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エピローグ【サイドA】

本日連投一話目です。


※2021.11月に改稿しました。

 無情にも、怪我を理由に拘束された上に『癒』に軟禁されることになった。私は自分の運の無さを嘆く。

 つい先日も薬品の臭いに囲まれた診療室で臥せっていた。しかし、トリシャに渡した魔道具が作動したからネグリアの制止を振り切って、転移した。

 後が怖い。薬も持ち出したから、相当怒っているだろう。でも仕方ない。トリシャが危なかったから。


 そして、『癒』の部長は、私が局部麻酔をしてたのに気付いて、医者に拘束するように笑顔で告げた。薬物を始めとした持ち物も全部没収、と。どう考えても、暗器にしか見えないものばかり所持しているから、私は早々に危険人物扱いされているのだと気付いた。脱走の恐れを見越して鎮静剤まで打たれている。


 ああ、もう。どうして不運続きなのだろうか。そもそも、この怪我はルクスの遠征で負った。

 精霊に関する調査を、するだけのはずだった。わざわざ違和感のないように、ただの学生の振りで入国した、のに。


 何故か、話を聞くはずだった相手は、追われていた。子連れで。助けた結果、子供達を護衛する羽目になった。燃え上がるのはもう数年後だろうけど、確実に着火して大火事になる。その位、大きい火種をルクスに振りまいた。


 それも、数歩譲って、まだ仕方ないとしよう。だけど、そこで次元の違う問題が生じた。

 そして決める。私は見ざる聞かざるで過ごすことにした。もう思い出したくもない。


 気を紛らわせようと寝返りを打ちたくても、縛られて打てない現状。こんな静かな環境では、色々と考えてしまう……よりによって魔術師協会がトリシャの依頼を受けてるのは、何かの思し召しですか。

 誰もいない天井に向かって、問いかけた。ここまでの失態を踏んだ自分に、ため息しか出ない。


 トリシャに真相を今まで言えなかったのは。私の踏ん切りが着かなかったから。

 あの当時を思い出す。私と先生がサイネリア村に到着した時には、もう誰も助からない状態だった。


『『毒娘』を……生きて、外に、出しては駄目、だ』


 四十代ほどの男性は、まだ辛うじて息のあったトリシャの父親は。娘の死を願った。周りには、恐らく彼の妻らしき人が事切れていた。二人は、致命傷だった。


 そして、トリシャの師匠に当たる『毒娘』は、生存者に毒を盛って回っていた。同胞を葬った彼女は、私達を見て、微笑んだ。


『これも、神の思し召しでしょう。看取ってくださる方がたがいらっしゃるとは』


 自分の家族を、隣人をこの人は殺めている。何故、と。そう私は思った。でも、先生は分かっているようだった。理由は聞かないで、介錯を申し出てた。


『いいえ。私は私の手で終わらせます。遅らせたサイネリアの滅亡が、今、来ただけなのです』


 それには否を示した『毒娘』は、ただ穏やかで。どこまでも静かで、そして哀しい声。


『トリシャは、あの子にはその宿命を受け止めるだけの心が育っていなかった。だから、その刃はあの子に振り降ろしてあげてください。『毒娘』だけは、名誉ある死を遂げる事は出来ないのです……だから』


 私が止める間もなかった。彼女は自らの首を掻き切って斃れた。


 転がってたセレ・ジェの者達を一か所に纏めて焼いた後、私と先生でサイネリア村の人達を埋めた。

 炎に撒かれていく村を目に焼き付けながら、私は思う。分かっている。『毒娘』の能力が、あらゆる意味で脅威であることは分かっている。


 でも、トリシャの父親は決して、娘を嫌っていたわけじゃない。トリシャの師匠も、トリシャを案じていた。何もなければ、生きていて欲しかった、と。そうその目は物語っているように私は思えた。


 そんな苦悩の目に、時々任務で遭遇する事がある。

 我々の仕事には、暗殺が含まれている。序列に入ってる人は、須らくその業を背負っている……私も、先生も。医者のはずのネグリアも。


 我々ウィティウムは、同族狩りの組織でもあるからして。

 魔族に覚醒してしまった人。その中には、魔物として処理を要する人達がどうしても一定数、現れる。


 ――何故なら彼らは、人を食料とする食人型という吸魔衝動を抱えているから。


 幾つかある吸魔型。

 魔族はこの吸魔には抗えない。魔力が底を尽いた時、そして特定の状況に置かれた時。抑えていた吸魔が現れてしまう事がある。魔族の本能のような物。

 そして覚醒したらどの吸魔型になるかは、推測出来ない。誰も選べない。同じ血筋であっても、違う事もある。総帥と補佐がいい例だ。


 色々な国が地下組織であるはずのウィティウムにある程度の便宜や融通を図るのは、食人型になった可哀そうな人達を処分させるため。

 覚醒する前の境遇とは関係なく訪れる事故のような、避けられない宿命みたいなもの。


 私の吸魔型だって、かなり際どい特性だ。吸血型と呼ばれる私の吸魔型は、どうしても血を求める。食人型と間違われる事例だってままある型。血に酔って殺人だってやらかす型。違うのは、人を食べたいなんて思わないで、あくまでその血だけを求める事。人を死に至らしめずとも吸魔を行える事。ただそれだけ。


