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赤い死神の終の棲家  作者: 木の実あかし
第一章 

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10

 ヤンの言葉を受けて冷気を消したメアの服装を改めてまじまじと見た。

 真っ白なケープを赤い皮鎧の上に羽織るという、ちょっと斬新なスタイル。何故白なのか、私は理解が及ばない。こういう所だと目立つから。


「ところで、メア。あんた、道分かるの?」

「……メアが分かる、というわけではない」


 少しだけ視線を地面にずらしてから、メアは答えた。ヤンとトリシャ以外は一様に緊張している。よく分からない回答ね、自分が分かるわけではないって。じゃあ、誰が分かるのよ。

 そう、聞こうとしたらいきなり怒鳴り声が響いた。


「何を企んでるんですか!? 答えてください!」


 真っ赤な顔でトリシャがメアを睨みつけている。今までで一番、声が大きかった。

 メアは言葉少なにトリシャを凪いだ目で見つめている。驚いてはいない。つまり、初めから詰問されるのは予測していたって事よ。

 

「……何を」

「何のために!」


 メア側の事情は分からない。でも今は、そんな事をしている場合じゃないわ。一番困るのは、あの魔物がまたこっちに来ることだ。気が変わってこちらを追撃してくる可能性は十分ありえる。


「トリシャ、落ち着いて」

「落ち着けって無理です! ちゃんと話してください!」

「トリシャ!」


 激高しているトリシャをどうにか宥めようとしたけど、手を振り払われた。こんな時に、どう声をかければ正解なのよ。私は彼女の気迫に押されて立ちつくした。

 メアは力のない目のまま、トリシャに揺すられる。泣きながらトリシャは叫んでいるのに、何にも答えない。


「どうしていつも!」

「トリシャ、混乱してるのは理解できる」

「ヤンさんに何が分かるんですか!」


 見かねたヤンが私の代わりに割って入った。普段のあの暴走っぷりは鳴りを潜めて、冷静な声でトリシャを諭す。


「君の気持ちそのものは分からない。でも、予想外の連続で参っているのは、理解できる」

「何が!」

「私が思うに、結論は後で出しても遅くはない」

「けつろん……?」


 トリシャがくしゃりと顔を歪めた。

 きっと、ヤンも何となく考えているんだろう。メアがここに来れたのは、あの村を知っていたからだって。そしてそれをずっとトリシャに隠していたという事は、村を襲撃した人間と繋がりがあっても、おかしくはないのよね。現状、何もメアは言わないから推測だけれど。

 ヤンは少しぎこちない笑顔でトリシャの肩を叩く。


「極限状態では、思考も極端になるからな。落ち着いてから考え直すことを勧める」

「わた、し……私の、どうして……」


 迷い子のような、どこにいるかもおぼつかない表情のトリシャは、視線を落とした。

 辛そうなトリシャにも、メアは反応が薄い。

 異様な二人の様子に、義兄達もそろそろ怪訝な顔を隠さなくなった。ラインハルトなんか、目がどんどん鋭くなってくるし。

 だから、私はメアの腕に触れる。


「メア、あんたも少しは何か言ってあげ」


 メアの体が、傾いた。

 慌てて手を差し伸べると体重が掛かる。ずっしり来ているから、自分で支えられなくなってる。呼びかけて脈拍だけ取る。生きてはいる。でも、やけに早い。


「ちょ、メア!? あんたどうしたの!」

 

 ディートリヒが急いで寄ってきて色々と確認すると、その眉間のしわはかなり深くなった。

 そのまま強引に皮鎧を外したら理由が分かった。横腹のあたりが。インナーで良く見えないけど、赤く濡れている。


「おい、何だよこれは」


 止血しながらディートリヒがメアに聞くと、ワンテンポ遅れて返事が来る。


「……ここじゃ、ない。数日前」

「重症じゃねーか、馬鹿かお前!」


 そう言いつつ化膿止めと痛み止めを無理くりメアに飲ませた。その様子を青い顔で見守るトリシャに、ディートリヒが険しい顔のまま話しはじめる。


「嚥下は出来てるから、意識ははっきりしている、が……」


 どうして今までそのままでいられたのか、ってレベルね。

 うろたえているトリシャをおいて、ディートリヒが私に顔を向ける。救援がいつ来るか確認したら、彼は頭を抱えた。


「参ったな、こいつの怪我で森を抜けるのは無理だろ」


 担架を作ったとして、二人は手がふさがる。

 動きも遅くなるから、どうやっても日中までに安全圏に入るのは難しいでしょう。ヤンの計算はみんな健康な場合の話だから。あの魔物が夜でも動くタイプなら、私達は全滅の危機さえあるわ。


