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斧ニートの騎行  作者: 阿部史生
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第二話

 城下町は賑わっている。といっても市が立ったり品物を積んだ馬車が行きかったりしている健全な賑わい方では全然なく、武器を手にしたガラの悪い男どもでそこらじゅう一杯だ。たまに歩いてる派手な格好したお姉ちゃんは娼婦なんだろうな。


「大きな戦が近いんです」


 というユーディトの言葉が本当ならこいつらは傭兵とか、そういう連中か。つまり略奪で生計を立ててる強姦魔とかそんな感じである。


「あの馬……」


「長斧……まさかな」


 なーんか注目されてる気がするぞ。そういえば黒だたら号は有名でもおかしくないからな。


「アーンネア家のお嬢ちゃん!初めてのお相手はその彼氏かい!」


 じいさん傭兵が大声を上げて腰を振る真似をすると周りの荒くれ者どもがどっと笑い声を上げた。


「ユニコーンにはもう乗れないのぉー」


「家門の恥よ!もうお嫁に行けないッ!」


 おっさんたちは女声で熱演している。


「死ね死ね死ね死ね脳が腐って死ね」


 ユーディトの小さな呪いの言葉が至近距離で聞こえる。なるほどねー。このセクハラが日常だとしたらそりゃ睡眠薬も飲むのかもね。


「ご主人、この連中は殺してしまってはどうでしょう」


 おミソが突然物騒なことを言い出した。


「ご婦人の名誉を汚すやつらですから、大義名分はこちらにあります」


 いや、まあ騎士道とかそういうのからしたらそうかもしらんけど、俺自身には殺傷能力はないからね。黒だたら号次第だけど、こいつ何考えてるのかよくわからんしな。殺せ!って言って殺す感じでもなさそうだし。

 

 それにユーディトは死ね死ね言ってるけど、実際に殺すとなるとどうかなあ。何よりやっちゃったら男爵と揉めるんじゃないの?それは困る。大事な寄生先候補なのに。寝床と食べ物がパーだ。はい、やめやめ。おミソも佞言するんじゃない。何もかも台無しになるところだったぞ。


とか考えてるうちにわが愛馬はメインストリートをトコトコ進み、全然雰囲気の違う区域に出た。門一つくぐるだけで違うもんだね。お屋敷を囲む塀が連なっていて、辻辻に衛兵が立っている。


 ただ、こっちもこっちで治安は悪そうである。向こうの角に人がたくさん集まっていて、大勢の叫び声がここまで聞こえる。


「男爵は死者の冒涜をやめろー!正しい埋葬をさせろー!」


「信仰をとりもどせー!しきたりを破るなー!」


 宗教デモですね。僧衣っぽい服を着てるのはたぶんお坊さんだし、変な模様の旗とか像とかをみんな掲げている。泣いてるやつまでいるな。そこまで入れ込むなんて宗教ってすごいね。何人かの衛兵は遠巻きにデモを見ていて、暴徒化したら取り押さえようという態勢みたいだ。


「正門からお城に入るのは無理みたいですね。裏口に回りましょう。最近多いんですよ」


 一揆といいデモといい男爵の領地はなんだか物騒である。養ってもらいたい身としてはありがたくない感じである。。


「ユーディト嬢!ご無事ですか!村はどうでしたか!」


 城に入るといきなり飛び出してきたのは身なりのやたらいい髭のおっさんだ。紫の服の生地はツヤツヤしてるし宝石なんかの光りモノが散りばめられている。揃いのチョッキを着た従者も脇に控えさせているし、こいつが男爵か。


「ご主人さま、下馬しましょう」


 とおミソが耳打ちする。確かに、男爵にはこれから世話になるかもしれないからな。下手に出ておいたほうがよさそうである。


「こちらの名を明かせぬ遠国の騎士どのが、一揆を鎮めてくださったそうです」


 ユーディトがいい感じで俺を紹介してくれた。


「モミの木領のモミの木男爵様にあらせられましては、このたびの大戦、もはや勝利は約束されたものと存じますが、我が主人も加勢つかまつりたく、戦列の末席に加わろうと参上しました次第にございます」


 おミソもどこで覚えてきたんだろうなこの口上。


「名乗らぬご無礼ひらにご容赦を。戦働きにて存分の功を立て、身の証の代わりといたしましょう。まずは一槍、百姓どもを蹴散らしてまいりました。少々荒っぽく参りましたゆえ、血染めの愛馬もまずご愛嬌といったところ。不逞の土民どもの蹴散らされるさまといったら!」


 お前もその不逞の土民の一員だろうと思うが、まあなんか男爵も納得してるみたいなんで、この場はこれでいいだろう。


「すると密偵から報告があった騎士とはそなたか!いまいましい一揆もこれで一件落着、検地もじきに再開できるであろう」


 まあそれもいいんだけど、腹が減ったんでなにか食べたいな、とぼんやり考えていた時だった。


「安藤くん!安藤くんじゃないか!」


 突如、向こうの人垣から叫び声が上がった。うわ。ビビるわ。大声なのもそうだけど何で俺の名字を知ってるやつがいるんだよ。確かに俺は安藤だけどさ。あっ!


