プロローグ【サイドB】
些細な興味や好奇心って、思わぬ発見を齎すっていうだろう? でも、それと同時にとても危険なことに出くわす事だってある。
そう。まさに、今の俺がそうだ。
ちょっと空気が変な感じするなと思って森の中を散歩したのが悪かった。やけに視界が暗い森だから、遭難や猛獣に注意しろって仲間に言われてたんだ。でもさ、そんな深い場所まで行かなければ問題ないし、いざとなったら魔術で追い払うくらいならできると踏んでいたんだ。
いや、音もなかったんだって。近くまで気づかなかったの? って言われたとしても、岩の裏でヒラヒラしてる白い布っぽいしか見えなかったよ。仕方ないじゃんで通すよ、それなら。
で、覗いたら人の後ろ姿。それで、さらに下は倒れてる人と血染めのマント。思考が一瞬停止状態になっていたら、くるってその人物が振り向いた。
「だれ」
そう拙い共通語で声を掛けたのは、ここには場違いな少女だ。
海を思わせるような青い目と、真っ黒な髪は神秘的な雰囲気を漂わせている。言葉を発する声も、小鳥を連想する澄んだ音色だった。大分小柄ではっきりした顔立ちの、可愛らしい少女。
その手に持ってる短剣にナニカがこびりついているのを除けば、魅力的な少女だよね。
「えー……」
死の神が目の前で微笑んでいる。
ああ、まだ俺やりたいことたくさんあったのに。少女は近づいてくる。うん、そうだよね。きっと俺に銀色の凶器を振り上げるんだよね。
ここは初級魔術でどうにかなるかな。あ、無理だ、体が震えて声出なくなった。集中するどころじゃない。これじゃ魔術は発動できない。
固まる俺に感情のない目を向けて歩く少女は、止まった。
「キドナが、懐いてる?」
首を傾げて俺、というか、俺の周囲を眺めている。そもそもキドナって何。もしかして幽霊的な存在?
「名前、教えて」
分かった。俺が展開に着いていけてない事が、よく分かった。早く逃げ出したいけれど、微動だにしない俺の体、お願いだから動いてくれないか。
少女が手を伸ばして俺に触れるか触れないかの瞬間。意味不明な雄叫びをあげて俺は来た道を引き返した。
この時の少女がどんな顔をしていたかは知らない。記憶にないし。ひたすら走って走って、それで森の入り口に戻る頃には汗が張り付いていた。久しぶりの全力疾走は身に堪える。
歳のせいか、最近鍛えていなかったからか、疲れがどっと出てきた。前ならこのくらいは走れたのに。だんだんおじさん化が進んでいる。
森の奥を振り返ると、暗い空気が漂っているだけだった。どうやら追っては来なかったみたいだ。良かった。
それで、俺は野営地まで戻った。
たった一度の邂逅。
これでおさらばできると思ってた。
後に自分の見立て違いってことがよぉく分かるけれど、この時は危機を脱したと錯覚した。
※2021.7月に横書き用&細かな描写の修正をしました。