「重傷者を運ぶだけの余力は、僕達にはありませんね」


 周囲を探り続けているラインハルトが会話に入ってくる。ちょっと冷たい口調。私が文句を言う前に、ベルが反論する。


「ハル、その言い方だと、メアを見捨てるって提案をしている風に聞こえるわ」

「僕はただ、現状を説明したまでですよ」

「そう、私の勘違いね。ごめんなさい」


 ラインハルトは弁明してはいるけど、メアに厳しい眼差しを向けたまま。一度、拗れたらこの人は本当に冷たい。ベルもそんな彼の厄介さは分かっているけど、大人だからこの場では流した。

 そして、冷静にベルは次善策を探す。


「どこか、メアを安静にできて、身を隠せる安全な場所へ行かないと駄目ね。洞穴か、囲いがあれば……でも、いざという時の退路も必要……」


 そんな呟きを聞きながら私は迷った。

 丁度、私達はそんな場所を知っている。トリシャの傷を抉るかもしれない。いいえ、絶対に抉る。でも、メアがこのままだと危ないし、トリシャもメアに死んでほしいとまでは思ってないでしょう。

 だから迷ったけど、ベルに相談する。


「ベル、昨晩、あたし達、廃村で夜を明かしたの。もう少し奥、なんだけど」

「廃村?」

「ええ。引き返すことには、なっちゃうんだけど」


 詳しい話はしないで村の存在だけ伝えたら、ベルはメアと森を見て悩んだ。


「あの魔物の縄張りに入るのは、それはそれで危ないわ……でも、私達が来た方向には、いい場所、無かったわね……ここまで、どのくらい歩いたの?」

「朝日が出てから移動を始めたから、大体ここから二時間もかかってないわ。その後に魔物が出て、足止め食らったし」

「その魔物、首の毛が薄桃色から紅色になっていたかしら」

「え? なってなかったわよ。普通に茶色だったわ」

「そう……メアが、言っていたのだけど。番の片方を私達が葬ったから、もう片方はきっと怒り狂って探しているだろうって。違う個体なのね」


 はっきり言って悪い情報だ。二体以上は徘徊していることになる。熊はあんまり群れないのに、あの魔物は集団で生活している可能性も出てきた。

 方針をまとめたベルが、メアを見ているラインハルトに目を向ける。


「……ラインハルト。申し訳ないのだけど、この際仕方ないから、魔道具、リリーに渡してもらえるかしら。制御用の魔道具、リリーは持ってきていないでしょうから」


 ラインハルトは肩をすくめてネックレスを外した。


「僕はそこまで問題じゃないので、良いですよ。ただ、風の魔術用に調整してあったので、他の属性は扱いにくいかもしれないです」

「ありがとう。リリーは炎の魔術も使うでしょうから、そっちは私が制御に回るわ」

「分かりました」


 彼の手からネックレスが離れた直後から、小さな引っかき音のようなものが聞こえだす。断続的でみんなにもずっと聞こえている。

 トリシャが辺りを見回しているけど、音の発生源は分からないでしょうね。


「ああ、トリシャさん。この音、僕の魔力のせいなので。気にしだすとどんどん音が大きくなるらしいので、無視してください」


 他の事に意識を向けていればそんなに大きくならない。これがあるから、ラインハルトは制御の魔道具が必要なのよ。


 私達はトリシャの案内でまた村の方に戻る。大気魔力は下がっているから、ヤンがもしもの時の結界係。ディートリヒと私でメアを運ぶ。


「助けにきた側が倒れたら世話ないだろーが」


 会話が出来なさそうなメアはディートリヒに顔を向けるだけ。そこにフィロガやラインハルトが混ざった。


「ディートの言うとおりだね」

「先輩。安全の確保が出来たら、逃げないでくださいね」

「え……あのー、もう話は済んだんじゃないん」

「今の発言で、全く懲りていないという事は、分かりました」

「ああ、絶対懲りてねーよ」


 野郎達は私の横と後ろに居るから、全部聞こえる。義兄は大分危険なことをしたらしい。さっきから言い逃れしようとして二人に言葉を遮られているわ。


 幸いなことに村に辿り着くまで魔物と遭遇することはなかった。

 村の現状を見たベルは遠い目をした。


