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第二十八章:咆哮の先

第二十八章:咆哮の先

      *

 雄叫びが舞う戦場。

 魔力の残滓が、蛍の群生のように光り輝く中で、彼はそれを聞いた。

「分かりました。マーリーの敗退ですね。それではこちらもそろそろ決着を着けましょう。貴方は後方のアナーヒアさんに、全隊へ敵殲滅指令を届けて下さい」

 使い魔の妖精にそう告げたドルガー。

 彼は、血まみれの戦場で妖精を送り出した。頬に着いた血痕を荒く拭って、彼は周囲の状況を見渡す。どうやらこの一体の船は全て鎮圧できたようだ。

 ……マーリーには後で労ってやらないと、また訳の分からない怒りをぶつけられますから骨ですね。

 敵兵たちの四割はすでに駆逐している。

 残りは舟を回して一か所に固まって簡易要塞を築いている。が、崩すのも時間の問題だ。

 彼は一旦戦況を確認しようと、丁度いい部下を探すため船の舳先に起った。瞬間、

「っ!? ――全軍退避ィイ!!」

 彼は何かに気付き、間髪入れずに吠えていた。

 周囲の者が吃驚の顔をする中、彼はいち早く甲板をぶちぬくような脚力で飛び上がり、彼は航空部隊の仲間の上に降りた。

「司令官!?」

「上昇です! 敵を構わずとにかく急上昇を行いなさい!!」

 ドルガーの剣幕に、危険は感じ取った彼ら。

 ドルガーに近い者から、理解を後に撤退を選択した。わずか数秒で、前線にいたインド軍全てが撤退を開始し始めた。その中でドルガーは更に吠える。魔人の放つ大声音で、

「現戦線から離脱した者から追走してくる敵を撃ち落としなさい! ありったけの射撃で押し返すのです!!」

 了解は返答ではなく行動で示す。

 インド部隊は戦線を離れた者から随時、遠距離攻撃で追ってくる敵戦士団を押し留めた。

 だがその十数秒後。インド側ですら戦線を離れ切れないまま、戦場だった場所に異変が起こる。

 まず起こるのは前線が霧に呑まれた事だった。その直後には不気味な震動を得て、その更に数秒後にそれは襲い掛かってきた。

 戦場を中心に巨大な円柱が突如現れたのだ。

 超高圧魔力の柱。上から下へと、ただただ暴力を越えた絶対の圧力。それは瞬く間に敵戦士団を押し潰し、またインド側の数名も巻き込んで海に圧だけで沈めた。周囲には推し量る事もできないような魔力による衝撃波が、全方位に放たれている。

 それはまさに地獄絵図だった。畏怖に息を呑む音。恐怖に満ちた悲鳴が響き渡る。声もなく消えていく者たち。その場にいた誰もが、その光景に恐怖し、戦慄した。

 ドルガーは歯噛みして、更に戦線離脱を叫んだ。背後で起こる状況に目を逸らしながら、彼は小声で小さく恨み言を漏らす。アラビア海の沖に佇む、九つの首を持った存在に、

「……アナンタ、貴方はヒトを何だとお思いなのですか!?」

 あの時、船の舳先に起った時、彼の目には先程までなかった巨大な霧が見えた。

 それだけで、アナンタが獣化を始めている事が理解できた。彼の力は自然そのもの。彼の攻撃は自然の猛威だ。大災害が生まれる事は必至。彼は急いで避難を指示したが、それでも遅かった。

