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 気を取り直した騎士の人が咳払いをする。


「『死神』、契約魔術を」


 メアは、目を細める。襲撃者を床へ投げ捨てて騎士の人に首を横に振る。


「本人たちは納得してない」

「だから! 拒否権! お前にはないだろ!」


 立場的に、メアの方が下らしい。ちらり、と義兄達や私を見て、メアは俯いて魔術を発動させる。


「……『契約の宣誓を此処に』」

 

 大量の光の文字が空中に浮かび上がって、私達を取り囲む。契約系魔術特有の現象。そして私達は騎士の人から圧力をかけられる。


 逃げるだけなら、私が例えば魔術を使ってみんなを逃がすだけなら、できなくはないと思う。私の魔術を打ち消せるだろうメアは契約魔術を実行してる。この魔術だけは、他の魔術を併用できないから。

 でも、逃げた後が問題になる。きっと救助隊はサセックの人達と一緒に居る。この人が私達を犯罪者と証言したら、状況証拠で黒扱いされる可能性があるわ。


 そうなったら、最悪、協会から戸籍のある国へ強制送還される。そして国の法律で罰則を受けることになるわ。

 私は、保釈金とか払えば釈放はされるかもしれない。でも、フィロガは駄目。本当に呪術師だったのなら、あの国は問答無用で収容施設行き。それくらい、厳しい。他の人達がどうなるかは知らない。


 それぞれ緊張が走る中、やっぱり義兄は無言で署名した。真っ当に暮らしたいなら、フィロガはこうするしかないもの。周りも諦めて署名をする。

 光が強くなって文字が回り始めたから、契約内容を魔術に写し取れば終わるわ。


「『契約者マテウス、フィロガ、ベル、ディートリヒ、ヤーニャ、リリー、ラインハルト、トリシャ。契約内容を』」


 メアの言葉に騎士の人が答える。


「私からは、この村の存在を部外者に秘匿する事を求める。協会魔術師の彼らには見返りとして、サセックの富である魔草の一部を融通する。トリシャ・サイネルには、契約を順守する限りはその生活をこちらから侵害はしない」

「……『他には』」

「『毒娘』とは何か、教えてください。この村がこうなった経緯も」


 メアが契約内容の条件について確認するとトリシャが声を上げた。『毒娘』は、トリシャがあの小屋で話した言葉。騎士の人は、あの村についての事を暗に匂わせているから。そこに、襲撃の理由はあるって、トリシャは思ったのね。


「君は知っているのでは?」

「詳しくは知りません。どこにも、『毒娘』の話は載って無かった、から」

「成る程。交換条件は?」


 一瞬、ものすごい形相でメアを睨みつけてから、騎士の人は見返りを要求する。そして、睨まれたメアは涼しい顔をしている。そんなうすら寒い対立を目の当たりにしたけれども、トリシャはひるむことなく更に踏み込んでいく。


「あと一つ。皆さんが他に漏らしても、命までは、取らないでください」


 真顔で眉をしかめる騎士の人。承服しかねるって表情に出ている。でも、トリシャは一歩も引かないで凝視した。


「その代わりに、私は……私は、クレセリア水の解毒薬を差し上げます」

「解毒、できるのか、あれを?」


 騎士の人はその提案に目を見開いた。

 クレセリアって、毒物だったの? こいつら、地上を浄化するとか言ってたけど、それってつまり、毒をまき散らすって事よね。なんて恐ろしい計画を立てているの。

 ぽろぽろと泣きながらトリシャは辛そうに答える。


「私は、作れます。絶対に、他に漏らすなと、ババ様に、言われたけれど、も、もう、私しか知らないなら」


 きっと大切だったはずの身内との約束。それを、私達のために破った。

 メアがブチ切れるほどの毒なら、まず摂取したら助からない猛毒。その解毒方法を知っているという事は。それだけで、トリシャが攫われた理由が、この村が襲撃を受けた理由が分かった。

