Scene06「記憶」
ちょいちょいサンプルキャラなんかの過去を掘り下げつつ(捏造)諸々進めていきたいと思います。では、次回。
Scene06「記憶」
―――?年前イフシード大陸北端。
「クソが……連邦の連中!!」
オンボロの荷台に幌を掛けただけのトラックが破壊し尽された国道沿いの荒野を走っていた。
ガタガタと揺れる荷台には呻きと汗、人肉の膿んだ匂いが立ち込めている。
しかし、未だ安寧の眠りに落ちた者は十数人の男達の中には無く。
だが、枯渇した物資の補給も儘為らない彼等はペニシリンのアンプル一本持ち合わせていなかった。
包帯から膿を垂れ流し、渇いたリンパ液と血で汚れた薄ら黒い溝のような襤褸を身に纏った誰の目にも精気が無い。
「団長……助かりゃしませんぜ。こりゃ……死なせてください」
寝た切りの男が呟く。
その視線の先には無精髭を生やしてバイザーを付けた弛んだ腹の男がいた。
「残念だが、一発も残ってねぇんだ。悪りぃな……」
カチャリと団長と呼ばれた男が自分の持っていたオートマチックの空の弾倉を抜き出してヒラヒラと振った。
「どうしやす? 共和国側が北部の軍港をほぼ全て制圧した今、周辺で船を出せる場所は……」
一言で言えば、男達は捨駒にされた傭兵だった。
連邦と共和国。
未だ争いを止めない大国の狭間で穢い仕事を引き受ける安い命。
戦場を点々としてきた傭兵団はメンバーを入れ替えながら、少なくとも数十年以上存在して来た。
世界の争いの最前線を渡り歩いて来た男達にとって、今更死は怖いものではない。
口で言う程簡単ではないが、死ぬ覚悟は出来ていた。
少なくとも、いつ戦場で命を落としても良いように男達の誰もが振舞って来た、準備してきた。
ある者は金で夢を叶えたし、ある者は故郷の家族に仕送りで豊かな生活をさせた。
ただただ兵器に塗れて戦い続けたいと願った者は満足して硝煙と爆薬に埋もれて死んだし、大きな漁船を買って海の男となり、傭兵を辞めた者もある。
其々が選択した結果。
彼等は概ね人生において重要なものを満たしたと言える。
勿論、誇りだの矜持だの綺麗事を戦場で言うような者は一人もいない。
例え、契約した軍事基地のお偉いさんが傭兵団の担っていた戦線の一翼を早々に切って、敵主力を打撃する為に諸共、安ミサイルの餌食にしたとしても、傭兵の世界なら“よくある事”のひとつだろう。
そういうリスクも含めて契約金をふんだくるのが彼等の流儀であるのだから、別に今更本当の意味で憎んでいる者なんていない。
元雇い主への怨嗟はこれから死ぬのだろう己が出来る最大限の抵抗というだけなのだ。
要は負け惜しみであり、負け犬の遠吠えと言って差し支えない。
人を殺す事に人は慣れる。
躊躇を覚えなくなる。
それが自分の命だとしても然して重要視しなくなった頃、男達はようやく傭兵として必要な精神的要素を手に入れるのだ。
同僚が死ねば、一晩酒でも酌み交わして、あいつは良い奴だった悪い奴だった面白い奴だった馬鹿だったと語り合い、翌日には忘れている。
そんな非人間的マインドセットこそ、荒くれの金の亡者達の生き残る知恵。
それも戦場で一線を張り続ける者のみが手に入れる腐れた人でなしの最も大きな力だった。
傭兵団の総数七割を喪失。
現在は酒も女も肴も無いので誰の口にもまったく死人の話は上らない。
ただ、己の生存確率と地域から逃げ出せる要素を確認している最中だ。
「………此処から沿岸部の東側で一番近い軍港は何処だった?」
「確か、現在地から23km地点にある小さな漁港です」
「ああ、あそこか。軍に徴発されてから改修されたんだったか……」
「ですが、もう空爆で跡形も無いらしいですよ?」
「いいんだよ。運が良けりゃ、便乗出来るかもしれねぇってだけだ」
「便乗?」
男達が怪訝そうな顔をする。
バイザーが外されて、小さな布切れで拭かれ始める。
「連邦のお偉いさんの一部が何処かの港から逃げ出す算段をしてるってのは、此処最近じゃ有名な話だろ。たぶん、その破壊された漁港が迎えが来るポイントで間違いない」
団長の言葉に男達は何故そんな事が分かるんだという顔をした。
