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斧ニートの騎行  作者: 阿部史生
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第一話

 ニートの目覚めは世間一般で思われているより早い。少なくとも俺はそうだ。

 朝食は毎日きちんと家族と同じ食卓でとることにしている。うちはパン派で、おかずには必ずジャガイモ料理が一品つく。母さんのご飯はいつも最高だ。


 自分の食器は自分で洗い、食後のコーヒーを入れ、ゴミの日にはゴミを出す。新聞を読んでいる父さんに時事の話題を振り、母さんとともに連続テレビ小説を視聴する。アラサーとしては父母に感謝の日々である。


 今日もカーテンを透かす日差しが心地いい。清潔なシーツのにおいもすばらしい朝を演出してくれている。父さんがラジオ体操を始める時間まではまだ早いようだ。朝勃ちしていたので、まずは起床前に一発抜いておくことにしよう。タブレットとティッシュはいつものようにベッドの下に置いてあるはずだ。


 ない。


 タブレットは昨日母さんに甥っ子の動画を見せてやって、そのまま居間に置いたままだろうか。認証は指紋式だから、まさか中を覗かれることはないと思うが。


 ティッシュもない。面倒だから中学の時の同級生を思い出してやるかと思ったがこれでは無理だ。


 今日は結構いい感じで勃ってるからできればこのままフィニッシュまで持って行きたい。膨張の具合がいつもより数段上だ。ここまでの爆発力を秘めていたのか俺のモノは、という感じのエレクチオンである。これはたぶん記録だ。定規は部屋にないから母さんの裁縫用のやつを使うしかないな。きっと一生の自信になる。


 というつもりで起床したのがつい先ほど。俺はまったく知らない部屋にいた。


 インテリアは超豪華である。天井はやたら高いし家具はアンティークっぽいのがピカピカに磨かれている。妙に複雑な文様の入った壁紙もたぶん上等なんだろう。これは王侯貴族の住まいか? って感じだ。


 ただまあ正直そんなことはどうでもいい。問題は窓とドアにはめ込まれたぶっとい鉄格子だ。「王位継承争いに負けた双子の弟が閉じ込められる部屋」という設定が自然と脳内に思い浮かぶ。


 この状況で意外と落ち着いている自分にもびっくりだが、ニートはたぶん非現実的な状況には強い。普段からゲームアニメ漫画などで訓練を積んでいるからな。


「ママー!」


 試しに叫んでみた。


「ママー!」


 そもそもこれは非現実でも何でもないのかもしれない。俺はきっとニート矯正施設に拉致られたのだ。父母もとうとう俺を見放す決意を固めたものの、某ヨットスクールのようなハードコアなやつに放り込むのは忍びなく、奮発していいとこ頼んだのである。やるじゃん。


 この調度からすると、支配階級の道楽息子にノブレスオブリージュを叩き込むため、中世の城館を改装して作られた紳士育成所といったところだろう。もちろん行われているのは通常の教育ではない。裏社交界(『エマ』読んで知った)で馬鹿にされない立ち居振る舞い、新農法を使った領地経営のコツ、いざというときのステッキ術などが伝授されているのだ。


 お薬が切れている感じがある。最近テンション上げすぎがよくないということで血中の炭酸リチウム濃度を上げる新しい錠剤が処方されたのだ。まああんま飲んでないけど。


 やっぱり抜いておくことにした。その前に拭くものがいるよな。最悪新聞紙でもいいんだが。ん?んん?


 若い。若いぞ、俺。鏡の中にショタがいる。まだ正しいオナニーのやり方を知らず、床オナばっかやってたころの俺がいる。ガリだなあ。いつか行く風俗のために市民体育館で筋トレしてたのが無駄になったじゃないか。1パチで勝った金で買ったプロテインもパーだ。


 残念ですが完全に異常事態です。拉致監禁に加えて若返りですからね。抜くとか言ってる場合じゃない。


 しかし窓がガチガチのはめ殺しなのはいいとして、下の庭に見えるのはあれ、死体だよね。いち、にい、さん、しい、ご。死因は明らかに外傷で血まみれの他殺丸出しである。怖い。逃げないと。


 脱出ゲーム的なアレだとやばい感じである。発達障害のせいかあの手のゲームは俺にはつらい。「頭の体操」シリーズ愛読者だった田端君とか得意なんだろうな。仲悪かったけどな。最悪なのが立体視できないと解けないやつ。選民プロセスを娯楽にするなアホが。いやそもそも娯楽ってそういうものなのか?


