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2-5

 報告書を隊長に提出した時の事だった。


「リリー、ちょいとここいらで一息どうだ」


 やけに優しい口調で話しかけてくる隊長をじっと見つめる。

 私の今の疑問は一つよ。キセルの火種が書類に燃え移ったらどうなるのか。いえ、そのキセルは魔道具だから考える必要はないんだけども。


 地味な嫌がらせに予防線を張りながら業務って、本当にきついのよ。あっちは自分が悪くならないよう立ち回るし。普段より元気そうな隊長の様子に、やっぱり酢を直接胃に流し込む想像が頭をよぎる。健康が一番なのは分かってるわよ、もちろん。


 私の黒い気持ちが顔にでも出ていたのか、一瞬だけ隊長は引きつった表情になってすぐ戻る。

 そのまま隊長が書類を脇置く。私から目を逸らして少しだけ早口になった。


「まぁなんだ、そこそこ頑張ってるからな、大変な目に遭ったのにすごいぞ、リリー」


 褒められている、のよね。でも、そもそも、なんであの嘘つき達と一緒の仕事をさせられているのか。

 他にも業務を代わっても支障のない隊員はいるはずで、もっと穏便に済ませることだって出来た。わざわざ相性最悪のあの人達と関わらせる意味が私には分からない。


「……マリーと私の業務取り換えの件ですが」

「おっと、これから訓練だろう。頑張れよ、その後は休みでいいから」


 職場環境の改善をお願いしようとしたら、学園の入構許可証を押し付けられた。

 内勤の話は触れちゃ駄目と。言及されたら困るらしい。こうなると、もしかしたら上の意向が含まれているのかもしれない。


 釈然としないけど、まあいいわ。後できっと胃痛が酷くなるに決まってる。隊長は絶対に導師の仕込みについては知らされていない。もしそうなら、今頃は胃薬漬けで酷い事になっているはずだもの。そう思うと逆に優しい気持ちになれるわ。


 学園へ続く道は結構遠い。今の私は普段の『剣』で行われている演習じゃなくて、学園の方に組み込まれている。長期休暇を取った隊員はそういう決まりになっているわ。演習は死傷者がごくまれに出るものだから、やっぱりそれなりに肩慣らしが必要って事で。


 でも、私はこの訓練、とても気が重い。近接系の武器は苦手なのに、そっち系ばかりの訓練を入れられている。昨日はロングソードがうまく使えないって事で型の練習をさせられてたわ。

 周りの学生達の間できっと噂になってるでしょう。着ている防具からして、『剣』の魔術師って分かる。彼等が目指している協会魔術師の実態がこれって、夢を壊さないかが心配ね。


 訓練用の短剣を持って教師の元にみんな集まっている。

 チラチラと視線を感じるけど、それは無視して話だけに集中する。


「今日は前回の型の続きと実践だ」


 学生時代からお世話になっている教師は、立ち振る舞いが若々しいから昔と比べても老けている印象はない。でも、白髪が混ざったところで月日の流れを感じる。

 ほとんど会話はしていないけど、学生達は緊張している。私の時も結構緊張している人が多かった。

 だって、普通は魔術師協会って魔道具作る場所って認識だもの。戦闘技術が必須科目だなんてさすがにみんなびっくりよ。


 相手役の男の子と握手をする。この子もがちがちに固まっている。


「よろしく」

「お、お願いします!」


 ちなみに、この場では私は名乗らない。彼等はあくまで協会魔術師の卵であって、仲間になるかどうかは別だから。これも規則。結構、厳しいからただでさえ息が詰まるのに。


 教師の合図で打ち合いを始める。

 模擬戦ですぐに短剣を弾き飛ばされた。向こうは肩透かしを食らって落ちた剣と自分の手元を交互に見ている。

 他の学生もしん、と静まり返った。勝った喜びなんて空気はないわ。見ちゃいけないものを見たって感じ。その位、私は剣が苦手なのよ。


「……諸君らの中には、疑問に思う者もいるだろう。何故、附属学園のカリキュラムに戦闘技術が組み込まれているのか。そして、それが必須であるか」


 この教師の口上で察した。このクラス、まだ始まったばかりって事ね。つまり……私はアシスタント役を押し付けられている。ええ、私が受講した時も『剣』の魔術師が何度か連れてこられていた記憶がある。