「そう思う理由は単純だ。この包囲殲滅戦に移行しつつある状況で相手が重要視する要地を避けつつ、最も安全な経路で行ける監視が薄い地域。正しく今、オレ達が通ってる場所だ。ガーディアンが反応するのを恐れて通常動力の車両で移動するとなれば、基地からはこの一帯を抜けるしかねぇ。沿岸部から深い海が続いている東側の一帯で敵側の軍港から適度に遠く、戦略的価値が無く、同時に戦線から離れてる場所となれば、範囲は絞られる。後、制空権を無視して海上封鎖を突破出来るルートが存在しているとすれば、それは北部東海岸から北半球に続く海溝くらいだろう」
「潜水艦ですかい? うぅん……いや、有り得なくはねぇですが」
根拠を示されたとはいえ、それでも傭兵団で未だ明確な理性を保っている者達は団長の言う場所が少なくとも三箇所以上思い付いた。
「どうせ、この車両の燃料も後1時間で尽きる。歩いて他の場所を目指すのもこの怪我じゃ無理だろう。共和国の連中に投降しようとしても、傭兵が体に爆薬を巻いてるなんて噂を連邦が流してちゃ、どうなるかは……イヅモ風に言えば、火を見るより明らかってやつだ」
「……選択肢は無ぇって事ですか。まぁ、そうっすね。最善と言っていいんじゃないですか?」
「ああ、さすが団長。こんな時でも頼りになるぅ♪」
「ははは、まったく抜け目だけは無ぇんだ。ウチの団長は!」
「死ぬなら海の藻屑になるのも一興ですかね」
「共和国の連中に魚の餌になったオレ達を食わせて、当らせちゃる!!」
「わ、笑い過ぎて腸が出ちまうよ。おりゃぁ、は、ははは」
男達の目にはまったく光が宿っていない。
だが、顔は心から笑っていた。
そもそも発見確率は極端に低い。
小型艇で乗り付けて、要人を回収し、速やかに帰還するだろう相手がただの傭兵を載せてくれる確率はほぼ0だろう。
最もらしい理屈を並べ立てたとはいえ、予測は憶測の域であり、団長の言った事が事実である可能性も低い。
それでも最善の行動と言えるものは、彼等にとってそれだけだった。
ならば、乗るか反るかの大博打に笑いながら参加するのもまた一興だと判断したのだ。
それが間違いかどうかなんて関係ない。
死ぬのならば、そのようにして死のうと。
誰の心にも決まっていた。
そうして、彼等が破壊され尽した元漁港の跡地。
瓦礫の傍まで辿り着く。
果たして予測は当ったのか。
一艘の小型ボートが月明りの下、港から少し離れた砂地の海岸線に乗り上げていた。
その周囲には人影が数人何やら立って話している。
「団長!!」
「静かにしろ。まずは相手との交渉だ。もしも、オレがダメだった時の事を考えて、動ける奴は準備しろ。まだ、ナイフの一本くらいは残ってるだろうな?」
「当たり前でさぁ!」
「この歳で銃にナイフで戦挑むなんぞ。腕が鳴りますな」
「クッソ、撃たれるなら出来れば脳天だけがいいなぁ」
イソイソと数人の男達が何を言わずともボートを囲むように闇へ紛れて散っていく。
誰か一人でもボートを乗っ取れれば、進展がある。
いざとなれば、乗り物の破壊をチラ付かせて人質にする手もあるのだから、相手が銃で武装していた場合だろうと少しは可能性があった。
「じゃあ、行くか」
バイザーを掛けた男。
団長が月明りの下、よく相手に見えるよう両手を挙げて近付いていく。
「おお~い」
声を掛けた男に人影達が一瞬驚きで固まった。
その内の数人が懐から何かを取り出そうとしたが、途中で影の一つに止められた様子となる。
敵意が無い事を確認させるように男が近付いていき、数mの距離まで近付くと人影達の一人が片手でこれ以上近付くなと制止した。
「あんたら、何処の者か知らないが、噂になってる何処かに逃げ出すもんじゃないか?」
『………お前は何者だ?』
くぐもった合成音声が周囲に響く。
「見て分からねぇか? 連邦に雇われた傭兵だよ。ま、戦線の端で敵ごとドカンと後ろからやられたってな修飾は付くがな」
『………何人だ?』
「あん?」
『惚ける必要は無い。今、そこらの岩陰で隠れている連中も含めて何人だ?』
バイザーの下でスッと瞳が細められる。
「―――十五人だ」