 予想外だったんでしょう、騎士の人は忙しなく視線を動かしている。


「私の主には、進言する。確約は……私からでは」


 メアは目が据わっているわね。何も言いださないのは、契約魔術の発動者だから。終わるまで他の発言、出来ないのよ。そういう意味でも融通の利かない魔術。

 でも騎士の人は、その寒気がする視線には気づいている。目を閉じてしばらく葛藤してから観念した。


「私の全力を以て、主を説得する。主を説得できなかった時には……前もって、動きを君達に伝える。それが最大譲歩だ。私は主を裏切れない」


 もし、命の危険があったら、不意打ちをしない。そういうこと。

 結果的に、命は助かるかもしれない。その時は、サセックと協会の全面戦争になってる可能性の方が高いけれど。


 他からは特に追加が出ないと踏んだメアが契約を定着させる。

 文字が砂のように吹き飛んでいって、魔力の残滓だけが充満している。見える魔術師は、きっと霧が立ち込めているように見えるわね。


「『以上を契約とする。ゆめゆめ違えること勿れ』」


 そして契約魔術が終わる。これで、語られた内容が破られればすぐに相手に伝わる。私は額を伝う汗を拭いて、息を吐いた。

 殴られた男については、メアが手当てを始めていた。ところで、メアの怪我は大丈夫なのかしら。すごく辛そうだったのに。


「ねえ、メア、あんた重症でしょ」

「もう大丈夫」


 淡々とした表情からはすっかり痛みなど消えたような、そんな空気さえ漂っている。解せない。大丈夫なわけないわよ。縫ってたじゃない。


 まだ回収が終わってない襲撃者が居たらしくて、メアが何往復かして一か所に纏める。さっきの男みたいに目が覚める危険もあるけど、何かしらの薬を襲撃者達に流し込んでた。


「それ、毒?」

「違う。麻酔」


 何でそんな物を持っているのか。私は追及しないでおいた。メア、そういうのは無茶苦茶というのよ。自分にも使ったでしょ、痛み止めの為に。

 言える空気じゃないから言わないけれども。


「それで、貴方がたのご関係は」

「『死神』……リーメア・スレイが、傭兵というのは知っているかい?」

「傭兵組合の所属とは聞いています。しかし、国の子飼いだったとは知りませんでした」


 ラインハルトが切り込む。襲撃者達と、その監視になったメアには話が聞こえないように、魔術で防音を施して。とことん、メアを信用していない。

 警戒心丸出しの言葉に、騎士の人は首を振る。


「違う、魔術師殿。彼女を子飼いだなんて、我々の品性が疑われる」


 彼個人は、始終メアと関わりたくなさそうにしているのよね。仕事だから仕方なくって感じしかしない。


「ではなぜ協力を?」

「事の発端は、ここサイネリア村の事件だ」

「僕が思うに、彼女も関係あるようですね」

「トリシャ・サイネルはここの村出身だからな」


 トリシャが沈んだ顔で視線を落とした。騎士の人に名前を知られているといい、さっきの契約魔術の交換条件といい。この状況の中心人物には違いないわ。


 事情を聞いてなかった人達は、はっとした顔になる。でもフィロガだけ一段と目が鋭くなった。

 ベルが心配そうな声でトリシャに聞く。


「トリシャさん、そうなの?」

「はい……」

「でも、貴女、遭難する前はそんな素振りなかったように思うのだけど」

「ここが、この森が、私の村があった場所だった、のは。知らなかったんです」

「あー、何かあったんだな、トリシャ」


 ディートリヒが言葉を濁した。どう考えても異常よね。話を聞かずとも、不幸な目に遭ったのは、この村の現状で分かるし。踏み込めるわけないわ。ラインハルトだって村の様子を思い出して躊躇している。

 そこに、フィロガの声が被さる。


「メアに、騙されていたって事?」

「それは、全然分からなくて」


 何をどう考えてそういう話になったのか、私も分からないんだけど。疑問形にしては、なんだか、断定してるような口調だ。トリシャは義兄の様子が怖いのか、なんなのか、居心地悪そうに視線を逸らしてる。

 じっと考えたフィロガは「なるほど」と、呟いた。


「あまり関わる気は、無かったんですけど。この村を襲撃したのって、国なんですか?」


 ため息を吐いた騎士の人は、義兄に目を向ける。どうして自分から危険な話に飛び込んだのよ。みんなして動揺しているわよ。 


「明確な回答をすべきではない内容だが。君は知りたいようだね」

「すみません、こちらにも、事情があるので」


 きっとフィロガしか分からない事情。私も覚えはない。

 ただ、そうね。ディートリヒが目を閉じて集中しているって事は、フィロガの魔力が暴れ狂ってるってことよね。つまり、全く冷静じゃない。

 普段は、こいつはなるべく感情的にならないようにしている。魔力の制御が難しくなるから。メアよりはマシぐらいな程度には、表情が怖い。


 騎士の人は特に臆していない。単純に義兄の様子を観察しているだけ。


「君の事情とやらは分からないが、リーメア・スレイ絡みだろうことは理解した。君達は彼女をそれなりに知っているようだな」

「ここ二、三カ月程度の付き合いです」

「そうか。先ほどの疑問に関しては、半分は正解と言えるな」


 トリシャは大きく目を見開いた。


「な、なんで?」

「セレ・ジェが、彼らがこの村を襲撃した。そして、『死神』達には後始末を依頼した。村を消すために」


 二の句も告げないトリシャを見る騎士の人は、淡々とした顔。


「理由は、この村の特異性による。ここ、サイネリア村にはね。『毒娘』と呼ばれる女性が生まれる。そう、君の事だ、トリシャ・サイネル。彼らの目的は、『毒娘』の知識と、その能力。さっき、君が聞いた『毒娘』が何か、に対する答えだ。彼女らは、『毒娘』はありとあらゆる薬を作る事の出来る者達だ。たとえ教えを請わずとも、材料さえあれば薬を作れる。そう、薬も、それこそ毒も、望んだ効果の薬を予備知識なしで作れる」