 隊長、さては教師に押し切られたわね。あの人は目上の人にめっぽう弱いから。


「協会魔術師は単なる魔道具の作り手ではない。有事の際にはこの都市の防衛を担う者だ。『剣』は顕著だが他の部署であろうとも鍛錬は求められる」


 そして私を見た教師がすぐに学生達に顔を戻す。


「彼女には剣術の才能はほとんど無い。私が今まで見てきたどの魔術師よりも、無い。逆を言えば、それを上回る別の才能があるからこそ、彼女は『剣』たりえている」


 教師がフォローか何なのかよく分からない説明を始めた。

 剣術のクラスに押し込んだ隊長と教師の考えが分からない。得意な人にやらせたらいいのに、と思うわよ。こんな参考にならない私じゃなくて。

 そのまま教師が学生達に集合をかける。一方の私は待機を命じられたから、周囲に人が居なくなる。完全に見世物の状態。


 教師の合図で数羽、鳩が放たれる。

 魔術で場外に出られないようにされた鳩は、縦横無尽に羽ばたく。白い羽根が綺麗だけど、どこから入荷したのかしら。


「……君、あれを撃ち落としてもらいたい」 


 ぶっつけ本番とか。事前に説明しなさいよ。

 そのもやもやはため息とともに吐き出して、ホルターに括りつけてある鉄の球体を外した。大きさは手のひらをちょっとはみ出るくらい。それ以外は何の変哲もない見た目だけど、これは立派な魔道具。『剣』の魔術師しか使用許可が下りないから、学園生は初めて目にするかもしれないわ。


「『スフィアウェポン』」


 魔力を流すと球体が流動する。本当は鍵呪文もいらないんだけれど、学生相手だから唱えた。そのまま鉄の塊が小型のクロスボウを形作る。矢の方はいつも地面から作るから、そのまま魔術で地面を抉って鳩の数だけ用意した。


 そして、教師の掛け声とともに走る。

 鳩達が私から離れるように飛んでいくけど、そこそこ動きが遅いし、的としても結構大きい。魔術を使う時のように照準を合わせて矢を放つ。

 『剣』の演習なら風の魔術も併用して補正を掛けるんだけど、今求められているのは魔術を使わないでの戦闘だからやらない。


 一羽がボトリと地面に落ちた。走りながらだと、二羽を同時に撃ち落とすのは流石に厳しい。

 結構疲れた。やっぱり少し腕が落ちてるわね。全部落とすのに時間かかったわ。


 教師は見ていた学生達に向かって諸々の説明をしている。もう興味も無いからこの後の事を考えていた。白鳩……そう、つまりは羽根が目の前にある。鳩の亡骸を集めて説明が終わるのを待った。そして、見計らって声を掛ける。


「すみません、この鳩って使い道はありますか」

「特にはない」

「じゃあ、全部貰いますね」


 目から矢を抜いて羽根をむしる。魔術だと楽でいい。

 それに、折角の鳩だからと頸椎の辺りを切り離した。そのまま空中に吊るして、下に垂れていく血は水で受け止めるようにした。早いところやらないと、どんどん味が落ちてしまうから。


 ドサッと、何度が音がしてそっちを見ると、学生のうち数人が倒れていた。


「……まだ狩猟系の実習が終わっていない者達だ、気にするな」


 そういえば、ここ、初心者向けクラスだったわね。

 意識的に生き物を殺したことないんじゃ納得。他の学生も、私を見て顔をこわばらせている。少し可哀想だけど、学園生ならいつかは出来ないと困るのよ。討伐した魔物の一部は魔道具の素材なんだから、どっちにしろ慣れさせられる。

 そう、これは予習と思ってもらうしかないわ。教師が遠い目をしているのは無視する。


 私は下処理を全部済ませてから学園を出る。

 内蔵とかの生ゴミは乾燥させてゴミ箱に捨てた。骨は、ちゃんと砕いたから見た目には塵にしかみえない。これで血生臭いとかの苦情にはならずに済むでしょう。


 鳩は二人暮らしには多いから、折角だし報告がてら隊長におすそ分けのつもりで持っていく。

 そうしたら、どうしてかまた胃痛の始まった顔をしながら「どうしていつもやらかさなきゃ気が済まないんだ!」と怒鳴られた。鳩も突き返されたし、解せないわよ。



***



 着替えを済ませて協会都市の中を歩く。

 本部を出ると、魔術師や外部の人達用のお店が並んでいる。思いがけず羽根が手に入ったから、後はちょこっと材料を買い足してから帰るつもりで。


 レンガを敷き詰めたこの道は定期的に『飾』が手入れをしている。協会都市内のインフラは『飾』の管轄でいつもどこかしらで工事。今日は同期だった気がする魔術師が黙々と作業していた。お互いにどうでもいい相手だから眺めるだけね。