『………了解した……こちらホテル1。死体を十体以上回収する必要性が出た。回収艇をもう一隻回してくれ。ああ、そうだ。ああ、主要な対象の確保には成功したが、何体か身元確認の必要な者がいる。出来る限り、回収するようにとのそちら側の要望を叶える上で必要な事だ。ああ、回収した遺体はこちらの艦で運ばせて貰う。死亡した対象の詳しい身元確認と受け渡しは後日―――』
ボソボソと何やらインカムで通信を終えた声が周囲の人間に今度な何事かを耳打ちしていく。
それに頷いた者達が最初にボートへ乗り込むと、人影を一人だけ置いて先に海へと出て行く。
慌てて岩陰から立ち上がった男達が突撃しようとしてくるが、それを団長と呼ばれた男は片手で制した。
彼の前にやって来るのは一人だけ残った目出し帽を被った小柄な兵士。
くぐもった声の相手だけだった。
「あんた、お人よしって言われないか?」
『残念だが、これから仕事だ。関わってる暇も無い。ボートがもう一隻来る。来たら、そのまま出発させろ。後はオートで動く。回収は沖合い4km先。それまで敵に発見されなければ、お前達は助かる』
「まるでこれから発見されるような言い草だな」
『……此処から一番近い野戦司令部が42km先。飛行するタイプのガーディアンなら一っ飛びだろう。脚の速いライトニング級なら一時間も掛からない。まだ付近の国道が完全に破壊されてない以上、車両での急襲も有り得る』
「―――おいおい。まさか、冗談だろう? あんた、もしかして」
バイザーの中で驚きに目が見開かれる。
声は至って本気だった。
何一つとして嘘を付いている様子も無い。
これから一体何が起こるのか。
それを半ば直感的に感じた男は遥か上空から高速で近付き、バッと月明りを隠す影に上を見上げた。
『言ったはずだ。これから仕事だと』
可能な限りパラシュートで減速した白い20m近い物体が海岸線の柔らかい浜を貫き。
ズドォオオオオオオッと周囲に砂と海水の飛沫を上げてめり込む。
ミサイルだった。
それも特定の物品を運ぶ為に特化した。
白い表面装甲が弾け飛び、内部からまるで倒れるようにしてソレが膝を付いて着地する。
「……はは、イカれてやがるな……あんたも随分……この絶望的な戦場に今から参加希望なんて、死に行くようなもんだぜ?」
『問題ない。装備は全て持ってきた』
ライトニング・ミーレス。
それもグレイハウンドを大本としたものだった。
二、三年前に共和国によって投入されたガーディアンの量産機ミーレスはガーディアンと違ってリンケージを必要とせず、誰にでも乗れる上、圧倒的に生産性が高く、コストが馬鹿みたいに安い代物だ。
その分性能は劣るが、数機でガーディアンへ当れば、倒せる事もある。
今では共和国の戦線を支える重要な要素であり、緒戦でミーレスの物量に敗北した連邦でも現在は研究開発と普及が進められているという。
戦力を圧倒的安さで早く揃える事が出来る機体として重宝されているのだ。
とはいえ、そんなものを一機投入したから、戦場の何が変わるものでもないだろう。
これから仕事だと軽く言った相手の目的が特定の人員。
つまり、連邦側の高官の回収だとすれば、それは殆ど自殺か正気の沙汰ではない行為を指す事となる。
現在、連邦が立て篭もっている一番近い基地でも沿岸部から290km先。
敵の降下部隊に制圧された地域を通りライトニング級だけで切り抜けられるとすれば、そんなのは神の身業か奇蹟というやつに他ならない。
「……言っておくが、此処から一番近い基地までガーディアンで行くなら、敵の警戒網のど真ん中を通っていくしかねぇぞ? オレ達は通常動力の車両をカスタマイズして使ってるから、まだマシだが……ライトニングとはいえ、ALを使ってる以上、相手側のレーダーには丸見えだ。航空支援のユニオンに野戦用ライトニング、高機動戦用のカバリエに各種のミーレス。連隊規模の壁をぶち抜けなきゃ、通り抜ける前にあんた死ぬぞ?」
「それが?」
男達の前でライトニング級がハッチを開き、目出し帽の相手が乗り込むとミサイル内部に積載されていたライトニング級用の武装を取り付けていく。
フォールディングキャノン。
ミサイルガンポット。
ガトリングランチャー。
パイルバンカー。
(こいつ正気か?! これだけの武装を積んだら、相手の良い的じゃねぇか!?)