 アナンタは躊躇いもなく自分たちごと潰そうとした。

 〝強大なる障害ヴリトラ〟。魔族アスラの王にして、神々を滅ぼすためだけに生まれた存在。その名を与えられたあの者もまた、

『――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!』

 やはり所詮は、邪な龍でしかなかった。

      *

      *

 ベッドが二つ置かれた病室。

 ふと、肌が擦り合う身動ぎに漏れる吐息の音が聞こえた。

「痛いとこ、ありますか?」

「問題ない。順調だよ」

 病室には、裸の男女がいた。

 二人とも上半身を露わにして、女は男の背中に胸を押し当てて肌と肌を密着させている。

 男は海瀬。女は朝臣だった。朝臣は申し訳なさそうに、

「悪いわね。あたしが未熟なせいでこんな恰好に……」

「構わないよ。治療のためだ。いかがわしい訳ではない」

 はあ、と朝臣は相槌を打ってはみるものの、気分は微妙なところだ。

 学友の父親の背中に肌を密着させて、隣の病床には宿禰が眠っている。一体自分は何をしているのか自信がなくなってしまう。が、こんな事をしているのにはちゃんとした訳がある。

 今、海瀬の肉体は通常では考えられないほど制限がかけられている。魔力の精製はできず、体内の魔力の流れすら危うい。非常に衰弱した状態だった。

 本来ならば、安静にして自然回復に任せるべきなのだが、本人の要望で戦線復帰するために応急処置を施しているのだ。肌を密着させているのは、海瀬の背にある紋韻の効力を弱めるためだ。朝臣の身をもって干渉し、その制限の一部をこちらに移して治療を行っている。

 そのため、紋韻制御に大半の処理能力を費やしている分、結果的に二人の密着する時間はどんどん長くなっている。平静を努める少女だが、その頬は少し紅潮していた。

 ……背中、大きい。温かくて、お父さんにおんぶしてもらってるみたい。

 施術に集中したいのに、少女の思考は長時間になるほど横道に逸れていた。

 そして、小さな違和感に身じろぐ度に、肌の擦れる感覚がこそばゆくて、朝臣の身体は火照りを覚えていった。加速する思考の中で、少女は羞恥心により心内で悶えた。

 ……へ、変な子とか思われてないかしら? 横にはマサトがいる訳だし。誰かが入ってきたらそれこそ人生終わりだわ……。

 背徳的なシチュエーション。以前、宿禰が愛読していた冊子のような漫画に、似たような状況から何故か卑猥な行為に発展しているものがったが、これを宿禰が見たらどう思うのだろうか。

 ……本当にたまに気遣ってくれたり、さっきも守ってくれたりしたのに、こういう事するのは悪いような気が、――いえ、理由は正当なんだし、構う事ないわよね? そ、そうだわ。そうに違いない。伍長の父親を両手で抱いて胸擦り付ける事のどこが悪いっていうのよ! 

 全く問題なんてないわ! と頭の中で叫ぶ朝臣。

 しかし、そんな中、海瀬がふと不意に口を開いた。彼は気まずい面持ちで迷ったように吐息を漏らしながらも、

「朝臣、と言ったかな君は? その、何だ……。魔力をこちらに直に送っているせいだと思うのだが、――君の思考が念として筒抜けだ」

「――――」

 少女は心拍が一気に跳ね上がったのを自覚した。耳元まで真っ赤に染めて、

「……ご、ごめんなさい!」

 彼から離れそうになるのを寸でのところで堪えた朝臣。もう海瀬の顔はまともに見れないと思いながら、少女は気力だけで何とか治療を続けた。

 が、しかし。その数分後の事だった。

 大地をも揺るがすような魔力の波がムンバイを駆け抜けたのだ。病室内に敷かれていた禊用の術式符は破綻し、本体が霊体側にある精霊系の朝臣もその影響を受けた。

 思いきり横が殴られたような衝撃を受けたのだ。予想外の出来事だったが、幸い海瀬の治療のために魔力を周囲に展開していたおかげで、気絶だけは免れた。彼女は海瀬の背に手を宛がいつつも、驚きに顔を強張らせて、

