聞くオーガの一歩手前だと思いながら、私は近寄った。


「それどころじゃないわよ、触媒見つけて来たの!」

「その中身がそうか?」

「ええ、使用済みの魔力石なのだけど今回の研究にぴったりよ」


 ディートリヒに負けないくらい声を張り上げると、彼のシワが少しだけ薄くなった。

 机の空いている場所に包みを広げる。少しだけ光沢のあるさざれ石が顔を出した。ディートリヒが記録用の紙を取り出している中、彼の隣にいた女性が石を摘まみあげた。


「ほう、詳しい活用法を聞かせてもらおう、『色彩の魔術師』よ」


 彼女はヤン。本人は女だけれどぱっと見は赤茶の短髪の男。頭の中身も男寄りで、よく生まれる性別間違えたと言われている。ヤンはにやりとした笑みで私の言葉を待つ。


「この魔力石には強力な炎の魔力が込められていたの。それを使い終わったら、水の魔力も少し感じられたのよ」


 魔力石に加えられる属性は基本、一属性だ。通常は物が二種類の属性の魔力を帯びることはないの。例外は人間だけで、それも普通は本人が特殊な魔力の性質を持っていることがほとんど。

 私の言葉にヤンは手を顎に当ててしばらく考えた。


「なるほど。その技術を確立すれば、万人が複合魔術を簡単に使えるかもしれないな。よし、解析に回そう」


 ヤンは観察していた石を、自分の所持している謎の装置に入れて粉々にした。突拍子も無い行動に私は止まった。サンプルが、貴重なサンプルが。


「おい、迂闊だろ!」

「ディート、お前は慎重すぎる」

「いや、普通に慎重になれ! 爆発したらどうする!」


 私が呆気にとられている間に、ディートリヒがすぐにヤンを注意した。

 彼が怒鳴り散らすのをヤンは面倒そうに睨んだ。私としてはディートリヒに全面的に賛成。魔力石は変な扱い方をすると暴発する。ヤン自身は使い慣れているとはいえ、いきなり壊すのは駄目だ。

 二人お互いに視線の火花を散らしていると、彼らの向かい隣にいたラインハルトがオロオロし始めた。


「えっと、二人とも言い争いは止めませんか」

「うるさいハル」

「おめーも口出しすんな!」


 仲裁に入ったのに、二人から一喝されてしゅんとなるラインハルト。小動物か、と言いたくなるのを堪えた。見た目は頼り甲斐のありそうな男なだけに、ギャップが激しい。まあ、萎縮するのはディートリヒが凶相なのが一番の原因でしょうね。余談だけど、ラインハルトは私の九歳年上。是非とも年上の威厳が欲しい。


「リリーどうしよう」

「あんたがどうにかしなさいよ」

「先輩がいたら話は早いのに」

「フィロガがいたらディートとの舌戦が始まるだけじゃない」

「そんなの、先輩の圧勝でしょ」


 ここに居ない義兄を引き合いに出された。

 ラインハルトは、何故かフィロガを慕っている。他に尊敬できそうな人間なんて沢山いるのに、不思議ね。被害が出てるからやめて欲しい。主に私に対して、だけれど。


「もう少し客観的に見れたらいいわね」

「本当にね」


 噛み合っていない会話をしている私達を忘れて、ディートリヒとヤンは別の方向で争い始めた。いつものことね。

 ため息とともに、ここにはいない親友のことを思い浮かべた。彼女がいればだいぶ違うのだけど、残念なことに仕事中だ。でも、他は全員来ると聞いていたけれど、どうしてか義兄がいない。


「そういえばフィロガは? あんたと一緒に来るって、朝言ってたけど」

「ああ、先輩なら寝込んでるよ」

「あいつが?」

「うん。研究室にすっごい美少女が先輩を訪ねて来たんだけどね。先輩、卒倒しちゃって」


 義兄の信者に確認したらキョトンとした顔で答えた。美少女の詳細はすごく気になるけれど、フィロガがいない理由は納得した。


「また落ち着いた頃に来るって。たぶん、先輩のファンだよね! 凄いなぁ先輩。あんな可愛いファンがいるんだー」


 彼の話がどんどん逸れていく。しかも内容の大半はフィロガの賞賛で、通常運転といえばその通り。ラインハルトの話に興味が湧いたのか、ヤンが戦いを止めてこちらの会話に加わった。


「こっちにも話は来たな。『理論の魔術師』に天敵現る、という……」


 無事だった魔力石のかけらをさっきとは別の計測器のシャーレに入れてぐるぐる回しながら、ヤンは話の内容を思い出している。


「『飾』の間でも話が広まってるのね。こっちには情報来なかったわ」

「それは、『剣』は演習だったからだろう? 私は噂好きの無能が話していたのを注意してただけだ」


 仕事には案外きちんと向き合うヤンは、憤慨しながら話してくれた。

 ここ、魔術師協会では、魔術師はいくつかの所属に分かれている。私は『剣』、攻撃魔術を得意とする集団だ。対してヤンは魔術の補助具である魔道具の作成が仕事の『飾』。他にあと『理』と『癒』の二つある。

 学生の頃は皆で色々な事をしたり、交流があった。それなのに、魔術師になってからは所属以外の人間とはあまり接点がない、ということを嘆いたヤンが発足したのがこの同好会。