バイザー越しに団長が驚くのも無理は無かった。
ライトニング級の特徴はその機動力にある。
機体にゴテゴテと武装を積めば、その分動きは鈍るし、攻撃を回避し辛くなる。
そもそも白兵戦なんて相手がまともに行ってくれる可能性はほぼ無い。
一方的なアウトレンジから遠距離用のミサイルや榴弾で適当に面制圧すればいいのだ。
空を飛ぶガーディアンが居れば、どれだけ速く動けようとライトニング級ミーレスなんて射的の的に違いない。
「お、おい! あんた!?」
『話は終わりだ。帰りたければ、早めに出るんだな。そろそろ相手の先陣がこちらにやってくる』
「……ミーレスを紙装甲にしてるやつへの忠告だ。この近辺は磁性の強い岩盤が幾つかのポイントでALの観測を難しくする。それと包囲されそうになったら、迷わず岩山を盾にしろ。磁性が強い場所は大体が小山のようになってる。 固さは折り紙付きで専用の掘削機械じゃないと貫通も不可能な代物だ。規格外兵装かスーパー級でも無けりゃ抜けないだけの頑丈さがある」
『……情報感謝する。行け』
「団長!? あっちからボートが!!」
「今行く!! あんたも死ぬなよ!!」
『仕事は最後まで請け負う。それが流儀だ』
男達の前でグレイハウンド・ミーレスが加速し、月明りの下で土煙を上げながら爆走を開始した。
それと同時に海上へ姿を現したボートが一隻。
それも十人以上乗れるだろうものが誰も乗せずに海岸へと乗り上げてくる。
「怪我人を運び込むぞ!! すぐに共和国の連中がやってくる!!」
『おうッ!!』
団員が全てボートに乗り込むと洋上へと自動で動き出した。
その時だった。
数km先だろうか。
空に銃火が上がる。
散発的な発砲音や上空からの火線が戦闘の開始を告げていた。
「団長……ありゃあ、一体何なんですか? あんな装備で死地に突っ込んでくなんて傭兵家業をしてる俺等でも聞いた事ありませんぜ」
「……分からねぇ。だが、あいつは死ぬ気なんてサラサラ無ぇだろうな。でなきゃ、どうして予備弾倉をしこたまバックパックに積むってんだよ」
「気付かれずに逃げられますかね? オレ達」
「幸いにしてあいつの方に誰もが気を取られてる。これで逃げられなきゃ、運が無かったと諦めるしかねぇ」
「ですね。もし、あいつが生き残ってもう一度会う事があったら、何か奢ってやれりゃいいですね」
「記念品をどうぞ。感謝してますなんて柄か? オレ達が?」
「はは、違いねぇや」
傭兵団を乗せたボートはその後、紆余曲折も無く。
一隻の浮上した潜水艦に保護され、彼等は事無きを得た。
艦内へ入った途端に催眠ガスで眠らされ、途中で連邦の廃棄したと思しき地下ドックに置き去りにされて目が醒めるまで丁度一日。
怪我人の手当てと重傷者が正体不明の救急車に搬送されて近くの病院に運ばれたというところまでオチが付けば、彼等も自分達が何を見たのか詮索する事は無かった。
そうして、殆どの団員達の引退が決定した数日後。
彼等は自分達がいた大陸がアビスゲートからの侵略者。
喋る蜥蜴人間。
ハイパーボレアによって制圧された事を知ったが、そこで再び自分達を助けた誰かの話題が出る事は無かった。
そう、誰もが忘れたのだ。
自分達の戦友を忘れたように。
二度と相手に会う事も無いと理解していたから。
この事件は後に彼等の耳に一つの情報を留めさせる事となった。
曰く。
ハイパーボレアの大陸制圧前にとある内陸の基地から連邦の特殊部隊が軍の高官を奇蹟的に連れ出して逃がす事に成功したと。
その真相も定かでは無い流言は在り得ないと多くのネットユーザーに否定され、また軍も公式発表を行なわなかった為にすぐ世間からは忘れ去られた。
ただ、彼等の胸に何かが残った事だけは紛れも無い真実であり、傭兵団団長アーリ・ベルツマンは確かに九死に一生を得て、今度は人を守る仕事を生業としている。
結局のところ。
誰に返す当ても無いものを男は今も気にして生きている。
これはその理由。
それだけの話だった。
*
「……?」
一瞬、男は刹那の断絶を経験したが、ブレる視界の中で迫り来るヒートハルパー、湾曲したプラズマの刃を機体を後ろに倒して避けた。
更にワイヤーランチャーが放たれ、障害物の一つである小さなビルの瓦礫の一部、壁に鉤を打ち込んで巻き上げた。