「い、今のは!?」

「おそらく魔力の衝撃波。〝竜撃〟と呼ばれるものと同じ類の者だよ。この感じだと、原型により近い方の〝竜撃〟だろう」

「原型って、もしかして―――」

 精霊の少女は直感でその発生源に辿り着いた。そう。

「アナンタ・カーリア? 邪龍種オロチでヒュドラ系の?」

 インド亜大陸の主と云われる大精霊。たった一度の衝撃波で、大地や大気、自然や魔力すらも根底から崩せるような威力。災厄を呼ぶヴリトラの名に相応しい者だ。が、

「で、でも何で彼がいきなりそんな真似を……」

 朝臣の疑問に答えたのは、海瀬ではなかった。聞こえるのは女性の声。艶のある、余裕に満ちた声で、

「ふふ、――あのちっちゃい子の土地を私が穢したから怒ってわざと暴走してるんだよ」

 声の主は、どこからともなく現れて、朝臣に笑んで見せた。

 豊かな灰白色の髪に、淡い碧色の瞳。妖艶な肢体を子供のように弾ませて、彼女は、

「こんばんは、緑の妖精ちゃん。エリスさんだよ?」

「…………」

 朝臣は言葉を紡げなかった。彼女が幽霊だという事は聞いていたが、こういきなり登場されては驚くのも無理はない。同種である筈の少女でも、気配すら掴めなかったのだ。

 しかし、動揺する朝臣を横に、エリスと海瀬はあくまで平常運転だった。

「エリス、どこに行っていたんだ?」

「ちゃんとカイセの中にいたよ。カイセが危なそうだから助けたかったけど、私も吸収した魔力に順応するのが大変だったから静かにしてたの」

「ふん、分かったよ。なら、外はどんな状況か分かるかい?」

 あ、それは聞いておかないと、と朝臣は高鳴る心臓を抑えつつ耳を傾けた。

「んー、たぶんあの邪龍種の子、敵味方構わずに攻撃したねさっき。場所は海、ほとんど戦闘の中心じゃないかなあ。大きさはぁ、一キロちょっとかな?」

「……一キロ?」

 桁外れの規模に、朝臣は開いた口が塞がらなかった。

 ……そんなの相手にホントに大丈夫なの?

 言い知れぬ不安を払拭しようと、朝臣は二人に尋ねた。

「でも、一応味方ではあるんでしょ? 敵を倒すためなら大雑把の大精霊なら一気に殲滅しようとするのも分かるし」

 彼女の淡い期待に、しかしエリスは現実を語った。顔には、実に愉しみだと言いたげな表情を貼り付けて、

「どうかなぁ。さっきは敵味方って言ったけど、たぶんあの邪龍はヒトをそもそも味方だなんて思ってないだろうけどなあ」

「大精霊と人間が分かり合うなんて、土台無理な話だからね―――」

 これは、

「――これは本当に出番が回ってきそうだ」

 朝臣が怯える中で、二人は笑みを浮かべていた。

      *

      *

 神話体系局、その上階にあるテラス。

 テラスからは九つの首を持った邪龍の姿、そしてそれを抑え付けようと態勢を立て直すインド神軍の姿が見える。

 テラスに立つのは老女が一人。

 アウヴィダは重く目蓋を閉じて、海より来たる魔力の渦をその身で感じた。ぽつりと、

「やはり、待っては下さいませんでしたか。約束を反故にしたのはこちらのなのですから、怒れるのも必至といえましょう。しかし、実に惜しい時間差で御座いました」

 巨大な陰性魔力も、その半分以上が精製され、あと少しでこの地の浄化力に頼めば何とか均衡は保たれる筈だった。が、どのみち乱使用されたせいで、あちこちに魔力の残滓が漂い、穢れてしまっているのもまた事実。

 自分の庭をこれほど荒らされて、怒らぬ主はいまい。

 ……致し方ない、と言えば諦めもつきましょう。ヴリトラは我ら神に怒る断罪の魔王。私の過ちでありましたか。

 悔いを心の中で呟く老婆だが、その頬は決して強張りはしない。いつ何時であろうと、彼女が笑みを消す事はなかった。

「どんなに完璧に近い政を行おうと、いずれこの世、ヒトの世は崩れ去るものです。なれば、私どもの役目は何なのでありましょうか。滅ぶものを懸命に守ったところで、意味など無きに等しい。――しかし」