「坊ちゃまのお目覚めを邪魔する者は全員粛清しておきました」


 あれ?どなたですかはじめまして。迫力ありますねおばあちゃん血まみれな上にショーテル両刀じゃん。声かけられるまで背後に気づかなかったし。達人?


「あのお小さかった坊ちゃまもついに初陣。ばあやはこの日の来るのをずっと待ち望んでいたのでございます。さあ」


 逆らうと死ぬと思うし、俺は今までの人生でまともに人に逆らってこなかったので、こういう場面で反射的に敵対行動に出たりはしない。手を引かれるままに進むのみである。


「ドワーフの名工がガガラトン山の火で鍛えた業物でございます。重さ四十二斤、長さ三尺五寸、柄はトネリコ、斧頭は髭刃型の北方式で、代々の御当主が略奪の際に用いたものです。どうぞお取りください」


 斧ですね。こんなもん渡してどうしろと。


「山の向こうには光り輝く帝国が、川を越えれば豊かな諸侯の邦がございます。家畜と奴隷と黄金でこの庭を埋め、ばあやに差配をさせてくださいまし」


 そういう外向的な暴力はニートの最も不得手とするところである。略奪品を管理する事務能力にも欠けている。また、仲間を募れば対人コミュニケーションが必須となり、俺は地獄を見るだろう。


「初陣にふさわしい贈り物をご用意してございます。二人の王と四人の将を踏み殺し、西方諸国の国境を動かしたとされる歴戦の名馬、『黒だたら号』です。坊ちゃまの乗騎として、これ以上のものなどありますまい」


 このばあさんの側から一秒でも早く離れたいので、俺はビビりながら乗馬に挑戦してみることにした。思ったより気性の素直な馬だなこいつは。ハシゴが付いてるからあっさり乗れたし、鞍にぶら下がっている革製の斧ホルダーみたいなやつはドラゴンの彫り物がいい感じである。

 

 ばあさんがとにかく怖いのでさっさと出発することにする。馬が気配を読んで歩みだしてくれた。後ろを振り向く度胸はない。

 

 パジャマ姿で出たのは失敗だったかもしれない。ちょっと寒い。途中、大きな河の橋が落ちていたので、馬が泳いで渡ってくれたのはいいものの、水しぶきで濡れてしまった。


 前方に煙が上がっていて、叫び声のようなものが聞こえる。明らかに荒事の気配である。迂回しろ迂回しろと馬に念を送るが、ばあさんの能書きが正しければこいつは元より歴戦の強者なので、意に介さず直進するのも当然かも知れない。


 村が燃えていた。一揆だなこれは。


 麻袋に穴を開けた覆面をかぶった暴徒が、鋤と松明を手に走り回っている。酒飲んで地べたに座り込んで見物してるやつもいる。


「止まれ!男爵に雇われた騎士か!」


 上半身裸の強そうな一揆衆に呼び止められてしまった。このまま何となく通り過ぎようと思ったのに。


「あ……あう……」


 大声ですくみ上がってしまう習性はどうしようもない。引きこもりは恫喝に対応できないのだ。


 とにかく目の前の事態から逃れたい。こいつは絶対話の通じないタイプだ。内面のない、人間より人形に近い存在だろう。行け!黒だたら号!とりあえずこいつを踏み殺してくれ!


「アホかトマス。こんなガキが騎士のわけないだろう」


 隣にいた背の高いやつが助け船を出してくれた。そうそう。こいつはいいこと言う。洞察力がある。おそらく一揆の軍師格だ。


「あ……じゃあ」


 という感じで声を出さずに切り抜けようとしたのがまずかったのか?トマス君が指笛を吹いて「囲め」みたいなジェスチャーをしている。怖い人たちがどんどん集まってくる。人間として当然持っているべき健全な排他性と暴力性を備えた定型発達のみなさんが俺を殺しに来る。


「馬と身代金か」


「食わせておく余裕はないぞ」


「仲買人も当分話にならん」


 おお、こいつら俺で商売をしようとしているのか。さすが冷静な損得勘定のできる健常者は違う。馬とパジャマはいいものだから、そこから色々想像しちゃったんだろうな。


「父ちゃん、そんなことより早く村長の家に火を付けようぜ!」


 クソガキどもも一揆に参加しているようだ。一丁前に覆面をつけているやつもいる。


 斧を抜いたらどうなるだろう。どうせ助からないなら先制攻撃で未来のある子供を殺した方が嫌がらせになるかもしれない。この年齢にして村長さんの家を焼きたがっている産まれながらの加虐クズどもだし、こちらとしては正当防衛っぽくもあるので、罪悪感をごまかすのは結構簡単な気がする。