「放棄されて、森に呑まれたのでしょうね」


 トリシャは自分の家をやっぱり見つめている。どうしても、色々と思う事は止まらないでしょう。

 ディートリヒと私はそのままメアの応急処置をすることにした。


「一応、針と糸はあるんだが。止血するには縫うしかねーんで、脱がすぞ」

「……自分で」

「怪我人は黙って治療を受けろって。リリー、ちょっとこの装備品外すの手伝ってくれ」


 私は返事をして四肢にくくりつけられたホルターや小瓶を外す。

 メアは、暗殺の装備に特化している。そう思ったけど口には出さなかった。真新しい縫い跡から血が流れ出ていた。ほぼされるがままで諦めたメアが無言で布を口にくわえる。こういう事態には、慣れているらしい。動きに無駄がないもの。

 一応、暴れた時のためにメアの上半身を掴んではいたんだけど、処置の間は辛そうに目を閉じているだけで声もあげなかった。


「後は動くなよ。いいか、絶対動くなよ」


 念押ししたディートリヒに目を向けるだけ。守る気が無いのかもしれない。

 ため息を吐いたディートリヒは、それでも後始末をしてメアを安全そうな場所に寝かせた。少し離れたところにいたトリシャが不安げに聞く。


「……どうでしたか?」

「ああ、まあ、動かなきゃ、傷は開かないだろーけど」

「そうですか」


 トリシャも、メアが倒れて少し冷静になったらしい。メアをじっと見つめる瞳は、確かに心配している。そう、思う。


「……私のせい、ですね。皆さんを巻き込んで……申し訳ありません」

「ん? トリシャのせいじゃないだろ」


 そうね。この事態はどちらかというと、私達の認識の甘さと組合の怠慢が原因。だから、トリシャを責める理由は何もない。突然に走り出したのも、事情が事情だし。

 それでも「でも……」と言い募るトリシャに私は首を振った。


「メアの事は、あたし達分からない。ただ、トリシャが悪いって事にはならないわ。基本的には自衛。どこでもそれは変わらないわよ」


 目を閉じているけど、メア、会話は聞こえてるわね。こっちを窺っている雰囲気がある。

 ふいに学園時代の歴史の講義を思い出した。

 魔術師が今の地位を確立するまでは、戦闘に駆り出されることの方が多かった。時代をもっと遡れば、魔術師は人扱いさえされてなかったらしい。

 トリシャは浮かない顔をしている。私の言葉には納得しきれてないのは分かるけど、覚悟の無い魔術師を協会が認めることはない。つまりは、そういう事よ。


 その後は、あの魔物をどうやって退けるかという話になって、一通り話した。それが済んだら、私は見張りをラインハルトと入れ替わる。

 ややげっそりした顔でフィロガは笑った。義兄的には本当はベルが一番来てほしかったでしょう、きっと。


「リリーでよかった」

「ハルの小言、そんなに酷い?」

「酷いってもんじゃ……なんで、俺、あの人に先輩って言われてるの?」

「同好会だったら先輩だからでしょ。職歴が下でも」


 フィロガがしきりに首を傾げるのは、仕方ないといえば仕方ない。

『理』に配属された当初は真逆でかなり嫌われてたらしいから。私はラインハルトの事、同好会での様子しか知らない。初めからあんなだった。だから、なんで態度が急変したのかも不明。

 まあ、あの人の事はいいわ。

 村の外は木々一色。本当に、外界から切り離された場所。


「リリーはさ」

「こんな時に何よ」


 唐突な義兄の問いかけに、私は耳だけ貸した。


「……リリーは、メアを敵とか思わないの? あからさまに、何か探ってるし……開き直って忍ばないし」


 フィロガの表情は見えない。

 ただ、ラインハルトほどじゃなくてもメアを疑っているのは分かる。


「あたしは気にしてないわよ」

「いやそれもどうなんだ」


 メアの目的を私からはもう尋ねる気はない。ただ、私はここにいるだけ。それだけ。

 黙り込んだフィロガは、何を思ったのかしら。話はそれで終わったわ。

※2021.9月 改稿しました。

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