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※人によっては、残酷描写注意です。

 村の中には誰もいなかった。


「今頃、瀕死か死体に」

「集中力を削ぎたいならもう少し捻って話したら?」


 男性が悪態をついても、私達はそのまま進む。繊細な魔術を使ってるから、ヤンは男性の言葉をほぼ聞いてない。一点集中が得意だから余計に。

 荷物置き場代わりの場所にも人の気配がない。やっぱり、こちらは陽動だったらしい。ただ、あまり心配していない。魔物だって、連携して狩る事は出来る人達だもの。人相手なら、余程じゃなければ遅れは取らないでしょう。


 それにしても、この場に争った形跡が無いのだけど。一体どういう状態なのかしら。


「――!」


 私が頭を悩ませていると、遠くで声がした。内容は聞き取れなかった。男性も聞こえたのか、そっちの方向を向いているわ。


 首を傾げていると……目の前に人が落ちてきた。


 ええ、人だった。死んではいない、気絶している。

 それだけじゃなくて、村の外れで、数人、宙に浮いてすぐ墜落した。ここに飛ばされた人間を見る。飛距離的には、致命傷を負ってもおかしくない。でも、地面に激突する寸前に、速度が弱まってた。


 私は無言で荷物から縄を取り出して降ってきた人を縛る。冷静でいるって大切よね。男性は目を見開いて固まっているけれど、無視した。ついでに男性の手足を同じく拘束したけど、嫌味や暴言も忘れて素直だったわ。

 男性の武器も全部取り上げたのを見届けて、ヤンが地面に座り込んだ。魔力の残量が規定値を下回っている。限界をもう超えているのよ。でも、男性の手前、心配する声を掛けられない。


 そうして待つ事、数分。義兄達は戻ってきた。

 ただ、私は意味が分からなかった。怪我人のはずのメアが気絶した人を二人、引きずっている。義兄とディートリヒは顔が青い。ベルとラインハルトは無表情。何が起こったのよ。

 真っ先にトリシャが駆け寄ってくる。


「大丈夫でしたか!?」

「ええ、一人だけだったし」


 答えたけど、トリシャよりもメアの方が気にかかる。明らかにメアの様子がおかしい。あの怪我は、放置しようと思ってもできるものじゃないはずだ。

 メアはこっちには反応せず、手元の人達を一か所に縛り付ける。そのまま軽い足取りで私達、というかトリシャの元へやってくる。


「トリシャ、ご褒美は?」

「え、と、メア様、ここではちょっと、あのー」


 そう、転がる鈴のような声でトリシャに笑いかけるメアは、楽しそう。

 瞳の色も普段の深海の蒼とは違った。月の色。黄色味が強い月のような金色だった。私の見た目を変える『色移り』とは、違う。魔術を使っていない。


 しどろもどろになるトリシャはメアから一歩後退した。でも、メアはそれに合わせて身を乗り出す。


「いいでしょう、今回は頑張って殺さなかったんだし」

「あのー!」


 全く、トリシャの言葉を聞いていないわね。そして不穏な単語が聞こえたけれども、私は無視した。

 メアは少しだけ悲しそうに上目遣いでトリシャに迫る。


「ダメ……ダメ、なの? ……あんなに、頑張ったのに」

「そのー、色々問題が!」

「そんな。じゃあ、殺していい?」

「それも問題です!」


 さっくりと片付けようとするメアに、トリシャは慌てた。問題どころじゃない、事件よ。暗殺者って事を隠すの辞めたのかしら。元から薄っすらと見えていたけど。

 じっとメアに見上げられているトリシャは心底困った表情。そして、目だけで必死に周りの助けを求める。ごめんなさい、トリシャ。誰も助けられないわ。

 彼女は最後にギュッと目を瞑って、ぶんぶんと音が鳴るくらい首を振った。


「ちょ、ちょっとだけです! ちょっとだけ!」


 それを聞いたメアは、満面の笑みでトリシャに抱き着く。

 その笑顔、どこかで見た気がする。どこだったかしら。フィロガが倒れてた頃に見たような気がする。


「ありがとう! トリシャ」

「本当に、ちょっとだけだから!」


 敬語も抜けたトリシャは、それこそ子供か動物に言い聞かせるレベルの口調。涙目になっているけど、メアは気にもかけてない。

 おかしくなったメアを観察していると、トリシャは刃物を引っ張り出した。


「ふふ、楽しみ」

「本当の本当にちょっとだから!」


 そう叫んでトリシャはいきなり自分の手首を切りつけた。


「った……」


 本人は痛がっている。当たり前よ、痛いに決まってるじゃない。静脈を切ったと思われるから、そこそこ深手。暗褐色の血液が肌から染み出ている。

 目を細めているメアは、おもむろにトリシャの手首を取った。そして、緩く笑ったまま、切り口に……唇を付けて。メアはまるで警戒心の無い子どもみたいな表情でその手首から流れ出る血を舐めとっていた。楽しそうに。美味しそうに。


「トリシャの、やっぱりおいしい」


 そんな時間はかからなかった。唇を舐めて満足そうにしているメアは、猫が獲物を平らげた時と似ている。今、ここにいるのは本当にメアという人間なんだろうか、と。そんな感想さえ、抱いた。

 そして、数度瞬きをしたら、メアの目は青に戻った。見慣れた、海の色。このメアは、私の知っているメア?