 しかしこいつら子供殺されてもまたすぐ作りそうだしな。親父の金玉つぶすか。兄弟も殺さないと遺伝子が残って向こうの勝ちになるな。難易度高いな。無理だな。だからこうしてすくみあがっているのが正解なんだな。


 それにしても黒だたら号、すごいなキミ。なんて胆だ。武装したならず者に囲まれて平然と進んでおるわ。経験なの?才能なの?どっか壊れてるんじゃないのアンタ。


 ファイヤー!ファイヤー!村長さんの家はもう燃えてました。一揆のみなさんも子供は火事場に近づけないようにしてるみたいですし、意外と常識あるんですね。見直しました。


 抑圧された民衆の怒りが革命の炎となり、冷え切った俺の体を温めるというこの世で一番大事な事業に邁進してくれています。同じ火に当たるという得がたい共通体験を通じて、土民のみなさんが俺への関心を失い、ファーストコンタクトをなかったことにしてくれるよう祈るのみです。


 あ、なんか揉めてる。向こうの方にこっちより大きな人の輪がある。でも何が起こってるか本能的にひと目でわかるわ。レイプどうしよう問題が発生してる。若い女が荒くれどもに囲まれてるのはそれしかないよね。馬に乗ってたおかげでよく見える。


 女の方もよく見るとちょっと歳いってる感じだけど美人だし、これは盛り上がりますわ。男たちが興奮するのはわかるような気がします。


 クソガキが俺の周りに集まってきてるな。なるほど。ガキどもはこの馬に乗って見物したいのね。肩車して子どもにレイプ会議を見学させる何も考えていない親もいる一方、エロ展開にあんまいい顔しない大人に追い払われたガキのほうが多いようだ。いや、単にガキで力がないからいい席取れなかっただけか。


 リーダー格っぽい活発な印象のガキがなんか馬に乗せろと主張してるが、こっちも今やショタなので、こんな脚の速そうなやつを鞍に乗せたら逆に制圧される。端の方でおミソになってるあの体格の貧弱なやつを引き上げて、いざとなったら人質にするのがいいかもしれない。ただ、これだけ弱そうだと親も見捨てるかもな。


 大人たちはみんなレイプ囲いの方に気を取られていてこっちを見ていない。おミソのガキは俺が手招きするとすげー嬉しそうにしている。差し置かれた主流派のガキたちがキレてるのに気づいてないんだな。身の程知らないその感じに心から連帯感を表明したい。


「あれは三軒隣のノエミお姉ちゃんです。趣味は猫」


 登ってきたおミソが教えてくれた。


 俺に構うのに飽きたのか、トマス君は人垣をかき分けて向こうの輪に加わり、なんだか熱弁を振るい始めている。論旨が行ったり来たりでよくわからないが、要約するとこういうことになるだろう。


 曰く、「村長の縁者を強姦するのはこの反乱を飾るイベントとしてふさわしいし、何よりみんな楽しいではないか。それに戦いで興奮した若衆どもは、自分を含め何をするかわからない。無用なトラブルを起こすよりは使えるものは使うのがいいだろう。これは実に理性的な判断である」


 それに反論しているのは一部の女たちだ。


「第一に殺すのか生かすのかを明確にすべきである。そして生かす選択はありえない。この女はいい服を着、教養をひけらかし、普通の女たちを馬鹿にしてきたのである。搾取者の一族相手に腰を振る男など信用できないし何よりキモい。覆面をかぶっていてもここは小さな村、素性を割り出すことなど造作もないので、輪姦に参加した男は女総出で八分にする。今、この場で殺すのが最良の選択である」


 何人かの男も「革命の大義を汚すな」とかなんとか言ってこの主張に同調している。

「素直に犯してから殺せばいいじゃん?」みたいなやつ、「裸に剥いて晒し、それから殺そう」みたいなズリネタ派、人買いに売れる売れない問題などが入り乱れ、議論は紛糾している。


 ノエミ嬢が口を開いた。以下、例によって大意。


「あなた達は重大なことを忘れている。一揆だ同志だと浮かれているが、あなた達の中に男爵の密偵がいるのは過去の例から見ても100%間違いない。私の処刑や強姦を主張した人間は当然チクられるし、反乱終息後の裁判で必ずや報いを受けることになるだろう。一揆の後も生きていたいなら、このまま私を解放する他ない」


 なかなか威力のある脅しであった。みんな気圧されている。これは決まったか?


