Scene09「夜の終わり」
Scene09「夜の終わり」
周辺海域は荒れ模様だった。
巨大な身体が暴れる度に海水混じりの暴風雨が横殴りとなって津波と共に押し寄せる地獄である。
辛うじて鳳市が津波の被害を免れていたのはどうやら誰かが使った確率変動の加護エーギルのおかげだと気付き、少年は波間で機体の体勢を何とか維持しながら、攻撃を加え続けるガーディアンの隊列横を擦り抜けていく。
『誰だ!? 作戦海域にこの状況で侵入だと!!? 所属と官姓名を名乗れ!!』
防衛軍らしい相手からの通信を無視しつつ、今も空からの攻撃に気を取られている巨躯を観察して。
未だ大きくなりつつある相手が1.8kmを超えている事を確認。
少年はまず何からすべきかと思案し、最も先に移動能力を潰す事と決めた。
七本の内の一本。
それが剛刃桜の手に収まる。
全ての剣がどのような用途なのか。
彼の脳裏には情報があった。
機体の特性なのか。
動かし方をまるで特別な資質がある人間が直感するように操縦者へ伝達しているのだ。
海戦用の足回りも点けずに海上を反重力のような力で疾走するだけでも常識的にはライトニング級には不可能な芸当だ。
AL粒子の恩恵も無く、アビスエネルギーの助力も無く、それを行なうとするならば、正しく機体は機甲暦においては異質。
宇宙人の技術でも使っているのかと言われる方がしっくりと来る。
だが、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので。
剛刃桜の開発元は第一次大戦期に存在した連邦制国家。
東亜連邦の研究所だ。
大戦後の暗黒期に失われてしまった遺失技術が魔法のような事を可能とする超技術のオンパレードなのは常識的な範疇の智識であるが、それにしてもライトニング級レベルの小型機に不必要なまでの出力を可能とさせるとすれば、現在の第二次大戦以後でも驚異的と言わざるを得ない。
(機体の反応速度は良好。剛刃のものとコックピット内の機器はそう変わりがないのはありがたいが……何だ? この違和感は……)
初めて乗った時には感じなかったもの。
その正体が何であるか見極めるよりも先に円を描くようにして背後に回っていた剛刃桜はギョロリと180後ろに回った首に付いた複数の瞳に捉えられた。
関節など有って無きが如し。
腕が機体を捉えようと凄まじい速度で伸びた。
「!!」
その腕を紙一重よりも何層か厚く。
20m以上の距離を下がって回避した剛刃桜は続けてやってくる衝撃波と津波を打ち破り、海底まで突き込まれた拳の周囲、海が衝撃で消えた世界へと突入する。
轟々と音を立てて海水が腕の周囲に戻り始めた。
だが、それよりも剛刃桜が海水の無い虚空に飛び出し、その片手で持った短剣を黒い肌へ突き立てる方が早い。
まるで曲芸。
ガオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
突き立てられた剣に反応したか。
片腕が剛刃桜の乗った場所に向けて再び拳を放った。
巨躯にも関わらず機敏な反応はガーディアン達が苦戦する一要素。
1kmを超える物体が動けば、その指先は音速を軽く超える。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
両腕を背後に使っているのを機と見た機体達の一斉砲火が巨人の胸を捉えた。
それが援護の艦砲射撃と相まって、巨大なクレーターを形成する。
『今よ!!』
『行くぞッ!!!』
『オーバーブースト!!!』
その巨大な穴へと突撃するスーパー級が一機。
それは背後から巨大なバックパックに背中を包み込まれるようにして飛ぶ本来飛行不能のコスモダインの姿だった。
*
―――数分前海上。
