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〈落日〉

 世界というのは、人々が思っているほど強固ではなく水に浮かべた氷のようなものでした。

 私がそのことを理解したのは、後の世で〈落日〉と呼ばれる事件が起こった日のこと。

 水に浮かべられた氷はゆらゆらと揺れて、そしていつか解けて消えてしまうもの。

 そんな危ういものだと、私たちは理解していなかったのです。


 東ヶ原、それがこの世界の名前で私が住んでいたのはムサシノクニという国の名もない小さな村でした。

 そんな村でもたまにはお客さんが訪れます。

 所謂、冒険者と呼ばれる方々です。

 私たちには見えない、〈れべる〉や〈すてーたす〉を持つ流浪の方々で世界中を旅する人たちでした。

 多少気難しいのか、それとも排他的なのか必要最低限のこと以外私たちとは話そうとしませんでしたが冒険者同士では結構話されているようでした。


 私はその冒険者の方々が拠点としていた〈ぎるどほーむ〉というところで使用人をしていたのですが……ある日世界が一変したような気がしました。

 今まで見ていたのと同じ光景、でも何が違うのかはよくわからない。

 そんな感じの様子だったのです。


「おい、あんた!

これはどういうことだ! 」


 最初に変化を体感したのはその一言でした。

 冒険者の方が、私の肩をつかんで詰め寄ってきたのです。

 今まで私に触れることはおろか、話しかけようともしてこなかった冒険者の方々が次々にです。


「なんだ……これ、VRシステム、なわけないよな」

「もしかしてこれって最近はやりのMMOトリップ? 」

「そんな馬鹿な……」

「ひゃっふぉい! 」

「あ、あの子うちの使用人のNPC? かわいいな! 」


 NPCって何でしょう、いえ、そんなことよりもなんか皆さんいつもよりも饒舌です。

 普段であれば、何を狩りに行こうかー、とか薬草持ってる? くらいの会話しかなかったのですが……。


「あの……」


「あぁすまん、取り乱していた」


 その様子を見ていたのですが肩がいたくなってきたので声をかけてみると手を放してくれました。

 やっぱり冒険者の方々って力が強いんですね。


「それでどういうことか説明はしてもらえるのか? 」


「説明……ですか? 」


「……その様子だとイベントNPCとは違うみたいかな……まいったな」


 またNPCですか、いったい何のことでしょう。


「全員注目! 」


 考えを巡らせていると奥のほうから声が響きました。

 背の高い冒険者の方々の肩越しにのぞき込んでみると、この〈ぎるどほーる〉の責任者である……たしか【叢雲】さんでしたっけ。

 女性の方ですが男性にも負けぬ豪傑だったと記憶しています。

 以前中庭で模擬戦といって10人くらいを切り伏せていました。

 そういえば冒険者の方々って亡くなっても神様の加護とかで生き返ることができるんですよね。

 不思議な話ですね。


「あーこの状況についてはいったん置いておくとして、あんたら体は大丈夫か? 」


 その言葉を聞いてみなさん一斉に鎧を脱ぎはじめました。

 女性の方も何名かいましたが、数人は別室に移動したものの気にせずに脱いだ方々もいます。

 そして男女問わずですが、下着まで脱いでしまった人もいました。

 恥じらいって何でしょうね。


「大変だ! 俺におっぱいがついてる! 」

「俺の息子が行方不明になってる! 」

「私の股間にゲイボルグがついてる! 」

「俺のつまようじがエクスカリバー! 」


 みなさん口々にそういっていますが、どれもろくな感想ではありません。

 たぶんですが叢雲さんが聞いたのはそういうことではないと思うのですが……。


「あーわかった、非常事態だけど異常はないんだな」


 少しあきれた様子の叢雲さんでしたが、気を取り直したのか自分の体を鎧の隙間から確認してから言葉を絞り出していました。


「あーまぁ理由とかはよくわからんが、夢じゃないなら私たちは東ヶ原の世界にいるらしい。

そのことは全員共通認識でいいな」


 その言葉に皆さん一瞬こちらに視線を向けましたが、鎧を着ながら頷いてました。

 なぜこちらを見たのでしょうか。


「それからそこのNPCの使用人の、静江、あんたにいくつか聞きたい」


 唐突に名前を呼ばれて思わずうろたえてしまいました。

 静江は私の名前で、ここに住み込みで働き始めてからは呼ばれたことのない名前でした。

 まさか覚えているとは思いませんでした。


「あんたは私のいうことがどれくらい理解できている」


「えーと……えぬぴーしーとか、いべんととかはよくわかりません」


「ならここにいる理由は? 」


「この〈ぎるどほーる〉の清掃や料理を行うために雇われた使用人です」


「最後に、私たちが今どうなっているかはわかっているか? 」


「私に話しかけてきたりするなんて珍しいと思いましたけど……特に普段と変わりはないと思います」


「そう……か」


 そこでいったん言葉を区切って叢雲さんは再び考え込んでしまいました。

 何か私にはついていけないような内容を考えているのでしょう。


「全員いったん私室に戻って倉庫を確認、私は街の様子を見てくるから一時間後にここに集合だ。

静江は食料などの備蓄の確認をしてもらう」


 そう言ってやや早歩きに〈ぎるどほーる〉から出て行った叢雲さんでしたが、ほかの皆さんは戸惑ったように近くにいた人と話をしていました。

 私としてはどうしたらいいのかわからずに、とはいえ指示を受けたので食料の備蓄を確認するべく台所に併設された食糧庫に向かいます。

 普段は食料なんて関係なく勝手に持ち寄ったものを食べていらっしゃるのに、本当に何かいつもと様子が違いますね。

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