次撃を叩き込もうとしていた青く塗装されたクラッシャー級が真横に逃げたグレイハウンドに驚きつつも、体勢を立て直される前に勝負を付けようと武器を片方投擲する。
相手の攻撃はプラズマである。
通常のライトニング級が持てる近距離武器では弾く前に融かし切られる可能性が高い。
そもそもアーリが現在乗っている機体には中近接戦当用のヒートワイヤーとショックワイヤーが左右に装備されているだけでコレと言ったビーム系の武装を弾ける武器は積まれていなかった。
グレイハウンドは機動力こそあるものの、打撃力には優れない。
パイルバンカーやアームパンチの類は戦う際には最後に使う武装であり、多くの場合は敵の間隙へ強引に捻じ込んで一撃で仕留める為のものだ。
これがクラッシャー級相手に通じるかと言えば、答えは多くの場合NOだろう。
しかし、それ以前の問題として、格闘戦におけるライトニング級というものは機体の重さが致命的に足りない。
故にどんな近距離攻撃も威力に欠ける。
ビームやプラズマ系の相手を“融かし切る”ようなものであったとしても、相手の装甲や受ける武器の種類によっては運動エネルギーが足らずに押し負けるのだ。
パワーが無い分、鍔迫り合いのような事も出来ない為、近接された時は避けて当てる、あるいは当てて避ける。
この二択しかする事が無い。
普通のクラッシャー級やカバリエ級に準じるだけのパワーが在り、近接用の武装があれば、“受ける”事が可能である為、肉を切らせて骨を絶つ、受けて当てる、当てて受ける事も可能となる。
この選択肢が無いというだけでもライトニング級は他の機体と比べても敵の至近で戦う事に向いていないとされているのだ。
相手がもしも攻撃を受けて攻勢に転じた場合、避けられなければジ・エンド。
圧倒的に“後の先”に対して弱い為、多くの搭乗者が先手必殺、後手必殺、長期戦や消耗戦を好まない。
そういう意味でアーリは現在、相性が最悪に近い相手を敵としていた。
クラッシャー級の重装型。
長期戦を想定する厚い装甲と関節部の強化が為された機体は彼の武装をものともせずに突進、精密な動きでワイヤーを一番装甲が分厚い部分で受けて反撃して見せた。
辛うじて武器による一線は避けたものの。
肩からのタックルが腹部に直撃。
一歩間違わなくても、クラッシャー級なら胸部のコックピットを潰されていてもおかしくない衝撃だった。
一瞬、ローラーダッシュで後ろへ自分から動いていなければ、一撃で意識を駆られて致命傷になっていただろう。
(中々、ダーティに戦うじゃねぇかよ)
本来なら、相手はコックピットを精確に狙う事も出来た。
しかし、如何に裏の試合とはいえ、あまりにも人道に反していれば、スポーツとしては三流。
際どいルール違反は数在れど、同時に一線を越えない事で逆に鬼気迫る試合を演出しているところに観客は惹かれているわけで、クラッシャー・バトルを殺し合いにしないという暗黙の了解はどんなにダーティーな戦い方をする相手でもある程度は守らされる。
そんな事情を透かし見つつ、さてどうするかとアーリは機体の損傷具合を確認した。
アラートが点滅している。
画面には罅割れがちらほら。
機体胸部から下のジェネレーターが悲鳴を上げていて、脚部と下半身の連動にも支障が出ていた。
ローラーダッシュのバランスが崩れ、接近された時に機敏な回避運動が無理となったのは明白。
残されたのは中距離戦におけるチャンスだけだろう。
闘技場内に置かれた旧市街地の瓦礫や廃墟は未だ原型を留めている。
もしも、戦うならば、待伏しかないと彼は軋むグレイハウンドを走らせて、土埃の中へと一目散に逃げ込んだ。
無論、相手のレーダーからは丸見えだ。
しかし、視界が利かない状態で廃墟内部に入られれば、相手は苛立つ。
逃げ腰野郎がと追ってくる。
ついでにレーダーと勘だけを便りに攻撃してくるかもしれない。
それが狙い目だ。
圧倒的に不利な相手にどうしても勝たなければならない時は罠に誘い込むのが上策。
孤立無援でそんな状態になるとすれば、これはもう待ちの一手に限る。
自分のフィールドに相手を引きずり込むしか勝機は無いだろう。
それが出来なければ、敗北するだけだ。
相手に頭部を破壊されて試合終了となる。
だが、彼の仕事が内偵である以上、まだ選手という役は降りられない。
此処からは時間の勝負だとアーリは機体各部パーツの把握から始めた。