『市街地の擬似AL粒子バリアフィールド!! 減衰率44%!!! 先程の投擲の散弾化でかなりの被害が出ました!! 防衛施設に損害が見られます!!』
「次撃が来てもまだ持つかしら?」
万能高機動戦艦ユリシーズ。
そのメインブリッジでチトセがオペレーターの報告に耳を傾けていた。
『はい。たぶん持つでしょうが、更なる攻撃には耐えられないと思われます』
「……避難してる市長に残存してるコンデンサのAL粒子をパイプラインで鳳市警ガーディアン隊基地に送るように指示して」
『す、全てでありますか!?』
思わず聞き返したオペレーターにチトセは有無を言わせぬ顔で頷いた。
その場の誰もが一瞬だけ凍り付いたのも無理は無い。
市街地、その守りの要はAL粒子のバリアフィールドだ。
それが無くなれば、被害の拡大は免れないどころか。
鳳市全域が廃墟になってしまってもおかしくない。
「もしも、此処であの黒い巨人に敗北すれば、どっちみち廃墟になるわよ。でも、まだ希望はある。加護の消費で疲弊した機体が此処で何機か落ちないよう支え切れれば、だけどね。その為に粒子を活用しようってのよ。確か鳳市警には後詰の機体が一機か二機残っていたでしょう?」
『はい。報告を受けています。ディザスター級のアポストロ一機がホバー換装に間に合わず出撃していないとの事です』
「随分な年代ものね。搭乗者の記録を」
『了解しました』
すぐに機体の持ち主の経歴と能力に関するデータがチトセの艦長席の前に映し出される。
「……これなら送り届けるよりも……至急搭乗者との通信を確保して」
『……至急連絡します!!!』
それからすぐ艦長席に映像が出た。
パイロットスーツ姿の相手は十代後半くらいの少年だった。
「君がゲオルグ・シューマッハ君ね」
『ええ、そうですが。フォーチュン支部長殿』
麗人というのはこういうのを言うのだろうな、というのがゲオルグを見たチトセの初見だった。
細いながらも引き絞られた肉体。
緩くカールした金髪と整った美貌は白馬の王子様を彷彿とさせる。
しかし、その顔に浮いているのは明らかに不満だった。
「知ってるわ。貴方の機体が今オーバーホール中である事」
『それならば、言うことはありません。こんな旧式で戦えと言うならば、死にに行けと言われているのと然程変らない。ご承知ですよね?』
ゲオルグの真後ろには火力重視のガーディアンが一機。
急いで換装作業が行われていた。
ディザスター級。
戦車の無限軌道に火力重視の人型の半身をくっ付けたような姿のガーディアンだ。
陸上兵器としては少し歪な形をしているかもしれない。
とにかく武装を積めるようにとの設計から人型脚部を廃したのだ。
安定して大重量を載せられ、同時に走破性も考慮した結果、そういう姿になったわけだが、機動性はやはり空戦仕様の機体に遠く及ばない。
本来、共和国からの交換留学生であるゲオルグが乗るのは祖国の主力量産機ザードをクラッシャー級に改良した代物であり、殆ど操縦経験の無い旧式、それも連邦の古い機体を改修したアポストロに乗せるというのは無謀と言って差し支えなかった。
「そうね。だから、貴方には後方からの最重要任務。いえ、お願いを聞いて欲しいの」
『お願い?』
「協定があるとはいえ、貴方は留学生よ。直接の指揮権や命令権限が私にあるわけじゃない。だから、これは貴方に対するお願い。もしも、断るなら別の人選をしなきゃならないけど、まぁ……どうにかなるでしょう」
『……そのお願いというのは?』
ゲオルグがそう訊ねた時点でチトセは魚が釣れた事を確信した。
「貴方、ネルガルとブラキ。そして、ガイアが使えるわよね?」
『ええ』
「貴方にはその三つの加護とアポストロでやって欲しい事があるの」
『やって欲しい事?』