 いつもお世話になっているお店に到着すると、ふくよかな奥さんが「いらっしゃい、魔術師様」と声を掛けてきた。この区画の人達はだいたいこんな感じ。あまり魔術師達の名前を言わない。理由は色々あるんだけども、一番は詮索されたくない人達に配慮してるみたいよ。


 協会魔術師はそれこそ、色んな国の平民から貴族がいる。しかも、国から離れるって事は、よほど魔術師協会に憧れていたか、事情があるか、だから。

 

 作りたいものに合う紐を選びながら、奥さんに声を掛ける。


「この前のリクエストは通りそうですか」


 多国籍の人達で成り立っている場所だから、取り寄せたいものがあったらお店を通して行商の人にお願いするのよ。それで、可能だったら品物がやってくる。いつになるかは運でしかないけれど。

 奥さんはコルクボードにあるメモを見て首を横に振る。

 

「あのシェイケトゥーヴァって料理の作り方はちょっと聞いていないねぇ」

「いえ、それは鮭とばというんですけど」

「シャケトヴァ……一応は出入りの業者に見せてはいるんだけど、その、シャケトヴァって読める人が来ないから」


 やっぱり無理だった、か。ええ、分かってるけど、一縷の望みにかけてみたっていいじゃない。

 塩気が無かったからって、塩を振りかけても違った。きっと違う作り方をするんだろうって事は理解できたんだけど、仕方ない。

 

 奥さんは別のメモを外して一転して笑顔になる。


「ああ、でもこっちのライスは入荷したよ」

「本当ですか!? じゃあ、買います」


 米は北大陸にはあまり流通していないけど、南大陸だとほどほど食べる人がいるらしくて。だから比較的手に入りやすい。ただ、おにぎりよりは炒めたほうがおいしい品種ってところがちょっと残念。でも、久しぶりに気分が上がったわ。今日の料理当番は私だから、たまにはあいつの好きな豆料理を鳩肉の付け合わせにしようかしら。


 そんな事を考えて予定外の買い物をしたから両手が塞がった。

 だから普段よりもゆっくりめに歩く。また『飾』の魔術師が補修している横を通り過ぎてふと思う。

 今頃、同好会のみんなはどうしているかしら。あくまで同好会は付帯業務扱いだから、本業を制限している時に行くものでもないし。だから家でもフィロガには細かく聞いていない。

 早くいつも通りに戻りたい。メアには悪いけど、そう思うのは仕方ないわよね。


「リリー、危ないよ」


 考えに耽っていたら、誰かに呼ばれる。いえ、誰かは分かるのよ。誰かは。

 私は聞こえなかった振りをしようか迷って、もう足を止めていた事に気付いた。駄目じゃない、これじゃ。

 ゆっくり振り返ると、いかにも仕事帰りって感じのラインハルトがいたわ。


「ありがとう」

「荷物多そうだね、持とうか?」

「別に大丈夫よ」


 なるべく早めに話を切り上げようと思って言葉少なにすると、ラインハルトは抱えていた米の袋を取り上げる。


「重いね、これ。何が入っているのかな」


 どうもこいつは私と話を続ける気でいるらしいわ。角が立たないように「米よ」と答えると、よく分かっていないような顔で頷いている。


「散策できる程度には回復したんだね、よかった」


 その言葉が心にチクチク刺さる。今の私は嘘吐きだから。それもあるからこいつに会いたくないのに。

  

 うちはそこそこ協会都市から遠いから、いつも転移魔術で帰るんだけど。協会都市内での転移は許可が必要で、許可が無くても問題のない城門付近まで行くのよ。つまり、あと数十分はこのまま歩かないといけない。

 そして、ラインハルトの住居は同じ方向にあるって聞いたことがあるから、途中まで付いてくると言い出しかねない。


 どうやって振り切るか考えていたら、ラインハルトが苦笑する。


「……少し話そうと思っただけだよ、見かけたから」

「そう」

「ディートとヤンにもちょっとくらい会っていいんじゃないかと思うよ」


 仕方ないじゃない、みんなを騙している最中なんだから。義兄は騙していてもそんなに罪悪感が無さそうなのが信じられないわよ、むしろ。

 歩きながらこっちを見てくる彼にどう対応したらいいか悩んでいたら、また別の所から厄介事が来た。


「そこで何してるのかな?」


 機嫌の悪そうな女性の声に、ラインハルトが今まで見た中でも割とイラっとしている表情で声の主を見る。こいつの顔色を変えさせる相手ってかなり限られる。そして声の主は私もよく知っているわ。


