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エピローグ【サイドB】

※2021.12月 改稿しました。

 俺は『癒』の部長から替えのピアスを渡された。


「フィロガ君、もう魔力石が砕けちゃってるね」


 異常に早い。まだ、交換してそんなに経ってないはずなのに。気落ちした俺の肩を部長は優しく叩く。


「気にしなくて大丈夫だって。汚染度は上がってないよ」

「そうですか……」


 魔力関連の処方をもらって後は普通に医者にかかった。もうため息しか出ない。

 起きた事はもう仕方ない。そう気を取り直して廊下に出ると、ディートリヒがいた。


「終わったか?」

「どうしたの、こんなところで」


 知らないていで声を掛けたけど、心当たりはあった。十分にありすぎた。

 そうだろうな。流石に、ディートは気づくよなあ。


「フィロガ、ちょっと面貸せ」

「いや、今から帰宅するんだけど」

「おい部長は泊りつってたぞ」


 ディートは帰宅組のはずだから、そのまま真っすぐ帰ってほしかった。

 目を細めて離れようとすると、腕を掴まれる。


「なあ、分かってんだろうけど、部長に報告するぞ」


 律儀だ。こそこそ裏でやり取りすればいいのに、俺に伝えるなんて。俺だったらそうしてるよ。振り返って、黙って見続けても、ディートは引いてはくれない。他の人みたく怯えれば楽なんだけどね。慣れたのかもしれない。


 どうせここで無理やり帰っても、こいつは逃がそうとしないだろう。『理』の塔に乗り込んでくるかもしれない。

 だから表情を作るのを止めて着いていった。


『癒』のディートリヒの研究室は、彼一人しかいない。薬草魔術って、人気ないから。

 そう。誰も居ないから、防音さえすれば話は漏れないと。ディートなりの優しさ、なのかな?

 そのまま無言でいたら顎で椅子を勧められる。無視したらお茶を出された。いわゆるハーブティー。自分で育ててるやつかな。そして自分の席に座ってディートリヒは話を切り出す。


「お前にとって、メアってなんだ?」

「そう言われても……おっかない人かな、とは、思うよ」


 閉じられたカーテンの内側に並んだ鉢を観察しながら答えると、ディートはため息。


「じゃあ、何でそのおっかない女に殺意抱いたんだよ」


 あの時。

 ディートリヒは、俺の魔力の動きにかなり気を使っているから、制御が緩くなったのを見て感じたんだろう。リリーもややそう思ってたっぽいけど、深刻には捉えていなかった。


「逆に聞くけど、あのマテウスって騎士の話を聞いて、冷静になれる?」


 トリシャの話。サイネリア村の『毒娘』の話は、異常の一言に尽きた。

 猛毒の解毒薬を作れるって言ってたのは、事実なんだろうけど。そもそもがその猛毒も作れるだろう、トリシャは。普通は毒の組成を分からないと解毒なんてできないから。

 それで命の危機を覚えないほうがおかしい。

 そんな風に、誤解してくれたんならって。そう思って引き合いに出したんだけど。


「確かに俺らには予想外だがよ、そこじゃねえよな。急に敵って認識し出しただろ、メアをよ。襲撃直前から」


 俺の話にディートリヒは納得しなかった。乗ってこない。俺のやり口もディートはよく、分かってる。


「回りくどいんだけど。俺、帰っていい?」

「あーそうか、気を使って馬鹿みたいだったわ。メアが変になってからだったよな、魔力が荒れたのは。俺は報告義務があるんだぞ。何か知ってるんじゃねーのか、あれについて」


