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 メアは重苦しい話が全部終わった後、声をかけてきた。


「マテウス。これどうする」


 その傍にいる襲撃者達は縛られたまま放置だから、色々と大変なことになっている。近付きたくはないわね。そんな様子の彼らに、物を見る目を向ける騎士の人。


「転がしとけ。捕虜は捕虜だ」

「相変わらず」

「問題はどう運び出すか。事故で数人はマッドベアに処理されたと、そう報告でもするか」


 非人道的な内容を言いながら彼はメアの側に寄っていく。起きない襲撃者を足で小突いて「こいつはもう駄目だな」と呟いている。

 何が、駄目なのか。私達は知らない振りをしている。


「メアよりそれらしい」

「あ? 比べるな、『死神』」

「だから、メアはルージュレイヴンと言ってる」

「何も間違ってないだろうが」

「全然、違う」


 騎士の人が話を無視して襲撃者を左右に分け始めた辺りで、メアは切り上げた。二人とも軽い口調だったけれども、命の選別よね、その人がやってたことは。


 移動なんかできないから、予定どおり一晩は留まる必要がある。

 この空間で一晩は、精神的にはきついけど。こんな状況でも休息は取らないと持たない。

 みんな、魔力を結構使っているから限界なのよ。疲労が明らかに見えるヤンは即眠ってもらう。私も眠いけど、順番待ち。


「とんでもねー事に巻き込まれたな」


 比較的元気なディートリヒがささくれだっている。そうね、色んな事がありすぎた。あの後、フィロガは落ち着いた。それでもメアに疑わしいって視線は送ってる。あんたも、隠すの止めたのね。


 そして翌日。日が昇る頃に、トリシャとメアは二人でどこかに出かけて、戻ってきた。トリシャの様子から、悪い事ではなかったのだと思う。

 準備を終わらせてたから、二人が来た段階で私達は村から出て行った。騎士の人は襲撃者達と一緒に村に残った。一人だけでも平気なのか、とも思ったけれども。メアは心配してない。だったら、私はもう気にしないことにした。

 本当はメアの謎の行動も色々と気になるけれど。聞くに聞けない。


 昼近くになって、昨日私が戦闘で木々を伐採した場所に出た。

 そうね……見晴らしはまた悪くなってた。地面が、隆起している。そこには、マッドベアが横たわっていた。頭を潰されているのが、遠目で分かる。


「ざけんなよ! おいこんなになってるって情報無かっただろ!」

「あー……すんません、担当者に言っときます」

「これじゃあの『魔物誘導機』が起動するだろ!」

「まぁまぁ、隊長さん、落ち着いてくださいって」


 ええ、その更に向こうには見知った顔とかもあった。言い合ってる一人は、私のとこの隊長だった。

 もう一人は、髭が濃くて山賊みたいな人。他にはバーナードと、普段は隊の衛生係をしている同僚も見つけた。他はこの国の人達ね、制服からして騎士かしら。

 駆け出したバーナードは、私達が何か言う前に説明しだした。


「心配しましたよ! まさか、凶暴化した魔物が居るとは思っておらず。魔術師組合員のジェイクさんも把握してなかったそうで。ああ、トラヴィス、頼むよ」

「はいよー」


 軽い口調で同僚が私達の怪我の具合を確認していく。みんな、聞かれたことしか話さない。メアは隊長達からすればいきなり出てきた人なのに、それについても誰も触れない。


「でー……魔力的に、ヤンとラインハルトさんが規定値下回っててー、フィロガさんとリリーもヤバめかー……ベルさんとリーメアさんは静養が必要、と。参ったなー、あーなんで三人しか入国できなかったんでしょーねー」