「そうよ。今現在戦っている敵は強大よ。その回復能力と増殖能力は脅威だわ。でも、絶対に倒せないという程の強さなわけじゃない。今の三倍の物量があれば、倒せる程度の敵。でも、私達にはその手数が無い」
『それで、僕に何をしろと?』
「貴方は幸いにもクラッシャー級の操縦者だわ。だから、分かるでしょう? 人体の何処を攻撃すれば、どういう風に相手の体制を崩せるのか」
『勿論分かりますが、あの機体では不可能ですよ』
「それはよく分かってる。だから、貴方には我々の最後の突撃が成功するようにあの機体で後方から一発だけ援護して貰いたいの」
『一発……』
「今、そちらにパイプラインでAL粒子を送っているわ。ほぼ過充電以上。爆散してもおかしくないような超高圧のAL粒子……それをアポストロの砲撃一発分でいい。あの巨人に完全な隙が出来るよう撃って欲しいの」
『……ガイアで機体を強制的に安定、ネルガルで攻撃を分裂して、ですか?』
「貴方、聡明なのね。その通りよ。そして、最後にブラキで最も先に突撃する機体の加護を増やして生存確率を上げる。これが貴方にして欲しい事の全て」
『……分かりました。引き受けましょう』
「いいのかしら?」
『どちらにしろ。此処で死ぬわけには行きませんから』
「ありがとう。小さな英雄さん」
『小さいは余計です』
通信が途切れると今度はすぐ様、鳳市警のガーディアン整備をしている男達に情報が伝達された。
送られてくるAL粒子をアポストロに送る為にパイプが次々接続されていく。
ホバータイプの下半身に換装されたアポストロにゲオルグが乗り込んで、海に面した基地のハッチが開く。
「送られてくるAL粒子を機体に充填するまではお願い。砲撃のタイミングはこちらで指示するわ。尚、そちらの機体で視界が確保出来ない場合は現地の機体からの情報で補正した映像を送るから心配しないで」
『了解』
ゲオルグが呟き、パイプからAL粒子がアポストロに注ぎ込まれ始めると機体の周囲から燐光が溢れ出し、格納庫内を眩く照らし出していく。
「あの子達に繋いで頂戴」
チトセの声にすぐ誰の事か理解したオペレータが宗慈と璃琉へと通信を入れた。
『くッ!? 強いッ?! あの巨体の癖に機敏過ぎるぜッ?!!』
『宗慈!! 軌道予測十秒後に本隊直上!!!』
『任せろッッ!!!』
艦のカメラが捉えたコスモダインが真上から降ってくる恐ろしき腕の一撃に対して海上からAL粒子の尾を引いて飛び上がり、蹴りを放つ。
『おぉおおおおおおおおおお!!!! 本隊をやらせるかよぉおおおおおおおおッッ!!!!!」
激突。
巨大なビルの如き腕が一瞬、拮抗したかと思われた後。
軌道を大幅に逸らして海面を打った。
瀑布となった海水の壁。
しかし、熟練の兵達と市警隊は即座にビームの一斉射をその一点に打ち込んで割り開いた。
彼らの左右を白い飛沫と海水、蒸気が駆け抜けていく。
『クソッ!! 機体が軋むッ!! もう一発はさすがに無理か……ッ!!』
「忙しいところ悪いんだけど、今いいかしら?」
『チトセさん?! 悪いですけど、余裕無いですよ!!』
「それでもいいから聞いて頂戴。もう少しで状況が整うわ。すぐに相手が大きく体勢を崩して反転攻勢の時間よ。その時、貴方のコスモダインとヴォイジャーXにはして欲しい事があるの」
『どういう事ですか!? 何で、そこで璃琉の奴が出て―――ッ』
巨人の片腕が横薙ぎにされ、コスモダインが海上から大きく飛び上がる事で何とか回避する。
「今、切り札を送ったわ。貴方には“彼”が作るだろう隙にヴォイジャーXとの合体を命じます」
『合体!? まだ数回データ上でシミュレーションしただけですよ!? こんな状況で出来るわけがッ!?』
「そうね。でも、世の中そういう事を待ってくれる人ばかりじゃないわ。今回の奈落獣のようにね。ぶっつけ本番でも、必要なのよ。今、此処で、貴方達の力が」