「ふーん、今度はリリーちゃんに粉をかけてるんだ」


 眼鏡の奥で目を吊り上げるサリアさんが、これまた帰宅途中って分かる荷物を持って立っていた。


「勘繰りは止めてください、サリア」

「え? 勘繰り? 事実じゃないの?」


 見た目は結構大人っぽいというか、気取らなくてかっこいい感じのサリアさんだけども。中身はそうね、ちょっとギャップが激しいかもしれない。サリアさん、笑顔だけど内心は全然笑顔じゃないのは声と態度でよく分かる。


 一歩だけ距離を空けている間に、サリアさんがラインハルトのすぐそばまで近づいた。


「ほんっとうに絶えないよねー、女の影が」

「この前のはただ食事に行っただけです」

「え? お泊りまでしたのに? へー」

「泊ってませんよ、帰って来たでしょう」

「うん? 朝帰りは帰ってきたうちに入るの? リリーちゃんはどう思う?」


 サリアさんが急に私に同意を求めてくる。そう言われても答えようが無い。肯定も否定も、この場合はしたくないわ。

 ラインハルトはラインハルトで、冷淡な声になる。


「彼女は関係ないでしょう。見苦しいですよ」

「いやいやいや、私が聞いているのは一般的な感性で見た場合の君の行動についてだよ。ねえハル、いい加減にしないと、うちにある荷物全部燃やして捨てるからね」

「だからそれが見苦しいと言ってるんです。ありもしない事を並べて」

「私が嫉妬してるとか嘘吐き呼ばわりされるけど、いっつもこそこそ疑わしいことしているの、そっちじゃん」

「相手は見つかったんですか。見つからないでしょう、いないんですから」

「じゃあ何で知らない香水の匂いをさせてたの? 私もハルも持ってないよ、あの香水は」


 話がヒートアップしている。そして非常に個人的な話すぎてしばらく固まっていたら聞きなれた声が入ってきた。


「……えーと、何してるの、三人で」


 こういう時は、役に立つわね。遠い目をしたフィロガが半笑いでそこにいるわ。

 サリアさんは一転して心からの笑顔になった。器用過ぎよ。


「フィロガ君! 聞いてよハルがまた浮気したんだよ!」


 完全に決定事項になったらしいわよ、サリアさんの中では。

 そしてラインハルトが彼女の腕をやや乱暴に引く。普段はもっと冷静だけど、こういうサリアさん相手だと余裕なさそうよねって思うわ。


「先輩まで巻き込むのは止めてください、怒鳴りますよ」

「もう殆ど怒鳴ってるじゃん!」

「怒鳴ってません!」


 誰が聞いても、もうラインハルトも怒鳴ってる。でも、そんな突っ込みを差し挟んだら収拾がつかなくなるじゃない。酷い痴話喧嘩を見たフィロガは何事も無かったかのように二人の脇を素通りして私の荷物を持つ。


「とりあえず二人で話し合いをするのが先なんじゃないかな。じゃあね」


 そのまま颯爽と歩くものだから、私も追いかけて本格的な口論になった二人を放置した。

 もう、日が落ちかけている。どのくらい私はここにいたのかしら。


「助かったわ」

「えーっと、何で巻き込まれたの?」

「ハルと立ち話をしてたらサリアさんが来たのよ」

「よりによって絶交期間に。災難だったね」


 まだ遠い目をしている義兄が深く頷く。

 

「よくこれであんたは仕事できるわね」

「あー、この期間の二人は必要最低限しか話さないよ、業務中は……終わったらああだけど」


 振り返りもしないのは、もう慣れているからなんでしょう。

 あんなんだけど、二人とも仕事上ではフィロガの部下なのよ。しかも研究室は三人だけだったはず。どっちもフィロガより年上。こんな条件、私なら即、室長なんて降りてるわ。

 空気を変えるために夕飯の話でもしよう。


「ねえ、今日は鳩料理にするわよ」

「え、待って、これ全部鳩? 食べきれないよ」


 そう言われても食べるしかないわよ。勿体ないもの。

 困ったように考え事をしていたフィロガが急に鳩肉を一個だけ取り出す。残りの袋を私の前に出した。


「こっちを凍らせて。お裾分けしてくる」

「どこに?」

「ああ、えーと、ブッチャーさんの所。そんな遠くないからね」


 知らない名前が出たけど、あてはあるらしい。言われた通りに凍らせたら「先に行ってて」と笑顔で送り出された。この場にずっと居たくもないから私も帰ったわ。


 そして、肝心の米袋はラインハルトに取られたままだって、後から気づいてやっぱり気分が落ち込んだ。

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