片目を失った少年
――――――――――“フェレナスの合戦”または“バルクルィン戦争”と呼ばれる大戦は、既に数千年前の話でいまはもう風化して、人々から忘れ去られている。
人間の世界は平和を取り戻し、新しい国が続々と誕生していた。
ここも、その一つの国に過ぎないが、後に人類の存亡を掛ける重要な場所となることはまだ誰も知らない。
その国の名は“シェール”と呼ばれた。
現地では、“再建の国”という意味だが、それを知っているのは老いた学者のみだ。
そのシェールの首都である“トゥーオール”は石造りの街並みで、市街地をぐるりと囲い込む。
多少、石城壁が崩壊している部分があるが、その部分は、木材などによって修繕が行なわれているので、問題はない。
人口は約四〇万人程。
民衆を守る城壁は一五メートルと高く、領土が敵の侵攻を受けても、ここは一度も陥落した事がない。
まさに難攻不落の要塞都市と言える。
歴史が正しいなら、王の都と呼ばれるミラハルム国の次にもっとも古い街とされていて、いろいろな古い言い伝えや伝承が残っている。
そして膨大な数の歴史書や古文書が集積されていて、王城の地下にある王立図書館に保管されている。
しかし、そこは王の許可無しには入れない。
なぜ、一般には公開しない?
この国を統治する王は、何かを隠そうとしているのだろう。
秘密はそれだけではない。
シェールの国王が住む王城の正面には、二つの巨大な石像が築かれ、城と同化している。
人々を見守っている守護神というべき、神聖なる石像だがこれがまたいわくつきだ。
一つはこの世界の創造の神ラスタを崇拝する目的で建てられた。
これは問題ない。
が、もう一つ、シェール王族の祖先だと言われる先代王の石像である。
それに名が彫られているのだが文字は風化が激しく、解読できない。
つまり、先代王の名がわからないのだ。
建国者がわからないっていうのは、かなり問題だ。
その先代王の石像は右手に剣を持ち、その手を高々に掲げて、左手の持つ盾を足元に置いている。
歴史学者達によると、その石像は英雄王ガランハルで、右手に持っているのは伝説の竜殺しの剣と知られる“アンクルの剣”であるらしい。
がそれは定かではない。
仮に、そうだったとしたらシェール王族はガランハル一族に深く関わる存在になってしまう。
そろそろ、僕の名を明かせねばならないかな?
僕の名はアレティスク・フォン・ドゥーナトスだ。
小さい頃、重度の病に襲われてしまった。
これは悪魔の仕業であることがわかった。
悪魔払いの知識が無い王付属の医者達はもはや助からないと僕を見放した。
しかし、その日、身体から不思議な白い光を放ち、自力でその謎の病を追い払ったらしい。
それ以来、ラスタ神の加護を受けた子だとして、ラスタ神の信仰者に崇拝されている。
それが僕にとってはうっとうしい限りだ。
毎日、貢物とか言って、いろんな物を王宮に持ち込もうとする。
それに、神の奇跡と言われるが、僕にとっては完全なるものではなかった。
なぜなら、その病のおかげで、僕は右眼を失ってしまったのだから。
(…悪魔が憎い。僕の目を奪いった奴が。許せない。同じ目にあわしてやる………憎悪を込めてな)
―――――――――――王城の地下にある王立図書館にて――――――――
「――――あ~ダメだ。なんで、戦術がこうなるんだよ?もう嫌だ。いっそうこの左眼も失ってしまえばよかったのに……」と眼帯を右目に付けた少年が愚痴を言いながら、手に持っていた本を閉じ、顔を机に伏せた。
それを見た一人の若い女性がその少年の頭を細い指揮棒で二度叩いく。
「い、いたッ!」
「アレク様、授業中に寝てはいけません」
今、指揮棒で叩かれて注意されたこの少年の名は、アレティスク・フォン・ドゥーナトス。
名前が長い為、王族に関わる者は愛称として、アレクと呼んでいる。
アレクが注意した若い女性に声を荒げる。
「うるさい!寝ていない。伏せただけだ。このダメ教育官め!」と鋭く睨みつける。
「はぁ?!………まったく、言い訳だけは一丁前に言うのですね?誰に似たのやら―――――」




