街まで徒歩30分?
『異世界』と聞いてまず、何を思い浮かべるだろうか?
剣と魔法?
勇者や魔王?
それとも、奴隷やハーレム?
そんな生きていくのに直接関係ないものはこの際捨て置いてくれ。必要なのはもっと身近にある延命に必須なことだ。
食糧や金銭なども重要だが、忘れてはいけないのが『飲料水』である。
人間の身体の約60~65%は水分で構成されていて、一日に排出されると言われる水分量は約2.3リットル。食事などから得られる量の水分を差し引いて、一日当たり、1.5~2リットルの水を飲むことが望ましいとされている。
人間は体内の水分の20~25%を失うと死に至る。
その為、水無しでは数日しか生きられず、食事より先に水を確保しなくてはならないのだ。
と、何故こんな話をしたかと言えば、俺が異世界に渡って非常に大きな問題となったのがこの『飲料水』であったからだ。
事の発端は今から数ヶ月前、神様というやつからこの世界に拉t......もとい、転移させられ、数日間彷徨った挙げ句街を見つけて歓喜にむせび泣いたところから始まったのだ。
~~~~~~~~~~~~~~
(神様の馬鹿野郎!
何が半日くらい歩けば街に着くと思うよ?、だよ。
4日だぞ、4日!
食糧や水も1週間分くらいしかないし、本気でサバイバル始めなきゃならないかと思ってマジで焦った~。
道中考えてたスライム料理、今日がXデーだったんだよなぁ。)
そんなことを考えつつも、俺は未だに街の門の前で立ち尽くしている。
門はまるで人を拒むかのようにがっちりと閉じられ、門番らしき姿もない。
つい先ほどまではようやく見つけた街の姿に涙を流していたのだが、徐々に近付くにつれ、その閑散とした様子に呆気に捕らわれてしまっていた。
異世界で想像する街の門と言えばハルバートを持った門番が立ち、行商人や旅人が入場を求めて列を成しているものではないのだろうか?
とりあえず、アクションをしなくてはと思い門を叩く。
”コンコン”
反応がない。
聞こえなかったのだろうか?
今度は強めに叩いてみる。
”ゴンゴン”
やはり、反応がない。
もしかして、ここは今は使われてない門で、他に門があるのでは?、と考え始めた矢先、出入り門に付いていた金属製の錆び付いたのぞき窓がガッチャガッチャと音を立て開いた。
「なんだい?薬草でも採りに行った帰りか?」
異世界に来てから初めての会話はそんな喋りから始まった。
~~~~~~~~~~~~~~
「そうか、旅人なんてもう、5年以上来てないんじゃないかな。お前も旅に出るなんて相当物好きだな」
門番の言うことには、この街はフォルヒムというらしく、俺のような旅人は滅多に来ないのだとか。
かといって、この街は特に辺境にあるだとか、寂れた街だとか、鎖国よろしく引き籠もって居るわけでは無い。
どうやら、この世界では街から出るという行為自体をすることが滅多に無いとのこと。
自らが住んでいる街でトラブルを起こした者などが最後の手段として取るのが街を出ることなのだそうだ。
それで、旅に出るなんてことはほぼ無いに等しいわけだ。
軽く目立ってしまった感があるものの、外との交流が少ないが故に、今のジーパンとTシャツの上に革鎧というちぐはぐな格好も怪しまれてはいない。
若干、物珍しげな視線を感じるが。
「まぁ、色々なものを見て回るのが夢だったもので。それで、この街への入場には幾らぐらいかかりますか?」
「ああ、入場料ねぇ。この街に来るやつなんて5年経っても片手にも足りるぐらいだからそんなもん取ってないんだよ」
なんと、入場がただらしい。
これから食糧やらを買うためには金が必要なこともあり、払わなくて済むというのはラッキーだ。
「入場に審査とかあるんですか?何時までもここにいるのはちょっと遠慮したいところなんですが」
すると、門番ははっとしてのぞき窓を閉じるとかんぬきを外したようで、ガタンと大きな音を立てたのちに門を開いてくれた。
「悪ぃ悪ぃ。普段暇なもんだからついつい話し込んじまったな。審査とかは無いんだが、この街の中心にある領主館横の役場で手続きをしていってくれ」
「領主館横ですね。分かりました。ありがとうございます」
門番は軽く手を挙げて答えるといそいそと門を閉じる作業に入ったので、そこで視線を切って街を見渡す。
街は煉瓦や土壁で覆われた建物が並んでおり、門の目の前に道があるのかと思いきや、裏路地に続くのような細い小道があるばかりで大きな通りは街の外壁に沿う形で延びているようだ。
いきなり小道に進んで迷子になっては堪らないので、大通りを進んでいく。
あまり長距離を移動するのが得意でなさそうな馬が引いている白い帆で覆われた馬車や古びた荷台を引く人々をやり過ごし、しばらくすると大きな橋が見えた。
川幅は荒川の河口付近程あり、外壁に沿ってカーブを描くように造られた橋は煉瓦造りの巨大なものだ。
「でっかいなぁ。映画の世界にいるみたいだ」
橋の上に並んだ屋台から食欲をそそるいい香りが風に乗って運ばれ鼻をくすぐる。
徐々に大きくなる喧騒に期待を膨らませ、俺は歩みを早めるのであった。