「さあ。僕らには理由は知らされてないからね」


 間延びした声で同僚が話す。オーバーアクションに磨きがかかっているわよ。

 逆に、肩をすくめるバーナードは、私相手の時とは違って修飾過多な表現はしない。同僚はにこにこしたまま傍らに控えているサセックの人に声を掛けた。


「そこの騎士さーん、協会の『剣』に、是非是非、討伐要請するのお薦めでーす。あ、金額はこれくらい」


 この人、ちょっと営業をごり押しするのよね。魔物駆除も確かに仕事のうちだけど。そしてサセックの人に咳払いされた。


「魔術師殿。今回は所属の方々の救援で来られたのだろう?」

「そうですけどー、お困りの際は、ご用命くださいね」

「ああ、心に留めておこう。だが、彼らにはまず治療が必要なのではないかな。この魔物の調査はまたの機会にでも」


 サセックの人はやんわりとここから離れたそうにしている。

 魔物が住み着いていれば、もちろん長居はしたくない。当たり前の感覚。ただ、トリシャの村があった事を考えると、別の可能性もある。言わないけど。


「そうですね。今回は、我々の同胞のためにわざわざ時間を割いていただき、本当に感謝申し上げます」


 バーナードが同僚の耳を引っ張りながらお辞儀をする。容赦ないわね、同僚は痛そうにしているわ。

 隊長はサセックの人達と話し合いが終わって声を張り上げた。大所帯だし怪我人も多いから、協会に一度帰ってから事情聴取と。そう話がまとまったらしい。


「撤収! ほら、撤収だぞ野郎共!」

「隊長ー、女性も混ざってますよー」

「言葉のあやだ!」

 

 サセックの人達に森の外まで案内される。やっぱり、この人達はサイネリア村までの道のり、分かってるんでしょう。じゃなかったら、到底無理よね。サクサク進むのは。

 転移する前に山賊っぽい人がこっち側に近づいて、笑う。


「じゃ、俺も組合に連絡つけなきゃあかんので同乗しますわ。それと、協会に詫びも入れねーとやばいんで」


 山賊の人を、誰も、拒否しないんだけど。私が口を開く前に、バーナードが話しかけたりするから、指摘が出来ない。

 そして戻ってきた転移陣の部屋で、同僚が親指を上げる。


「なかなかに曲者で固められたんで、ああ、これは厄介ごとだって、隊長が判断したんです」


 何についてよ。それだけじゃ、分からないわよ。そう思ったら、隊長が同僚の頭を軽く叩いた。


「おい、リーメア・スレイと依頼人がまだいるだろうが」

「あ、そうでしたー。きょうかーん、教官が一番重症なんで運んじゃいますねー」

「メアは平気」


 全く聞いてない同僚は、逃げそうなメアを即座に抑えつけて用意されてたタンカーに縛った。


「早速、教官の教えが役に立ちましたー」

「……それは、何よりで」


 ああ、受講してたから。身体強化の訓練。明らかにメアは嫌がっているけど、諦めたみたいね。自分が教えた物だから、余計に言いにくいでしょうし。同僚はやっぱり笑ったままよ。


「バーナードー、一緒に運んで―」

「分かったよ。トリシャさん、案内します」


 そしてそのまま依頼人だったトリシャもバーナードが声を掛けて連れて行く。あの同僚は、どうしてあんなに強引なのかしら。

 四人が居なくなった後、隊長は胃の痛みと戦っている表情になった。


「で、だ。何があった。リリー、報告しろ」


 隊長が早速報告を求めてくる。緊張するわね、あの村の話だけは、しないように誤魔化さないといけない。


「トリシャさんの依頼で薬草採取の護衛をしていたところ、マッドベアというあの魔物に追われました」

「組合から受託したやつだよな。もちろん、俺も依頼には目を通している」

「はい。それで逃げる際に、マッドベアに追い立てられて森の奥で遭難しました」

「なるほど。狼の死体と大量の血痕があったのは、お前達が交戦したからか?」


 大量の血痕。それは、身に覚えがない。何か言わないと、と思って続ける。


「狼は、そうですけど」

「まず整理するから外野は一旦、口だすなよ。どうしてマッドベアに追い立てられた」

「分かりません。森の奥に入る前は、兆候はありませんでした」

「マッドベアは、本来大人しい魔物だ」

「あの魔物は有名なんですか?」


 私と対峙したマッドベアは、殺意に溢れていたけれど。隊長によると違うらしい。隊長は山賊の人に何とも言えない顔を向けた。


「昔は薬として流通してたし、今でもたまにサーカスで芸を披露してる時があるぞ。余程怒らせない限りは人間を避けるはずなんだがな」


 山賊の人が私を見て答える。少し気安い空気なのはどうしてか。メア達は体よく追い出したのに、組合の人も部外者扱いじゃないのか。私が首を傾げたらその人は生ぬるい目をした。