「フヒヒ……その女の言っていることはその場しのぎのハッタリだよ」


 キモメン軍団の登場である。


 男たちは異様に痩せていて全員猫背だ。煙と脂でテカテカ光った長髪が仲間の印らしい。栄養状態も衛生状態も悪そうだ。


「あ、にいちゃんだ。にいちゃーん!」


 おミソが手を振ると、軍団の後ろの方にいたニキビ面のやつがチラッとこっちを見た。おミソの兄はおミソか。


「罪は全部僕たち次男坊三男坊がかぶるからね。村長の家に火をつけたのも僕らだ。決着がついたら男爵のところに出頭して、それで手打ちということになっている」


 男たちがおおっと沸き立つ。


「だからその女は僕たちのものだ。村のために死ぬんだし、当然の権利だろう」


 キモメンリーダー君、なかなか説得力あるね。ノエミお姉ちゃんも顔面蒼白ですわ。


「今までさんざん虐げられてきたんだ。最後にいい思いをして何が悪い」


「お前らそこをどけろ」


さすがに命を投げ出す覚悟を決めた人間には勝てないのか、暴徒どもは黙ってしまった。山守組長でも鉄砲玉にはソープくらい行かせるからな。それにしても自分たちの権益を堂々と主張する様は実に立派である。こんな容姿に生まれなければどれだけの仕事をしたことか。


「……キメェんだよ!」


 囲いの中の誰だかわからないけど直球ですね。発言者のヤンキー気質が一発でわかる声色でした。俺はキモいのかなり大丈夫な口だけど、特にヤンキーはキモ耐性低いの多いからなあ。


「確かに」


「調子乗んな」


「臭い」


 生理的嫌悪感から絞り出された説得力ある叫びが静寂と萎縮を破ってくれました。道義に抑えつけられた重い空気が一息で晴れていくようです。


 キモいやつに負い目を感じる必要なんかないという、人類普遍の真理に気づかれてしまっては彼らの運命もこれまでという感じである。俺も蒙を啓かれました。しかもキモメン連中は不遜にも「僕らだって性行為がしたい!」という下半身の人権宣言までしてくれているわけである。我々の性欲とお前らの性欲が同じなわけないだろう。


「こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!」


 と煽られているのは今やもちろん階級の敵たるノエミ嬢ではなく哀れなキモメンたちである。得意げな笑顔で蹴り入れてるのがさっきのヤンキーなんだろうな。いいのか? ここでこいつら殺したら男爵の人身御供になるのはお前らの中の誰かかもしれないぞ。

 

 おミソもかわいそうなやつだ。慕っている兄貴はレイプ魔で、これから当然の仕打ちとして劇場版の弐号機のように引き裂かれるのである。俺にも最低限の人情はあるので、おミソをトラウマから遠ざけてやろう。いい潮でもあることだし、リンチの混乱に乗じてこの場を離れるのが上策だ。


「……確かに差し出す首にも格というものがある」


 誰だこいつは。逃亡のチャンスだったのに集団の熱狂を登場するなり収めやがった。いい貫目だなこのおっさん。体格も立派だし、眼光と振る舞いの落ち着きはまさに大人の風格である。きっといいものを食って悪いこともしてきたのだろう。見事な仕切りで群衆を圧倒しているではないか。


「こんなカスどもを何人引き渡されても男爵が納得するわけはないだろうが、こいつらにはまだやらせる仕事がある」


 成程おっさんの後ろに控えているのは村の旦那衆と中核的な壮丁集団というわけか。他の連中とは装備も違う。ちゃんとした槍やハルバードなんかを手にしている。一揆の指導部はこいつらで、他は有象無象なのね。


「戦いは始まったばかりだ。年寄連の命令にはもちろん従ってもらわなければ困るし、内輪もめなど論外だ。女の処遇はこちらで決めるから、この場は解散するように」


 完璧な締めである。成熟した男の中の男。人の上に立つものはこうでなくてはいけない。オーラが違う。押し出しが違う。潜ってきた修羅場の数が違う。そして俺はこいつから逃げたい。単純な粗暴タイプですら対応できないのに、こんなのと対峙したらメンタルが蒸発するんじゃないか。このおっさんは人格にふさわしい重厚な攻撃性を備えたソーシャルスキルの怪物に決まっている。例えて言うなら塩野七生の妄想上のカエサル。ずーっと女にもモテてきて、男たちもこいつのためなら何か笑って死んだりするのだ。こわ。こっち見んな。指差すな。