 しかし、

「私どもが生きるのはここであります。善き世を謳歌したい。大切な子に、ヒトに、善き世を与えたい。この世全ての存在は全て、すべからく、利益の下に動く。であれば、私どもは何を利益とするか、何を目指し満足と言うのか、それを考えなければなりません」

 そう。私どもの利益は全てが謳歌する事。皆が皆で選び、自ら歩み、進む事ができる世界。

 アウヴィダは静かな瞳で邪龍を見詰めた。

「私は生を謳歌したい。貧しくとも、苦しくとも、失くしても、生きる喜びを見出し、ただ目の前に転がる自由に笑みを浮かべたい。そのためには、私が動かずとも勝手に回る世界になってもらわなければなりません。

 老いぼれ一人よりも、彼の皆様方のような若人の方がその役目には相応しいでしょう」

 故に、と老婆は言葉を紡ぐ。

「――故に、私どもは道を犯し、その道を正そうとする者を見出した。撒いた餌には行きの良い者たちが掛かってくれました。青臭い理想を追う若人ならば、この悪しき世を未来に繋ぎとめてくれる筈です。全力で潰そうとも我々を上回ったのですから、彼の者たちに期待すると致しましょう」

 では、

「ドルガー。態勢を立て直しつつ後退。鶴翼で待ち構えるのです」

 老婆は薄い笑みを浮かべて、自分を支持する子に指示を飛ばした。

      *

      *

 両腕でマーリーを抱えながら、少女は翼を振るう。

「ぅう、重い……」

 火だから大して質量もないかと思えば意外と重い。自分もそれなりに重いので、体力の底が見えている空には辛い飛行だった。だが、何とか飛び続けて、少女は遠野の許へと戻った。