 隊長が鬼気迫った顔で報告を促してくる。


「殺ったのか?」

「私達は魔物と接近した際に、班を分けました。私とヤンは依頼者と逃走して、残りのメンバーで倒したとは、聞きました」

「なーる程、残りで。そうか。フィロガとベルの怪我はそれが原因か?」

「そう聞いています」

「で、あの不自然に切り開かれた場所は何だ。サセックの騎士達はぎょっとしてたんだが、あれは元からか?」

「あれは、私がやりました」

「何でだ」

「別のマッドベアと交戦するためです」


 言われた内容に回答したら、隊長はお腹を押さえた。


「自然破壊も大概にしろ! 賠償金問題だろ!」

「まあまあ落ち着けって」


 山賊の人は隊長の肩を叩いてる。そして周りをチラリと見た彼は、私以外に目を向けて……ため息を吐いて、「よし」と笑顔。


「ヤーニャ。何隠してる。吐け」

「何も隠してない」

「仕事中は敬語!」


 そう言いながらヤンの頭に手刀をいれた。私が止める前に、ヤンが頭を抑えて叫んだ。


「痛い! なにするジェイク!」


 二撃目。ヤンが涙目だ。誰も止めないし、そんな驚いてない。どういう事よ。


「隊長にお前の計測器、渡せ」

「壊れて微調整がひつ」

「嘘吐くな、バレバレなんだよヤーニャ! 白状しろ!」


 ぐりぐりと、頭に拳を押し付けられているヤンは「痛い!」と繰り返してる。でもこの人は止めない。

 見かねたのか、フィロガが声をかけた。


「ジェイク。そろそろ放してあげてください」

「駄目だぞ。フィロガ、お前も何隠してるんだよ、ほれ、この心の兄貴に教えろって。な?」


 心の兄貴って何。フィロガは今までで一番やりづらそうに答えた。


「いえ、別に」

「あのなー、お前は取り繕うのうまくなったけどな、やっぱ分かる」


 義兄は目を逸らした。この人とは、仲良いわね。ラインハルトが頭痛に耐えるような顔で前に出る。


「ジェイク、貴方こそ何故サセックに黙っていたんですか」


 私は半分置いてけぼりだけど、もしかして、知り合いだったかしら? フィロガと仲が良いなら協会関連のはずだけど。思い出せない。


「勘だ。国家絡みの、厄介事の臭いがしたからだ」

「勘……嗅覚で判断するんですか。相変わらず」

「お前のちっさな嫌味も相変わらずだな」

「勝手に誤変換されましても」

「頭ん中で犬っころ思い浮かべてただろ」

「それこそ妄想ですよ」

「俺はお前見てると、蝙蝠思い出すぞ」

「そうですか。『癒』で脳の精密検査を受けるべきでは?」

「もう止めろって、ジェイク、ラインハルト」


 延々と続く応酬に、隊長がげんなり顔で終止符を打った。そしてヤンの持ち物を全部取り上げた。


「ヤーニャの計測器は即押収する。傷や魔力の処置が先だ、後日こってしりぼるから覚悟しろよ、同好会。リリー、お前は明日までに報告書を書け」


 そしてそのまま『癒』に連れて行かれて検査に回された。

 諸々の魔力と身体検査をしてたら、もう日が落ち始める頃になった。

 メアは絶対安静を言い渡されてベッドに縛られていたわね。抜け出す心配をされたのか。とにかく、悲壮感が漂うメアには同情する。顔に出てないけど、空気感では分かりやすかった。