 

 結論から言うと、黒だたら号が一踏みでやってくれました。

 

 いやー、大将首取れるタイミングを計ってたんですね。しれっとした顔してさすが王様二人仕留めてるだけありますわ。田舎紳士一人殺るのなんて造作ない。結構厚かった人垣も、よくわからないうちにあっさり突破、硬いひづめがおっさんの骨を砕く感触が鞍越しに伝わってきました。大黒柱をへし折られた一揆のみなさんにはお気の毒ですが、我が愛馬には感謝の一言です。コミュニケーションが発生しなくて本当によかった。

 

 殺ってみて、初めてわかる人の価値。冷静に考えるとこのおっさん掛け値なしのクズだわ。俺、なんでこんなのにビビってたんだろう。命令に従え処遇はこちらが決めるとか何とか言ってたけど、こいつらも仲間内でノエミお姉ちゃんを独占レイプしようとしてたに決まってるじゃん。NTRものの竿役おっさんだってもっとまともな品性してるぞ。到底指導者の器とは言えないな。こんなの担ぎ上げた時点でこの村の命運は尽きていた。


 しかし黒だたら号、前から思ってたけど君は馬にしておくのは惜しい。たった一頭で一揆衆を踏み殺しまくるその様はまさに鬼神、一代の英雄と呼ぶにふさわしい。。得物持った連中も右往左往するだけだし、それ以外も逃げるだけ、ガキは泣くし村長さんの家の火事は延焼して取り返しのつかない感じになってるしで大戦果だと思うんですけど、いいんですかねコレ。良きところで切り上げてくれませんかね。自分の中の残虐性とも適当なところで折り合いをつけないと。


 何か忘れてると思ってたらおミソのこと忘れてたわ。俺の股の間に座って小さくなってる。こりゃトラウマ確定ですな。ご近所さんもたくさん死んだからね。君のお兄ちゃんは一番最初に逃げてたからたぶん大丈夫だよ。


 黒だたら号は川沿いの道を、たまに村人を轢き潰しながら一気に駆け抜け、気づけば人家はない感じの村外れまで走りおおせたようだ。後ろを振り向いても追っ手はかかってないし、もうおミソに人質としての価値はない。


 俺は子供相手でもまともに言葉を発することができないので、「降りろ」みたいな雰囲気を出すというか、微妙に体を揺すると、おミソはこっちを振り向いた。


「村に帰っても食べるものがないのです。連れて行ってください」


 はあ?こいつ怖いんですけど。この齢でちゃんと意思表示できるとか完全に俺とは違う生き物だわ。というか故郷を捨てて新しい環境を求める野心まであるわけでしょ。人としてのプレッシャーがすごい。一緒にいたくない。


 と言っても無理やり鞍から下ろす体力も度胸もないしなあ。このままなんとなく同乗して行っちゃうんだろうなあ。


 向こうから誰か来る。なんか光ってる。金属だね。鎧?っていうかフルプレートってやつだなあれは。白馬に乗った騎士がこっちに向かってきている。『黒だたら号』は血まみれだし、何か言われるかな。絡まれたらいやだな。例によって無言でなんとなくすれ違ってしまおう。


「あ」


 思わず声が出てしまった。あれ、ただの白馬じゃない。ユニコーンだ。長い角が額から突き出ている。


『黒だたら号』が歩みを止めた。向こうもだ。


「あの!」


 フルプレートの騎士がこちらに大声で呼びかけた。女の声だ。というかユニコーンだもんな。つまり処女。


「斥候の方ですか!?村はどうですか?」


 壊滅してます。と質問に答える度胸はもちろん俺にはない。特に相手は女だし。


「村は燃えました!一揆ももう総崩れです!」

 

 答えたのはおミソだ。おお、役に立つじゃないかお前。


 騎士は下馬してこちらに近づいてきた。面覆いのせいで顔は見えない。


「斧ですか……すごい血……」


 おミソが鞍から飛び降りる。


「ユニコーンの騎士様はどちらの御家門でしょうか」


 こいつ言われてもいないのに前に出るやつだな。コミュ力を見せつけやがって。


「これは失礼しました。わたくし、アーンネア家の長女、ユーディト・イファ・アーンネアと申します。今はこちらの男爵家に寄寓する身」


「おお、あのガダ戦役で高名な!家祖アラダール様の武勲、この諸邦にも轟いております」


 いやいや、おミソ、お前なに普通に応対してるんだよ。完全にサイコパスだろ。とんでもないの拾っちゃったな。それともこっちだとこれが普通なの?