「問題なさそうだな、空」

 息を荒くしてマーリーを港の地面に寝かした少女は、口先を尖らせて、

「イジワル。いいもん、わたし勝ったからお兄ちゃんに自慢するもん」

 ふん、と拗ねて見せた空は、しかし次にその身体を海の方へと向け直した。遠野に話しかける。

「で、あれなんだろうね和時君」

「ああ、おそらく邪龍種だろう。敵兵団を壊滅させただけならば可能性としてはインドのアナンタが有力だが―――」

「うん、皆ずっと戦闘態勢のままだもんね。ホントにアナンタ君なのかなあ?」

 会話する中で、遠野は横たわるマーリーの前で膝を着いた。彼女の身体には血も流れずに炭刀〝火君〟の刀身がめり込んでいる。

 流石にこのまま刺しておく訳にもいかない。出血すれば救護班でも呼ぼうと、遠野は刀に手で触れた。すると、火君は何事もなかったように地面にカチャリと落ちた。

 遠野は多少驚きを得つつもこう思った。火を制御する術式だから、火竜の激しい魔力の移動を介入制御したのだろうか、と。よく空がそんな手を思い付いたな、とも。 

 火君を鞘に戻した遠野は、マーリーの状態を診る。と、横から空が、

「マーリーさん大丈夫?」

「ある程度はな。縛された状態で海に落ちたんだ。相当衰弱している筈だ。

が、この通りだ」

 彼は指でマーリーの肉体を指差した。彼女の身体はすでに淡く魔力を放っており、傍に寄ると仄かに熱気を持っていた。彼は、

「すぐに目覚める筈だ。――さ、俺たちは移動しよう」

「え? どこに? マーリーさん運んだ方がいんじゃ……」

「ここはインドの領地だ。自然に近い場所にいた方が回復が早い。それよりも俺たちは準備と対策の確認をすべきだ」

 遠野は空の身体を見る。少女は遠野の上着を一枚羽織っているだけだ。

「わ、分かった」

 自分の服装を見て気付いたのか、異論を唱えもせずに空は渋々頷いた。

 二人は一緒に神話体系局へと向かう。が、不意に空は肩越しに海の方を見た。

 ……ううん。

 雲間際まで首を長く持つヒュドラに、空は表現し難い、燻るような感情を抱いていた。言い知れぬ違和感が胸の内に宿っている。

      *

      *

 波坂は遠野から念話を受けた。

 神話体系局で集合しよう、といった内容だったが、彼女は周囲の状況を調べたいと答えて独り港に立っていた。瞳に魔力を集め、視覚で霊子を観ている。

「……地脈の流れが異様に早いですわね。この土地に向かって亜大陸中から無理やり引っ張ってきている感じですの。そして、流れの中心は―――」

 縛す力を持った黄金色の瞳を開けて、波坂はアラビア海の上を悠然と進む邪龍を静かに見据えた。

 彼女の目には、青白い発光体が白く光る邪龍へと流れている。

「空間に漂う不活性魔力も、陰性魔力も含めて、あの邪龍種オロチへと集まっていますの。リュウ属でもあのような魔力の精製はありませんわ。とすれば、あの邪龍種の神役は土地の浄化。神力もそれに類する穢れた物を吸収する事と考えられる。まさに桁外れ、いえあれこそが本来化け物と呼ばれる類のものなのですわね」

 胸を支えるように腕を組む彼女は、周囲を一度見回す。

 インドの兵たちが慌ただしく動いており、中には激を飛ばして海上へと出ていく隊の姿もあった。現状インド側はかなりの混乱状態と言える。が、神州側の念話はかなり平常だった。

 空は着替えに行き、遠野や蒼衣に至っては軽食でも食べに行きそうな調子だった。かくゆう波坂も、霊脈や邪龍の様子を調べているのは警戒ではなく、軽い好奇心からだ。別に神州がこの危機的状況を楽観視している訳ではない。

 早々にあの邪龍を止めなければこの地が危うい事くらい、この光景を見ていればわかるというものだ。ただ、

「所詮ワタクシたちは余所者ですわ。お家の騒動にいちいち付き合っている訳にもいきませんし、先刻までは模擬戦の邪魔をされないよう防戦に協力しましたけど。――あちらからの要請がない限り、ワタクシたちは動けませんわね」

 まあ求められなくとも動くのは簡単ですけど、後々の言い訳が面倒ですものね。

 波坂は軽く肩を竦めると、邪龍の観察を再開した。

 今度は邪龍の魔力の処理能力について、だ。

「体内魔力の大部分は、足元から〝竜撃〟のように放射して浮遊移動する事に使用されていますわね。リュウ属の平均的な魔力運用の比率は、移動に四、攻撃に五、余力として一。あの巨体から換算すると、」

 ざっと、

「一時的な貯蓄限界の魔力指数エーテルナノは一万弱ですわね。周囲からの無償提供にも近い魔力の源泉がありますから、あの邪龍種の危険度は相当なものですわ」

 おそらく、大陸一つは破壊が可能だろう。

「ですけど、邪龍種の具体的な目的が分かりませんわね。単純に有象無象のヒトを駆逐するためならば、もう少しは威力の高い攻撃をすると思いますけど。やったのは敵の戦士団を壊滅させた中世魔力の超高圧結界だけですし、あの化け物からすれば五月蠅い蝿を叩いた程度の筈でしょうね」

 目を細めて、じわりじわりと進行を続ける邪龍種を波坂は見据える。

『――!』

 邪龍種の咆哮が轟いている。

 直接大地や大空を揺るがす叫びは、もはやこの土地そのものが声を荒げているようだ。しかし、彼女はそれに臆する様子もなく、逆に頬を緩めて、クスリと笑った。

「ふ、……人類はとても愚かなものですわね。アレを、同じヒトだと扱うのですから」

 その台詞は、恐怖からきたものではない。

 ただ純粋に、ありのまま、あの化け物をヒトと言ったのだ。

 同じヒトであるならば、自分たちヒトが、敵わないという道理はない、と。

      *

      *

 ドルガーは吠える。

「全員三次元での隊列を組み攻撃を行いなさい! 狙いは足元か首元、顔だけです。全身全霊でアナンタの進行を止めるのです! 手を休めてはならない!!」

 おお、という猛り声が全体から挙がった。

 全長一キロを超す邪龍種は、ヒト種の歩調とさして変わりない速度で進行を続けている。ドルガー率いる数千名のインド神軍の猛攻を受けながらも、全く怯まずに進んでいるのだ。