 トリシャは切り傷以外、問題ないといわれた。その怪我についても、逃走中に誤って切りつけたものだって、誤魔化していた。自分からは嘘を言えるのね。


「リリーちゃん。次は君の番だよ」


 私は『癒』の部長の目の前で魔力測定をしている。ほぼ無傷のディートリヒは部長の補佐をしていた。

 部長はほんわかした空気だけど、患者に危険が迫ったり患者が無茶をしたりすると鬼のようになることで有名で。でも、まあ、私は特に問題ないでしょう。

 あっさりと解放されて松葉杖をつくベルと廊下を歩く。残りは一晩泊まるそうよ。魔力の回復具合の確認と魔力毒の除去で。


「参ったわ。トリシャさんと依頼の料金について全く相談できてないわね」


 ベルは依頼の事だけを話す。そもそも危険手当含め、組合の問題が大きいからそっちをどうにかしないと駄目よね。


「ジェイクさんも、組合との折衝、上手くいくかしら。心配だわ」

「えっと、ベル。そのジェイクさん、って誰だったかしら」


 聞けずじまいだったから、ベルに思い切って聞いてみる。

 こっちを見たベルは驚いた顔をして、そして考え込んだ顔に変わって、苦笑した。


「ヤンのお兄さんよ。覚えていない?」

「ヤンの!?」


 思い返しても、全然記憶の彼方で。


「リリーが学園に入学してから一年くらいかしら。組合に出向になったの。時々帰ってきているはずだけど、会わなかったのね」


 あの頃は慌ただしくて、周りを見る余裕が無かった。

 だからすっかり忘れていたのだと自分に言い聞かせた。だって、ヤンのお兄さんだったら、『剣』の先輩のはずだもの。絶対会ってるはずなのに、忘れてた。あの顔、忘れない気がするのに。

 私は、気まずさを紛らわせるために、もう一個気になってる事を尋ねた。


「ねえ、ベル。メアのあれって、なんだったのかしら」


 目の色が変わるし、血を飲み始めたし、で。普通じゃないでしょう。言動も、メアっぽくなかったし。

 そんな事を思っていたら、ベルは立ち止まっていた。数歩先に進んでた私が振り返ると、一瞬だけ、遠い目をしているベルがいた。


「ベル?」

「さあ、なんだったのかしらね。私も分からないわ」


 すぐに普段通りのベルになったけど。気のせいかしら。振り返る時に見えた笑みは、少しだけ陰っていたように思った。


 そして私は『剣』で報告書を書くことになったけど。

 無理ね。あの契約魔術を最速で破りそうな報告しかできない。悩みに悩んだ末、私は村を見つける前の話と、あの逃げたマッドベアの話を書いて終わった。

 メアは、トリシャが危ないと分かったから来たとだけ。怪我の原因は不明だから書けないし。我ながら穴だらけな報告だ。


 夜遅くまで残ってたら、バーナードが部屋に入ってきた。


「悩み事かい? 天使の憂い顔は綺麗だけど、やっぱり笑ってる方が素敵だ」

「あんた、あたし以外にはもっと普通に話すじゃない」

「ははは、君が天使に見えるだけだよ。僕にはね」


 こっちの歯が浮きそう。誰か、バーナードの目を治療してあげて。報告書をちらっと見たバーナードは、控えめに誤字を指摘した。

 ああ、もうだから私は報告書を書きたくないのよ。苦手なのよ、同じ発音で違う綴りとか。その部分だけ修正して提出したら、彼が協会本部の外まで送ってくれることになった。


 私の家は、協会都市の更に外だから。転移をしないといけない場所にある。

 彼には毒にも薬にもならない話しか振らないようにしている。勤務時間はとっくに過ぎてるし、仕事の話とかもしたくないわね。その上で、全く問題ない話題だけを振るって、結構厳しいのよね。

 歩きながら悩んだ私は、そういえば、と気になった事を聞いた。


「ねえ、『死神』とルージュレイヴンって、何か関係あるの?」


 バーナードは立ち止まる。


「もしかして、教官の事?」

「あ、ええと、そうね。しきりに訂正してたから」


 すぐにメアを思い浮かべられるって事は、バーナードもメアの噂を聞いているのよね。視線を彷徨わせたバーナードは答えた。


「きっと、『赤鴉』の事じゃないかな。ルージュレイヴンは、リスリヴォール語っぽいね」

「『赤鴉』……?」


 やっぱり分からない。バーナードは丁寧に教えてくれた。


「翼が血濡れで赤く染まった鴉。不吉の象徴で、死の使い。それが『赤鴉』だよ。人が多く死ぬ戦場に降り立つとも言われてるんだ」

「結局、『死神』と変わらないわよね、それ」

「こだわりがあるのさ、きっと教官には」


 そう言ってるバーナードは、ちょっと変わった気がする。

 メアに対して、あまり敵意を持ってないというか。以前と比べたら、「教官」って言葉に棘が無い。フィロガといい、彼といい、周りの男達の心境の変化に私はついていけない。


 家に着いたら、もう全部投げ出して身支度だけしてベッドに入る。すごく疲れてとにかく眠い。疲労が溜まったのね。

 その翌日は盛大に寝過ごしたのだけど、もう仕方ないと諦めた。


※2021.9月 改稿しました。

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