『ッ、そうまで言われちゃやらないわけにはいかないじゃないですか!! でも、あいつはこの事を?』
「知ってるわ。そもそも今回そういう事になるかもしれないと事前に話していたしね。今から合体コードを送ります。相手の隙が生まれると同時に合体、本隊からの反攻射撃が集中した部分へ突撃し、相手の内部に穿孔、そこで暴れて頂戴……全力で」
『はは、まったくチトセさんには敵わないや。無茶苦茶なのに無謀じゃない』
思わず宗慈が苦笑した。
その間にもコスモダインは本隊を守るように巨大な手足の一撃を自らに誘導して、目立つ動きで誘いを掛けている。
それを航空支援するヴォイジャーXが艦橋の全員には見えていた。
『何だ? あいつの動きが!?』
巨人が一瞬、動きを止めて、真逆に首を動かして腕を正面とは反対側に動かし始める。
「今ッ!!! 音声認証開始!! 叫びなさい!!」
『やるしかねぇッ!! 璃琉!!』
『ええ、行くわよッ!!』
回線が開き、もうスタンバイしていたのか。
璃琉の声が響く。
『『オーバーユナイト!!!』』
コスモダインが飛び上がり、AL粒子が機体全体から吹き上がる。
後方から高速で接近したヴォイジャーXの関節部がまるで液体金属のように歪んでコスモダインを後ろから抱き締めるようにして変形していく。
合体というより、その光景は融合。
両手両足、胴体部から滲んだ金属が全てを一つにするよう寄り添い、装甲関節部から浸潤し、強く強くあらゆる能力を引き上げていく。
粒子が螺旋を描き、四肢の先からコスモダインを包み込んでいた液体が収束して硬質化、二体の機体が一つになっていく。
祝福の最中。
宗慈は自分のコックピットの背部が歪み、まるで繭のようなAL粒子が現われるのに驚いた。
しかし、すぐそれが何なのか悟って笑みを零して。
「そういや、お前をこいつに乗せたのは初めてだな」
「何、言ってるのよ。今は“私達の機体”でしょ?」
「ああ、そうだな。行くぜ? 相棒!!」
「ええ!!」
パキンと砕けた粒子の繭の内部から璃琉・アイネート・ヘルツが現われる。
本来単座式のコックピット背部にはもう一席が顕現していた。
酷く有機的な幾何学模様。
粒子で出来た回路が内部を奔り、ガギョンッと何かが連結した音と共に宗慈の後方頭上へ璃琉の座席が移動する。
粒子が収束した地点に現われたのは巨大な背部ブースターを装備し、全体的にフォルムが先鋭的になった鋼の城―――否、鋼の船。
『剛刃桜!! 接敵ッ!!! 奈落獣が反応していますッ!!』
オペレータの言葉に今しかないとチトセが命令を下す。
『全機ッ!! 胸部中央に攻撃を集中ッ!!! コスモダインッ!! 突撃よッ!!!!』
『よっしゃぁあああああああああ!!!!』
『ブースター全開ッ!! 全力突撃ッッ!!!』
これが最後だとばかりに海上、上空の機体達が残った加護を全て使い切る勢いで反転攻勢を掛けた。
一斉射撃。
今までの粒子量を気にしていた時とは違う。
砲身が焼き切れそうな全力の咆哮が空気を焼き付かせ、ミサイルの同時着弾と共に巨大な胸にクレーターを生み出した。
それに突撃を掛けたコスモダインが粒子を虚空に残像として残しながら、恐ろしい速度の流星と化す。
接触の僅か三秒前。
背後に気を取られていた巨人タイタニアスの左股関節部分に膨大な粒子を凝集した一撃が遠方より分裂しながら襲い掛かり、相手の体制を崩す。
コスモダインのAL粒子が突如として爆発的な高まりを見せ。
そして―――同時に少年少女と海域の幾つもの口から、一言が叫ばれる。
【トールッッッ!!!!】
開放された膨大なAL粒子の本流。
コスモダインを起点として放たれたゼロ距離クライシスバーンがまるで意思を持つかの如く。
照射された地点から体表を駆け抜け、巨大な肉体を焼き尽くしていく。