「我が主君は故あって名を明かすことのできぬ旅を続けておられる。失礼の儀、なにとぞお許しをいただきたい」


 すごすぎる。こんな大嘘よく平然とつけるな。でも都合いいから乗っかるけど、この空気読み能力はほとんど病的だ。


「若様は仇に邪悪な魔法を仕掛けられ、声と記憶を失われたのです。習い覚えた斧の腕前だけが今のよすが。呪いを解く術がいずこかにあるはずと信じ、従者の私とともにあてなくさすらう旅の明け暮れなのです」


 若様はパジャマで従者はボロ着だけどな。ここまでの虚言癖は初めて見たぞ。いるとこにはいるもんだなあ。この場を切り抜けたあとで捨てていければいいんだが……


「それはお気の毒に。ところでその馬ですが」


 ユーディトと名乗った騎士は『黒だたら号』の方へ向き直った。


「いい雌馬ですね。うちの子が気に入ったようなので、その……種付けさせてはもらえませんか」


 突然何を言い出すんだこいつは。というかメスだったのか『黒だたら号』


「お金は払います。うちの子の目にかなう馬ってめったにいなくて……」


 うわ。ユニコーン勃起してる。ここからでもはっきりわかる。真っ白なムチみたいのがぶらぶらしてる。


「ユニコーンも数が減っていますからね。エッダ金貨20枚でどうでしょう」


 おミソは早くも商談をまとめに入っている。こいつはモンスターだ。放っておくとえらいことになるぞ。


「おいで!」


 ユーディトに呼ばれたユニコーンはものすごい勢いでこっちに走ってきた。


「いいご夫君を得られてこいつも喜ぶでしょう」


 おミソがそう笑った時だった。


『黒だたら号』は求愛にやってきたユニコーンの前足を大外刈の要領で払い、体勢を崩させると、発情した処女厨馬の脇腹をそのまま踏み抜いたのだ。


「ゴボッ」と内臓の潰れる音がして、ユニコーンは血の塊を吐き出してそのまま動かなくなった。


 馬にも柔道があるんだなあ。どこで覚えた技なんだろう。とか感心してる場合じゃなく、これはこの女騎士は激怒するだろう。ユニコーンはこの世界でも貴重なようだし、賠償しろ、さもなくば死とか言われたらどうしよう。『黒だたら号』がこのまま遠くへ走ってくれればおミソからも女騎士からも逃げられて一石二鳥なのだが。


「ユニコーンの血も赤いんですねえ」


 おミソは実に興味深いみたいな感じで平然としている。少しは申し訳なさそうにしろよ。いくら俺でもそれぐらいの演技の努力だけはするぞ。


「あー……死んじゃいましたか。よかった」


 あれ?今この女騎士「よかった」って言った?


「このキモい馬に乗らなくてよくなるなんて、今日はなんてすばらしい日なんでしょう!」


 え?そうなの。


「乗ってると人にはジロジロいやらしい目で見られるし、なんか高慢だし、いいことないんですよ、この馬」

 

 なるほど。「私は処女です」って宣言しながら歩き回ってるようなもんだしな。だれだってそういう目で見る。俺だってそうだ。


「名誉の戦死を遂げたということにしておきましょう。証人は私と若様です」

 

「これで睡眠薬の量を減らせます。このご恩はいつかかならず」 


収まるところへ収まった感じでよかった、のだろうか。


「男爵家までお送りいたしましょう。さあ、こちらへ」


 と、おミソがユーディトを『黒だたら号』の鞍に誘った。何しろこの女騎士はフルプレートなので二人乗りはちょっと痛い。おミソも加えて三人乗りとなれば乗り心地の悪さはかなりのものだ。


「男爵さまのところにはたくさんの食客がいるんですよ」


 ユーディトは俺の耳元で楽しそうにそう言った。


 まあ一揆を潰したのは俺のようなものだし、男爵も悪いようにはしないだろう。とりあえず、そいつの屋敷で一服と行くか。腹も減ったし、俺もいつまでもパジャマというわけにもいかない。そして何より今のままの自分を飼ってくれる父母のようなスポンサーが俺には必要なのだ。立ち止まっているわけにはいかなかった。『黒だたら号』の腹をこするように蹴ると、愛馬は3人の重さをものともせずに走り出したのだった。

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