片目を失った少年 その5
「あの……あれからもう五分経ちました……。母上、そろそろその手を放してくださいませんか?」
(ぐっ。姉上がこんな光景を見たら笑われる………絶対に、腹抱えて笑う)
「嫌です!離しません。絶対に。何かあったらどうするんですか!」
(あー誰か助けてくれ……)
すると側で控えていたディーナが王妃の姿をみかねたのか、小走りで近づいて来た。
「メルナ様、アレク様がお困りですよ」
(助かった。流石は気が利く)
「そうでしたね………こんな大勢の前で、私はなんて恥ずかしいまねを………」
「とにかく一度、お部屋にお戻りになりましょう。さぁどうぞ」とディーナがメルナの手を優しく拾い上げると、そっと、立たせた。
メルナは少し頬を赤らめて、両手で顔を隠し自分の部屋にそそくさと帰っていく。
(ようやく解放されたか)
アレクは何処からだろうか視線を感じた。
まさか、姉上がここに居るのか?と思い焦って辺りを見渡した。
だが、その姿はなかった。
彼はホッと胸を撫で下ろしたが、一人の衛兵がこちらに向いて、何かを言いたそうな顔をしているのが見えた。
(なんだ、こいつは?)
その衛兵に近づき「何か言いたいのか?発言は許すぞ」と言った。
「いいえ、その、あ、違います」
「何か言いたいことがあるのならはっきり言え。それを聞いて僕が、“不快になった”といって牢獄に入れることはない」
「あっはっ!では、その、今日はもう時間も時間ですし、少しお体を労わって、お休みになられたらと思いましてです………はい」
(そういえば、今日は朝からの戦術の勉学と竜事件で忙しくて時間を忘れていたな)
「ふむ。なかなか気が利きくではないか。ん?お前は新顔だな。名前はなんと申す?」
すると挙動不審な衛兵がぎこちない敬礼をしてから答えた。
「セ、セシリアと申します!」というと、勢いよく、頭を下げてお辞儀した。
危うく、頭突きされかけて、アレクは体を後ろへと仰け反った。
(あ、危ねぇ。……なんなんだこいつは?セシリアとか、新人が城内の警備とは。不安が一つ増えたな)
アレクは明日は何があるかなと頭の中で思い出す。
(そう言えば、明日は語学か……)
あれだけは本当に逃げたいという気持ちでいっぱいだった。
(最悪だ………)と思わずため息が出る。
早く寝ないと朝が起きられなくなると考えたアレクは、その後、何もぜず、自室に戻り、眠ったのである。
―――――――次の日。アレクの自室にて。
窓からは眩いくらいの光が射してきた。
もう、朝だった。
誰かが部屋に入ったのか、カーテンが開けられて、小窓も開放していた。
そしてそこから、小鳥の鳴き声が聞えてくる。
その美しい声とはまったく違う、朝に似合わない野太い声がした。
「全隊~行進!!歩調合せ、前へ~進め!」と隊長格の大きな声がその小鳥の鳴き声を掻き消す。
それから、ザッ、ザッと兵隊の軍靴の音がし始める。
眠っていたアレクの眉間が動く。
彼が目を覚ますと、目を擦り、近くの机に置いてあった眼帯を手に取った。
(朝っぱらからなんだ?朝の軍事訓練か?)
身体を起こし、眼帯を右眼に付けると不機嫌そうに、控えているだろう兵士を呼びつけた。
「おい。衛兵、侍女でもいい。誰か居るか?」
扉の奥で誰かの気配を感じたので、アレクは何事だ?と問いかける。
少し強い口調で。
するとあの落ち着きの無いセシリアと数人の侍女らが扉を押し開けて、部屋に入ってきた。
セシリアと侍女たちが小さく一礼する。
「王子様。おはようございます」
「お、おはようございます。です!」
一人だけ気合が、空回りしているように感じたアレクは心の中で、ため息を一つ。
(朝一番に挙動不審な奴を見るはめになるとは……調子が狂う………)
寝癖でボサボサになった髪の毛を右手で押えながら、外がうるさい理由を尋ねた。
「セシリア?今日も城内が騒がしいが、今度は巨人でも現れたか?」と冗談交じりで言ってみた。
「違います」とジト目で、セシリアに言い返された。
(うっ…まじめな顔で真面目に返された。こいつは天然か?これでは僕が、バカみたいではないか……)
こいつ本当に牢獄に入れてやろうかと一瞬思ってしまった。
侍女らも、思わず、クスッと笑ってしまう。
アレクが、少し顔を赤らめながら、話しを仕切り直す。
「……んで、本当はなんだ?」
「あっ、は、はい。その国王陛下の命令で、只今、第一次調査隊が出発したところです」
「なるほど。調査対象地域は?」
セシリアから話を聞きながら、侍女らがアレクに服を着替えさせていく。
まずは、上着である薄い寝巻きを脱がせて、次に下着。
アレクは、何もせず、ただ立っているだけで、すべて、侍女らがしていた。
そのアレクの姿をセシリアがジッと見つめていた。
(なんというお可愛いお姿……。そして、筋肉もぜんぜんない美少年。このセシリア、見惚れてしまいます……あぁ…どうしてだろう。罵声を浴びたいです……)とセシリアは見惚れしてしまっていた。
セシリアはうっとりとしていた。
「おい。聴いているのか?」
「あっすみません。あの、その、えーっと……確かバルム村とブイノ村です。はい」
(…なるほど。あそこは結構近場だな……)
その二つの村はトゥーオールの首都から約、二十キロ圏内にある中規模な村である。
物資が行き交う重要拠点である為、首都とその村とはしっかりと道が舗装されていた。
国王軍の監視塔に警備隊も置かれている為、比較的安全。
(しかし、僕は今回の調査隊には編入されなかったのか……)と下を向いて、残念がる。
「王子様、靴下を。どうぞ、お座り下さい」
それに、アレクは頷き、ベットに腰を下ろした。
右足をしゃがんでいる侍女の前に出す。
おぉ。とセシリアが声を上げ、彼の足をまじまじと見ていた。
(なんか、僕、見入られてるんだが………)
侍女の方は、セシリアの声に気にも留めず、手際良く、白の黒い棒線が二本入った靴下を右と左足にはかせた。
ちなみに、その靴下には、王家の紋章が入っている。
アレクに靴もしっかり履かせたら、その侍女が後ろへ数歩ほど下がった。
それを確認したアレクは身を乗り出すように前に飛んで、立ち上がる。
そして、自分の足で部屋に置かれている等身大の鏡の前に立つ。
一人の侍女がうやうやしく一礼すると、くしを使って、彼の絡まった髪の毛と整え始める。
繊細な動きで、アレクを不快にさせないと、注意をしているのだろう。
別の侍女が彼の腰辺りに手をまわして、革製のベルトを付ける。
(まったく。これくらい自分で出来るのに。母上はうるさいからな……)と文句を言いつつセシリアの方を鏡越しに見た。
鏡越しで、目線が合うと、彼女は大急ぎで、下を向いた。
「はぁ…もういい。セシリアはさがってよし」
するとセシリアは何度も頭を下げると、足早に部屋を出て行った。
(なんなんだ。あいつは?)とアレクは彼女の行動が不思議に思い、小首を傾げたのであった。