「メ、メア」


 声を掛けたら、メアは我に返ったように私を見た。良かった、いつも通りのメアに戻った。さっきまでの空気は霧散して、きょとんとしている。


「リリー?」

「あんた、大丈夫?」

「だいじょう……ぶ、と、は……!」


 トリシャの手首に視線をずらしたメアは、目を見開いて、それはそれは素早く物陰に隠れた。本当に、猫になったのってくらいの早業で。誰も呼び止められなかった。


 私は向かい側の義兄達と顔を合わせる。

 ディートリヒはあからさまに目を逸らした。ラインハルトは口を抑えて俯いてるし。駄目ね、助けにならなそう。ベルは硬い表情で首を横に振った。もう、メアの事については触れないほうが良い、と。

 そしてフィロガは顔を青ざめさせたまま、目だけメアの居る場所に向ける。でも、その目付きは、よろしくない。気弱な人は、逃げるわよ。


 微妙に顔の赤いトリシャが止血を始めてほっと一息ついている。むしろこの中で一番早く開き直ってメアに声をかけた。


「メア様、もう諦めましょう!」

「トリシャ黙って」

「仕方ないです、ドンマイです」

「しばらく放っておいて」


 メアは出てくる気配はない。声からしてちょっぴり泣きそうだった。

 もう二人は放置しましょう。そんな事より、こっちのワイヤー使いね。問題は。


「ねえ、結局あんたって何?」


 男性が持っていた協会の魔道具は、大口相手に卸している物だった。それこそ、国家規模の相手に。でも、男性に聞いても眉をしかめる。答える気はないってことかしら。

 そこをまだ隠れているメアがあっさりと暴露する。


「マテウスはこっち側。後は敵」

「俺の身にもなれよ」


 男性は低い声でメアのいる方角に言葉を投げつけた。すごく不機嫌そうだった。


「やだ」

「ああもうこの女!」


 ひとしきり吠えると、縛られたままメアと会話を始める。


「で、どう落とし前つける」

「まだ考えてない」

「あん? こちとら『はいそうですか』って引き下がれるかっつーの」


 私は悪態をついたままの男性に別の質問をする。


「あんたの所属は国?」

「……はぁ。『死神』、貸しだかんな。あー、縄を外してもらえないか」


 迷ったら、ベルは頷いた。襲われたりしたら、ベルが動きを封じるつもりらしい。こっそり魔術を使う準備をしているから。私も、それなら問題ないと思って応じた。

 拘束が解けた彼は深いため息をついたあと、腰からどこかの記章を取り出した。


「私の名はマテウス。サセックの騎士だ」


 態度がガラッと変わったから、きっと潜入捜査の類。

 メアとの会話は素みたいだけど、私達には公人として話す気らしい。公的機関の人間だから、こちらもさっきの空気から切り替えて話を聞く姿勢を取った。まあ、そこで考え込んでる約一名以外は。


「まずは、『色彩の魔術師』と……ヤン、と言ったか。貴女がたを侮辱して済まなかった」


 礼儀正しく腰を折られて私は頷いた。同盟国であるなら、あれは完全に侮辱だ。まあ、私は気にしてないのだけど。ヤンは魔力が底を尽いているから疲労困憊で反応が薄い。


「その連中はセレ・ジェ……いわゆる反政府組織の連中だ」


 そこで区切ったその騎士の人は、私達と同じく戸惑ったままのトリシャに目を向ける。

 はっとしたトリシャは彼の言葉を待つ。


「トリシャ・サイネル。連中は君を諦めていない。君が生きている限りは」

「生きている、限りって、どうして、ですか?」


 がちがちに緊張しているトリシャは、何も知らなそう。騎士の人はメアの隠れている方角に呆れた視線を向ける。


「『死神』、職務怠慢もいい加減にしろ」

「時期を見計らってた」

「俺の仕事増やすな疫病神! 残念だが……君達は、深入りしすぎた」


 彼は不機嫌な表情を改めて真顔で私達に告げる。

 でも、私はというと、気絶してる奴を注視する。こういう時こそ、隙が生まれるじゃない。すぐ対処できる私は監視でいいの。伸びているとはいえ、もし起きて襲いかかってきたら困るし。時間もあるから、隠し持っている魔道具を探っておきましょう。

