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2:“ ヒカリと、楽しい学校”

「お、ヒカリん。おはようさん。月曜から相変わらず弱々しい顔だよね」

 都内にある私立の女子高。

 正門前でばったり出会ったクラスメイトに声をかけられた。

 校則ギリギリの明るい髪色、短いスカート。

 ヒカリより背が高く、顔も身体も同じ年とは思えないほど、大人びて見える。

「おはよ、美佳……って、弱々しい顔って何よ……」

 不機嫌になるも、やはり気になるのか自分の顔をぺたぺたと触るヒカリ。

「ヒカリんはさ、いつも自信なさげなんだよ。それが顔にでちゃってるっていうか」

「むう」

「ま、自信ないのは私も同じだけどさ。勉強も運動もできないし、最近振られてばっかだし……でも、ヒカリん。だからこそ、にこにこと笑って過ごすべきなのだよ。私みたいにさ!」

 透き通った秋空を背に、満面の笑みを見せる。

 子供のようなその笑顔に、ついヒカリも目を細めていた。

 御影(みかげ)美佳。

 見た目は正反対だけど、妙にウマが合い、入学時からずっと仲がいい。

 雑談をしながら教室に向かい、隣同士の席についた後、ヒカリは話を振る。

「ねえ美佳……えっと、高山先生って、知ってる?」

 それは昨日の先生のことだった。

「ん? 高山……?」

「えっと、若い男の先生で……」

「それ、高村じゃないの? 体育の」

「あ、そうかも」

 何となく覚えていた名前をあげてみたが、やはり間違えていたらしい。

「ヒカリん、あんたねえ……」

 美佳は心底馬鹿にするような呆れ顔を見せる。

「高村修一郎。28歳。若いイケメン体育教師として生徒の間で大人気。ファンクラブあり。今年からテニス部の顧問になり、結果、部員が倍増。普段は優しく接するも、なかなかの熱血指導で部員には好評なのだとか」