 俺達は、気楽な関係じゃない。普段はそんなの意識してないし、むしろ助けられてるのは分かっている。

 でも、ディート。お前には踏み込んでもらいたくない。


「メアは秘密にしたそうだったし、それを報告したら、まずいんじゃない?」

「んなの関係あるか」

「ベルだってハルだって、報告上げるのには乗り気じゃなかったけど」

「あのな、あいつらの意見に左右されるわけねーだろ、俺が」


 ディートにとって、ハルは友達だし、ベルは想い人。

 だから、流されてくれないかなーって思ったのに、簡単に引っ掛かってくれない。

 ああ、こういう時も真面目だから大損するんだよ。


「ふざけるのも大概にしろよ、フィロガ・ユーリッド」

「ふざけてないよ」

「分かってるのか!」


 啖呵を切ったディートリヒは、立ち上がった。


「殺意の原因はなんだよ! 放置したらいつかメアを殺すぞお前!」


 ディートリヒは、外れくじばかり引いている。こんな俺を押し付けられて。


「ディートリヒ」


 俺は笑った。

 ああ、認める。俺は最高に今、苛立っている。


「仮に、俺が最初に殺るんだったら、お前だよ。こんな風に煩わしくて鬱陶しいから」


 だから、脅した。半分くらいは、本音かもしれない。

 ディートリヒの顔は、恐怖を滲ませてるけど。俺を睨んでその気持ちごと、吹き飛ばそうとしてる。


「もう出ていいかな。時間の無駄」

「お前はよ」


 そのまま出て行く時に、後ろからディートの声が投げつけられる。


「お前は、何でそんなに自棄になってるんだよ」


 返事なんてしない。そのまま扉を閉じて、医務室までの道を歩く。

 立ち止まって、深呼吸をして怒りを抑えようとした。でも、無理だった。

 久しぶりに激高しているせいか、完全に理性が仕事しない。これじゃ、医務室に行ったら大騒ぎだ。


「……散歩でもするか」


 あまりひとけの無い場所で。誰とも顔を合わせたくない。

 協会本部の敷地内は、まあどこも人はいるんだけどさ。『癒』の塔は意外と穴場だったりする。俺自身は『理』の所属なんだけど、最早、ここの住人ってレベルでお世話になっている。


 廊下を歩きながら考える。

 ディートが言ってた通り、俺はメアを殺すべきなんじゃないかって方向に思考が傾いた。


 メアのあの行動は、吸魔と呼ばれる物だ。魔力を人間から奪って、自分の物にする行為。魔族の特性だ。

 俺はそこまで調べる時間はなかったけど、多くの魔族は人間の血を吸うか、人を誘惑して男女の営みで魔力を取るって事は、分かった。別の方法で魔力を奪う魔族もいるらしいけど、そこまでは知らない。

 そして吸魔行動中は一様に瞳がみな黄金色になる。


 魔族は敵だ。

 協会から一時期離れていた時に俺が遭遇した魔族の男は、いきなり俺を殺しにかかった。

 あの時は、訳が分からないまま巻き込まれたけど。ほとんど俺を見逃すような形で、男は勝手に消えた。今でもあの皮肉気な笑みを思い出せる。


 ――ああ、本当に、俺は、あの男だけは永遠に許さない。


 目元は仮面で隠してたけど、素顔は一瞬盗み見たから、拝みたくなかった面までしっかりと覚えている。もし居場所が分かってたら、今すぐにでも殺しに行きたい。そんな気分。

 同じ魔族なら、メアもまた仲間なんじゃないかと思った。あのろくでなしの下種と同類だと。


 だけど、トリシャのあれこれを聞いている最中に、思った以上にメアが考えなしの行動をしてたって、聞かされて。やっぱり、あの男とはちょっと違う気がしてきた。


 そう。魔族の個体数なんか、俺は知らない。なら、あの男が外れ値の可能性は。メアとは何も関わりがない可能性は。大いにある。むしろ、それが普通かもしれないと、考え直した。


 それがサセックでの話。

 気持ちも、下火になったから何事もなかったように振舞おうとしたんだけど。ディートリヒが掘り返してくるから。それが仕事なんだけどね、監視係なら。


 でも、だったらやり方くらいは、考えたらいいじゃないかって思う。

 ベルだってヤンだってハルだって、そしてリリーだって。ここまでお節介じゃないし、引き際は弁えてるよ。俺が取り扱い注意の猛獣だって、みんな分かって接してるよ。


 駄目だ、思考が逸れてやっぱり怒りが再燃している。

 そう、ディートのはただの情。ちょっとばかし、一緒に居たから、情が湧いただけ。

 完全に、あいつは勘違いしているんだ。一晩考えなおせば、きっと馬鹿な事したって、自分で気付くだろう。そこまであいつは馬鹿じゃない、さすがに。


 それよりも、メアの事だ。

 あの男とは関わってない証拠がないと、またふとした時に今回の二の舞になりそう。そして実は関わってたら、やっぱりメアをどう嵌めるか考えないと。


 俺が分かっているのは、リスリヴォールの出身で、傭兵の身分だけど実は権力者と繋がってることだけ。リーメア・スレイは、何度も指名手配されてるのに、どこからか圧力がかかって、その手配が取り下げられる事でも有名、と。


 せめて、メアの所属している組織を、突き止めたいな。

 俺に取れる手段は限られてくる。協会に引きこもっている俺には、偏った情報しか来ない。祖国の人間とは、情報のやり取りなんてしてない。向こうが警戒しているから。育った場所の人達ともほとんど縁は切れてしまった。


 協会都市に出入りする人達と話したりして、時々外の事を知るとかそういうレベル。それでも貴重な情報だから聞いている。何も知らないまま生きていて、最終的に知ってしまった時のダメージは大きい。


 足音が少しだけ響く。知らず知らずのうちに、空室の多い階に足を運んでいた。その中の一つは、導師が元は使ってた部屋がある。時々、俺はここに来てたっけ。


 俺が協会に来た経緯は導師が……エディが詳細をぼかしている。


 魔術師協会は、俺にとっては遠い存在だった。ただの憧れで終わるはずの場所だった。周りは、俺が呪術師で、迫害されたのをたまたま通りかかった彼に保護を求めたって思っている。あの国は呪術師を嫌うから。