 

 そう決めて実行していると、ラインハルトが話しだす。この場でこういう交渉をするんだった、一番得意だから。でも、完全に騎士の人に押されているわね。


 内容を聞き流しながら、私は義兄をちらりと見る。その表情は、たまに見ることがある。例えば、協会都市を歩いてる時に、いきなりやってくる女の子たちに対してとか。同期らしい『飾』の人達とすれ違う時とか。

 要するに、フィロガにとって、迷惑とか嫌いな人に対して向ける表情なの。メアの方を見ているから、義兄的にはそういう人間、ってカテゴライズした、と。

 ただ、どうしていきなり心変わりしているのかが分からない。だって、普通だったわよ、この襲撃が起こる前までは。


 襲撃者が持っている魔道具の把握が終わったから、後は普通に監視するだけ。

 二人が険悪な雰囲気を醸し出している中、気絶していた内の一人が身じろぎする。みんなの注目が二人の会話に向かっていると踏んで、そいつは魔道具を起動させようとした。

 だから私はすぐにその魔道具を破壊する。


「無駄よ」

「っ魔女め!」


 言葉に出したのは、ただ周りに知らせるため。

 起き出したその襲撃者が声を張り上げた。そして、私達と騎士の人を見て、憤怒の形相になる。


「っ貴様、裏切ったな!」

「元から敵だ。安心しろ」


 彼は平坦な声で襲撃者に答える。


「ちっ! 我々の崇高なる目的のために礎となれ!」


 また魔道具を使おうとしたから、今度は無言で壊した。魔術師じゃないから、探られているの全然気づいていなかったのね。

 効果が現れない事にショックを受けた襲撃者は暴れだした。だから、戦闘の時に使ってた捕縛用の魔術で抑え込む。うるさいから、口も覆った。

 そしてベルが彼らの周りの地面だけを溶岩に変える。


「貴方達の、目的は?」


 ベルは優しいから、怪我させないようにコントロールしているけど。襲撃者は恐怖の目で私やベルを見ている。ファイアーボールを宙に何個か浮かせてベルが続ける。


「もう一度聞くわ。貴方達の目的は?」


 私も怖い顔をして口元の網だけ解除してみる。話す気になれたならいいのだけど。襲撃者と同じく青くなりながら、騎士の人は強張った笑顔。


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれないか、魔術師殿」

「冷静よ、私達は」


 ベルが微笑む。ええ、落ち着いて、情報を得るためにわざとこうしているのよ。

 襲撃者は怖気づいて話せなくなった。その様子を見たベルは、作戦を変えて挑発を始めた。


「でも……見たところ、ただの蜥蜴の尻尾なのかしらね、貴方達は」

「黙れ魔女!」

「尻尾の方が有能かもしれないわね」

「き、貴様っ!」


 こっちの方が正解だった。襲撃者は苛立っているからどんどん口が滑る。煽りに弱いのね。


「だって、何も知らないのでしょう、何もできないのでしょう。なら、バランスを取るための尻尾の方がとても役に立っているでしょう……尻尾に意識があったら、尻尾にさえ失礼かしら」

「この邪悪な血め! くたばれ!」


 威勢だけはいい襲撃者がどこか歪んだ笑みを浮かべた。


「は! 傲慢に振舞っているがいい! クレセリアがこの穢れた地上を浄化するのだ!」


 クレセリアという単語に首を傾けると、隠れてたメアが出てきてそいつを殴りつけた。ベルが魔術を解除しなかったら、焦げてるわよ、メア。

 いきなりの凶行にトリシャと私達も驚いているけど、メアは気にしていない。


「言え。クレセリアはどこだ」


 あの冷気が凄まじい。でも、襲撃者は恐怖か何かで気絶した。


「リーメア・スレイ。先程の流れを、聞いてたか?」


 メアに突っ込んでいる騎士の人は頭痛を耐えている顔だ。襲撃者の胸倉を掴んだまま、メアが無表情で言い放った。


「クレセリアは駄目」

「あー、分かるが、分かるが慎んでくれ」

「しかし」

「引っ掻き回される方が迷惑なんだ!」

「ヨハネスは分かってくれる」

「ああ! 捕まえてぇ!」


 発狂するこの人は、きっとメアに神経を逆なでされ続けている。でも、一緒に仕事しているのよね、恐らく。この二人の関係性も分からない。


「……諸君らも、諦めてくれ。私はそこまで気は長くないんだ。どこかの疫病神のせいで」


 くたびれた風の騎士の人はそれでも、私達に迫った。


※2021.9月 改稿しました。

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