『消えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!!』
閃光に焼け付く瞳も気にせず。
叫びながら機体を前に押し出した宗慈が操縦桿を思い切り倒した。
背部ブースターが爆発的に推力を生み出し、クライシスバーンに未だ蝕まれ切っていない四肢が千切れて巨躯が動く。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド―――。
冗談のような光景。
たった一機の力で海上をkm単位の物体が加速させられているのだ。
燃え盛る巨躯が体積を減らしながら、消え失せていく。
その光景はまるで闇を打ち破る光の剣が吹き伸びるのにも似る。
そうして、分厚い漆黒の壁を突き抜けた機体からAL粒子がフッと消えた刹那。
奈落獣の肉体は跡形も無く炎の中で消滅した。
喝采が上がる。
喜びの声が。
艦橋で海上で全てを見守っていた避難先のシェルターで。
『よくやったわ。二人とも……ありがとう。この街を守ってくれて……』
チトセが礼を告げる為に回線を開いたが2人の様子がおかしい事に気付く。
「「………」」
『艦長!! 気を失っていますッ!! 機体高度維持出来ていません!? 粒子残量0ッ!!』
慌てたオペレータの報告にチトセがすぐに指示を飛ばす。
『最も近い部隊に通達!! 小さな英雄達を受け止めて!!』
だが、命令されるまでもなく。
最もコスモダインから近い部隊が既に動き始めていた。
ふぅ……と。
ようやく一息吐いたチトセが次の命令を出す寸前、防衛部隊の一角で爆発が巻き起こる。
『どうしたの!?』
『こ、これはッ?!! 艦長ッ!! 最後の突撃で千切れた四肢が再生!! 変形して新しい個体を形成していますッ!! 左翼に布陣していた部隊の内、四機が大破!! 現在通信不能!?』
『何ですって!!?』
再びの爆発が艦橋の映像に映し出された。
それは四匹の黒い巨大な獣が白銀のガーディアン達を蹂躙していく光。
『こちら第三部隊!! 一時後退するッ!!』
『こちら第四部隊!! 敵の猛攻により、全機中破ッ!! ヘルモードでの海域からの離脱を許可されたし!!』
『こちら航空支援部隊ッ!? きゃぁあぁ!? 航行不能ッ!! 繰り返すッ!! 航行不能ッ!!?』
『こちらッ、第六部隊ッ!! 糞が!?! こいつら!!? 固いッ!!!? 至急、増援をッ!!!』
黒い閃光が上空を薙ぎ払い、次々に爆発が部隊を襲っていく。
その中心となっているのは巨大な四足型の奈落獣だった。
『何なんだよッ!?! 何なんだよアレッ?!!! 本部ッ、本部ッ、た、助け、ぎゃぁあぁああああああ!!?!』
プツンと地図上で機体の反応が一つ消えた。
『左翼は全力で後退!! 中央の部隊は敵と距離を取りつつ陣形を崩さずに後退!! 突破を許さないでッ?! 大破した機体のパイロットは海に飛び込んでッ!! そのまま中にいると殺されるわよ!? 備え付けのアクアモーターを使いなさい!! 短時間なら激流の海中でも姿勢維持と呼吸が可能になるわ!!』
海戦という事で予め出撃前にコックピット内部には海中を単身でも泳ぎ切れるよう、呼吸の確保と潜水を補佐する電動式のビート版のようなものを積んでいた。
すぐに動けなくなった機体から荒れまくった海面へ人影がアクアモーターを抱えて飛び込んでいく。
『部隊の三割を損耗!! 現在も四匹の奈落獣と交戦が続いていますッ!! このままでは―――』
『彼はッ!! 彼はどうしたの!!』
『剛刃桜の機体をロスト!! 現在、所在不明ッ!!』
『何ですって!? いつから!!』
『機体の敵味方識別は有効!! 未だに海域から反応があります!! ですが、機体の反応がコスモダインの攻撃直後の余波で消え失せた後、戻っていません!!』