 でも、本当は違う。俺は、エディが来なかったら死んでたんだ。

 泣きながら、母さんは俺の首を絞めて。

 それで終わっても、いいって。あの時は思った。もう壊れてしまった母さんと暮らすのに、俺は疲れたんだ。

 そう思ってたけど、何も知らないまま、流れるままにここに連れてこられて。

 全て諦めかけてた俺へ、色々してくれたエディに。俺は救われたんだ。


 でも、最低のタイミングで最低の事実を知った時の、あの当時の俺はエディにさえ反抗した。

 あの人は、俺をずっと守ってくれてたのに、それさえ煩わしくて。だから、もう協会なんて出て行く気でいた。まあ、でも、結局状況が許してくれなかったから、戻ったんだけど。

 最大の被害者だったよ、エディは。次点は、俺を庇ったジェイク……だから、そんな二人に似ているディートリヒは、もう俺に関わるべきじゃない。


 ああ、本当に苛つく。

 結局、そこに行きつく俺が本当に腹立たしい。

 だいぶ夜空の月は高く上がっている。でも、まだ医務室に行くのは無理だ。


 考えていたのは、メアの正体を探る方法だった。

 リスリヴォールが断トツで怪しい。ルージュレイヴンなんて、自称しているし。俺がうっかり指摘した時に、メアはあからさまに動揺してたし。完全に、隠せてない。

 でも、協会はあの国とは同盟を組んでいない。だから、確かめる術はやっぱりない。

 いつもお世話になってる情報屋は、この件には協力してくれない。情報屋本人はメアを知ってた。俺の方をメアより気に入っているようだけども、全部は教えてくれないだろう、あれだと。


 何か手掛かりないかな……マテウスは、俺達に何らかの方法で接触するだろうから、その時に世間話を装って……正直、そっちの方がリスクは高そうだな。マテウスは、容赦のなさが、捕虜相手に垣間見えてた。俺達にも口封じを辞さない空気だったから、命を切り捨てるのに、躊躇いはないだろう。


 そう、分かりやすい事をしてくれるメアが非常に迂闊なだけ。

 トリシャはメアの致命的な情報は、持ってなさそうだった。やっぱり、本人をゆするしか方法がない。まあ、しばらくは怪我でうちには来ないだろう。保留か。


 それにしても、リリーはどうにかならないのか。

 どうしてメアの食べ物に釣られているの、あの子。俺はそっちも頭が痛い。毒の可能性は、それこそ最初に疑ったけどうちの検知器には引っ掛からなかった。


 引っ掛からない毒も、あったりするんだけど。リリーは気にせず食べてる……時々、食卓に上がってたジャムが、実はメアの手作りとか、俺は大分後に知ってショックを受けた。せめて一緒に住んでるんだから、事前に言ってほしい。


 それに、自覚が無いけどリリーはリリーでちょっとおかしいところがあって。

 あの子は、時々、夜に起きてくる。あの様子を見ていると、とてもだけど一人暮らしさせられない。そろそろ自立させろなんて、俺の周囲はたまに言ってくるけど。無理だ。そのままふらふら外に出て行かれたらどうするんだ。危険すぎる。

 理由は何となく見当ついてるんだけど、それを俺は言えない……俺が生きているうちに、解消できないかな。出来たら、まだましになるかもしれないのに。


 色々な事が頭によぎって、気分が落ち着いたというか、勢い余って落ち込んだ。


 ――そもそも、俺はどうしてメアを執拗に狙う思考でいるんだろう?


 俺は立ち止まった。そろそろ夜風で体が冷たくなってきた。こんな思考になる事からして、何か変な気が。微かな齟齬。俺の理性は疑問を感じている。何か、違和感を掴みかけて。


 そう思って方向転換すると、笑顔の『癒』の部長と目が合った。


「フィーローガーくーん?」


 顔は笑ってる。でも、その目の奥だけは、怒っている。ものすごい怒っている。

 俺はそんな部長の様子に後ずさりした。


「遭難から、帰ってきて、魔力も、減ってるのに、ここで、何を、しているのかなあ?」

「あ、あの、パミラ部長」

「二号!」


 部長の声で俺の体にツタが絡みつく。

 彼女の魔術だ。ツタの先には、同じツタで構成された狼の疑似生命体が。


「よし、そのまま連行!」

「あの!」

「言い訳は無用! むしろ邪魔! 患者は大人しくしてなさい!」


 もう、俺の言葉は部長に届かない。やってしまった。完全に鬼看護師モード。

 そして俺は、言われた通りに、おとなしく回収された。その狼の背に縛り付けられながら。

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