 結構大胆なのが彼女のすごいところよね。そして、義兄であるフィロガは副リーダー。あいつで務まることもすごいわ。


「ふん、意気地なしな」


 地頭の良さでフィロガに勝てないディートリヒが鼻を鳴らした。彼は彼で、どうもフィロガを敵視している節がある。理由はよく分からない。


「さあ、時間は有限だ、続きを始めよう」


 マイペースなヤンが手を叩いた。その後は研究の話に移った。



   ***



 私はがっかりしながら帰路についた。

 魔力石に二属性が込められた要因が分からなすぎて、再現できなかった。しかも結局、魔力石が暴発して壁に穴を空けた。整備局からお叱りまでもらって、踏んだり蹴ったりだ。

 幸い同好会の廃止までにはならなかったけれど、しばらく活動休止になった。やれやれ、と自宅のドアを開ける。

 玄関口に見覚えのある靴が一足置かれている。フィロガがもう帰ってきてた。


「ただいま、帰ってきたわよ」


 特に反応がない。構わずリビングまで上がった。少し焦げ臭い気がする。嫌な予感がして台所を覗くと、黒い煙が薄っすらと空気を満たしていた。


「ちょ、フィロガ!」

「え? ああっ、ごめん!」

「ったく、調子悪いわね。どうしたの?」


 ぼーっと後ろ向きに立っていたフィロガを怒鳴りつけたら、慌ててフライパンの火を消した。

 すらりとした体躯に、短い猫毛のような黒髪。紫紺の目のおかげで黙っていれば、神秘的な雰囲気の美形。ポージング取らせたら絵に映えるだろうと個人的に思う。だけれど、口を開けば「残念」とか「奇人変人」が枕詞になる。

 炭になりかけたベーコン炒めを皿に移して、フィロガは乾いた笑い声で答えた。


「お兄ちゃん、職場でダウンしちゃった」

「みんな知ってたわよ」

「マジ? ハルの奴がバラしたとか」

「いいえ、ヤンのとこまで噂になってたって。さすがは『理論の魔術師』ね」

「大袈裟だな」


 フィロガは苦笑いでフライパンを片付けた。義兄は魔術師の中でも期待されている。だから、二つ名までついたのよ。これで自分を過小評価しているため、信者もどきや、やっかむ奴がぽこぽこ湧いてきりがない。地味な研究職のはずだけれど、目立ちたくない本人の願いは叶わない。


 話ながら食器棚を開ける。あら、コップが欠けてるわね。後でヤンに溶接してもらいましょう。パンや水を用意して先に座った。今日は義兄の当番。もう全部終わりかけだから、そのまま待機よ。


「美少女が訪ねてきたって聞いたわ。というか、治ったと思ったんだけど、ぶり返したの?」

「あー……うん、まぁ、間が悪かったというか、今回は原因違うから」


 出来上がった料理を並べてフィロガは歯切れの悪い返しをした。

 元々、フィロガは女性が苦手だ。特に、ある系統の顔立ちの女子と対面すると真っ青になる。今はそれで済んでいるけれど、一緒に暮らし始めた頃は何度か気絶していたから、そういう病気だと思っている。

 今は問題なさそうだからいいとしましょう。あまり踏み込み過ぎても、藪蛇でしかない。


「同好会、しばらく無いわよ」

「また?」


 げんなりとした顔でフィロガは席に着いた。書記はディートリヒだからすぐに活動報告書が上がるけれど、かいつまんで話をする。


「ふーん、複合属性の再現か。魔力石で引き出した魔術は全て同系統? まずは、魔力石の回収方法から吟味するべきだなぁ」

「ヤンにも言われたわ」

「それが分かってて暴発させるのはどうなんだ、あいつ」


 フィロガは天井を仰いだ。そうね、ヤンのあの行動は、考えなしじゃなく、確信犯よね。ディートリヒが怒ったのはそこだろうし。

 あの騒動を思い出していると、玄関からノック音が響いた。

 誰かしら、こんな夜に。


「あたしが出るわ」


 ドアと開けると、そこには夜の妖精がいた。

 玄関口にぽつんと一個だけある街灯に照らされたぬばたまの黒髪。顔持ちは彫像のように整っていて、成長期特有の儚さと色気が同居している。

 極めつけは、紺瑠璃の宝玉のように光を宿す瞳。海が広がっているみたい。


「こんばんは」


 声は鈴の音を奏でた時のように澄んでいる。

 なんて綺麗で素晴らしい姿なのだろう。美しさに見惚れて声が出ない。


「ひっ!」


 後ろでヤギだか羊だかのひしゃげた声が聞こえた。それで現実に引き戻されて振り返ると、尻餅をついて真っ青になったフィロガ。


「な、なななな、なんで」

「魂が引き寄せられて……は、あまりにも非現実的か。貴方の名前、聞いたら案内してくれた」


 外を見回しても誰もいないけれど、誰から聞いたのかしら。あまりここは公にしていないのに。美少女は私に挨拶をする。その深海のような美しい瞳がフィロガに向かう。


「キドナ、貴方がとても好き。それで、色々話してくれた」


 ちなみに、私はキドナという人物は知らない。フィロガの個人的な知り合いかしら。当のフィロガはまともに受け答えできていない。


「あと、これ。お近づきの印に」

 

 美少女が腕を持ち上げだ。ジャムと何かのクッキー入りの籠だ。美味しそう。後ろで吃っている義兄は放っておいて、お土産をもらう。美少女はちらり、とフィロガを見ると笑顔になって立ち去った。

 そして義兄は気絶した。


※2021.8月 全体的に改稿しました。

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