「へえ、そうなんだ。詳しいね……美佳も先生のファンなの?」

「おいこら」

 ヒカリの額に強めのデコピンが飛んでくる。

「あいたっ!」

「うちの生徒ならこれくらい常識だろっ! この高校で若い男って言ったら数えるほどしかいないんだから! ったく……どんだけ男に興味ないんだよ。ヒカリんは」

「うー、別に興味がないってわけじゃ……」

「で? その不感症のヒカリんが、高村にどういう興味をもったのかな?」

「ふ、不感症って……」

「ひょっとして、ついにピリピリとした恋心をカンじちゃったのかな、ヒカリさんは? くくく」

「ち、ちがうよ……昨日、外で見かけたから……」

「へえ、どこで?」

「え、ええと」

 言ってしまったものの、答えに困り、首を傾げる。

 ついでに、あのときのことを思い出し、また顔が熱くなってしまった。

 そんなヒカリの様子に、美佳は、さあっと表情を曇らせた。

「え、何……? そんな頬を赤くして照れるくらいの場所って……あんた、まさか、どっか怪しい場所で高村に何かされたわけじゃないよね……」

「ち、ちちちち違う違う! 山! 山の中で先生と会ったのっ!」

「山? そっか山の中で高村に……」

「だから何もされてないってば! ちょっと裸を見られたってだけで……あ」

「なっ……! ちょっと待て! それ、ホントに冗談じゃすまない話だろっ!」

 机を叩いて立ちあがる美佳。

 周りにいた生徒たちも、何事かと寄ってくる。

「ち、ちがうの……先生は何も悪いことなんてしてなくて……あう、ああ……」

 混乱して目が回り始める。

 皆に睨まれるなか、ヒカリは死に物狂いで言い訳を考えねばならなかった……


 そして放課後。

 ヒカリはひとりで職員室の前に来ていた。

 さて、どんな理由で呼び出そうか……と、悩んでいたところ。

「あれ……明星さん?」

 偶然、お目当ての相手が職員室から出てきた。

「あっ……た、高村先生! そ、その……ご、ご、ごめんなさいっ!」

 急な再会に真っ白になったヒカリは、理由も言わず、頭を下げていた。

「え……? あ、ああ……」

 高村は困惑するも、すぐに察したように、ヒカリを近くの教室に誘導した。

 そこは生徒相談室。

 ドアにかけられた札を『使用中』にひっくり返してから、ふたりで中に入った。

 大きめの机の前、向かい合う形で座る。

 日が射しこむ窓。外では運動部の女子たちの元気な声が響いていた。


「――なるほど。明星さんが川で遊んでいたら、転んで全身水びたしになってしまって、木陰で着替えをしていたところを、偶然通りかかった僕が目撃してしまった、と」

 ははは、と、少しわざとらしい笑い声をあげる高村。

 さっきからオドオドし続けているヒカリの不安を、和らげようとしているのだろう。

 恐らくは彼の方こそ、計りしれない恐れを抱いているはずなのに。

 なるほど、根っからの先生なんだなあ、と、ヒカリはそんな風に感じていた。

「了解。話は合わせておくよ。僕も生徒たちに変質者扱いされるのは嫌だからね」

「はい、ごめんなさい……」

「でもさ……」

 少し間をおいてから、気まずそうに。

「夢でも見たのかと、そう思ってたんだけどな。昨日のは……やっぱり、明星さんだったんだ」

「あ」

 しまった、と思った。本当に今更ながら。

 昨日はあれだけ非現実的なものを見せつけたのだ。

 こんな風に自分から言いださず、何を訊かれても知らぬ存ぜぬを通していれば、まさに「アレは夢だった」のだと、そう思わせることもできたわけで……

 でも、美佳たちに言ってしまった嘘を伝えておかないと、変な噂になりかねないし……いや、そもそも、そんな嘘をついたのがいけなかったわけで。ああ、なるほど、美佳に高村先生の話を、考えなしに振ってしまったのがダメだったという……

「うー、わたしのばか……」

 頭を抱えるヒカリの姿を、高村は意外そうに見つめる。

「明星さん。その……何か悩んでいるのかな? 普通の子……みたいに」

「え?」

「いや、昨日、君が見せたアレは……超能力というか何というか……」

 頬を掻き、言葉を選ぶようにしながら続ける。

「明星さん。君は……普通の人間にはできないような、凄い力をもっているんだろう? それを使えば、どんな問題でも、ぱっと解決できそうな感じがして、さ……」

「あ……いえ……」

 ヒカリは言葉を詰まらせた。

 自分のことを、正直に言うべきか――嘘をつくべきか。

 というか、先生に会いに来る前に決めておくべきことでしょ、ばかヒカリ!

 などと、再び自省するも、もとより自分には平然と嘘をつき通せる器用さなどないことを思い出す。

 それに――この先生なら、生徒の秘密を言い触らしたりはしないだろう、と。

 素直に話すことにした。

「えっと……凄いといっても、私、あの程度のことしかできないんです……炎を出したり、着替えをしたり……本当にそれくらいで……」

「いや、それでも十分凄いと思うけど」

「使い道がないんです。それこそ昨日みたいに……人を脅かしたり、あとはその……外でキャンプするときに便利かなあというくらいで……」

「キャンプ……なるほど、確かに」

 日常と非日常。異能と平凡。

 その組合せがおかしかったのか、高村は鼻を鳴らして笑う。

「それに、私、無器用なので……その程度の力でも、頑張って集中しないと、うまく使えなくて……」

「頑張って集中……かぁ」

 高村はテニス部で頑張る女子たちの姿を思い出し、妙に微笑ましい気分になる。

「あ、そうか。昨日は僕に名前を呼ばれて集中力が切れちゃったから、失敗して」

「そのことは忘れてくださいっ!」

 バンッ! と、机を叩いて立ち上がる。

 頬は真っ赤に染まり、目が涙でうるんでいた。

「ご、ごめん……わ、忘れるよ。ええと、川で転んじゃったんだよね。うん……」

 慌てる高村を見てヒカリは、はっと身を縮めて、椅子に座りなおす。

「い、いえ……ごめんなさい……」

 お互い照れくさそうに下を向く。

 傍から見れば、男女のお見合いの場面に見えないこともなかった。

「ええと……まあ、そうだね」

 高村が口を開く。

「昨日からずっと気になってることがあるんだけど……聞いていいかな」

「あ、は、はい……」

「明星さんはどうして僕のところに……いや、違うか。君は僕のことを知らなかったんだから……」

 少し考えてから訊き直す。

「明星さん。あのとき、君は言い当てたんだ。僕の中に『何を引き換えにしても、叶えたい願い事がある』ということを。占い師がそういった話術を使うこともあるけれど……恐らく、君の性格じゃあ、そういう駆け引きは無理だろ?」