「田端くん!」


 思いっきり声出ちゃったよ。そこにいたのは俺の小学生時代の同級生、田端くんであった。本来ならおれと同じくアラサーのおっさんだろうが、田端くんもショタと化している。


「君もこっちに来てたのか!」


「おお!軍師どののお知り合いとは心強い!」


 え?何?田端くん軍師とかやってんの?というか俺以外にもいたんだ、同じ境遇の人が。


「男爵様、安藤くんはなかなかの切れ者でございます。他領に召し抱えられる前に、まずはこちらで客分として迎えられるがよろしいかと」


 おお、いいぞ田端くん。こちらの言いたいことを完璧に代弁してくれている。そう。俺に必要なのは衣食住と安定した生活だ。


「うむ。異世界の知識を他に流すわけにはいかないしな。安藤くんとやら、ぜひ我が城にとどまってくれ」


男爵のこの一言であとはトントン拍子、暖炉の燃える暖かい部屋に通され、服、靴、帽子を与えられるだけでなく、当面のお小遣いまでいただいてしまった。うーん、田端くんは実力者だね。


「安藤くん、君が来てくれて心強いよ。こっちは話のわかる人が少なくてね」


 オフィスにはさっきまで美人秘書みたいな女の人がいたのだが、田端くんが追い出してしまった。まあ緊張するだけだからいいんだけど。


「安藤くんは抵抗勢力の一揆をやっつけてくれたんだって?やってくれる奴だとは思ってたけど、じつに痛快だなあ!」


 どうもやはり一揆を潰しておいたのは男爵一党の機嫌をとるのに有利に働いたようだ。黒だたら号には感謝である。


「こっちの世界に来たばかりのころは僕も色々不安だったけど、もう大丈夫、ここなら安全だし、一緒に一仕事しようじゃないか」


 田端くんは段々早口になってきている。


「異世界人がもう一人いれば文明化は劇的に進むはずだよ。天下統一だって夢じゃない」


 昔からあんま人の話を聞かずに喋るやつだったが、そこは変わっていないようだった。まあ俺もコミュニケーション取る気ないけど。


「この世界は遅れてる。電気もなければ内燃機関もない。まともな教育制度すらないんだ。それを僕達の世界の知識で一気に発展させてやるんだよ。どうだい?やりがいのある仕事だと思わないかい?」


 あ、はい。いいんじゃないでしょうかね。


「まずは歴史通り、官僚制と軍制から手を付けてる。生産力を効率的に再編成して、封建的な諸特権を根こそぎとっぱらう。そして手に入れたリソースでさらに生産力の増大を図れば、パワーは幾何級数的に増大してゆき……」


 田端くんの壮大なビジョンは広がってゆく。そうか。軍師がやりたかったのか。


「僕には単純だけど平板測量の知識があったからね。村に測量隊を送り込んで隠し耕地の発見と近代的な徴税制度の確立をしようとしてたのに、あの村の連中ときたら、信じられるかい?武装蜂起したんだよ!」


 あー、なんか色々見えてきた気がするぞ。


「それから軍事方面だけど、やっぱ火薬だよね。硫黄と木炭はいいんだけど、このあたりは硝石が手に入りにくいんだよ。動物の死体を糞尿と一緒に埋めて硝石丘を作ろうと思ったんだけど、家畜の死体は農家がみんな食べちゃうからなかなか集まらなくてね。病気なんかで死んだ住人の死体を供出させるようにしたんだ」


 つまり……


「隣領の大司教が抵抗勢力の親玉でさ。こっちのやることにいちいちケチつけてくるんだよ。自分は封建的な既得権益に甘えて搾取ばっかしてるのに。だからまずはこいつをターゲットに一戦しようとしてるんだ。男爵もやる気だよ」


 一揆、宗教デモ、戦争、全部田端くんの構造改革のせいだったのである。

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