『どういう事なの……くッ、とにかく今は消耗し過ぎてる!! 各機に過度な攻撃は自制するよう通達!! 相手の攻撃を分散させつつ無事な機体を前に立てて、とにかく時間を稼ぐのよ!! もう救援要請は出したわね!!』
『はい!! 周辺の防衛部隊を向かわせていると連絡が!! 各地には更に後続から来た部隊が一時的に駐留する形で防衛に当るようです!! 最初の増援が来るまで後四分!!』
艦橋で次々に破壊されていく味方機を下げ、ジリジリと防衛線を後ろに引かせながら、チトセは時間稼ぎの為にあらゆる戦術を駆使して敵の進撃を食い止め、再び時期を待つ。
数百m級が四体。
それも海上をスイスイと移動する奈落獣に守護者達は追い詰められつつあった。
(契約違反、生き残ったら追及するわよ……)
内心愚痴ったチトセはそれでも男の帰還を願わずにはいられない。
この危機を救えるとすれば、それはたぶんそいつだけだと彼女の勘が囁いていたからだ。
*
コスモダインの攻撃が奈落獣タイタニアスを包み込んだ時まで全ては遡る。
その時点で七士は決着が半ば付いた事を悟っていた。
四肢が千切れて本体が吹き飛んでいく光景を目にして、自分の役目は果たしたかと帰還するかどうか。
判断しようとした時だった。
急激に自分の機体の周囲が暗くなった事を映像から彼は理解する。
(………)
そうしてコックピット内の機器とランプが明滅した。
すると、不意に外部カメラの映像が切り替わる。
その映像データが即座に何処で撮られたものなのか七士が察したのは同じ光景を見た事があるからだ。
映像の中には無数の剛刃や雷剛が並んでいる。
研究所の地下倉庫。
その中でカメラが映し出したのだろう光景に音声は付属していなかった。
だが、慌しく所員なのだろう白衣姿の男達が走り回り、周囲に警備員らしき兵隊がいるのは見て取れる。
彼らの中から一人の女性兵士がやってくると白衣の所員達に声を掛け、何やら話し込み、機体へと乗り込んだ。
(……ハッチが、あるのか?)
そのまま起動したらしき機体が動き、それに合せてカメラの視点が動くとハッチらしき場所が開いていて、カタパルトで射出された。
ブツン。
一瞬で映像が途切れ、画面がブラックアウトする。
突如として不可解な状況に叩き込まれた七士が何が起きているのか冷静に把握しようと反応が無い機器を弄ろうとした。
しかし、手を出した時、違和感を感じて止まる。
彼の手が明らかに自分のものとは違う細く繊細なものに置き換わっており、よくよく見れば着ている衣服は先程まで来ていたものとは違った。
パッと画面が復帰すると声が音声通信が開く。
サウンドオンリーの表示。
その先から何者かが語り掛けてきた。
「済まない。君にこんな役目を負わせてしまって……」
老年の男の声だった。
「その機体は未だ完全ではない。だが、完全にしてしまえば、君は他の者達と同様に……」
言葉に詰まった男が苦しげに呻くような呟きを漏らす。
「奈落を克服する術を結局、我々は開発出来なかった……その機体は鬼子だ……奈落より余程に危険な事態を招き寄せた……」
(奈落よりも危険、だと?)
七士に向かって、男は告げる。
「それでも我々は最後の戦いを必ず生き残るべくソレを完成させ、今に至ってしまった。もう時間は戻らない……進むしかない。この無間の道程を……」
僅かな沈黙の後に画面へ一際大きな大剣が映し出される。
「戦い……勝利してくれ……それで封印は為され、機体は完成する。それが出来るのはきっと君だけだろう。その時こそ、剛刃桜は全てを覆す力となる……七剣による神霊結界は―――」
再び突如として画面がブラックアウトした。
だが、次に瞬きをした七士が見たのは何一つとして変わっていないコックピットと己の見慣れた手、映し出された今も荒れ模様の外界と爆発。
(心霊……いや、神霊結界、か? まさか、ファンタズム級の技術が……?)