 トリシャは唇を噛んで俯いている。きっと、心当たりがあったのね。


「サイネリア村は、その能力を治療薬に利用した。裏社会にでも毒や麻薬を流せば儲かっただろうが、彼らは高潔だった。決してそんな事は、望まない者達だったからこそ、私の主と彼らは密約を交わしていたんだ。サイネリアの技術が悪用される恐れがあるならば、村ごと消す。そういう契約だ」


 見る見るうちに、トリシャはまた泣きだした。声も出ないほど、震えている。


「……責任は、我々にある。事前に対処できていれば、『死神』達には襲撃者の殲滅のみを依頼した。そういう事だ。君は、ただの被害者だ」


 騎士の人は、トリシャに負い目を感じているわね。

 トリシャがどうして攫われたのか、全部知ってるなら。トリシャが招き入れてしまった人とそのセレなんたらが繋がってたかどうかも知っているんでしょう。

 私は声も掛けられないわよ。あまりにも酷い話すぎて。

 でもフィロガは追及しだした。


「村を消すなら、普通は全員始末するって事だと思うんですが、どうしてトリシャは生き残っているんですか?」


 ふざけてるのかしら、こいつ。もう少し、トリシャの事を考えなさいよ。イラっとして義兄を睨んだけど、こっち向く気ないみたい。


「メアは、トリシャの毒を当てにしてるんですか?」

「フィロガ!」


 ただでさえこんな事実を聞いて、トリシャは傷ついているのに。余計に、傷口を広げるような、そんな質問に私はついに我慢できなくなった。

 表情が抜けて素に近い顔の義兄が私に向けられる。


「何、リリー」

「あんたは、関係ないじゃない」

「関係ないかどうかは、俺が決める事だよ」

「今の話の、どこが、あんたと関係、あるのよ!」


 黙り込んでいるフィロガは、私を睨んでる。私だって睨み返す。

 地面に落ちてる小石がカタカタ音を立ててる。こうなるのは分かってる。二人して怒ったら、周りにまで影響出るのよ。分かってる。私の魔力の制御も甘くなってる。頭では分かってる。でも、こいつの態度が気に入らない。


 そしたら、メアの声がした。


「フィロガ、リリー。メアは、一度もトリシャに毒を作れなんて頼んでない」


 予想外の方向から冷や水を浴びせられて私は怒りが逸れた。


「……向こうの音声は、聞こえるようにしてたんですが」


 ラインハルトが気味悪そうにしている。防音出来てなかったの? いえ、彼の魔術は正常に動いているし、こちらの音は漏れてない。それは分かる。

 フィロガは胡乱げにメアを見る。


「キドナとレイアが乱闘してるから、たぶん、リリーとフィロガが喧嘩始めたと。マテウスが、きっと話したのだと……違った?」


 キドナ、とレイア。メアが言っていた精霊の事よね。精霊じゃないけど、似たような存在を私は知っている。だから、いても不思議じゃないんだけど。

 ヤンは小さな声で「怪奇現象?」と呟いている。ベルとディートリヒは、少し強張った顔。騎士の人だけは遠い目をしている。


「気にしないほうが良い。時々、意味不明な言動で我々を弄するから」

「マテウスがメアを馬鹿にしたのは分かった」

「気にしないほうが良い、気にしたら、負けだ」


 メアは、こっちを見ている。でも、騎士の人は背中を向けているのだけど。自分に言い聞かせているように思うのは、気のせいかしら。

 額に手を当てながら、フィロガに騎士の人は話す。


「……前提として、『死神』は、考えなしだ。そんな行動が目立つ。だから、打算は、あるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、トリシャ・サイネルに関しては、その場の勢いだった」

「どういう事ですか」

「依頼を覆そうと直談判をした。私の主に」


 彼の主が誰かは知らない。名前、メアは言ってた気がするけど忘れたわ。知ったらそれこそ陰謀に巻き込まれるからもう聞き流してる。

 騎士の人は心底呆れた声で続ける。


「無論、主は難色を示した。そしたら、この馬鹿女は彼女の面倒を見ると言い始めた。それこそ、『毒娘』の私的利用は一切しないで、ただ面倒を見るだけと。制約魔術まで飲んだ」


 さっきから剣呑だった目のフィロガは見開かれた。予想が外れて驚いているって顔だ。


「主は更に条件を付けた。セレ・ジェの壊滅に協力すること。それをもって、トリシャ・サイネルの命は摘まないと約束した」


 制約魔術は、契約魔術と似ていて違う。術者が課した条件に対象者が従うもの。一方的な契約ともいえるわね。

 協会魔術師は協会に入る時に、制約魔術で一定の縛りを受けるわ。だから、その強制力は自分たちで分かっている。他でもなく、フィロガだって。


「そしてその場に居合わせた私と『死神』とに接点が生じたわけだ。要らなかったが。本当に、要らなかったが……これ以上は、私は語る言葉を持ち合わせていない」


 そう言って、騎士の人は話を打ち切った。フィロガは複雑な表情になって、話を広げることは無かった。


※2021.9月 改稿しました。

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