 でも。でも、トリシャは違う。

『毒娘』はその力を自分で制御できる。吸魔と違って、自分の意志でどうとでもなるの。

 それなのに、隣人や、愛する家族が豹変して、己を食い殺そうとしてくる。そんな憂き目にあった人達と、似たような表情をしていたの。トリシャの父親と『毒娘』は。


 違う。全然違う。

 魔族の私が生きているのを許されている現状で。

 それでも、彼女は生きていてはいけないの、と。死ななければならないの、と。当時の私は割り切れはしなかった。

  人としての私は、もう一生を終えている。魔族化する時に、死んだことになった。でも、こうして別人としては生きられている。


 おかしいでしょう。魔族が生きていいのなら、トリシャだって生きていいはず。

 確保した時のトリシャも、全身全霊で生きたいと、そう思っていた。聞かずとも、レイアの様子からしてそうだった。表情にも出てた。

 そして、ヨハネスに、サセックの王子に楯突いた。先生に怒鳴られて、迷惑をかけても引かなかった。


 これはトリシャの為じゃない。私の為で、自分の我儘。

 どこにでも、いくらでも、不平等や不条理なんて転がっている。トリシャが死んでも、それはその不条理に当たってしまっただけ、とも。

 だから、私はトリシャに託しただけ。私の代わりに、人として生きてほしいと。そうすれば、人間でなくなってしまった私の気持ちは、慰められる。


 結局、人間のトリシャを私は見送る事になる。ネグリアにも忠告された。深入りをしすぎたら、きっと私は耐えがたくなると。

 彼の言葉通りだろう。でも、私は現在もこの我儘を通している。ずっと通し続ける。人として普通に生きて、人として幸せになってもらいたいと。そう私は願っている。


 だから、ずっと言えなかった。言えなくて、そしてこんな事態になっている。言わずに済む訳がなかったけれども。せめて、彼女が自立するだけの力を付けるまでは。

 ヨハネスはトリシャが『毒娘』として猛威を振るわないと誓うなら、サセックにその場所を作ってくれる。そういう人。


 はあ……上手くいかない。大体いつも。どうしてなのかしら。脇腹の痛みが酷ければこんな思考をする気も起きなくなるのに。

『癒』の医者は優秀だ。痛いけれど、思考を遮るほどの痛みにはなっていない。これだけ不安に駆られていなかったら、安眠できただろう。


 今朝はトリシャを村の人達が眠る場所へ連れていった。

 誰も私は名前が分からないから、ただ持ち物を墓標に掛けただけ。それも、色褪せたり無くなってた人もいた。

 感情の波なら、精霊を見れば分かるけど。あの時のトリシャは、複雑な思いだったくらいしか、読めなかった。

 ただ言われたのは。


『……もう、いいです』


 それだけ。何を良しとしたのか、全然分からなかった。トリシャがクレシアスを摘んでる間、私はやはり怖くて聞きそびれた。

 トリシャは今後、どうする気なのか。せめて、私の精神を抉るような詰り方だけはされたくないと思った。立ち直れなくなる。

 断罪の予感に唸ってたら、カーテンの隙間から声が聞こえた。


「パミラ、みんなはどうだい?」

「そうですねぇ……重症なのはリーメアさんで、他の子達は命には別状ありませんでした」


『癒』の部長の相手は、導師か。魔術師協会のトップ、協会都市の代表者だ。


「別状ないって、大体他の人なら怪我どころじゃないよね」

「やんちゃなのは、学生の時からじゃないですか。特にフィロガ君とかディート君なんて、常連ですし」

「ははは、いい加減、落ち着いたのかと思ったんだけどね、あの二人」

「こっちは毎回、度肝抜かされますよ。もうっ、本当に……ん? フィロガ君が門限過ぎてる! 捕獲してきます、一号、ゴー!」


 慌ただしく『癒』の部長は出て行った。

 フィロガ、どうしてそう皆の気を揉ませることを。いや、私は人の事を何一つ言えない。先生やネグリアにはいつも怒鳴られるか呆れられるか。


「どれ、様子を見ておかないとね」


 導師は独り言を言いながら、私のいるスペースに入り込んだ。

 ばっちり目を開けているから、目が合う。

 白髪を三つ編みに纏めて流している老齢の男性。琥珀色の目はぱっと見、穏やかそうに見える。

 ただし。彼自身は穏やかなだけの人ではない。たぶん。そういう人が協会のトップになれるわけがない。


「本当に、どうしたものかな。俺としても、無下に出来ないのが悲しいよね……はぁ」


 そう言いつつ、彼は私に近づく。私は身動きはできない。

 懐に手を差し込んだ導師は、紙を取り出した。そして、私の目の前に持ってきて、明かりを照らす。読めと。そういうことか。


 文字を目で追った。この内容、彼も読んだのだろう。 全て理解し終わった私はやっぱりついてない、と自分の不運を嘆いた。気のせいでなければ、導師は同情してる。


 そうですね、はい。いつもの事です。

 話せたらそう言ってる。今は、寝た振りをしてないと駄目。


「まあ、それなりにゆっくりしてて」


 そして私は予定調和の荒事にまた巻き込まれるのが決まった。

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