彼の思考を読んだかのようなタイミングで暗黒の空を突っ切り白銀の機影が一直線に空の果てから突き進んでくる。
そのAL粒子の耀きに照り返された機体が更に加速し、一本の矢の如く彼が動く前に黒き獣へと突き刺さった。
『機体反応確認!! こちらフォーチュン支部旗艦ユリシーズ!! 聞こえますか!! 剛刃桜!! こちらユリシーズ!!』
『この機影速度は?! 艦長!! エルドリッヒです!! IFF確認!! 助かりましたよ!!?』
『どっちとも繋いで。あーあー聞こえるかしら御両人。今、戦闘中の人と戦闘中じゃない人。とにかく今は時間が惜しいわ!! 今から全機体を最終防衛ラインまで撤退させるから殿をよろしくね!! 勿論、貴方達なら何とか為ると信じてるわ♪』
『『………了解』』
思わず通信先の相手とチトセ相手の言葉がハモッた七士は自分のようにこき使われているとはファンタズム級の操縦者も苦労人なのだろうなと勝手な想像をした。
今までの異常事態が何事も無かったかのように七士は剛刃桜を発進させる。
現在地は変わっていない。
相手は四匹の大型奈落獣。
オペレータからすぐに送られて来た情報に四肢の再生変異体だと理解した彼はズドバァアアアアッと奈落獣を一体を“開き”にした西洋の龍を模ったような頭部を持つファンタズム級へ通信を入れる。
『こちらライトニング級。援護はいるか?』
『必要無し。そちらはそちらでどうぞ』
『了解した。五時方向のはこちらで八時方向のはそちらで。最後の一匹は早い者勝ちという事でいいか?』
『いいでしょう。では、お互いの善戦を祈って』
本体程の再生能力は無いのか。
高圧縮されたAL粒子が噴出した剣先の乱舞が一体の獣型を半ばまで細切れとして、崩壊させた。
それと同時に剛刃桜も撤退しようとしている機体へ喰らい付こうとした奈落獣へと突撃を開始する。
『剛刃桜!! 【金剛夜叉】!!!』
背後に浮遊する一本が握られる。
諸刃の一振りだったが、槍のように刃先が先端にいく程尖り細っている為、強度には問題が有りそうな形だった。
後ろからの突撃に気付いた奈落獣が口から死の吐息。
超高温の炎を首を180度後ろに反らして吐き出す。
しかし、金剛夜叉の一振りで炎が掻き消えた。
『降魔降伏!! 大海斬ッッ!!!!!』
タイタニアスよりは小さいとはいえ。
それでも未だ数百mもある奈落獣が一点突破する突きの一撃を脳天にめり込ませ、そこからビシビシと全身に亀裂を奔らせて、弾け飛んだ。
同時に海が陸地へと向けて割れていく。
まるで遥か古の預言者が齎した奇蹟。
その間にも三匹目の奈落獣がファンタズム級の攻撃に頭部を叩き切られ、肉体を崩壊させつつあった。
残るは一体。
同時に海上と上空で加速した剛刃桜とエルドリッヒが同時にその手にある刃で左右から真っ二つにする。
自分が斬られた事に奈落獣が気付いた時にはもう全てが遅かった。
左右のズレに身体を動かそうとした途端、パカリと“割れて”呆気なく巨体が海中に沈みながら消滅していく。
『……やりました!! アビス反応無し!! 我々の勝利です!!!』
オペレータの声に今度こそ兵の間から歓声が上がる。
オープンチャンネルには喜びと共に自軍の脱出したパイロットの救出を求める声が溢れた。
『……こちらファンタズム級、エルドリッヒ。ライトニング級パイロット聞こえますか?』
『こちらライトニング級、剛刃桜。聞こえている』
『そのようですね。まだ支部長殿は事態の収拾に忙しいようですから、少し話をしませんか?』
双方向通信にようやく彼は相手が女だと気付いた。
戦闘中はそんな事に一々思考を回す余裕が無かったのだ。
奈落獣を倒した今、二者間で話すようなことがあるとは思えなかったが、このまま何も言わずに立ち去れば、ファンタズム級を預かる騎士の気分を害するかも知れず。
敵を増やさないようにとの配慮から七士は応える。
『何かこちらに用だろうか』