『――!』

『――!』

『――!』

 九つの頭はそれぞれ独立したように天地を轟かせる咆哮を挙げ連ねている。

 ドルガーは指揮を執る中で、異業〝自在天手〟によって腕を増やした。合計八本になった腕で一本ずつ、彼は魔力を凝固させた造った刀剣を握った。剣は直剣だ。

 股を開き、腰を屈めて、彼は鋭い眼光で狙いを定める。ゆっくりと大気を取り込んでから、ドルガーは全力で剣を放った。まずは左の一本、次に右で一本。交互に繰り出される刀剣は、ライフルの弾丸の如く大気を割き、真っ直ぐに邪龍種の頭部、その眉間を狙った。

 高速で放たれる刀剣、八本全てを解き放った彼はしかしまだ動く。最後にもう一本を生み出して、ドルガーは中央の首目掛けて腕を振るった。

 宙を奔る九つの剣。

 最初に放った左手の一本は正確に、左から三つ目の頭に命中した。キン、という甲高い金属音。わずか数秒の間に続けて八音。全く同じ高音が戦場に響いた。

「……っく、これでも貫けませんか!」

 ドルガーの剣は全射命中、完璧に邪龍種の眉間を打った。

 そう。打っただけだった。彼の攻撃はことごとく弾かれたのだ。邪龍種の鱗は鋼よりも剛健で、しかし蛇のように柔軟で動きを見せる。神軍の攻撃力をもってしても、その鱗を突破する事はできなかった。

『――!』

『――!』

『――!』

 続けて三発、邪龍種がその口内から〝竜撃〟のような魔力の衝撃波を放った。

 射線は鶴翼に広がる神軍の右翼。ドルガーは咄嗟に退避を叫ぼうとするが、

「死守だァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 彼よりも早く、右翼の現場指揮をとっていた彼の部下が、右翼全体に命令を発していた。

「待て何を―――」

 リュウ属の放つ魔力の奔流を前にしては、ヒト種などゴミも同然。本来なら退避が鉄則だ。しかしそれは後ろに何もない場合。

 ドルガーの視線の先、数百メートル先にいる部下は清らかな笑みをこちらに向けた。魔人のドルガーにはありありと見える。

 部下は、背後の街を守ろうとした。右翼に入る兵たちも皆、笑みを浮かべ悔いはないと言いたげに来たる死の衝撃に身構えている。叫びを挙げた部下が、

「右翼っ、耐魔力衝撃波反射態勢用意!! 何でも構わん!! 上に反らせろォオッ!!!」

 直後。

 三つの魔力の圧が、右翼の海上から空中までを全て飲み込んだ。

 防御用に張られた結界と共に右翼は一気に百メートル押される。が、二千名にのぼる神軍の兵たちは諦める事もなく、懸命に新たな結界を生成させた。

 斜方結界。

 ただ単純に斜めに形成される防御陣だが、この状況においては別の意味を持つ。魔力の奔流はそのベクトルを上方に反らされ、軌道を変えさせられる。そして結界は、下から上へアッパーカットを食らうように衝撃を受ける。

 弓なりに奔った衝撃波。数射ほど結界を抜けてムンバイへと逃げたものも後方支援部隊が確実に処理した。

 化け物の猛攻に耐え切った右翼。しかし、その半数以上の兵は重傷に近い傷を負って海中に落下。鶴の翼は完全に折れていた。

 ドルガーはすぐさま現場指揮を執っていた部下を探した。が、後退した右翼、部下がいる筈の場所にその姿はなかった。奥歯を噛んで、ドルガーは部下を探すのを止めた。

「――プラさん、パティさん、救助、お願いします」

「(パティ分かった)」

「(ぷ、プラもです。任せて下さいです!)

 救護隊の長である二人に託して、ドルガーたち前衛の兵士たちは攻撃を続けた。

「アナンタに攻撃の隙を与えてはなりません! 撃ち続けるのです!!」

 戦場は激化する。


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