「う……」

 何やらダメ出しをされたようで、さらに心がむず痒くなった。

 けれど。

「ええと、きっと先生が思っている通りで……」

 その言葉の意図を察して。

「それも、私の力なんです――」

 ヒカリはそう告白した。


 揺るがぬ想いや、深い欲望を――願いに変えて。

 その願いを、どんなことをしても叶えたいという、強い意思をもつ人。

 そんな人を探し出す力と。

 その願いを叶える力。

 そういった力を私は持っていると、ヒカリは、はっきりと伝えた。


「――なるほど。明星さん自身は、火を出したり、着替えたりしかできないけど」

 高村は笑みを浮かべながら言う。

「他人の願い事を叶えることはできる……すごい、素敵じゃないか」

「いえ……」

 高村の嬉しそうな声に、ヒカリは自分の胸を抑え、首を横に振った。

 心がぎゅうぎゅうと締め付けられて、ひどく、痛い。

「もしも願いが叶うならって、誰もが一度は考えることだと思うけどさ。もちろん俺も昔から色々と想像してたよ。そういった漫画とか小説が好きで何度も読んでたなあ」

 高村の口調は軽く、いつの間にか一人称も変わっていた。

 きっとこれが地の話し方なのだろう。非現実的でファンタジーな話を聞くうちに、つい童心に返り、無意識に教師という肩書を外してしまったのかも知れない。

「ほら、有名どころでさ。大魔王をこの世から消してくれとか、悪人に殺されてしまった人を生き返らせてくれとか、そんな願い事があるじゃないか。けど、俺、ずっと思ってたんだよね。そういった刹那的な願いじゃなくてさ」

 そこで高村は姿勢を正し、じっとヒカリの目を見つめた。

「生きる者すべてに、永遠の平和を――そんな願い事は叶えられないのかなって」

「……無理です」

 妙に浮かれた表情の高村に、ヒカリは陰鬱な声で答える。

「私が叶えられるのは、個人の想いや……欲望を満たすようなものだけですから」

「ふうん……なら、大魔王はともかく、死んだ人を生き返らせることは? えっと、俺さ。小さい頃に母親が――」

「それもダメなんです!」

 高村の言葉をさえぎるように、ヒカリは強く言い放った。

 高村は慌てて口を閉ざす。

 わずかな沈黙。ヒカリは落ちつくように息を吐いてから、高村を見る。

 その瞳には悲哀の色がにじんでいた。

「ごめんなさい……私、一番大切なことを伝えてないんです」

 まるで罪でも告白するかのような、震えた声で言う。

「大した力を持たない私が、誰かの願い事を叶える。そのためには、あるものが必要となります……それは」

「魂、だよね?」

 今度は高村が、ヒカリの言葉をさえぎった。

 ヒカリはくるりと目を丸くして、高村を見つめる。

「いや、そんなに驚かなくても……明星さん、昨日ちゃんと最初に言ってたよ。『魂と引き換えに、願いを叶えてやる』ってさ。確かに、魂が必要となるなら、死んだ人の魂をこの世に戻すという願い事は、割に合わないというか、対価にならないよね」

 高村は相変わらずの軽い口調で、しかし明らかに怖れの表情を浮かべながら。


「魂と引き換えだ、私と契約すれば、お前の願いを叶えてやる……か」


 ヒカリが昨日言った言葉を呟いていた。

 再び沈黙。

 心なしか窓から射す陽光も弱まり、室内が薄暗くなったような感じがした。

 ヒカリはしばらく目を落としたまま、ゆっくりと呼吸を続ける。

 やがて覚悟を決めたように、顔を上げた。

「その通りです。強い想いや欲望を抱える人間を探し出し、言葉巧みにそそのかして、契約を結ぶ。その契約通りに願いは叶えるものの、その代償として――」

 一切の余韻を感じさせることなく、言い捨てた。


 その人間の、魂を、奪い取る。


 男は息を呑んだ。

 その眼光、その声色。

 今まで話していたはずの気弱な少女と、目の前にいる少女は。

 決して同じモノではないと、そう感じたから。

 しかしそれは、わずかな時間のこと。

 少女は遠くを見るような、微笑むような、そんな表情を見せていた。

 どこかほんわかとした、か弱い雰囲気をまとった少女は。

 そして最後に言葉を足した。


「――そういう存在なんです。悪魔というものは」



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