『その機体、どうやら相当なものを憑けているようですが、一体何なのですか?』
『付けている?』
『まさか、何も知らないでソレに乗って……?』
『これは先日、遺跡で発掘されたものだ』
サラッと嘘ではないが、成り行きで乗り込んでいる話は伏せて、七士が当たり障り無く告げる。
『そうですか。余計なお世話かもしれませんが、同じような機体に乗っている誼で一つだけ忠告しましょう』
『忠告だと?』
『ええ、それに憑いているものは尋常ではありません。もし、魔術に対する造詣が無いのなら、今すぐ乗るのを止めた方がいい』
『悪いが仕事で乗っている。降りるのは契約が完了した後だ』
『……忠告はしました。これで仲間達を救ってくれた借りは返しましたよ。名も知らぬ兵』
そう言い置くと海に飛び込んだパイロットの救出にエルドリッヒが機体を沖合いの方角へと加速させた。
ようやく終わった長い夜。
だが、しかし、謎は増えるばかりで、七士は明日の地下闘技場での仕事はどうなるかとそれだけを思考していた。
沖合いのユリシーズに帰る前、彼が街の方へと機体を向かわせると通信が入る。
『こちらアイラ。剛刃桜。聞こえますか!』
『こちら剛刃桜』
『七士様。良かった……無事なようで』
『心配、していたのか?』
『……はい』
『今から機体を置いて合流する。ポイントは事前に指定している通りだ』
『了解。今夜はお疲れ様でした……』
『出来れば、早めに帰って寝たい……』
『はい……自分もです』
安堵と何処か緩んだ声に少しだけ人間らしくなってきたかと。
少年は少しだけコックピット内で唇の端を歪めた。
『今、帰る』
『はい。お待ちしています』
そんなやり取りで彼の夜は更けていった。
―――鳳市沖合い130km地点深海。
全てを見つめていた男。
いや、小さなガーディアンの如き存在と化した狂いし老科学者ブラウニーはケタケタと笑いながら、何度も何度も自らの偵察機から齎された映像を解析しながら、ニタニタと頬を緩めていた。
無論、既に人間とは呼べない存在と化している彼の頬は硬質であり、実際に緩むという機能は有していない。
「何という幸運!! まさか、獲物の方から寄って来るとは……出来損ないながらもタイタニアスは中々良い働きをした」
『はい。同志』
「では、一端此処を離れて拠点で戦力を整備するとしようか。さすがにあの程度でアレが倒せるとは思えない』
『はい。同志』
周囲の透明な器に満たされた幼い声の主。
脳髄達の肯定と共に彼の艦がゆっくり海溝の底を這うようにして鳳市から遠ざかっていく。
『周囲の水上から投下音多数。航空からの爆雷と推定』
「ランヌ・ルフェーブル……有限実行は良い事だ。が、まだまだ青い。三号に任せ、艦の進路は現状維持。こちらの戦力を知らしめる良い機会だ。あの幸福を語る連中に見付からない程度に軽くあしらってあげなさい」
『三号に命令伝達。奈落獣【ゴッデス・ハウンド】アビスリアクターハーフドライブ』
その時、海上に向けて数十発の爆雷を投下した空戦仕様のカバリエ級三機が突如として海中から吐き出された高高度にまで届く硬質な槍の雨を受けて襤褸屑のように吹き飛び、海面へと落下した。
それを待ち受けていたのか。
海面下から巨大な狗の顔が突き出されると落ちてきたガーディアンをバクリと咥えて海中へと引き込んでいく。
噛み砕かれていく機体の中で響いた男達の断末魔に耳を傾けながら、ランヌ・ルフェーブル、仮面の男は相手が思っていた以上に恐ろしい存在と化しているのだと確信して、ポツリと艦橋で呟いた。
『……後続部隊を転進。作戦は中止。今夜中にこの海域から離脱する』
了解との声だけが薄暗い場所に返され、彼は内心で一つだけ決めた。
(この借りは返すぞ。必ず、な……)
世界の何処にでもあるように恨みを買った老人は誰かからの憎悪を受けたような気がして、少しだけ楽しげな未来を想像し、クツクツと笑みを零したのだった。